表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
輝ける日々
434/436

07 勇者VS勇者

 ヴァーミリアル大陸、ヴェルミ領内りょうないに爆炎が立ちのぼる。

 熱は雲の向こうまでがすように、噴出ふんしゅつしていった。

 火山の噴火とさえ思える勢いである。

 その星が生み出す熱量とまがうほどの火柱から、魔王が現れた。


『さて、では最後の試練だ』


 耳朶じだえ、頭の中に響いてくる声。

 精神的な鍛錬たんれんという名目であったのだが、つい熱が入ってしまった様子。

 闇の勇者である彼女の成長が、想定以上であったのだ。

 ゆえに、ここで熱した鉄を放置しない。

 紅蓮の魔王は彼女をたたいてきたえ上げるべきだと判断した。

 それこそが当代の勇者にとって、必ず力になると確信している。

 光の勇者であった男は、自身を乗りえるべき最後の敵として立てたのだ。

 灼熱しゃくねつが空へと上がり、熱気は森へり注ぐ。

 爆発とれに、もしも元から生命が近くにいたならば、とっくの前に避難ひなんしていたところだろう。静かで、あり得ないが死んだような森には飛び立つ鳥さえもういなかった。

 呼吸のために吸った空気さえ、のどを焦がすような熱さがある。

 構えた星剣――見上げるほどの身長である男の、身のたけほどある大剣。

 その一振りでも受ければ、その瞬間にくだけることは必至だ。

 だが、リズは魔王に対して恐れる様子を見せなかった。

 実力を知らぬ無智むちゆえではない。

 戦いを楽しむ高揚感こうようかんでもない。

 勇者としての使命感ですらない。

 少女はただ、目の前に立ちふさがろうとする脅威きょういに対して剣を取る。

 自分の精神状態――いやに冷静な様すら、彼女は感じていない。

 たった一手違えば死が待っているとしても、リズは激情げきじょうに駆られることもなく応戦の姿勢を取っていた。

 その様子を見て、軽く外装の奥で笑みを浮かべた魔王。

 次に瞬間に、燃える熱がリズの眼前にいた。

 風のボードで飛ぶリズに向かって、紅蓮の魔王が突撃したのだ。

 既に敵の間合い。

 おどろくべき速度であった。

 目をはなすわけがないというのに、わずかに反応がおくれてしまう。それほど勇者としての権能『光速』は、シンプルだが敵に回すとかなり厄介やっかいな能力であった。

 身の丈ほどの大剣を振るい、絶妙ぜつみょうにリズの不可視の双剣では届かぬ距離きょり

 この一打目、受け止めるという選択は容易よういだ。あり得ない速度で接近し、大剣とは思えぬ速さで振るわれてはいても、リズはここから応対できる範囲だ。

 しかし、リズはける。回避かいひを選択する。風の魔法によるジェット噴射すら利用し、大袈裟おおげさに感じるぐらいに大きく避け回った。

 正しい選択だと直後にわかる。

 空を切る刃が通り抜けた途端、何もない空間がぜる。

 紅い星剣による一閃の後、空気を焼きくす炎が上がった。

 剣ではふせぎきれない攻撃。

 大剣の攻撃範囲を超えた爆炎である。

 人間が相手ならば武器での斬り合いで済むが、魔王が相手では事情がちがう。

 まともに剣を打ち合うことすらむずかしい。

 互いに星の加護かごを受けた剣同士、こわれることはないであろう。

 だが付随ふずいする焔火ほむらびに焼き尽くされてしまう。

 それにあの大剣を見てなお、受けて立っていられる自信も普通は湧かない。

 勇気を出してむものこそ勇者であるが、無謀むぼうび込むことは勇気とは言えない。その塩梅あんばいはだで感じ取って学ぶしかない。ゆえに――彼女は踏み込んだ。


『ほぅ』


 爆炎をらす斬撃を下からもぐり込み、ボードで加速を利用して斬りつける。

 こちらも躊躇ためらいも無く、紅蓮の魔王を襲った。

 防御にてっすられたら一撃も入れられないほど、紅蓮の魔王はすきはない。

 だから攻撃直後を狙う。

 大振りの剣であるから、普通の戦士相手ならば有効な手だ。

 問題はこの怪物、超重量の剣を片手にて、木剣ぼっけんというよりプラスチックの玩具オモチャの剣でも振っているかのように軽々と使ってくる点だ。

 切り返しが早い。

 振った大剣をそのまますぐに下方向に突き刺すように置いてみせた。

 リズの斬撃を防ぐ盾としたのだ。ぶつかった瞬間に大剣の向きを変え、魔王は大きく振り上げる。

 リズの肉体を焼きに来る爆炎。

 焦げるにおいが鼻につき、熱が全身にかぶる。剣の直撃こそはどうにかすんで避けたが、爆発するほどの燃焼が容赦ようしゃなく少女をらいにせまった。

 のがれられない殺意に対し、自動防御が働く。

 リズからあふれ出す黒い血が身体から離れ、球体となってリズを包む。

 鉄蜘蛛の成体の装甲そうこうすら焦がす焔火を受けてなお、リズは健在であった。

 黒い血は持たずにボロボロと乾燥かんそうしてくずれ落ちて行ったが、そのまま紅蓮の魔王に接近した。下から振り上げた刃を振り下ろされる前に、リズが一撃を叩き込む。黒き血液が溢れ出し、そのまま昇る波のようにき上がって紅蓮の魔王を襲った。

 空の青に浮かぶ闇の海。

 波濤はとうと共に競り上がり、交差させた星剣をし、開くようにして切り裂きながら突破する。下方から上方に位置が変わり、さらにリズは迷いなく追撃を決行する。そのまま勢いに乗るのは大事だ。再び交差させた剣でX字に斬り、下にいる紅蓮の魔王に向かって、黒い斬撃ざんげきによる衝撃波しょうげきはが落ちていく。

 恐るべくはリズの才能か。

 さらに双剣に滴る黒の血を飛ばすように、二振りの剣を縦に振るった。

 完全に剣のリーチを超えた、射程しゃていのある攻撃をリズは会得していた。

 さらに飛来する衝撃波。続く黒い雨が、紅蓮の魔王に降り注いでいった。


『ふむ。いい線をいっている。だが――』


 死を与える猛撃もうげきに対し、紅蓮の魔王が取る行動はひとつ。

 落ちてくるわざわいを払うように、大剣の切っ先がえがく。

 闇にちた星剣から放たれた爆炎の衝撃波。

 くらいが熱を帯びて光る溶岩ようがんのような色合いで放たれたそれは、降り注ぐ黒をすべてみ込んでいった。速度はおそいが横に伸びていて範囲が広く、すぐに消えずにしばらく停滞する――攻撃判定もあり、死の雨を防ぐかさとなった。


『不安定ではあるな』


 簡単に防いでみせた魔王。

 リズは比較的速度が落ちた斬撃をボードの機動力を活かして迂回うかいし、すぐさま魔王を襲おうとしたところに、

 

「!」


 閃光がはしる。

 赤々と血にえた襤褸ぼろ外套がいとうなびかせ、またたく間に接近をゆるす。

 油断など無くとも、唐突とうとつに生命はうばわれる。

 戦いとはそういうものだ。

 回避する間もなく、完全に魔王の剣の間合いであった。

 瞬間――リズの頭の中に、様々な記憶きおくめぐる。

 助かるすべを記憶から探す刹那せつな、答えなど見つからないまま――。


『!』


 業火ごうかの星剣がきらめく。

 リズの肉体を横一閃で、通りけた。

 両断された身体。おどろいたように目を見開いたまま、腹部から上と下でわかれたまま――リーゼロッテであった物体が黒い炭となって消えていく。

 紅蓮の魔王は剣を振るった後、左腕を後方に回した。

 開いた左手から魔法陣まほうじんが浮かび、手のひらより大きい火炎弾をすかさず発射する。 

 真っすぐ飛ぶ火炎は、何もない空に飛んでいくと思われた火炎は、何かに直撃する。それは立花颯汰があやつけむりを思わせる瘴気(しょうき)たぐいに似た、黒い粒子群りゅうしぐん――敵にたれたふりをして奇襲をかけようと姿をかくしたリズであった。


「!」


 完全に不意を突いたと思ったリズが、逆に攻撃を受ける。

 黒い血による自動防御とさらに闇に勇者の能力である『吸収』が働き、ダメージを大幅おおはば軽減けいげんすることには成功した。

 だが、そこまでであった。

 全身を包む燃焼が続くスリップダメージに加え、ダメージカットの許容量を超えた爆発が幾度いくども起こったのだ。

 常人ならば肉体がバラバラになっていてもおかしくない火力であった。 

 火炎弾が何度も何度もぜ、ついに煙の中からリズが落下していく。


『先ほど地下で見せた技だな。粉になったのか、それ自体が姿を隠すのかはわからぬが――あと数回、連続してその技が使えるようになるべきであったな』


 やられたふりをして姿を隠し、奇襲をする新たな技。

 正々堂々と前に出て戦うだけが勇気にあらず。

 本当に必要なのは、他者をまもるためならばどんな事でもやりげてみせるという姿勢。それこそが、本物の勇気と言えるかもしれない。

 初見殺しの技であり、目撃者を消せばかなり強力な一手となり得る。


『順調に力を付けてきたな。あとは回復を待つのみだ』


 目撃者である魔王には一切利かなかった。

 その結果がこの敗北であった。

 意識を失いながら地上へと吸い込まれていく。

 つぶれた果実のように弾ける前に、紅蓮の魔王が落下するリズを飛行して拾い上げ、横抱きにして支えたのであった。

 

 ◇


 目を覚ます。

 ぼやける視界。

 あたたかな光に包まれた感覚がした。

 未だ意識が遠退とおのいている中、ぼんやりと知らない天井をながめていた。

 気持ちが落ち着くどころか、いい気分であった。

 ゆらりゆらりと揺蕩たゆたうような夢心地。


「あ、起きましたか?」


 知らない女声がした。

 身体が浮遊ふゆうしているような感覚のまま、視界に声の主たちが映り込んできた。

 そこで意識が覚醒かくせいする。

 ざばーッと音を立てて上体を起こそうとする。

 痛みがすごく、思わず目を強くつぶって苦悶くもんの表情となった。


「無理をなさらないで勇者サマ」


 もう一人の女声。

 気を失っていたリズの両隣りに女の人たちがいる。

 それはまだ、納得できる。

 問題は、格好にある。


「あらあら、まぁまぁ」


 挙動不審きょどうふしんになったリズ。

 隣にいた女性たちは二人ともエルフ。

 現れた金髪碧眼きんぱつへきがんの美女と美少女であった。


 したたる水ではだに吸い付く金のたき

 こしまで届く髪が、双子山のみねおおう。

 山嶺さんれいを包むように辺りは白い蒸気じょうきに包まれ、高い湿度しつどこもる熱が、白をほんのり赤くめている。

 わずかに紅潮こうちょうしたほおの上、優しい青の光は空の向こうにある美しさがあった。

 れる雫がラインを沿ってつたって落ちていく。

 つまりは裸。

 全裸。

 一糸纏いっしまとわぬ美しいボディ。当人たちはほこるだけで、じて隠すようなものではないとしてむねを張っている。

 それもそのはず、ここはそれが普通な空間。

 美しいものは、たとえ性別が同じでも目をくものがある。

 すんごいの。

 たわわ。細くて白いのに。

 ではひかえめの方に目をやっても、何かそっちの方もイケないものを見ているような気がしてしまう。不思議だね。


「……!?」


 というか、リーゼロッテおじょうさまも生まれたままの姿だ。

 身体が湯船ゆぶねつかかっている。

 状況が読めずに困惑こんわくしている中、女たちが身体にれてくる。

 びくりとリズはねるように驚いた。なんなのこのひとたち。


「神父様に聞きましたわ。きびしい修行だったそうで」


「この温泉で、私たちがいやしてあげま~す」


 温泉おんせん

 温泉……?

 屋内の施設しせつ

 差し込む光はない代わりに夜光の実のランタンが使われていて、暖色の光が心を落ち着かせるように働いてくれていた。

 ヴェルミ領内の療養泉りょうようせんたぐいだろう、とリズは勘付かんづいた。

 現在浸かっているのは、全身を寝たまま浸かれる浅さのものだ。

 泉質が異なりそれぞれの効能が別なものの他に、座った姿勢で全身が浸かれるタイプのものや上から湯が降り注ぐのを滝行のように受けるタイプなどもある。

 ここまで規模の大きい風呂場は、リズには初めての体験であった。


 あの戦闘の後、紅蓮の魔王がここに運んだのだろう。

 全身が千切ちぎれるかと思ったほどであるが、火傷やけどによる傷など見当たらない。

 あれらはすべて夢だったのではないか。そんな楽観はすぐに消える。

 外傷こそ無いが、痛みは残っていたのだ。


《あの鍛錬は、意味があったのかな……》


 力はちょっとだけ、以前より使えるようになった。だが一番の問題であった『意志の力』はあれできたえられた気がしない。

 どうにも釈然しゃくぜんとしなかった。

 答えなど、見つかった気がしない。

 リズは、ふと新たな魔王の事を考える。

 何者かわからない存在。

 思い出すだけではらわたがえくり返る感覚があったというのに、今はやけに冷静であった。トレーニングの効果? 単に時間経過で熱が覚めただけ?

 焦りはなかった。

 それよりも、疲労感が強く、全身が痛い。

 …………これが目的だとしたら抗議こうぎものだ。

 もしも疲れさせる事だけが目的であったならば、紅蓮の魔王には十二分に痛い目にあってもらいたいところである。 

 問題は、彼の魔王は強いことだ。敵としてはかべが高すぎる。

 当代の闇の勇者は、紅蓮の魔王(光の勇者)に勝てなかった。

 同じ勇者――だが何もかも違うのは、


《…………経験》


 乗り越えた修羅場の数と、年数が違うからだろう。

 経験からくるレベル差だ。

 あれだけの力があればきっと多くの者を護れるのだろう。仮に自分が道を踏み外したとき、くるってしまったとき、ふたり(、、、)でどうにかしてくれる。


《あの魔王(ヒト)を、超えるには……》


 道を間違えるのが人間の常だ。

 それはあの完璧超人じみた怪物とて、産まれは人なのだからおかしくなるのもあり得る話だ。

 その時がもし来た場合、止めるためにも力がる。

 契約けいやくで命をむすんでいるため自害も選択肢に入るが――あの怪物が(それ)を素直に受け止めるとは思えない。何らかの抜け道を使うのではとさえ、リズは思っている。それこそ経験でだいたい何でも知っている男なのだ。


 リズはニヴァリス帝国で自分の無力さをなげいていた。

 今回もそれなりに引き出せたが、やはり全開は難しい。精神的にどこかでブレーキがかかってしまう。……たとえ全力全開でもあの男と互角に渡り合えるとはさすがに思えなかった。


 ――強くなりたい


 自身をのろうのではなく、ばっするのでもなく、彼女は純粋にそう願った。

 心の奥底には邪念じゃねんじみた自戒じかい自責じせきの念があるものの、少し前向きになったのは、大きな進歩と言えるだろう。


《……強くなりた――ひゃっ!?》

 

 声は出てないが、悲鳴が出る。

 女の人たちが上体をそのままマッサージし始めたのである。

 両肩と二の腕、ほっそりとした白い指が優しくれてくる。

 やめてと言っているが、もちろんリズの声は出ていないため、彼女たちには届いていない。そのまま続行される。

 最初こそ、困惑していたリズであるが――相手はプロ。

 そのテクニックにすぐに落ちてしまった(、、、、、、、)

 疲れやり固まったものがほぐれていき、血行がよくなって気持ちがいい。


「あら?」


「勇者のお姉さん。これ髪の手入れしてる~? なんか変だよ? 燃えた?」


 一気に気分が害された。

 彼女たちのせいではもちろんない。

 いくら勇者であっても女子であるリズが、手入れをおこたることなどない。

 原因はひとつである。

 あの火炎弾にて、リズの髪の毛が若干じゃっかん、焦げていたらしい。

 機会があればあのロン毛を極限まで短くしてやる、とリズは心にちかった。

 確かに自分の力が、戦いの中で向上こうじょうしたのはわかる。

 恩義おんぎはある。

 それはそれとして許せん。

 乙女おとめの心が殺せとさけんでいた。


25/11/07

誤字の修正。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ