54 秘密の会合
薄暗いところ。
燭台に火など灯されていない。
着火剤もなく湿気っているため、簡単に闇から解放されそうにない。
少し光が乏しいが、奥の方から僅かに差し込んでいる。
並ぶ石材、湿り気があって苔が生えている。
どこぞの地下ではある。ただし、空と太陽から遠い場所かと言えば、それは大きな間違いであった。
「着いたな」
漆黒の門――と表現が正しいかわからない得体のしれない黒い円の中から現れた黒衣の男女ふたり。闇の回廊を渡り、長距離を短縮してこの地に着いた。
ゴモラ教団と呼ばれた集団が用いる、移動手段であった。
深淵の闇を超え、階段を昇っていったところ、木漏れ日が破れて無くなって久しい障子の隙間から差し込んで届いてきた。
石造りの階段を昇った先、地下から地上に至る。
「来たな」
外から女の声がした。
様々な自然に侵食され、木が腐った建築物。
忘れ去られて久しい寺院であった。
ある意味、外界から隔絶された領域。
そこで待ち合わせていたのだ。
「やぁ、待たせたね」
「ふふふ。ようこそー。アズールド大陸へ」
ヴァーミリアル大陸から北東、アルゲンエウス大陸からだいたい東南東ぐらいに位置する浮遊大陸。すべてが謎に包まれた大陸。
何しろ空に浮かぶ浮島に入る方法が無いのだ。
仮に空中で入ろうとすれば、“相応の洗礼”を受ける羽目となる。
ゆえに、闇の回廊を用いらねばこんな場所にたどり着けるわけがない。
現れた男女は、待っていた美女に迎え入れられた。
「いやぁ、大変だったよお姫様――いや、烈震竜姫サマ?」
「ハハハ、苦しゅうないぞー」
大層な名で呼ばれた、若いが幼くはない美女。
薄っすら焼けたような浅黒い肌。
尖った耳だけ見れば、魔人族に少し近いが、徹底的に違う部分がある。
プラチナブロンドの上に生えている両角は天を突く。
格好は巫女装束であった。
この寺院に居ついた亡霊か何かだろうか。
「なんですその、格好は」
共にいた女性の方が尋ねる。
この世界では馴染みのない格好であった。
白と鮮やかな赤で、どことなく神聖な雰囲気を感じる。
「んー? 最近、流行りの私服ー」
全身を隠した黒衣と相反する清廉さ。
一瞬、面を喰らったように衝撃を受けて動かなかった女であったが、
「はー……、なるほど。アズールド大陸はやはり独特な文化なのですね」
外界から遮断された天の孤島――独自の文化が発達したのだと受け止めたようである。
それに対して主たる男は呆れた声で美女に言う。
「いやウチの子に変な嘘を吹き込むの、止めてもらえません?」
「アハハハ! かわいーからねー」
闊達に笑う姿も画になる美女。
からかったが、バカにしたかったのではなく、愛らしさゆえだ。
えっ、と口にして状況が読み込めなかった女に、主は説明を加えた。
「巫女装束。この国の女性祭司が纏う衣服だよ」
神を祀るものとして由緒正しい装束だ。
しかし、女は一度騙された身であるため簡単に信じない。
「……いえ旦那様、私はもう騙されませんよ。そんな胸が開いていて、横から見たら腿も脇も丸見えなんて格好が、祭司なわけがありません!」
「…………」
「……」
「?」
黙り込んで、ふたりの視線が横にそれている。
「最近は、こういうものが流行りというか。これがある種、もう立派なスタンダードというか……」
「いや、あーでも……そこはちょっと、議論の余地があるかなもしれないかなぁ……イイとは思うんだけどね!」
一体何の話をしているのか、ひとり置いてきぼりを食らう。
これ以上、深掘りをしても無益だと断じた姫巫女は、手を叩いて話題を変える。ここにやって来た者たちは、エロ巫女服について語りに来たのではない。
「ま、まぁ気を取り直して! 何をしでかしたのか、あーしに話してよー」
冒険譚、あるいは懺悔か。
「なんだっけ? ソウ……ソウ……お友達に会えた?」
褐色ギャル姫の問いに、男は首を振った。
「いいえ。親友には今は会えませんよ」
「えー? それでよかったの?」
「えぇ。会ったら情が湧いてしまいますからね」
「はーん。……気持ち悪ーい」
後半部分が小声で早口。
「辛辣! そういうのじゃないんだよ、女性ってなんでそう、男の友情をちょっと変な風に変換するのかね!?」
男同士の熱い友情を、女子は何故か曲解しがち。
要らぬ湿度を求め、距離感の近い友情を精神的な繋がりと性愛と見なす。ただしこれは男性の方にも言える事だ。女性同士の仲良さげなやり取りも変な目で見る輩はいる。
「あーはいはい。あーしが悪うございやしたー。続き続き。アルゲンエウス大陸で悪さした話の後よ」
彼らがアルゲンエウス大陸で暗躍をした後、一度ここに訪れていた。
男女は結構な頻度で顔を出していたようだ。
「悪さて。……ヴァーミリアル大陸に移動してから色んなことをしてました。順序を追って話します?」
「いいや。あんたは不可解に思える行動に対して、あーしがいろいろ質問してもはぐらかす事ばかりじゃーん? あーしが興味持ちそうな、あるいは必要そうな話だけでいいよ」
「面目ないです。話すことで計画が狂うことが、経験上、幾度もあるのでね。本人が漏らそうという意思が無くとも」
「風の便りみたいな? 壁に耳あり障子にメアリー?」
「森の中にも間者アリってね」
「……?」
何の話をしているのだろうかと女は首を傾げた。
ちなみにアズールド大陸には忍びの者がいる。
「どこで誰が聞いてるかってわからないってね。遮音の結界は張ってあるし、侵入者がいたらあーしが気づくけど。まぁいいわ。ちゃっちゃと話して」
わくわくを隠せていない美女。
浄化装置の手配云々は面白い話でもないし、下界の人間がどうなろうと彼女は然して気にしないだろう。一番刺激があって彼女の興味ありそうな話を選択する。その為にここに来た。
「……仙界・第三階層の管理者とバトってきました」
颯汰の剣の師匠である“湖の貴婦人”を襲撃したのはこの男だ。
そう、彼女の体内にパッケージ化した呪いの塊を捻じ込んだ犯人である。
「あの子、結構やり手だったと思うけど?」
なんとか流拳法の使い手ーとか、かなりうろ覚えでドラゴン巫女は続けた。第四階層を任せている代理より強いという事は覚えていた。
「えぇ。それもソウタの師匠です。こっちから不意打ちを仕掛けたというのに、死ぬかと思いました」
「はえー……。魔王にすら届きうるか。どんなんだろ。見てみたいな」
素直に感心していた。
それほどの高みに至る業の閃きは興味すら湧く。機会があれば招き入れて、その絶技を見てみたいとすらギャル姫は思ったようだ。
「まともにやりあったら首が刎ねられてましたね。本当、わけがわからないぐらい強くて。……最も楽なパターンを引けたから何とかなりましたけど」
「あーでも、なんで襲ったの? 親友のソウタ君に嫌われちゃうんじゃないのー? それー?」
「とある事情でね。『仕掛け』を施すためだったんです。それに告げ口の心配はありませんよ」
断言する魔王に、ギャル巫女が予想を口にした。
「なーに? 師匠としてのプライド? それとも“視た”から?」
「両方ですね。“視た”から既に知っていた」
「…………本当、あんたってえっちな奴ねー」
「不名誉!」
覗き趣味で知っていたわけではないことを、ギャルドラゴンも知りながらあえてイジって笑う。彼の固有能力はそういうのと異なる仕様だ。
爆笑するギャル。ある種、ご褒美である。
何故ならそこに嘲笑や侮蔑といった負の感情はなく、親愛が多大にあるのだから。
言った当人(龍)は自覚はないし、言われた方も嬉しくないため、連れの女が安堵の息を漏らした。
「『仕掛け』ってなんなん? 罠?」
「ある意味で、はい」
「えー、嘘ー! マジで最悪じゃーん! ウケるわー!」
爆笑できる要素がない。ローブの下で女が信じられないものを見たような目をしたが、それで彼女を見ることは何とか避けた。竜種の王がそんな目で見られた事を察知すれば、何が起こるか簡単なことであるのだから。
侮りや軽蔑の視線など、死に直結する。
「パッケージ化した呪物ですね。特殊なロックが掛かっていて、まぁ放置しても死にはしないですが毒素がごく少量漏れ出て、衰弱が永く続くように設定してました」
「……並みの精霊だったら死んでるよ、それ」
「えぇ。ゆえに丁寧に準備をして調整しましたよ。……呪物を絶対に捻じ込む必要があった。そうしないとコッチが詰むからね」
「お前の目的のためか」
姫巫女は少し鋭い声音になっていた。
精霊に呪いは結構なライン越え行動である。
女は少し、肝を冷やしていたが、男の方はそのままの調子で続けた。
「ご名答、後の計画のための布石です。一見すると最低最悪な行動でも、長い目で見たら世界を救うことになる。呪物なんてものを放っておくような親友じゃないしね。彼は絶対に取り込むと知っていた」
「そのために、そんな綱渡りをねー」
明確に何かが、とは表せないが――空気が張り詰めていた。
それでも友は続けた。
「あれは『その時』まで取っておいてもらう必要があるんです。……白のギガスも本物の“神の宝玉”を搭載していたら、台無しになる可能性もありました。ソウタが精霊から受け取った呪詛を転換してロボットにぶつけるなんて斜め上の発想で対処するものだから。事前に贋作を用意する必要もありましたし」
「やはりあれもお前の仕業か。なるほど、ギガスにしては弱かったわけだー」
烈震龍姫もあの戦いを見ていたようだ。
仮に白のギガスが本物であった場合は首都は炎に包まれていたし、せっかく仕組んだ『呪い』も武器として使われる、と彼は知っていた。
目的の為、暗躍する男たち。颯汰のサポートだけじゃなく、邪魔をするような動きまで取っていた。それには理由がある。
「そこまで、……お前がそこまでしないといけないことなの?」
友達と想いつつ、直接ではなく間接的に係わっている。以前話を聞いた限り、面識すらない相手であると美女も知っている。
会ったことすらない相手にそこまで尽くせるのか。自分は命懸けになれるだけの価値があるのか。その献身が相手に理解されないというのに続けるのか。
そういった意味合いでの質問でもあったのだろうか。
もちろん、親友を救いたいというのもある。
ただそれだけで動く“魔王”ではない。
「えぇ。世界が滅びます」
颯汰の友を名乗った不審者の男は迷いなく言い切る。
この行動に、他者から意味を求められた場合はこう返すしかない。
友人も、延いては世界も不幸にさせないため。
「再三その台詞を言うよねー。世界、世界、と」
それに対して、最初こそ明かる気でへらへらと笑っていたギャルが、唐突に本性を――その片鱗を垣間見せた。
『仮にも世界を脅かす“魔王”が、世界を守護する竜種の王者たる“四大”に向けて、世界を『救う』『滅びる』と宣うとはな。羽虫風情が、大層な台詞を口にするではないか』
人に近しい姿をしていた美女は、“烈震龍姫”――四大龍帝の一柱と同じ名で呼ばれた。
世界を蝕むもの側に立つものが口にする言葉ではないとして憤慨した。世界を守護するものたちに対し、ある意味での侮辱であり、名誉毀損行為だろう。『お前たちでは世界を護れない』から『俺がやってあげている』という。
魔王である男は動じていなかったが、傍にいた女は気を失いかけた。事前にこうなる事を知っていたかのように腕を伸ばして女を支えながら、竜の王者を見つめる。
ヒトの姿を模りながら変化なく、大きさも姿も一切そのまま。
なのに吹き出る王者としての圧は増している。
竜種の心臓は魔力を生み続け、周囲の自然を歪めてしまう。
抑えていた魔力が、僅かばかりに体外へ放出されていた。
竜の逆鱗に触れれば、一帯は暴虐の限りを尽くされる危険性がある。
それに対して魔王は、泰然としていた。




