01 信頼
首都バーレイは再び喧騒に満ちていた。
それは昨日の戴冠式を兼ねて凱旋が執り行われた後、国を挙げての盛大な祭りの翌日であった。
式典の主役である新たなるアンバード国王――真なる王として座に就いた“立花颯汰”は、宴に参加せず早々に寝床に着いた。
宴会のさ中に主賓が抜け出すという事態は、必ず悪いことばかりではない。
むしろ目上の者、それも最上位の王がいないという状況は、部下たちにとって羽を伸ばしやすい。同時に羽目を外し過ぎる可能性もあるが。ちなみに昨夜から今朝がたにかけての宴は後者である。
颯汰も通常時は完全な未成年であるし、元の世界に居た頃の記憶と合わせると成人していたとしても、酒の味を知らない。度重なる激闘に疲労困憊となっていて、このままでは立ったまま寝そうであった為、長居はせず、すぐに寝る事にしたのだ。
激動の日々であったが為――翌日である今日ばかりはゆっくり休むつもりであった。もうすぐ日が頂点に達する時間帯であっても、このお子様はぐっすりスヤスヤ御睡中である。
同じ首都とはいえ、再建中の現場の騒がしさは古城まで届かなかったようだ。
威勢のいい声がする。
あれだけ飲めや歌えやお祭り騒ぎをしていた者ばかりだったのに、翌日にはケロッと平気そうに作業している辺りさすが人族であろうか。
「よし! 親方ァ! この建材はここで良いんだな?」
「おうよ若えの! お前さん居てくれて助かるぜ!」
「へへっ! 腕っぷしには自信アリ、ってね!」
木材や石材、レンガどころか鉄までも軽々と運ぶ青年が腕まくりした力こぶに手を置いて言いのける。
大工仕事はてんで素人であるため。簡単な手伝いをし始めていた。
ここに来て日は浅いが、何日かは手伝いをしているアルバイトの青年。
平時ならば人族などここに来ることはないが、戦争を経たこれからは、変わっていくことだろう。
青年の名はマウリシオ。
刈り上げたアップバングのショートヘア。
黒みを帯びた茶髪に、青を帯びた灰色の瞳。
顔は整っている方だ。学校のクラスでは三か四番目と言ったところだろうか。
体つきは結構がっしりしている。今は上着を一枚脱いで腰に巻いている。
彼はどうやら着やせするタイプで、シュッとしていたのに脱ぐと意外にも逞しく筋肉が付いていて驚かれていた。奥様方も大興奮――明るく人当たりの良さも要因だろう。
出身地はヴァーミリアル大陸であるが、ヴェルミ領内ではない。
当初は流浪の旅ガラスであると称していた。
戦争や内乱でゴタゴタがあって、ヴェルミから支援にやって来た馬車に乗せてもらい、ここまで来たらしい。
素性は怪しいが荷物を検査しても特に危険物や異常が認められなかったのと、陽気で素直な性格が幸いしてか、今やこの仕事に在りつけている。
そんな他種族の者に漢気を見せられたとなれば、自国の野郎どもも黙っているわけにはいかない。もちろん全員ではないが、魔人も鬼人の中で気合と根性で立ち上がった者たちがいた。本来であればそんな状態で働くと余計に危険であるから、颯汰が起きていた場合は強制的に休ませるように命じることだろう。体力の過信は本当に危ない。自分だけではなく、周りも巻き込む危険性があるため、本当に無理は禁物だ。新たなる王も身体を張って休んでくれているので、そこは素直に見習うべきだろう。
しかし、大工衆が気合を入れるのも無理もない。
マウリシオたち人族が頑張ってることだけではない。
それこそ原因は王である立花颯汰にあった。それに気づかずスヤスヤと深い眠りに沈んでいたのは、これまでの日々を知れば納得がいくことではある。
昨日は様々な事が起きていた。
そのすべてが終結した後のことだ。
王都から大陸中に浄化の風が奔り、黒い泥は剥がれ溶けて消えていった。
今まで清掃や瓦礫の撤去が困難であった地域も、これで復興できる。
そして、首都中の大工たちが集まって話し合い、まず何から手を付けるかは事前に決めていた。
首都を囲う防壁である。
以前から新王は己の住居でありシンボルともなる城よりも先に、周辺を直すこと優先させていた。――他国や野盗、魔物といった外敵からの襲撃を防ぎ安心して居られる事から、この時代の人間は囲いである壁を重要視している。単純なことであるが、颯汰の民を想う姿勢も民衆から評価されていた。『……むしろ前王である迅雷の魔王があまりに民を虐めていたから、一層のこと反動で誤って高く評価されているだけでは』、と後に褒められて恥ずかしそうに顔を背ける王は後に語る。
しかも、簒奪者が暴れた痕や黒泥の汚染が残っていた場所などもあり、修繕は終えていなかったところに――首都を襲撃してきた鉄蜘蛛の爆発による余波で、さらなる損傷が生じてしまっていたのだ。
それを直そうと大工衆が立ち上がった時に出鼻を挫かれる事となる。
それを王が修繕したのであった。
意味が分からないだろう。
貴族も一般市民も理解できていない。
まさに神の御業ならに、魔王の御業と語り継がれる偉業。
首都の各地がまだ復興途中の中、外壁だけは見た目は以前と同じであるが真新しくなり――しかも討伐した鉄蜘蛛の骸まで用い、さらに堅牢なものとして生まれ変わったのである。『急に地震が起きたかと思ったら、ズドンと生えてきた』と多くが語る。そんなわけあるか、と見ていなかった者は当然疑う内容ではあった。実際になってるやろがいとしか返答のしようがない。
ともかく、まるで歯のように生え変わった防壁により、市街地の復興が優先的に進められるようになった。貴族の家々の修復するために個人で業者や商会に依頼する分には止められなかったが、王がヴェルミから預かった者たちを買収することは禁じていた。
まき散らされて少し残った泥が消えた。それに内乱が治まったことで、急速に首都は回復していく事だろう。
人々は悲嘆に暮れず、前向きに進んでいるのが見て取れる。
ヴェルミから派遣された人族(とバテて寝ているエルフたち)の大工と魔人族や鬼人、竜魔などで構成されたアンバードの大工たちは、同じ現場で作業することはなかったが、隣同士で作業を進めていることはここ何日かあったようだ。
敵国同士ではあるし、互いに隣人が殺し殺されを繰り返していた戦争の後である。それでも大工衆のような職人や肉体労働者は『実力』を視ているゆえか、表向きには憎悪は潜めている。友人と呼ぶにはまだ早いが、ライバルとしては成り立っているように思えた。
「おら! 大事な大事な他人様の家だ、人族なんかより丁寧に造れ~! エルフども超えを目指すんだよぉ!」
「ウチの棟梁は無茶をおっしゃるなぁ!?」
競うのは良いが安全に、また早さを求めて拙い造りの建築にならぬように徹底して仕事をしていた。
時間はあっという間に過ぎていく。
汗水垂らして社会貢献、そこで給料の発生するのは気分が良いものである。
大工たちは国からの支援もあって、そこそこ豪勢に遊べるくらいには余裕があった。問題はそのお金の使い道である建造物が乏しい事だ。いずれは繫華街は蘇るだろうけど、それにしても物が壊れただけではなく、人が死に過ぎた。
大工衆は自分たちが、人の営みに関われる――生活の基盤である住居を建てるという仕事を、誇りに思っている。
「よし、午前はここまでだ。休憩と行くかー」
「おっしゃ! 飯だ飯だ~」
「親方ァ、俺『赤の煉瓦亭』って店行ってみたいんすけど」
「いいや、マウリシオ。あそこは今、貴族様様たちが陣取っていて気まずいったらありゃしねえから、止めときな」
「なるほど~」
「ま、昨日と同じとこでも良いだろ。あそこが一番、旨え。おススメだ」
「親方が奢ってくれるから、どこでも付いて行きますぜ!」
わざとらしく自分の手を揉むような仕草で媚びを売る。売れてるか怪しい。
「コイツ、調子がいい奴だな~」
人族の大工の親分ヘッドロックをかまされながら、マウリシオは余裕ではあるが困ったように笑っていた。まるで随分と前から知り合っていたかのように、全員とウマがあった男である。不思議な魅力というより、直の明るさという魅力が人を惹きつけるのだろう。
ハハハハと笑っていたマウリシオが、ふと遠くを見て、すぐに目を逸らした。嫌な記憶やトラウマか何かを思い出した……のではない。
――当然と言えば、当然なんだけど……、やっぱ、気が散るなぁ
困ったように頬を人差し指で掻きながらマウリシオは思う。
視線の先は遥か遠く。
並び立つ家や坂の上の貴族街をさらに超える。
「親方ぁ」
「ん? どうした、急に元気なくして」
「信用って、どうやって得られるんですかね」
「藪から棒に、だな。俺はもうお前の仕事っぷりは真面目で信頼してるけど」
「お、なんだマウリシオ? 女か? 夜な夜な遊び惚けてるんだろ?」
茶化す同業者の人族。
「違うっすよ~。……あれ、これは信用されていない証では?」
「おい、落ち込んじまっただろうがよ」
「意外にナイーブなんだなマウリシオ」
爽やかで陽気な男が少し、傾く。
それを見て親方と呼ばれた白髪混じりで髭の生やした男は、静かに溜息を吐いた後に語る。
「信用なんて重ねていくしかねえだろ、きっと――」
「俺たちは金を積まれたらひょいっと信頼するけど。なぁ」「そりゃお前だけだ、一緒にするんじゃねえよ」「むしろ急に金出してくるやつって怖くね?」
「おいバカども、せっかく親分である俺がガラにもなくイイこと言おうって時に」
「あははは、悪かったな親方」「続けて続けて」
「うるせえな。いいから飯行くぞ」
改めて続けるのが気恥ずかしかったのか、鼻息荒くして早歩きになった。
部下たち八名は謝りながら、食事ができる店へと向かっていった。
「…………」
そんな彼を監視する者たちがいた。
遠い地点――街中の高台から狙撃銃型霊器のスコープを覗くレライエと、古城の尖塔から見下ろす紅蓮の魔王。
「現状は普通に労働をしているな」
紅蓮の魔王の独り言が風に流れている。
その声は普段通りの冷静な物言いであった。
一方で別所――倒壊せずに残ったが建物の中でレライエは言う。
「あぁ言う手合いが、油断ならないんだよなぁ。人族だけの国家から来た、マウリシオとかいう野郎……さすがは“魔王”か」
スコープ越しで目が合って、肝が冷える。
キッツいなぁ、と独り零した。前回の反省から逃げ道は豊富に用意したが、あぁいった化け物の類いの相手はもう懲り懲りであったのだ。




