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これは誰かの記憶――その断片の物語……。
薄暗いマンションの一室。
都市開発の影響で寂れた街の中、大勢の人が去りし風化しかけた場所であるからこそ、彼らの格好の隠れ場となっていた。
二十五平米ほどの広さであるそこの洋室に、黒い机と背もたれも立派な革の椅子がデカデカと鎮座している。別段そこでデスクワークをする訳ではないのだが、所有者の趣味で買ったものだ。机は資料や何かを置くこともあるが、大抵は偉そうに足を乗っけられるのが役目となっている。
その所有者たる男の姿は見えないが、部屋には若い男女二人の姿があった。
片方の少女は十代前半かそれ以下くらいに見えるほど幼い。一人がけのソファーに座り、その膝にノートパソコンを乗せては画面を眺め、時折カタカタとキーボードを叩く音だけが響かせる。
雪の精を思わせる風体で、髪も肌も全てが白く、目を離せば儚く溶けて消え行くのではないかと思うくらい華奢である。
今は大き目の白いセーターを着ているが、その裾からは素足だけが晒されている。下着すらも窮屈であると脱ぎ捨てていた頃もあった。
同年代の少女と比べても身体つきは良いとは言えなく、お洒落にも気を遣っている様子もない。ただ、元より耽美な顔つきであるためわざわざ飾る必要もなさそうではある。
出会った時、薄布一枚だけだった頃と比べれば幾分もマシではあるが、年頃の少女としてはそれはどうなのか、と一緒にいるこの男は思いつつも口には出さずにいた。
一方、その男は十代後半……二十歳には満たないくらいの年齢だろうか。
精悍な顔立ちで黒のジャケットに無地のシャツ、下はジーンズとどこにでもいそうな若者の格好であるのだが、若々しさもありながらその眼光の重みのせいで正確な年齢が推し量れない。
仕事用に渡された折り畳み式の携帯電話を開いて着信の有無を確認する。何度目かの確認をした同時に、玄関から扉が開く音がした。
「おーう、待たせたな。バレット、それにミーナ」
悪びれもせず、呼び出した張本人が先に洋室に待っていた彼らの名を呼ぶ。
厳密には白い少女――ミーナと呼ばれた子はこの家に住まわせて貰っているのだが。
「進藤、仕事か?」
部屋で待っていたバレットが壁に寄りかかったまま腕を組み、自身を呼んだ理由――分かり切った事を訊ねる。
進藤は持っていたコンビニのレジ袋から、それぞれ味が異なるロリポップキャンディを三本取り出すと、まずはミーナに選ばせ、次に自分で選び、最後にバレットに向けたが彼は静かに首を横に振った。
進藤と呼ばれた男はネクタイのない黒いスーツ姿で上着のボタンは全開で、悪だくみが好きそうな顔つきであるが、どこか愛嬌を感じる顔でもある。眼鏡をかけ、年齢は三十代半ばぐらいだろう。部屋の家具には気を遣うが、自身はだらしないのか、そういう類のお洒落なのか、シャツは清潔なのにヨレヨレで張りがない。
そんな進藤が連れないなぁ、と薄ら笑いを浮かべてから質問に答えた。
「あぁ仕事だ。今回は結構大がかりだぜ。何せクライアント様がお前以外にも雇っての合同作業って訳よ。相当金持ちだからこれを機に繋がりを持てれば安泰かもな」
「合同、か……」
「なんだ? 自信がないのか?」
ニヤニヤと試すような笑みを眼鏡の奥から浮かべたが、バレットと呼ばれた男は何も気にする様子もなく、
「生まれてこの方チームワークなんてものを気にした事がないからな」
「ハッ――だからお前は鉄砲玉なんだよ。昔も命知らずに勝手に突っ込んでくれちゃってよぉ。それが今や立派な大人になったが……そこはあんまり変わってないのよね」
「その名で呼ぶのなら、いい加減、仕事道具を渡してもらいたいのだが」
「おいおい、鉄砲玉が銃なんて持ったらお笑いだろうに! それに経費的に絶対にノー! 第一道具なんて、渡した一本がありゃあ充分に活躍できるように育て上げたの誰だと思う? ん? んー?」
銃をこれ見よがしに見せびらかした後に服の内にホルスターに戻し、少々――いや、かなりうざったいテンションで迫る上司――進藤に視線を合わせなくなったバレットは、静かに喋り倒しているその男を指さした。
「わかってるじゃんかよぉ! そう、イッツゥ、ミィィィー!!」
両親指を自身に向けて右斜めに向かってハイテンションで叫ぶ。近隣に住人がいれば苦情がきてもおかしくない。さてはこの男ここに来る前にコンビニでカップ酒でも開けて飲んだな、とバレットは疑いの目を向ける。普段以上にテンションが高く鬱陶しい。
それから若干の間の後、進藤は急に顔つきを真面目にして続けた。
「……お前は俺の弟子だ。それ一つと身体さえあれば切り抜けられるようになったから俺がこうして裏方に回れたんだ。それに銃殺なんてありきたりな殺しだと、この裏の界隈でそこまで名が広がってないだろう。他はバケモノ揃いだからな。それでも女子供までも容赦なくズタズタに殺すなんて真似、他の連中は嫌がってやんねぇからこそ、結構“そういった意味合い”でお前が名指しで起用されてるんだぜ?」
ここにいる彼らは、いわゆる裏社会の便利屋――どんな任務でも報酬次第で大抵引き受けるプロであった。
元は暗殺業を営んでいた進藤に弟子入りをしたバレット――時が経ち、師匠であった進藤は仕事を弟子へ斡旋し、同時にサポートをする言わばマネージャーのような立ち位置となった。
バレットとは進藤が名付けた偽名である。さらに言えばこの空間で本名の者はいない。……強いて言えばミーナは初めて与えられた“ヒト”としての名前であるから、それが本名としてもいいかもしれない。
「…………それで、具体的に何をするんだ? 抹殺対象は?」
「ハハ、もう殺す任務だと決めてらぁ! ……いや、まぁ今日は救護とか護衛じゃないから正解っちゃあ正解なんだけどよぉ」
レジ袋から一枚の写真を取り出す。何故そんな大事なモノを内ポケットに入れないのかという疑問について曰く、『これから死ぬような奴の写真を身に着けたくねぇ』からだそうだ。
「ターゲットは複数。まずはこの男、『日下部遼太郎』。お前も知っているだろう」
「政治屋か」
「議員サマさ。何でも、裏で繋がっていた“ファクトリー”から実験体をどういう手段かは知らんが勝手に持ち出して海外に売っ払ったんだとよ。命知らずって言うか馬鹿って言うか……なんだかな」
「…………それで実験体は?」
「サンプル自体の回収及び処理は無事完了し、その技術が漏洩する前に情報の抹消……物理的な意味も含めてやったという話だが――それでも絶対に漏洩してるとは思う。まぁ俺には関係ない話だな。……そんでファクトリーの“親会社”からの依頼だ。……要するに制裁役兼陽動だ。お前さんは普段通り派手にやってくれれば、他の連中も同じように他の対象――今回の件と無関係だが会社的に邪魔だと思った者を含めて殺して情報が混乱した所を、また他の業者か自社で本命である――護衛の多いであろう裏切者、唆した奴をサクッと殺すって段取りらしい。無駄の多い金持ちらしいガバガバなお掃除大作戦だが、料金は弾んでいやがる。裏社会で有名な惨殺魔の実力の見せ所だ」
チームワークも何も必要のない、ただいつも通りやればいいだけの仕事に何の感情もなく、バレットは静かにもたれ掛かっていた身体を起こして答える。
「……他は?」
進藤から複数枚写真を渡されそれを眺める。裏面にはその人物の名前が書かれていた。
次に棚からファイリングケースを取り出して、そこからプリントしてある地図を渡した。
「愛人の息子である植草雄太、繋がりのある部下の古島美咲。本件とは関係ないが、かく乱のために。邪魔な組織ボーンズの全団員……あ、これは一応他にも助っ人が来る。顔見知りでは“アイギス”“リーパー”、他には“啄木鳥”が合流予定だ。構成人数に対してこの戦力、とんだオーバーキルだぜ」
バレットが持つ地図に赤ボールペンで丸で囲いマーキングする。標的たちは基本的に近い場所にいるので、殆ど流れ作業で行える範囲となっていた。
「……合流した者たちと殺し合いにならなければいいがな」
同業者やこの界隈で知らぬ者はいない人物の名前を出され、そんな事を漏らすが声音に不安や不満さなどは一切なかった。
かつて敵対した者もいるが、この仕事――業界ではよくある事だ。
「……そんで、どうだ?」
バレットの問いを笑って誤魔化し、進藤は訊ねる。普通であればその問いに対して『何がどうなのか』と訊くところであるのだろうが、長年付き添ってきたパートナー同士であるから、バレットはその意図を寸分間違う事なく察して答えた。
「あぁ、“視えない”。だから問題ない」
その言葉を聞いて進藤の顔は歓喜に満ち、フィンガースナップで右の手から指を使いパチンと音を鳴らしながら、人差し指でバレットをさして言う。
「よぉし! 提示された金額の上乗せさせた甲斐があった! お前さんに訊く前にオーケー出しちゃってて良かったぜ」
「おい」
「いやぁ、ヤベー事を裏でやってる奴らって金の羽振りがいいからなぁ! 久々に明日は寿司屋でも行くか? 回る方だけどな」
ウキウキ気分の上司にバレットが初めて人らしい感情を表に出す。
……つまりは呆れからのため息だ。
「決行は急だが今日の夜に頼む。十八時過ぎ、十九時頃、この料亭で代官様ごっこに興じてる阿呆の日下部を始末しろ。そっからシナリオが始まるから早々に退散して別件も頼む。おそらくこっちに、“お前”みたいな、更に言えば“ミーナ”みたいな護衛は付いてないはずだ。楽勝だろう?」
「簡単に言ってくれるな」
「おいおい俺は師匠としても上司としても全面的に殺しの腕前に関しちゃあ信頼を寄せてんだぜ? ただたまに言う事聞かずに命を捨てる勢いで突っ込むから厄介だが」
「俺は死なない。“奴”を殺すまではな。……だから危険な橋は叩く真似はするが、結果が視えれば渡らないさ」
「いやお前、橋どころか棺桶に片足突っ込んだ事あったじゃん。ガチで死にかけたじゃん?」
「…………俺は死なない」
捨て台詞のような事を吐いて玄関先まで歩いて行ったバレットの背中に向かって、
「ま……現にお前は生き延びてるからいいけどよ。怪我なんてすんじゃねえぞ? お前に死なれたらこれからの仕事が面倒になる」
進藤は激励にもならないような言葉を贈る。その言葉に足を止めることもなく玄関のドアノブに手をかけようとした時だ。
「あ、おにいさん、まって」
今まで沈黙していたミーナが口を開いてバレットを呼び止めた。
彼女はノートパソコンをぐるりと回し画面を見えるようにする。呼び止められたバレット戻ってはその画面を見て一瞬だけ険しい目つきをした。
「…………確かなのか?」
「うん、はっきんぐしたじょーほーだよ」
そんな大事な情報、インターネットに書かれる筈もないのだが、彼女はそういった情報を引き当てる“能力”がある。だからこそ、この部屋で住まわせて貰っているといって過言ではない。決して行き場のない者への同情ではないのだ。
「バレット、“視えてない”んだよな?」
ミーナの示した情報と言葉を知り、進藤は少し不安げにもう一度バレットに問う。
少しうんざりしたような顔でバレットは自身の額を押さえて答えた。
「…………あぁ、絶対に死にはしないが、死ぬほど面倒な事には直面するって事だ」
同業者たる殺し屋の、双子の片割れ――“死神”がバレットの殺害を依頼受けたという旨が書かれていた。ついでに依頼主の名もだ。
兄である快楽殺人者のグリムとも浅からぬ怨《縁》もある。妹は仕事に私情を挟まないタイプであるが、仕事であれば本気で愉しみながら殺しに掛かって来るだろう。
先に依頼主さえ抑えて止めさせるかとも考えたが、もうそれでもリーパーは決して止まらないだろう。そういう性格の女であり、バレットより経験も実力もある。
――それでも、彼は“視えない”限り歩みを止めないと決めていた。
「行くよ。奴を殺すために俺には金が必要だ」
――復讐、その為だけに彼はこの社会の裏側の闇へと飛び込んだ。
最初は殺す力を求めた。
そこで知ったのは相手の強大さ。
敵は圧倒的な権力を持っていて自身の力だけでは届かない頂にいるという事実。
この闇へと身を投じたのならばいやでも知る事になる――金と権力は想像以上に大きな力を持っている、と。
されどこの復讐者は諦めてはいなかった。
「邪魔立てするなら、こちらから殺すまでだ」
自身の復讐の為ならば誰であろうと踏みにじり、貫き通す覚悟だけは、この憐れな銃弾は持っていたのだ。
熱で頭おかしくなったのではと疑われていそうですが、
転生前の誰かの記憶の情景をほんの一部書きました。
だいたい章の終わりに一話程度で書いて行こうかなと。
そろそろタイトル詐欺も終わらせるために、
次章からは本格的に転生者たる魔王、現地人である勇者、
他にもイレギュラーな存在も(おそらく)登場します。
来週までには次話を投稿したいと思ってます。
2018/05/22 2018/06/12
×自身 〇自信 など
お恥ずかしい誤字です。指摘して頂き助かりましたー。




