46 絶望の光
英雄の剣が皓々と輝きを放つ。
ヴァーミリアル大陸を恐怖に陥れた、巨大な機械仕掛けの魔物――災禍を振り撒く鉄蜘蛛を討つために。
銀嶺の王――立花颯汰は空より現れた。
闇の勇者であるリズと、竜種の子たるシロすけと共に。
仙界からゲートを通じて上空から落下し、上手く鉄蜘蛛の背面に着地した。
そのまま一向は、間髪入れずに敵機を攻撃し始める。
突然の参戦であるが、機械は冷静に対処しようと動き出していた。
鉄蜘蛛のテンタクルアームによるビーム砲。破壊されて残り二門となっていたが、左右から挟み込むように最も恐るべき敵に向かって撃とうとした。が、放たれる前にシロすけが両翼から発せられた風の竜術による真空波の刃が、テンタクルアームを切断した。闇夜に溶けた白刃は大太刀による一閃と見紛うほどに鋭く豪快で、凄まじい範囲によって触手を断つに至る。小さくとも決して侮れない、驚異の生物が竜種である。
鉄蜘蛛は怯まず正面に伸びた首を稼動させ、颯汰たちを口部からの極太ビームで消滅させようとする。生物としてあり得ない角度――首をそのまま百八十度に曲げ、発射口を展開し、エネルギーがバチバチと迸らせたのを見せてつけるようにして、放たんとしていた。
その光線の熱量はテンタクルアームのものより太く強い。高出力のものであるから、着弾地点どころか光線の通った近くの地面をも融解させるほどのものだ。鉄蜘蛛は自身の損傷が増えてでも、敵をここで排除せねば危険だという正しい判断を下したのだ。
赤い光が強く、夜闇の中で景色を赤々と明るく染め上げる。
至近距離から放たれるビームなど避けようがない。
だが、避ける必要もなかった。
シンプルな答えだ。――元を断てばいい。
破滅の光が放たれる前、躍り出るは絶望の星。
敵が動く前に既に跳び込んで接近し、不可視の双剣にて斬り刻む。
リズの目にも止まらぬ乱舞は、颯汰も目を見張るものがあった。
刃も何もかも見えないため素人目には乱雑に振ったようにも見えた連撃は、鉄蜘蛛の首の邪魔な部分を掻っ捌き、取っ払っていく。その後にトドメの一撃として横方向に振るわれた刃が、装甲の薄くなった場所を丁寧に通り過ぎていき、鉄蜘蛛の首を切断した。甲高い金属音の後、断面から首が滑り落ち、落下して音を立てる。あまりに早い、一瞬の出来事であった。
そして、月光に照らされた王が剣を掲げる。
アンバード側の人間が多いこの戦場であるから、多くの者がその剣の存在を知っている。かつて、この鉄蜘蛛と同じ機体を倒した英雄ボルヴェルグ・グレンデルが使っていたものであると。
プロテアの剣身が輝きに包まれる。
遠くにいた者も、近くにいた者も、一瞬だけ英雄の影を感じた。
濡れるように月明かりに照らされた刃は、大きく足場に向かって振るわれた。颯汰の左腕によって前方から後方まで通った斬撃は、堅牢な背部の装甲に大きな裂け目を生じさせる。更に間を置かず、右から左方向へと剣が振るわれた。
斬撃は広く通り、十字の創傷の先までも大きく切断されていた。
かつてボルヴェルグ・グレンデルが鉄蜘蛛の体内に侵入し、堅く守られた心臓部を破壊しようとした際に覚醒したこの剣が、あの頃よりも数段上の性能を発揮したことで、背面から心臓部に直接斬撃が届いたのである。インチキかな。
本来の剣のリーチを越えた光の剣が、敵のすべてを薙ぎ払う。
心臓部が破壊化されたことにより、機能が停止し、脚の関節部も切断され、鉄蜘蛛であったガラクタは自重を支えるものがなくなり、落下する。
大きな音がひとつ。
夜のヴァーミリアル大陸、アンバードが首都バーレイにまで届くほど。
塵煙が舞い、衝撃音は長く伸びて響き渡った。
風が踊り、目を覆う煙は取っ払われていく。
目を丸くしていた英雄たちも、徐々に覚めたように声をあげた。
勝負はついていないが、その叫びは勝鬨に違いない。
戦場の士気が劇的に変わった瞬間である。
絶望が、希望へ。
……この人達、内乱を起こした貴族側だよね? と口にしながらやや冷めた視線を送るのはビフロンス。同じ表情をしているのは彼女だけではなかったが、同時に熱にやられるというのも理解はできていた。
ここが突破されれば、アンバードは滅びる。
そんな瀬戸際で帰ってきては巨大兵器を一瞬で片づけた王とその仲間たち。そんなもん興奮するに決まってんじゃん。という訳で戦時の熱狂が、高まりが、さらに突き抜けていくのであった。
そんな英雄たちの声が周りから響く中、煙を払った幼き龍が吠えたあとに現れる姿は、なんとも格好がつかなかった。
落下にビビり、剣を突き立て全身に力を入れ、顔まで強張っている颯汰。おそらく顔を覆う面の下で歯を食いしばっている。
一方で、リズは煙を払うように手を振っていた。口元にマフラーをあてがっていたが、煙が晴れたことを知り、外して一呼吸をする。
颯汰の方は別の意味で長い深呼吸をして、どうにか剣を引き抜いたところに声が掛かった。
「遅かったな」
鉄蜘蛛の骸のうえに立つ王に、馬上から声を掛けるバルクード・クレイモス。内乱を起こした張本人とは思えぬ接し方に、大部分の周りの者も動揺していたし、リズもそっと臨戦態勢に入る。
『約束通り、戻ったことを褒めて欲しいんだが』
嫌味を言っても捻りがないのは少し余裕がないからである。
高所を飛ぶ恐怖は拭えても、そのまま落下するのは恐ろしい。
颯汰はだいぶ回復したが全快ではない。他にも要因はあるのだが、今すぐに飛行は難しい状態であったのだ。
汚れた鎧姿のバルクードが騎乗している姿を見て、颯汰は一言かけた。
『アンタの馬、……名馬だった』
これは嫌味でもなく、心からの賞賛と哀悼であった。
命を賭して颯汰を首都に運び、その結果プロテアを目覚めさせられた。
それで冷たく、まるで道具のような口ぶりであったならば幾らか文句を言ったり噛みついたりしてやろう、と思っていた颯汰であったが、バルクード・クレイモスの反応は思っていたものと異なっていた。
「…………そうだろう。わしには過ぎた宝だったよ」
一瞬、目を閉じたバルクード・クレイモス。年齢的に現役時代からの付き合いではないだろうが、そこまで彼に言わせるほどの名馬であった。「だったら尚更、犠牲にするな」と言いたいところであったが、あのウマがいなければ、颯汰たちはこの場に戻っていないし、被害ももっと増えていたのは間違いない。あの嵐のような存在に報いるためにも、ここから犠牲は最小限に留めたいところである。
『状況は?』
「今ので好転した、と言いたいところではあるが、もう一体現れおった」
もう一体、遠方に巨大な影が佇んでいる。
警戒をしているように、動きを止めていた。
『仙界の師匠(から話を聞いた精霊たち)に聞いた。俺たちが遭遇したのがたぶん向こうのやつ。……どうやら他よりも強い“女王個体”と呼ばれるものらしい』
「女王? ……蟻のように子を成す存在ということか?」
『いや、単にデカブツのバリエーションみたいなものという話です。聞くところによると小っちゃい奴らは別の場所で生産され続けている。精霊のヒトたちの話によれば、あいつを潰せば丸く収まる、だとか。……正しければの話ではあるけれど』
「……そう都合の良いものか?」
『確かに、映画とかもだいたい親ボスを倒すと展開されている雑魚敵も一気に死ぬってのは結構あるお決まりの流れではある。女王なんて大層な名前が付いてるぐらいだし、中枢の存在なのかも』
精霊たちは、実体を無くした湖の貴婦人から言葉を受け取り、そのまま話してくれればいいだけなのに、説明が要領を得ないものであった。たった一人からの伝言をなぜそのまま伝えてくれないのか、とまで実際に颯汰は文句を言った。しかし、どうやら実体化ができなくなった精霊の意思を読み取り言語化するのは難しいものであり、目に見えない情報を得てから頭でまとめて話しているらしく、三者三葉で言ってることに微妙にズレが生じていた。
日常生活で使わない外国語を翻訳して、ちょっと差異がある感じ程度かな、とこの時まで颯汰は思っていた。
「? 何の話かよくわからんが、そう楽観視はしないほうが良いぞ。鉄蜘蛛が一体だけだと思い込んで、酷い傷を負ったものが言うのだからな」
『……肝に銘じておきましょう』
彼が敬愛していた王から賜れた鎧も傷が増えた。
マントは一部焼失し、飾りは剥げている。
おそらく気合だけで両の足を支えている状態であった。
敵である彼に情けをかける必要はない。
ただ、今は共通の敵を滅ぼすために協力するだけの関係だ。
きっと颯汰はそれ以上の情を抱かぬためにも、基本的にバルクード・クレイモスとのやり取りはぶっきら棒で塩対応、ドライなのを心掛けていた。
流れる雲が、月を覆う。
闇が静かに辺りを塗り替えていく。
騎士たちの叫びは途絶え出す。
なんとなく、全員に不安が過ったのだろう。
声が弱まって、遠くにいた鉄蜘蛛を誰もが見やる。
「奴は……、何か、様子がおかしくないか」
平原を佇む怪物。
巨蟲・鉄蜘蛛を一体破壊したことにより、戦意を喪失したのだろうかと思う騎士たちも中にはいた。淡い期待だ。機械にそんな感傷的なものはない。
人工知能は無慈悲であり、冷徹に、最も脅威とみなした敵を排除するための切り札を切ってきたのである。
女王個体と称されるのに理由があった。
外観は同じ、成体と呼ばれた鉄蜘蛛だ。
ただし、内部に大きく異なる箇所がある。
今、女王はその“真の姿”を見せん、と起動した。
「なんだ……?」
『!? 何か、始まる……!』
暗がりで、何かが動く。
複数の眼の光は消え、ただの物体となっていた鉄蜘蛛。
長い首はだらりと下がり始めた。
そのまま二度と動かないことを多くの者が望んでいた。
その願いは、ある意味で叶った。
巨蟲・鉄蜘蛛が動かない。
直に、機能は完全に停止する。
だが、戦いはまだ終わらない。
外敵を徹底的に排除するために、それは誕生した。
開いた背部から、溢れ出す光は白に近い緑と、薄く金色が混じる。神々しさ、あるいは神聖さを感じさせた。
まるで世界が祝福するように群がる雲は散っていき、月明かりが注がれる。
光の中に生まれたもの――。
鉄蜘蛛の背部が開き、せり上がった存在。
女王個体と呼ばれた機体の最大の特徴は、『神の宝玉』を搭載できることにある。
それは守護の騎士を思わせる姿であった。
神秘と威圧感を持つ外観のそこかしこに、力強さと繊細さが同居していた。
女性的な流麗なシルエットで、銀白色の装甲が光を柔らかく反射している。
神の名の下に戦う、優雅な女騎士――荘厳さと優美さを兼ね備えていた。
緑と金の飾りも随所にあり、頭部に兜を被っている。
胴体は流線型の装甲――スカートアーマーで覆われていた。スカートと呼ぶより腰から靡くマントに見えるそれも、騎士らしさを醸し出している。
各所はやけに強調しているように見受けられたが、手足などの四肢は無骨できっちりとした籠手や具足にて鎧われていた。
「……!」
全軍の英雄たちは言葉を失う。
何が起きているのか理解ができない。
『人型、ロボット……!? いや違う――』
颯汰が戸惑いの声を出した。
鉄蜘蛛の背部から、中身が産まれたのだ。
大きさは、鉄蜘蛛と比べると小さく、華奢に見えた。
それでも人体と比べるとやはり見上げる高さにある。
だいたい八ムート(約八メートル)弱だ。
突然の女騎士に驚いている中、それは動き出す。
バイザー付の兜の隙間から赤いツインアイが光った。
跳躍するように後ろに跳ぶと女騎士(仮称)。
抜け殻であった鉄蜘蛛の後ろ脚部分に手を翳すと、両後ろ脚の装甲が降り、排熱しながら変形――内部機構を開く。
脚の内部から、何かを取り出した。
女騎士(仮称)専用装備――格納していた武器。
両の柱から取り出した部品を連結させ、一本の武器とする。
それは女騎士と同等の大きさである筒状の物体。
多くの兵は、突撃槍か棍の類いと思った。
『――あれは、巨神だ……! そしてあれもマズい!』
巨神の再来と称された怪物。
その中身に、巨神がいたという笑えない話であった。
女騎士は背中や脚にあるスラスターから青い火を放ちながら跳躍し、遺骸の前に立つ。そこで専用装備を脇に抱えるように持ち、構えた。
筒が展開し、青い光を放つ。
それは長柄の武器でも槍でもない。
『レールガン……!』
実物など見たことなくとも、男の子はだいたい見たらわかる。
電磁気力によって、物体を加速して発射するという兵器であった。
颯汰たちが転移前、仙界“白亜の森”にて。
『テツグモが、変態して、バー! ガシャーン! 中からどかーん。だって』
『いや、え、……なんて???』




