48 決戦! 白の巨神(前編)
英雄たちが戦場を進む。
討伐目標は白き女神――機械仕掛けの女騎士。
神々しい出で立ちをしているが、災厄の化身たる鉄蜘蛛の背から生まれ落ちた存在である。
人類に対して敵意を持って荒れ狂った怪物――鉄蜘蛛の新たな姿に、恐れ慄くところを、英雄たちは勇気を振り絞って前へ行く。
誰が合図したでもなく、人々は戦の熱のやられたように狂奔していた。
勝算など考えていられない。
ここで現れた女騎士――“白の巨神”を討たねば人民に生きる道が絶えるとわかっていた。
しかし兵を預かる身である将は、そういう訳にはいかない。
勝てぬ戦いはしてはいけない。
ゆえに、バルクード・クレイモスが指揮を飛ばす。
本命の到着がほぼ同時であると予想し、早めに進軍を開始していた。敵機から二射目のレールキャノンが放たれるよりも先に、跨ったウマにて疾駆し、命令を下した。
――あの巨体で武器を振るわれては、防ぎようがない
基本的に合戦とは、人間同士のぶつかり合いだ。
常に優位に立てて、攻撃が一方的に通るとは限らない。
だからこそ、最前線で盾を構え、敵の攻撃を受け止める者が重宝される。
だが、あの巨人から放たれた一撃はきっと大盾など意味を成さない。
月の光に妖しく照らされた銀白色の女騎士――。
鉄蜘蛛に比べるとかなり小さいが、人体など優に超える大きさ。
人間など軽く吹き飛ばせるほど力があるに違いない。
厄介なのは、その体格差から放たれる各種攻撃行動にある。
攻撃範囲も破壊力も人類を凌駕しているなど簡単に予想できる。
自軍の攻撃が届く前に、固まっていたら薙ぎ払われてしまう。
陣形も人間や魔物などまでを想定しているものだ。決して巨人など相手に訓練などしていない。だからこそ、まずは敵の出方を見る必要があるだろう。
「伝令である!」
先行する部隊に、乗馬して追いついた伝令役が大きな声で叫ぶ。
松明を片手に、兵たちに呼びかけた。
『混成軍であるし、士気は高くとも練度は少しばかり低い。ゆえに合図だけで陣形を組めるとは限らん、貴様らの指示に掛かっていると言って良い』
とは、バルクード・クレイモスの言葉。
これは騎士たちを侮っているわけではなく、戦場でいきなりアドリブの指示に、柔軟に対応して動くという事の難しさを知っているがゆえの発言であった。いきなり連携しろといって何十何百もの人間が、その場で実行するのは難しい。
ゆえに出した命令は単純なもの。
ともかく考えなしの猪突猛進は厳禁という事だ。
ただ向上した士気を下げるような指示――その場で待機とは命じなかった。
いくら貴族階級とはいえ職業軍人たる騎士は、粗野・粗暴な部分が少なからずあると見ていい。ここまでイケイケ押せ押せゴーゴーゴーなテンションな状態で急ブレーキは、彼らの良さを活かせなくなる。
「重い装備の者よりも、回避に自信がある者が前に出よ!」
それに加え、敵が何をするかわからないためビームなどで広範囲を焼かれる可能性を考慮して『散開して包囲』するようにと命じた。
敵が何をしでかすかわからない巨人相手なので、騎士たちも納得して命令に従ってくれたようだ。敵の行動を読み次第、すぐに攻め入る手筈とした。
八ムート弱の巨体の周りに、英雄たちが集まっていく。
伝令の叫びの一端が、自分の耳に届いたバルクードは自嘲する。
「かなり、無茶な要求をしたものだな。我ながら」
高まった士気と、さらに確実に敵を惹きつけ役の『王』がいるからこそ成立する無茶であった。
「閣下……」
「なに、無駄死になどさせぬ。我も前に出るからな!」
前線へと駆けるバルクード・クレイモス。
彼自身が既に死に体だというのに、その命が尽きる前に走り切ろうとするように燃え上がっていた。
一見すると、何も意味を成さない包囲網が展開されている。
だが、散って多方面から迫る影に、白の巨神は完全に無視などできないでいた。動くものがセンサに捉えられる。たとえ小さい虫であろうと、機械的に情報を取得してしまう。人間でいうところの集中が掻き乱されている状態に近しかった。敵の装備で危険度も測定してしまう。
『…………』
白の巨神のボディの強度は、巨蟲・鉄蜘蛛と同等以上であるため、簡単に傷はつかない。だが何百もの戦士に寄ってたかって暴力を振るわれれば、いつかは壊れてしまう。それでも女騎士たるもの、絶対に屈しない気概ではあるようだ。
雑魚など構っていられない、と思っても意識が他へ向こうとする。
だが彼女は機械でもある。殺戮兵器から再誕した戦女神だ。
彼女の電脳ユニットが、本来の標的だけを絞り込むように働いた。
『――!』
巨神が空を見上げる。
見当たらなかった標的が飛翔したことに気づいた。
月から零れ落ちる雫のように――。
銀嶺の王が刃を掲げて降りてきた。先ほどのキショい金属バットは解除され、再び全身に装甲を纏っている姿となっている。
立花颯汰は英雄の剣にて、敵機を滅ぼさんとした。
それを迎え撃つように、剣を抜いた“白の巨神”。
女騎士のような姿をした巨人は、迫りくる敵――排除すべき脅威に対して剣を赤熱させたヒートソードを振るった。
光と光が衝突する。
宙から降りた絶望の使者は、真っ向からその赤く燃える剣に向かって白銀に輝く剣を当てる。しかしそのまま斬り合うつもりなど最初から無い颯汰は、迫る巨剣に対して角度をつけてぶつけた。刃にて巨刃を防ぎつつ、その場で前転するように転がり巨剣の剣身の上を滑り込んだ。そして態勢を整えた後、剣身を足場として利用し、蹴り抜いた。
熱さを訴えながら、気合を込めて叫んで跳び掛かる。
軌道を変え、颯汰は女騎士の頭部に向かって攻撃を仕掛けた。
『貰ったッ! ――……っ!?』
視線は、女騎士の赤く光るツインアイ、さらにそこから下へと向かう。
英雄の剣プロテア・グランディケプスにて、その頭部から丸ごと斬り裂く――つもりであった。
だが敵は人型。
右手を抜けたその先には、左手が待っている。
剣を掻い潜り抜けた後、女騎士ロボの掌が颯汰の全身を捉えたのだ。
人の肉や骨ではなく、堅い金属を叩きつけられた感触。
走る自動車に突っ込まれた感覚が近いかもしれない。
衝撃が、理解と痛みよりも先に全身を巡る。
『――でっ……がぁっ……!』
飛ぶ蠅なぞ、一叩きで充分であった。
空中で凄まじい勢いで、右方向に突き飛ばされた颯汰。
何時ぞやのように、そのままどこか遠くの星に還るところを、シロすけとリズが救助するのであった。
シロすけが風を操って飛ぶ勢いを殺し、リズがボードで飛行しながら受け止める。少し船体は揺らいだが、大きく態勢が崩れることもなく、颯汰の保護に成功した。
風のボードをほぼ真横に倒しながら受け止め、水平方向に戻しながら飛行を続けてみせる。慣れた様子で速度は多少落としながらも、空を飛び続けていた。
痛みは当然あったが絶命に至るほどではなかった颯汰は、苦悶の声をあげながら立ち上がる。頭までクラクラして夜空よりも近くに星が見えたに違いない。
『くっ……強烈だった。ごめん、ありがとうリ、……何ですその視線』
無理をし過ぎた心配より、ほのかに感じる侮蔑と怒り。不満が見える。
何に対してかを気付いていない訳がないのだが、颯汰は気づいていないふりをする。斬る際にたまたま視界に入った程度だったと弁明をしたかった。だが過剰に反応を示せば、それを認めることになるため、すっとぼけたのである。
例え造り物でもいいのか、などと責められたら泣いてしまう自信が颯汰にあった。情けない自信である。
そもそも、女騎士ロボは籠手と具足を纏い、腰にはスカートアーマーが付いている。それなのに、たわわな金属がどういう仕組みか防御力ゼロみたいな状態。胸部装甲が薄すぎる。実際、全身が鉄蜘蛛装甲ゆえに堅牢であるから、鎧自体が不要なのだろうけど。ただ、一応丸出しではない。下半球は何のために造られたのか永遠の謎になりそうである。ロボットの癖にちょっと揺れるのはおかしい。あれのせいで変に誤解を生んでしまったに違いない。製作した変態の趣味だろうか。などと頭に色々浮かべていたが、むっつりとして颯汰は隠し通すつもりだ。
『とにかく、両手をどうにかしないと厄介だ』
コイツ……みたいな顔されたが、リズも流線型となった風のボードを操りながら、視線を白の巨神へと向ける。セーフ。
女騎士は放熱している剣と、変形して展開されたラウンドシールドを構えていた。
赤い眼が敵意に燃えている。シロすけがそれを見て唸る。
リズが念話にて、ふたりで突撃して両腕を攻撃するのはどうだろうか、という作戦を伝えてきた。
『どうかな……。危険だと思う。敵の動きを封じるには……――ハッ!』
ハッとして閃く。
散々幼体と称される機体に悩まされた拘束攻撃、粘着弾。
それを再現はできなくとも、着想は良いものであった。
巨体を封じるイメージ……それに相応しい形を考え出す。
『動きを封じる、拘束、糸。……!』
言葉に呼応するプロテアと亜空の柩。
既存のものに手を加えることで即席で道具が完成する。
『これでいく。跳ぶから、頼む。……(ぅわ、ちょうーっと、だけこわーぃ)』
説明が拙いというよりほぼ無いまま、颯汰はボードから再度降りた。
後半に小声で何かボヤいていた気がするが、それは別段気にしなくてもいい。風を切って進むボードの音の方が大きかった。
他の騎士たち同様に、彼だって勇気を出す必要があろう。
颯汰は白の巨神に目掛けて落下する。
常に見張られいた状態であるため、それ自体が奇襲とはなり得なかった。
近づいてきた外敵に向けて、白の巨神は警戒して事に当たる。
今度こそ赤熱する刃で撃墜するつもりであった。
それに対し、颯汰は左腕に装着した亜空の柩を突き出すように前へ向けた。左腕に付いた棺――普段は剣を抜く鞘となっている部分から、逆向きに剣の刃が飛び出てくる。その剣は杭のようで先端に向かって鋭い形をしていた。
『……!』
射出するのは予測できたそれが、自機に向けられていた。
ゆえに攻撃行動であるとして、女騎士は剣を振った。夜に赤く燃える光の軌跡がくっきりと映り、鈍い空気を切り裂く大きな音がする。
迎え撃つために剣を振るう中、左腕から飛び出した針が、三本に増えた。
異変に気付いた女騎士ではあったが、既に動き出していたため止めることできなくて、ヒートソードを振り切ることにした。
落下速度を計算し、敵を正確に捉えたはずの一撃。
だが颯汰は左腕は真下へと向けると同時に、剣が射出された。
射出された剣が、颯汰よりも先に地上へと到達した。
地面へと吸い込まれた剣は、荒地に深々と刺さり込む。それだけだと無意味な行動であったが、剣から不思議な光が伸びていた。その剣の柄頭から射出口――颯汰の亜空の柩まで伝う淡く白銀に輝く紐状の物体。鉄蜘蛛由来の金属で造られた糸であった。
『光束ねし白銀の弦!』
地面から伸びた光の糸を辿るように――コード付き掃除機のコードを巻き取るように引っ張られ、斬撃を回避してみせた。
落下速度を早め、残光と熱が、寸で通り抜ける。
直後に颯汰は腕部のスラスターから青い火を吹かせた。
そのまま巨体に向かってではなく、振るった剣を持つ右腕に向かって飛んだ。
敵の変則的な機動に対し、女騎士はツインアイで捉えて左手で追ったが、腕の外側まで颯汰がはみ出していった。
光の糸が三本、腕に絡みつく。
触れただけで痛みなどは無い、ただ光るだけの金属糸。
糸は地面から腕を伝い、女騎士の腕を支柱にしてぶらぶらとその先でぶら下がる颯汰。ただの戯れなどではなく、そこからさらにスラスターで飛ぶ。
右腕全体に糸を巻きつけるために颯汰は回転して腕に絡めて、今度こそ捕まえようとした手を逃れ、リズに回収された。凄まじい勢いで加速して逃げられただけではなく、巻かれた腕が糸に引っ張られ、白の巨神の意思とは無関係に後方に持っていかれる。
武器を持った右腕の自由を一瞬、奪った。
当然、女騎士ロボがそれで屈するわけもなく、糸の切断を試みる。
右腕に持った剣にて切断をしようとしたとき、
『!』
咄嗟に手首を動かし攻撃を躱す。
竜種の砲弾らしき光が通り過ぎていく。
データよりも遥かに出力が低い『神龍の息吹』は――フェイクである。
そちらに意識を向かわせ、颯汰たちは今度は左腕を狙った。
そのまま右腕に絡んだ糸を引っぱりながら、白の巨神の背を通り、左脇から左腕に絡めていく――ところに巨神の頭突きが襲い来る。
突然のヘッドバットは予想外であった。戦う女騎士がお淑やかな訳がない。
全身が堅い金属であるため、ぶつけるだけで凄まじい打撃となった。
その直撃を喰らって、大きく態勢が崩れるリズと、そのまま落下する颯汰。
闇の勇者は航行不能状態で回り続けながら遠くへ、やや緩慢な速度で墜ちていく。
銀嶺の王は気絶し、白の巨神から正面方向に離れた位置の地面へ落下する。
一瞬のうちに、絶体絶命の危機に陥ったふたり。
颯汰はそのまま地面にペシャンコになって、吐き捨てたガムのようにへばりついて終わるかに思えた。
(次話、遅れるかもしれません。)




