表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
嵐の向こうに待つもの
412/435

41 生贄

 仙界せんかい、第二階層“白亜はくあの森”――。

 マナに満ちた世界にて、り広げられた剣戟けんげきは終わりをむかえた。

 勝負は、一方的であったと言わざるをない。むしろ戦いというステージに立てていたかどうかあやしいとさえ、当人である颯汰は思う。


「くっ……」


 カタナを向けられ、颯汰は身動きが取れなくなる。

 見上げるとと目が合った。

 切っ先が首元に向けられ、抵抗ていこうはできない。


 ――自分が動くより先に、ねられるな、これは……


 一瞬いっしゅんでも不審ふしんな動きをした途端とたんたちまち首が身体と分離ぶんりする。

 殺意の有りと無しが同居している不思議な気分であった。

 ぶっちゃけると恐怖きょうふがより強い。


無茶むちゃをしすぎですよ」


「…………し、師匠が刀で襲ってくるからですが……」


「まったくおバカな弟子ですね」


 横暴な師――この階層の“管理者”である湖の貴婦人は、弟子の意見などは当然のごと無視むしをする。

 彼女は刀から手をはなすと、それは落下することなく水となって空気中にっていった。

 さらに、左手の指を鳴らす。颯汰の周囲に水の玉がかび始め、そこから水流のくさりが伸びていく。激流は飛沫しびきを散らし、鎖となって颯汰の四肢ししらえた。


「拘束魔法……!」


「これで一安心、ですね」


「どこが!? こわいんですケド!?」


 魔法によって拘束こうそくされてしまう。

 動き回ろうとしたところ、新規に追加で鎖が首やこしまとわりつき、颯汰は無理矢理()せられ、地面から動けなくなってしまった。


「くっ、くそ……」


 無手であるが、精霊である師は、突然斬りかかるようなサイコパス女だから恐怖心きょうふしん依然いぜんとしてある。

 このまま殺されるのではという恐れもあるが、それにしてはまどろこしい。

 本気で斬り合えば数秒で片が付くというのに、それをけたのだから、理由があるのは明白ではあるが、一体何を目的に戦ったのかもわからないままだ。

 一方で彼女は、回復魔法をさずけるという約束は守るつもりであった。うつ伏せでたおれる颯汰に近づき、右肩より少し首に近い辺りにそっと触れる。


「始めますよ」


 空気の流れが変わったのを感じる。

 大気中のマナが、流動していく。

 収束しゅうそくするエネルギーが湖の貴婦人に集まっていく。

 青き光が、彼女の手から放たれた。

 彼女の手からいやしの波動はどうが流れ込む。

 活力がみなぎるのを感じる。

 体表の傷は当然のこと、内部の神経や魔力の経路などまでが修復しゅうふくしていくのを感じた。息切れもおさまり、激しかった鼓動こどうも落ち着く。

 さわやかな風が全身をめぐるような感覚であった。


「……ほ、ほんとうになおすためだけに?」


 確かに身体中についた傷口の再生に、ヒスタミンによるかゆみが生じていたがえられないほどではない。むしろ剣できざまれる方が耐えられない。

 

「そうですよ」


「だったら、やっぱ別にこんなことしなくても……」


「いえいえ、必要な事です」


 管理者が本当に回復魔法をけるためだけに、剣で襲ってきたのならば、これほど無駄むだ無益むえきな戦いは無かっただろう。

 わざわざ傷をつけた理由など、明かされないまま終わればどれだけ幸運だっただろう。しかしそんな事は起こりえない。

 彼女の行動は、一見すると異常であったことだろう。

 彼女の覚悟は、他者からは沙汰さたかぎりと言えるもの。

 彼女の狂気は、きっと愛に満ちていたものであった。


警告けいこく。強制接続を確認。遮断しゃだんを開始――。』


「――は?」


 左腕から声が響く。

 颯汰がアナウンスを飲み込むのに、一瞬の時間が掛かった。

 弟子が理解をする前に、湖の貴婦人は動き出す。


「やはり防御ぼうぎょをしますか。では……失礼しますね」


 両手で流し込んでいた癒しの波動を、左手だけに任せ――空いた右手で颯汰の左手にナイフを下ろす。先ほどまで使っていた刀と同じく、収束した水分が集まり、構成された武器を躊躇ためらいもまよいもなく。ナイフは颯汰の左手のこうつらぬいた。

 左腕をおおう装甲すら、厚紙のように容易たやすく刀身がめり込む。血は爆ぜるようにき出すが、内側に通る金属の感覚はにぶい。


「――あ、ああ、あぁあっ……!」


「一応、痛みを軽減するような術もほどこしていましたけど、……うん、辛いのは少しだけです。男の子は我慢がまん頑張がんばる!」


 回復と同時に痛覚を麻痺まひさせる術も流し込んだ師は、痛みにあえぐ弟子に対し、時代錯誤じだいさくご激励げきれいをかます。

 何が起きているか理解できていない颯汰は、体の痛みよりも心の苦しみに、さけぶしかなかった。完全な麻酔ますいとはいかず拘束されて暴れようにも鎖はさらに本数が増え、颯汰は何もできなくなった。口までも横から伸びた鎖に絡まれ、叫ぶこともしたむことさえもふうじられる。痛みや恐怖心、いかりによって噛む力は――金属と同じ硬さを持つ魔法の鎖を、へこませるほどではあった。だが嚙み千切るまではいたらない。


「防壁も消えたみたいですし、じゃあ、早速取り掛かりますね」


 信じられないものを目にしたような眼力で、弟子はにらむ。

 幼子のそれはなみだを浮かべながらも、餓狼がろうのようにするどさがある。

 裏切りや絶望に、まだ彼のきばれていない。

 

『警告。魔力経路の阻害そがいを確認――。

 推奨すいしょう離脱りだつ――。

 速やかな接続者から退避行たいひこうど――』


「えい、えい」


 左腕から現出し始めた黒の瘴気しょうきは、師が刺し貫いたナイフのつかんだまま、ぐりぐりと傷口をまわしたことにより途絶とだえる。

 痛みは確かに鈍くなっていたが、視覚的しかくてきに目をふさぎたいほどに痛々しかった。

 霧散した闇は、語らなくなる。


「では改めて、はじめましょう」


 彼女は颯汰の右肩に両手で触れ始めた。

 再び癒しの光が包む。ナイフがさったまま傷口は修復されていく。

 それに颯汰はおののいていた。

 恐怖と、流れ込む優しさにのう混乱こんらんする。


 ――何が、……何をするつもりなんだ! 師匠!


 声ならぬ叫びはきっと届いている。

 そして、ぎゃくに彼女の想いがとどいてきた。

 彼女の真意、決意、何をしようとしていたのかがわかる。

 それは言葉や過去に相手が体験した記憶きおくといった情報が流れ込んだわけではなく、彼女の攻撃行動の意味がわかったのだ。


「貴方を止めるのに、少し手間取ってしまいました。経験は伊達だてではない、ということでしょうか」


 師匠は確実に手加減てかげんをしていたのだが、弟子にそれなりに抵抗されたため想定よりも時間を食ってしまった。

 彼女なりに彼の成長はうれしさもあり、悲しさもあった。平和な世界に生きることが難しい宿星の下に、立花颯汰はあり続けるのだ、と。


「私はそう長くありません。少し、無理がたたりました、ね……」


 っすらと、そのはだ透明とうめいになって消えかける。

 颯汰の目に、風に吹かれるようにいきどおりの火が消えた。

 彼女が自らにけたフィルタが勝手にがれ落ちていく。

 傷もよごれもかくし通していたヴェールは消え、本当の姿が見えた。

 “獣”の目をあざむくために、何重も張った甲斐かいがあったといえよう。そうでもなければ颯汰は師にゲートを開いてもらって地上の鉄蜘蛛がいる地点までラクラク移送など頼まなかった。こんなことをすると知っていたら、颯汰は彼女に近づかないで速攻でげていたにちがいない。それに油断ゆだんするとも違うが、弱い方の颯汰が傷だらけの彼女に遠慮えんりょして半端はんぱな手加減をし、その結果さらに大怪我をする可能性だってあった。

 静かに湖の貴婦人は溜息ためいきを吐く。

 追い返すことはできたが、連戦(、、)疲弊ひへいしていた彼女に、上位の精霊とはいえ自律型巨大兵器との戦闘はこたえるものがあった。

 しかし、どちらかと言えば鉄蜘蛛と戦う前に襲ってきた“敵”との戦闘にてったダメージの方が致命的ちめいてきとなっている。言うなれば心臓しんぞうあなが空いたまま走り続けていた状態で機械の魔物を追放、さらに弟子と最期の修行をやってのけたのだ。


私のすべてを(、、、、、、)あなたに授けます(、、、、、、、、)。剣術も、魔法もすべてを、たくします」


 回復魔法どころか、そのすべてを彼に与える。

 自身の存在そのものを犠牲ぎせいにして――。

“獣”が持つ『分解』の力を利用し、自らのすべてをささげ始めた。

 自分をにえとして食わせ、弟子にすべて継承けいしょうさせるという暴挙ぼうきょだ。

 気付いた颯汰の抵抗は、さらに強まった。鎖をらし、強引にねじせるように強まっていく魔法の拘束でも、颯汰は必死にあばれた。

 これこそが湖の貴婦人のねらいであったのだ。

 抵抗されようにも鎖でおさえつけられ、エネルギーは注がれていき、颯汰の身にも大きな変化が起こる。

 枯れ木の腕が、元の太さを得始める。

 輝く右腕は、穴ぼこだらけでまだ完全な再生とはいかない。

 空いた穴は青くけているが、中の神経や骨といった組織は見えず、不思議とガラスのように外まで見通せる。それもじわじわと治っていくように穴が塞がろうとしていた。

 身体の回復までされているのだから、さらに右腕も一気に動かして脱出を図ろうとしたが、そこも対策をられていたらしく、すぐに水流が殺到さっとうして絡みつかれてしまった。


 ――出られ、ない。苦、しい……、魔法も、封じられ……


 心の中で舌打したうちをかまし、かたをどうにか彼女からはなれるように動かそうと暴れるが、ギチギチと鎖が強く、肉に食い込むぐらいにしばり上げてくる。

 早く脱出しなければ、このままではすべて注がれて間に合わない、と颯汰も理解しあせっていた。

 用意の周到しゅうとうさにあきれかえるほどだ。ディアブロに魔力を注ごうとしても、体内を巡る魔力の通り道が丁寧ていねいに麻痺させられていた。


「もう少しの辛抱しんぼうですよ」 


 光が否応なしに右腕の再生を手助けする。

 エネルギーが流れ込み、失っていた指がけたシルエットを模り、さらに再生して三本も元に戻り始めたところで、颯汰の感情は爆発する。

 鎖に巻かれ、自由をうばわれたケモノ咆哮ほうこうする。

 颯汰の背にある大きな傷痕きずあとから白銀の光が強くかがやいた。

 水の鎖ではまばゆい光を完全にさえぎられず、湖の貴婦人はまるで人間のように目をつむった――瞬間に突風がける。


「!」


 見えぬ世界で、貴婦人が咄嗟とっさに――手のひらから小型のたてぐらいのサイズの水魔法による障壁バリア展開てんかいしたが、機銃の連射すら防ぎきった水の盾であっても、容易たやすく刃がいてみせた。

 颯汰は依然いぜんとして動けない。

 精霊たちもただ傍観ぼうかんしていた。

 そこへやって来る、希望は“闇”――。

 不可視ふかし双鎌剣そうれんけんの内一つは、魔法という現象を構成する魔力を吸収きゅうしゅうし、己の力としてたくわえる。

 せまる刃が見えなかったが、明確な殺意を感じ取った管理者は、水のバリアが突破されたのを察知さっちし、回避かいひえらんだ。

 斬撃に対する反射的な回避や防御行動に対し、追ってさらに一刀――それをけられたところへんでじ込む足蹴あしげ炸裂さくれつした。


「――!」


 湖の貴婦人が無影迅ぶえいじんにて移動することを見越して追撃し、さらにそれを避けられてもりを入れる襲撃者――その姿は異様と言わざるを得なかった。颯汰も鎖を横方向から入れられた口をポカーンとほうけて開けている。

 その攻撃に見惚みとれたというより、襲撃者の格好に目が点となっている。

 明らかにこの場にそぐわない格好かっこうだ。

 白亜の森で非常に目立つ、黄色い上下の服は一枚でつながっている。

 頭までおおったところに顔は透明な素材そざいが使われていて正面の視界は確保されている。

 全身が密閉みっぺいされているように見えた。

 生命維持のための装置そうちなどの類いは、特に見受けられない。


 ――防護、服……?


 全身真っ黄色。黒い手袋てぶくろに黒いくつ。よく見ると口元に何か災害時用の防塵ぼうじんマスクかガスマスクのようなものを付けていた。

 そしてその黄色い防護服の頭上から、


「きゅー……!」


 白きおさな竜種ドラゴンが降り、威嚇いかくするように吠える。

 彼女と幼龍は一瞬だけ颯汰の方を見ると、すぐさま眼前の“敵”を定めた。

 星の加護かごを受けし“闇の勇者”リズ。

 さらに次代の竜種ドラゴンの王者、シロすけ。

 ふたつの若き颶風ぐふうが、仙界にてれる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ