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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
外伝
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【外伝】 戦争 ~開戦前夜~

 (いくさ)は、その始まる前の積み重ねで勝敗が決まるという――。

どこまで武器を調達できたか。

どれほど兵の練度(れんど)を高められたか。

士気を維持するための大義名分。

兵站(へいたん)をどこまで充実化するか。

戦略も大事であるが、それ以上にまずは動かす兵が人である事を忘れずに、日々積み重ねて行かねばならない。

 実はこれ、様々な物事にも通用する。

 スポーツでも勉学でも、人である限りは戦う舞台が異なろうとも積み重ねが物を言う。

 だから、その決戦直前――前日となって急に変わった戦法(アプローチ)を取ったところで結果が大いに変わる訳がないとも言えよう。


 立花(たちばな)颯汰(そうた)が教室の端――窓のすぐ傍にて自身の存在を限りなく消し、死んだ魚にも似た目で……ある光景を静かに見守っていた。

 その視線の先には仲良さげに話す男女、男女、男女の群れ。

 季節は冬で、外は雪が降りしきる中、高校の教室は窓の下に設置された暖房や空調のおかげで少し暑い。――否、それ以外の要素のせいで暑く、熱く、忌々(いまいま)しい空気となっていた。

 外もこの熱気でやられたのか、降る雪は多大に水分を含んだ牡丹雪(ぼたんゆき)であり、積もってもすぐに溶けて水になるやもしれない。


 移動教室の授業が終わり、颯汰が教室へと戻ると、席はクラスカーストのトップに君臨する野球部の男が占領(せんりょう)し、前の座席の女子と仲良さげに会話を交わす。

 まるで最初からそこは自分の場所であるかのように大胆(だいたん)に座っては長身の刈った頭で普段以上ににこやかに話掛けていた。


 普段はここまで距離を詰めていないのに、この時期の男女は妙に浮足(うきあし)立っていて、活発的である。更に前日となるとより顕著(けんちょ)となっていた。

 普段こそは野球一筋でイキリ倒している癖に、ここ数日はその陰が全く見えない。(さわやかさを前面に出し、紳士的に振る舞っている。プリント配りなどの雑用も我先にと、取り合うくらいに競い合っている。ポイント(かせ)ぎだ。


 そう、明日は菓子(かし)メーカーの陰謀(いんぼう)によって男女がその行動を大幅にコントロールされる日――世間一般的に『バレンタインデー』なのだ。

 そもそも聖ウァレンティヌスがローマ皇帝に迫害され殉教(じゅんきょう)が由来とされる日が恋人たちの日になるのは理解できるが、それが愛する者へチョコレートを与え――貰えない者や受け取りを拒絶された者が嘆きの泥土(でいど)に沈むという悲劇の日へと変質してしまったのは何故なのだろうか。

 

 その罪は重い。

 

 チョコレート自体に、甘美な毒のような人を(とりこ)にする何かがあるかは別として、その呪いに(さいな)まれる人々はこうして積極的にチョコレートを貰おうと善行ムーブを開始する。

 女性陣がかしましく誰が好きで、誰を渡すとか話し盛り上がるのは心臓に悪いだけで問題ない。彼女達にとって恋は戦争であり駆け引きであり、最高の娯楽だ。意中の彼を誰よりも先に射止めるべく兵の如く神速を(たっと)ぶ、友情を(うた)いながら仲間を蹴落(けお)とし合うのが本分なのかもしれない。

 そこへ何故、男衆はこの日に向かって、急にそう露骨に態度を変えてまでチョコレートを求めるのだろうか。

 普段の行動が物を言う。

 ゆえにこの日のためだけに何かをするのは(かえ)って悪手となる。

 現に野球部の男に話し掛けれれている女子生徒の顔をよく見ると引きつっているのに、男は全く気付いていないという悲劇が起きていた。

 世の中の男性が草食化が(いちじる)しいと(なげ)くテレビ番組もあったが、がっつき過ぎると引いてしまう女性だっている。

 花は(ひそ)かに愛でられるくらいが丁度いいのかもしれない。それに関しても十人十色、三者三葉、千差万別であるのだが。とにかくそういうのを見極める能力も必要となるからこの社会は面倒くさい。

 彼女はおそらく仕方なく『義理チョコ』を渡すだろう。だがそれが引金(トリガー)となり発症する病がある。その気がなくても、


『――コイツ、オレの事、間違いなく好きだわ!』


と勘違いしてしまう大いなる呪い。純粋である限り異性を意識すると恋の魔弾は暴発するのだ。おそらく例え、


『義理だよ』


と告げても、


『わかってるって(照れ屋だな)』


となってしまうだろう。

 優しさが人を傷つける事だってあるのだ。最初から義理であるのに渡す方も返す方も負担(ふだん)が増えるならば最初からやらない方がいい。

 本命へ与えること、貰うことが何よりも大切なはずである。

 だが中には「義理でもいいから頂戴(ちょうだい)」とまで抜かす者すら出てくるから始末が悪い。我々が知らぬ間に、数多く集めたら景品と交換でもできるシステムが開発されていたのだろうか。

 もちろん現実ではそれはあり得ない。ただ貰った数を自慢し合うがためだ。それに何の意味もなく、強いて言えば自己満足でしかない。


 そもそも()ぜ――……。


 そっと溜め息を吐いて、脳内で浮かぶマイナス――陰を(おさえるべく呼吸を整えた。

 立花颯汰のクラス内での立ち位置はまさに中庸(ちゅうよう)と言える。特定のどこかに所属するというより、ただ傷付きたくないし巻き込まれたくないがため傍観者でありながら、一定の距離を保ちつつ、それとなく全員と交友があるという仲であった。

『目立たず、浮かずに、されど沈まず』を掲げた臆病者はただ教室で息を潜める。


 ――はやくおうちかえりたい。


 五講目の始まりを告げる鐘の音が放送されるまで、窓際に備え付けられた暖房へ制服のズボンをくっ付けながら窓の外を覗く。


 ――雪なんて降らなければいいのに。


 あの日の情景が目に焼き付いていて、寒さと痛みがじんわりと蘇る。




 数時間後――。


 病室の一画。部屋番号は“五〇三”番。

 日の短い冬場の空は薄暗く、白を基調とする部屋では窓の外に降り頻る白雪のせいで殊更(ことさら)寒そうに見えるが、空調によって一定の温度を保たれ、患者に不快感を与えないように設定されていた。

 だが、彼女はそれについて感想を述べる事はない。――出来ないのだ。

 ずっとずっと、深く眠りについている。少し強きな瞳が見えたその(まぶた)は閉じられ、綺麗な声で人を無意識に魅了する口さえも閉じている。

 閉月羞花(へいげつしゅうか)の面持ちと言える少女は病室で眠りつく。

 遷延性(せんえんせい)意識障害(いしきしょうがい)……交通事故により頭を強く打ちつけて昏睡(こんすい)状態となり、もう一月過ぎた。医者が言うには完治は難しく、もし仮に目が覚めても脳に何かしらの後遺症(こういしょう)が残る可能性があるらしい。

 眠る彼女は元からそう形作られた端整(たんせい)で優れた芸術品のようにベッドの上に飾られていた。――選ばれた者だけが持つ感性によって、もてはやされる様なモノではなくて、万人が称賛(しょうさん)する気高い美しさ、佳麗(かれい)であり奥ゆかしさを持っているその少女は、永き夢の世界を独りで歩いているのだろうか。

 元々飾る様な性格でもなく飾らなくても映えていた彼女であるが、色香も魅力も何もないただの病衣では、さすがに目が覚めていた頃の強さは薄れて、ミステリアスというより儚げという印象を強く与える。抱き上げるどころか触れてしまうだけで白磁(はくじ)の肌にひびが入り二度と元には戻らず、美しいものは永遠に残るものではないと物語りそうな雰囲気を持っていた。

 そこへ面会――様子を見に来た少年がいた。

 肩や帽子に積もった雪は玄関先で払ったが、溶けて生じた水分が灰色のダッフルコートを黒く染め、少年の前髪を()らしていた。

 誰からも敬愛される才色兼備(さいしょくけんび)の持ち主でありながら、どういう訳か見舞いに訪れるのは以外にもそれほど多くない。おそらく両親が場所を伏せているのだろう。ゆえに見舞いへ訪れる部外者はだいたい三人であった。その中に両親は含まれていない。

 少年は静かに眠る少女の横に置いてある丸い椅子に座った。足が四本の簡素な作りのものだ。安物であるから座る部分のクッションが薄く、長く座り続ければ尻が痛くなるやもしれない。

 入院して最初の十数日ほどは、不器用ながら積極的に話し掛けていたが、今は掛ける言葉は少なくなっていた。

 日数が経つに連れ、言葉を捻り出す前に目が(うる)み、弱音が一緒に()み出てくるからだ。


 もう、二度と……――。


「……そうだ。今日は本は一冊だけ」


脳裏に浮かぶ最低な弱音を断ち切るために、彼は強引に本題へ移ろうとする。だが、それがどれほど勇気のいる行動か、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうになる。

 買ってきた本は幾つか並んでいたが、その中で一際色合いが派手なピンク色で、厚さは薄く、されど内容はきちんとしている物であった。


「…………笑いたければ笑え。家に着て、指さしてでもいい」


寒空の下、わざわざ歩いてきたのだから手と頬は自然と赤くなっていたが、それでも不自然なほど紅潮(こうちょう)している。


「少し経ったら回収するから。もし、……もしも、さ。起きたら、……その、……うん」


積み上げた本と本の間に、そっとその本を挟み込んだ。どうあれ彼女が目を覚ませば見つけるだろう。それが分かっていても最も上に置くのはあまりに女々しく恥ずかしいと感じたのだ。

 言葉に詰まる。その場には眠る彼女しかいない。だが、その願いを口に出す事に彼にとって途轍(とてつ)もない勇気が必要であった。

 下手をすれば過呼吸になるのではないかと思うくらいに息が荒く心臓の高鳴りは最高潮に達した。意を決して想いを伝えようとする。


「それを読んで……、その、俺に……! 俺に!! チョ――」


「――はーい。立花さーん、院内ではお静かにー」


看護師の女性が空いた扉から顔を出して釘を刺す。空気を読まないのではなく、徐々に大声を出した方が迷惑千万なのである。


「……………………すいません、ほんとうに」


病院のシステムがよく分からないがもしこの女性が面会拒否を進言すればそれがまかり通るやもしれないのだと思い、颯汰は素直に謝る。


「…………今日は、これで……」


そう告げて颯汰は立ち上がっては扉へ歩いて行く。足を止め振り返る。

 彼女が目を覚まし渡した『バレンタインのチョコレシピ!』と書かれた本を持ちながら、クスクスと笑っている姿はなかった。


「笑いに来ていいからさ……さっさと目を覚ませよ……」


その小さな独り言を耳にした者は誰もいない。



 数分後、院内から出る。まだ雪が降っていた。停まった車には雪が積もり、道も真っ白に染め上げられていた。

 ふと自身のスマートフォンを覗くと、妹達からの着信が二十三件あった事に気付く。


 ――あ、やべ。


 約束があったのだがこちらから連絡を入れ忘れていたのを思い出す。それで折り返しの電話を掛けようとロック画面をスワイプして解いた瞬間、着信が鳴り響いた。初期設定のままの電子音に驚き、驚き数瞬だけそれが宙を浮く。慌ててそれを掴んでは画面に表示された通話ボタンをタップして耳元に置いた。


「もしもし――! あ、ごめん着信に気付かなくて。マナーモードにしっ放しで? いや、忘れてたわけではないんだ。チョコ作りだろう? 俺がいる理由はわからないけど――買い忘れ? わかったよ。メールで送ってくれ。ちょっと今バスが遅れてるらしいから帰るの遅くなるかもだけど――あ、はいすいません。急いで帰りますので夕飯抜きだけはご勘弁を……あの何卒(なにとぞ)……!」


 今晩、颯汰は妹達に付き合わされ、チョコレート作りに協力する羽目となっている。とは言いつつ作る工程を手伝うのではなく単なる味見係だ。

『何故、他人にあげるもののために舌を貸さねばならぬのか』と思いつつも、約束であるからそれは守るつもりではあった。……最後までごねるがおそらく黙らされる。

 ……妹達の『渡す人に直接好みを見て知った方が早い理論』で試食を課せられている事に立花颯汰は気付きもしないのであった。

 通話が切られると電子メールが一瞬で届き、それを一応目を通す。それからスマホでバスの来る時刻をチェックし終えると、病院の玄関前から飛び出し、雪を被りながら外をひた走る。ニット帽でもいつまでも外にいれば頭皮まで濡れてしまうだろう。材料ではなくラッピング用のリボン等とついでに頼まれた日用品を買い、急いで家に戻らなければならないのだ。今は妹達の逆鱗(げきりん)を軽く撫でてるくらいであるが、これ以上遅れれば後が怖くなるのは明白であった。


 ――間に合え……間に合え……間に合ええええええ!!


曇天の空から舞うと言うより、落ちて降り注ぐ雪に辟易(へきえき)しながらも前へと進む。息を切らしながら何度もブツブツと憎まれ口を叩いても吹雪に()(さら)われて消えていく。

 その空の、雲の上には無数の星屑たちが散りばめられていたとしても、誰もそれに関心を向ける(いとま)もないだろう。それより大事な事が明日にあるのだから。


 明日は恋人たちの日であり、親愛を形として届ける日だ。


 だから今夜は誰もが期待を抱き眠り、誰もが明日のために入念に準備を進める夜となることだろう。

 ……中には胸の内に秘めていた、それまで積み重ねてきた想いを伝える人もいるかもしれない。そんな人たちにとってはまさに今日は開戦前夜なのである。



タイトル通りバレンタイン前日の物語です。


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