44 英雄たちの戦い
嵐が再び現れる。
仙界から恐ろしい戦闘能力を有する精霊に追われ、戦闘継続は危険と判断した鉄蜘蛛は物質界――地上へと逃げ込んだ。
ナノマシンによる自己修復の途中――機械である巨大機動兵器に感情というものがあるならば、『おそろしいものを見た』と恐怖を吐露していた事だろう。
偶然であれ、人間に斬られた触手――ビーム砲付きテンタクルアーム。仙界に逃亡後にそれらを再生・倍に増設したというのに半数以上が一瞬で斬り落とされた。これまでのデータベースになかった、理解ができない強さであった。
その領域の支配者たる女型の精霊のバイタルサインを見て、敵ではないと判断したのは誤りであったことはすぐに気づく。
視覚カメラや各種センサでは対応できない速さ。
影すら残さぬ幻影の足運びに翻弄され、本機の脚を昇って触手を破壊してきた。驚異的な速さで昇り詰め、剣を振るってきたと気づいたのはアームが破壊された後のことである。全く捉えられない。
テンタクルアームにて、捕らえることもできなかった。
ビーム砲の連射にて無理矢理、背部から引きずりおろし、脚部の機銃の掃射を試みる。
それも剣で防がれ、精霊から水弾が放たれた。
単なる放水や雨風程度ならば防水機能でどうとでもなったが、問題はその魔法の水圧である。直撃した衝撃と音が水のそれではない。超高速で放たれた水弾は、直撃した金属の巨躯を揺するほど。
危険を示すアラートが内部で鳴り響く。
斬撃は本機の装甲までは貫けないと算出されたが、万が一もある。それに内部にあの水弾を炸裂されては堪らない。
任務遂行の障害ではあるが、邪魔なモノとして排除は難しい。
撃ち合いは不利。白兵戦も不利。
戦士としての矜持など持ち合わせぬ鉄蜘蛛は、生存するために撤退を選ぶ。次元の壁を斬り裂いて、空間に生成した巨大な穴へと逃げ込んだのである。鉄蜘蛛は修復した部分もあったというのに、新たに傷を増やしながら地上に降り立った。敵である精霊が追いかけてきていない事を確かめ、使命を果たすために世界を視る。
『――……?』
目標のシグナルロストを確認。
殺戮兵器が信号を再度探索するが、見つからずに動きが止まる。
随伴機と合流し、視覚情報の共有と過去のログデータを検索を始めようとする。
ほんの少し前までいた目標が消えていたことを示していた。
鉄蜘蛛は再び動き出す。
信号が消えた地点を目指すことに決めた。
巨体を大きく動かし、地を穿ちながら四足で進んでいこうとした。
だが、それを許さぬとして、小さき者たちが待ち構えていた。
◇
既に日が落ち、星が瞬く夜空の下――。
再編した部隊と、現国王が連れてきた精鋭の前にバルクード・クレイモス公爵は立っていた。
この地を突破されれば、もはや鉄蜘蛛が首都侵攻を止められやしない。最終防衛ラインとなったこの拠点にて最後の戦いが始まろうとしていた。
内乱を起こして、王の血統であるパイモンを少年王として擁立し、実権を握った三大貴族が一人――かつて名を馳せた武人たるバルクード・クレイモスが将として騎士たちの前に立つ。
負傷したという報告があったものの、奇麗に研かれた鎧姿で現れた猛将からは一切の老齢さを感じさせない。ただ歩むだけで気迫を感じられた。
辺りはすっかりと暗くなり、篝火から赤と白が躍って、金の粒子が舞う。
勇猛なる戦士であった男――かつての王に賜れた鎧姿で人前に現れたバルクードは、これから決戦に向かう戦士たちへ激励の言葉をかける。
「我々は、追い詰められている。ここで彼奴を食い止めねば、バーレイは滅び、アンバードの歴史は潰える」
冷静に事実を伝える。相手が巨大な兵器である以上、防衛戦としてこの拠点は有用ではない。入り組んだ地形や建物が却って兵たちの機動力を奪い、そのまま蹂躙される可能性があった。人間同士の戦いとわけが違うのである。
だからこそ、平原にて打って出る。
そしてこの戦いの勝利条件とは敵の撃退では済まない。
完全な平和を勝ち取るには、敵を撃滅するのみである。
「諸君らは、何のために戦っているか!」
声を出して、バルクード・クレイモスが健在であると感じさせる。
「家系を守るためか。命ぜられたからか。稼ぎたいからか。ただ力を誇示したいためか。敵の血が見たいからか!」
中には声が実年齢よりも若すぎるような違和感を覚えたものもいたが、その纏う闘気――歴戦の猛将が醸し出すものと、言葉から疑いは消えていく。
「……どうあってもいい。だが、これだけは忘れてはならぬ」
すべての人間が善性であるとは彼は思わなかった。
仕方がなく兵役に就くもの。戦いに魅入られたもの。復讐心に駆られるもの。それ以外に選択肢が与えられなかったものだって、戦地で見てきた。
それでも、彼は高らかに言う。
自身の望みを託すかのように。
「諸君らは、誉れ高きアンバードが戦士! その背に多くの民がいることを、決して忘れてはならない!」
貴族である騎士は人の上に立つ立場であり、民を護る義務がある。
それを忘れて力を振るえば、蛮族や魔物と変わりない。
力無き者の代わりに武器を取って戦うことが、力を持つ者が成すべきことであるのだ。
「己の欲を望むこそ、人間である! そこに種族など関係なく、誰しも望みが存在する! 魔人族も、獣刃族も、鬼人族も竜魔族も、人族も耳長族だってそうだ! だが今この時こそ、諸君らに、私は真の戦士であることを期待する!」
バルクード・クレイモスは人間が内に持つ、仄暗い感情も『人である』として否定しなかった。そのうえで、今この瞬間は戦うために生まれた者として振る舞うことを望んだのである。
アンバードは本来、魔族として虐げられた者たちが集まった国であり、人族やエルフへの復讐心よりも、元は共生を掲げて寄り添って生きてきた歴史もある。身体はそれぞれ違うけれど、精神は同じ“人間”であることを一番よく知っていた国であっただろう。
互いに心は同じ人間なのだから、きっと種族の垣根を越えて分かり合える日が来る。そんな甘い夢を大昔に見ていた女がいた――。
そして、かつて光の勇者であった男が今も夢みる世界のかたちである。
どういう因果か。この星が望んだのか。“彼女”の理想郷を築くための『王』が、この世界に転がり込んだ。
欲深い人間同士であるから諍いはきっと、この先に何度もあったとしても、国を護り世界を蝕む昏い影をも照らす存在となるべき『王』――。
そう期待する者は、ひとりではなかった。
「己の内の秘めたる力を解き放ち、各々が今、伝説を作る時である!」
バルクード・クレイモスは戦士たちの心に訴えかける。
歴史の闇に消える前に、燦然と輝く星となれ、と。
「諸君らこそ、アンバードを救う――“英雄”となるのだ!」
歴史的な戦いとなる今、災厄の化身であり“巨神の再来”たる鉄蜘蛛。
それを過去に討伐してみせた英雄――ボルヴェルグ・グレンデルのように、勇ましく戦い抜けと、刃を掲げる。
バルクード・クレイモスの剣は闇の中で、炎の光を映し煌めいた。
その声に、呼応する戦士たち。騎士だけではなく傭兵もいたし、種族もアンバードの貴族が多めであるが統一されていない。でもこの瞬間はきっと、心はひとつであったに違いなかった。重なる声が、互いを鼓舞し熱を持って、力となる。
「さぁ、命を懸けて、戦い抜け! アンバードが繁栄のため! 誉れ高き新たな“英雄”たちよ! 今こそ、勝利を!」
「「「うぉぉぉおおおおおおおおッ――!!!!」」」」
共通の敵である鉄蜘蛛を前にして、一致団結した“英雄”たち。
それを率いたバルクード・クレイモスは鉄蜘蛛の幼体たちを迎え撃った。巨蟲が去った後、バラバラに無秩序に移動をしていた群体は、再び戦場に集まっていたのだ。
バルクードの軍勢は、巨蟲・鉄蜘蛛が再出現する場所はどこかは精確な位置など把握できていなかった。
散開する幼体を追いかけていた兵たちを拠点に呼び戻した後、その幼体が土の中に隠れるでもなく、不審な動きをしてこの場に集まり始めたことから――親玉はそこに現れるだろうとして戦いの準備をしていたのだ。
幼体は、戦い方さえ気を付ければ数人がかりで倒すことができるようになった。颯汰が置き土産としてコーティングした武器を各兵に配り、比較的破損の恐れがないとされている純・鉄蜘蛛素材の武器を用いる現王派の精鋭――各・騎士団長が主軸となって戦っていた。
武器のないものは陽動や支援を行う。
一度、三大貴族派に取り込まれていた者たちが、現王派として現れた事実は伏せられるかに思えたが戦いの前に公表され、さらにバルクード・クレイモスが黒泥の力を使ったことについては一部の階級のものたちだけに伝えるという、士気の低下が危ぶまれるムーブをしていたことに、疑問を持つものが殆どであった。
しかし実際にクレイモス公爵の指揮の下での掃討任務は非常にスムーズに進み、負傷者がかなり少なく済んでいたため、夜の闇の中でも熱を持ち続けられていた。
月明かりだけでは天候に左右されるため、魔人族の中で瞳の疑似魔法を使えるものと、また武器が足りない支援者が、ウマに騎乗しながら松明を持って照らす役割を担う。人馬共によく訓練をしていたが、幼体とはいえ大きな化け物を相手では、ウマも恐怖でパニックを起こす可能性があるため、戦闘を直接行わない者であっても充分に注意をする必要があった。
勇猛な将であり、不器用ながら彼の演説も確かな熱が籠っていたが――戦いにおいて彼はすべて叫んで勢いだけで済ませることはなく、むしろ怖いぐらいに冷静であった。今までの無茶な突撃の連続は耄碌を疑われるほどであったが、(戦力が増強したおかげも勿論あるが)あっという間に集まった幼体を殲滅できた。
大多数は、三大貴族派を裏切ったという事を忘れて、騎士団長たちの業の冴えに驚き、彼らの実力があってこその成功と見ていた。だが実力者である騎士団長たちは異なる見解である。バルクード・クレイモスの指揮能力と戦場を俯瞰しているかのような戦況の把握する能力がずば抜けていると感じた。
同時に、これは恐ろしい敵であると思ったようだ。
興奮冷めやらぬ夜の平原。
幼体を九機も破壊し終えたタイミングで、それは現れた。
「増援だ!」「性懲りもなく現れたか!」
追加でわらわらと幼体が闇の中から現れ出す。
一体、どこでどのように増えているのか。今の戦士たちならば何匹来ようと物の数ではなかっただろう。
しかし、“それ”とは幼体たちのことではない。
気配を感じない者も、違和感を覚える。
瞬間、闇が広がったように思えた。
正体は、月明かりが遮られたためにある。
第五騎士団長・サブナックが上空を見上げて叫んだ。
「上だあああッ!」
夜の帳が降りた先。
瞬く星と大地の間――空間が歪む。
「退避ーっ!!」
突然のことに固まってしまった兵たちは、号令にハッとして逃げ始めた。
それは突如として落下してきたのである。
直後、地響きと上空まで土煙が舞う。
落下した衝撃で大地にひびが入り、土砂までもが空に跳んだ。
僅かに予兆があったのと、サブナックの発見が早かったため、死者はいなかった。だがその余波で草葉のように転がって負傷するものは何名も出てきていた。
「――現れおったか」
バルクード・クレイモスが敵を見据える。
巨大な兵器である“鉄蜘蛛”が落下する。
機械仕掛けの魔物は、ゆっくりと姿勢を正し、動きを止めていた。
何かを探すように首を動かすが、周囲の兵や転がる幼体の遺骸に興味関心を示す様子ははなかった。
「あと、僅かな時はやれるか。ふん、あまり待たせてくれるなよ、“王”よ」
見送った銀嶺の王――立花颯汰が来るまで時間稼ぎの約束を守るため、バルクード・クレイモスは呪いの力を再び使う。
「英雄たちよ、今は退け! このバルクード・クレイモスが、そやつめを滅ぼしてみせようぞ!」
足元からぼこぼこと溢れ出す呪いの泉。夜闇に溶け込む漆黒の呪いが現出し、バルクード・クレイモスを包み込んでいく。それはどんどん溢れ山となり、呪われた黒い泥で造られたそれは巨人を模る。
そうして、気づいた鉄蜘蛛は巨人を見る。
赤いカメラアイが怪しく、強く光っていた。
鉄蜘蛛は瞬時に敵だと判断し、攻撃行動を始めるのであった。
(次話遅れると思います)




