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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
嵐の向こうに待つもの
407/436

36 剣の名

 魔人族メイジスの老人が語る過去。

 颯汰がこの世界に訪れるよりも以前の話。

 ボルヴェルグ・グレンデルが英雄となった日から、半年もの月日が経った頃合い。

 第一騎士団所属の騎士としては肉体がおとろえて久しい彼は、魔人族メイジスのための魔法復活に情熱を燃やす研究者として、騎士団に残り続けていた。

 仄暗ほのぐらい地下施設から、開いた仙界へのゲートの向こうの光景がすぐに見えた。四角い枠から先は、まるで別の映像が映し出されているかのように思える。白い神秘的な森に、可視化した魔力のかたまりなのか、光がぼんやりと浮かんでいる現実とは思えない幻想的な世界が広がっていた。

 魔人族メイジスの悲願が、ようやかなうと思われた。


おさなき見た目の彼奴等きゃつらは、最初こそおそるおそる此方こちらを見ていたが、無邪気むじゃきに手を引っ張って引きもうとしたのじゃ」


 特異な領域である「仙界せんかい」。そこには「精霊せいれい」と呼ばれる者たちがいる。

 ある意味では、彼ら精霊の性質はいたずら好きの妖精ようせいなどに近い。

 問題なのは、まったく悪意を見せず人にがいなす存在なことか。


わしらは、仙界の魔力濃度を先んじて知っておった。つかまれた者は魔力中毒をおそれてはらおうとしたが、きたえた兵の膂力りょりょくにて抵抗しても無理やり引きり込まれ、口からあわいてたおれてしまった」


 いくら魔力量が高い魔人族メイジスであっても、濃すぎる魔力は人体にとって毒である。人間が許容できる量をはるかに超えた異界で、防護服・防御用の魔法による障壁などなく侵入は自殺行為であるとわかっていた。


おどろいた、あどけない子供に見えたが、鍛えた騎士ですら、雑に片足を掴まれたぬいぐるみのように、ぐったりとしたまま奥へと運ばれそうになったのじゃ」

 

 おそらくその精霊は、本当に殺意なく遊びたいがために手を引いたに過ぎない。人体のもろさや死について理解していない。仮にその場でくなったとしても、気にせず仙界――“白亜の森”の中へ連れ込んでいったであろう。


「儂らは混乱してしまった。そこも過ちじゃろう。……若い護衛役の騎士たちが命令される前に魔法でまくを張って飛び込み、彼を助けようとした。制止の命令を振り切り、勇敢ゆうかんで仲間想いの強い彼らは門に踏み込み、飛び込むようにして引き摺られている彼の手を掴んだ。……しかしおそろしいことに、大の大人が三人がかりであっても、小さき子供の見た目の精霊に腕力でおとったのだ。軽装とはいえ騎士を四人引きずっていく。あわてて筋力強化の魔法を使ったのじゃが、それは裏目に出た。あえてその先は言わんが」


「…………」


 颯汰が目をせる。

 救助を試みたところ、強大な力が拮抗きっこうしてしまったゆえに、痛々しい惨劇さんげきが起こったのだろう。悲鳴を上げるべき人間が気を失っていたことも、最悪の結末をむかえる要因よういんとなった。おそらく精霊は綱引き遊びと思い…………。


「音と、精霊どもの嘲笑ちょうしょうが未だ耳からはなれん」


 悲劇の引き金が引かれ、恐怖きょうふ排除はいじょするために戦いとなった。


「……儂は、すぐにゲートを閉じるべきだと思った。中に取り残された者たちを置いてでも。だが、装置を動かす前に、研究員の一人が魔法を使って攻撃をしてしまったのだ」


「まだゲートの奥、仙界にいた人たちを助けるため?」


「引き摺られて残った一人と恋仲こいなかじゃったらしい。あのままでは自分の将来の伴侶はんりょが殺されると思ったのじゃろう。その行いをおろかとは言わん。愚かなのはあの場にいた儂ら全員じゃったからな」


「……、精霊が、反撃を始めた」


「左様。やつらは、たわむれのつもりらしかったがな。所謂いわゆる、“戦いごっこ”じゃ。同じ魔法というのに、質も速度もまるで違ったな……仮に精霊と戦争になった場合、一方的に人類は滅びると確信できたほどにな。笑いながら人間をつぶしていくのじゃろう。あの時のように」


 老人の中に声がひびく。未だにこびり付く記憶きおくが心をくるしませる。

『きゃはははは! ころしあい! ころしあい!』『せんそうごっこ! せんそうごっこだー!』『おじさんたち、あそんでくれるのね! アハハ、ころしちゃうよ~!』『しんじゃえしんじゃえー! あははははっ!』


 無邪気な声の中に、兵の断末魔だんまつま血飛沫ちしぶきの音、肉がつぶれる音がまぎれる。

 後に知ったが、精霊戦争のことを彼らは忘れていなかった。戦争ごっことは精霊戦争を見て人と人が殺しあう様と、精霊が使いつぶされる様を遊びで表現していたらしい。それを人間が引き起こした悲惨な事件――最悪の虐殺ぎゃくさつとはとらえずにいたのがなおの事おそろしい。

 

「……それで、どうなったんです」


「精霊がゲートからこちら側にやって来た。まぁ施設の中から仙界へ魔法の火炎弾をてるほどにマナは満ちていたからな。彼奴等も適応てきおうできる領域りょういきになったのじゃ」


 マナが衰退すいたい、ほぼ枯渇こかつしたからこそ地上から姿を消した精霊たち。

 地上へ進出できるだけのマナがここに流れ込んだ証拠しょうこであり、魔法が自由に使える状態となったことをしめす。


「笑いながら、火を起こし、水を氾濫はんらんさせ、風を暴れさせたよ。突然のことで一瞬固まってしまったが、犠牲者ぎせいしゃが増えたところで儂はハッと我にかえって、ゲートを閉じるためのレバーに手を伸ばした。……未だに恐ろしい。手が風の刃で切断された瞬間は、今でも夢にも見るほどじゃ」


 ほねまでつ風の刃。風に乗った鎌鼬かまいたちを思わせる斬撃であるが、しっかり出血はしたようだ。動かない指先とき出す鮮血せんけつ。切断面からすべての熱が逃げていくように燃え、身体はこおり付くようにえていった。

 激痛げきつうひざからくずれ落ち、倒れてはのたうち回る。

 自分で作り上げた赤い水面で身体と服を汚しながら、彼は絶叫ぜっきょうした。

 それを精霊たちはくるおしい哄笑こうしょうで迎えるのであった。


「……!」


「本当に死ぬかと思ったわい。歳を重ねても、痛みと恐怖には勝てん。それでも、事態を収拾しゅうしゅうしなければ被害は地上までおよぶ。その思いでどうにか血の池の上で立ち上がり、レバーを引こうとしたところに、あの女が現れた」


 彼は自身の種族にほこりを持っている。

 ゆえに、最悪の事態であっても責任を果たすべく立ち上がれた。

 ケーブルに繋がれたフレームの、エネルギーの供給を止めにいく。

 玩具おもちゃとして仙界へと拉致らちされていく仲間を犠牲ぎせいする、つみ背負せお覚悟かくごを決めていた。

 そこに現れる一人の女――。

 だれして言ったか、颯汰は瞬時にわかる。

 女性形の精霊も多くいる中で、あえて“女”としょうされるほどにヒトに近しいものは白亜の森にてたった一人。


「……“管理者”」


「……さとい孫じゃな本当に。死んだばあさんにも自慢じまんできるでな。あの領域をおさめる者、精霊たちを束ねる首魁しゅかい、“みずうみ貴婦人きふじん”と真名を伏せた女じゃ」


 自分の剣のであることは今は言わない方が良さそうだと颯汰は口をつぐむ。

 黒いゴシックな衣装の、人ならざる美しさを持つ女型の精霊。

 その出で立ちで剣を振るうのかよというツッコミは遠い過去、颯汰にとって彼女こそ最も剣が似合う最強の剣士であると認識している。紅蓮の魔王のは力押しと爆撃は剣術じゃないでしょ、というのも颯汰の認識であった。あれは手本にしてもマイナスにしかならない。


比較的ひかくてき、会話ができる者じゃったな。この手をなおしたのもあの女であったし、精霊たちを下がらせたのもあの女。そこは感謝しきれないほどのおんがあると言える」


 治癒ちゆの魔法を使い、怪我人をいやしていった管理者。既に死亡していた者以外は、腕がもがれようと、腹に穴が空こうと、頭以外の臓器ぞうきが損傷していても回復させたという。

 とても慈悲深じひぶかい“湖の貴婦人”――。

 とはいえ、すべてをゆるすことはなかったようだ。


「……奴は『私たちは精霊戦争をわすれていない。だから、次は無い』と言い放ち、装置を仙界側から目で追えぬ速さの斬撃にて斬り落としおった。そこからは、二度と門は開かれなかった」


 帰り際にゲートの中から、外にあるフレームを剣だけで撃墜げきついしたらしい。

 大概たいがいあの精霊も規格外の存在である。


「え? でもこれは? こわれているんです?」


 しかしこの四角いわく破損はそんしているようにも、切断面も見えない。

 どういうことなのかの問いに対し、単純たんじゅんな答えが返ってくる。


「再建した」


「殺される思いをしたのに!?」


 ある意味で研究者・科学者のかがみといえるが命がしくないのだろうか。

 老齢ろうれい自暴自棄じぼうじきにでもなったのかもしれない。などと失礼な想像が颯汰の頭の中でなされていたが、実際は別の理由がある。


「いやいや一応、理由はあるのじゃよ。簒奪者さんだつしゃたる“転生者マオウ”めをつには、あの女の協力が欲しいと思った。女の逆鱗げきりんれるとしてもな。だが、二度目は開かなかった。この老骨ろうこつの命さえ差し出せば、最悪の時代を終わらせられると思ったのじゃがな」


「なるほど……」


 迅雷の魔王に対するカードとして使おうと画策したのだ。

 条件が整えば精霊である師であっても、あの魔王テンセイシャを倒しうるとはうたがいいようもない。特に迅雷は油断ゆだんもしていたし、黒泥におかされいちじるしく弱体化もしていた。


 ――でも、師匠ししょうおうじなかった。“管理者”は任意でこちら側から開通できないよう、拒絶きょぜつができるのか。……ん?


 颯汰が引っかりを覚え、無意識に声をらす。

 自分の内にいる“獣”の激情げきじょうられてつい話を聞いてしまっていたが、本来の目的は『鉄蜘蛛てつぐも討伐とうばつのために、ボルヴェルグの剣を強化することにある。

 そこで鉄蜘蛛の謎の行動と、消失から再出現したことを思い出した。


 ――……待て。まさか、俺たちが戦った鉄蜘蛛は仙界に逃げたのでは……?


 ふと思い出すは戦闘中に離脱りだつし、突然姿を消した“鉄蜘蛛”。

 仙界は“管理者”クラスのものが各領域を支配しはいし、地上と仙界をつながる門をコントロールできる。さらに仙界を仲介ちゅうかいすることで、大陸のはしからはしまでも理論上は移動が瞬時に可能であることは、先のアルゲンエウス大陸で知った。

 颯汰は少し血の気が引いた青い顔となる。

 頭の中で、謎同士が繋がっていく。鉄蜘蛛が消失し、首都をはさんで西まで飛んだ方法がそれ以外だと、他に個体がいるぐらいだろう。

 この老人は遺骸いがいに向けて、自力で仙界へ渡航とこう潜行せんこうができないと言ったが、それは師が侵入をこばんでいただけで、そもそも仙界に移動する機能が実はそなわっているのではなかろうか。あるいは、本当に機能がなくて“誰か”に手引きされて移動していたとしたら――……最悪(、、)が頭に過る。もしかしたら、今回の鉄蜘蛛の移動、すべての騒動に師匠――“湖の貴婦人”がからんでいるとしたら……。


「――……うん。あり得ないな」


 老人は首をかしげる。

 颯汰の中で疑念がふくらみ始めたが、行きつく答えは疑心暗鬼ぎしんあんきによる混乱ではなく、確かな信頼と印象が答えを決める。

 精霊の考えは読めない。比較的、人間に感性が近しい存在ではあるが、だからと言って絶対はない。それなのに颯汰は口にする。

 他者を信用せず、最後まで観察し続ける男が、足りない情報だらけというのに自分でも不思議なくらいに真っすぐと断言だんげんしていた。

 

「精霊側が鉄蜘蛛をあやつるメリットがない。それこそそこら中にゲート開いて人間を虐殺ぎゃくさつした方が絶対に手っ取り早い。それにそうした方が師匠以外の精霊は“たのしい”って考えるはず」


 自動で殺してくれる殺戮さつりくマシーンにまかせるというのも理解できるが、彼女はそこまで人類に対して殺意は高かったようにも思えない。

 それとも、勝手に鉄蜘蛛の方が仙界へ侵入してきているのか。

 あくまでも想像することしかできず、真実にいたらない。

 頭の中で決めつけても、本当の正解かは確かめようがないものだ。


「――……直接、聞くべきか」


「む?」


 確かめるべく動き出そうと決めた。


「おじいちゃん。……まず先に、要件を済ませよう。……その遺骸を使えとバルクード・クレイモス公爵に言われてここに来たんだ」


「……そうじゃろうな。剣は、持っておるのか?」


「えぇ。ここに――」


 幼き左腕が装甲に包まれ、亜空の柩(ノスフェラトゥ)からつかが出現した。


「……その剣の名前を、主は知っておるか?」


 見知らぬさやおさめられても老人はグレンデル家の宝剣であると見抜いた。

 英雄――ボルヴェルグの剣。エリゴス・グレンデルからあずかったその剣の名を問われ、颯汰は少しの間を置いてから答える。


「…………スーパーヒーローソード?」


「いやうっそ、ダサすぎじゃろさすがに。儂とてドン引きじゃわい。おい孫よ、ちょっとお主に向かって助走をつけてなぐってよいかの?」


「そんなに!?」


 壊滅的なネーミングセンスに思わず老人も真顔になるレベル。

 悪意のない侮辱ぶじょくに対する鉄拳制裁てっけんせいさいが必要に思われた。

 他人様から借りた大事な品だというのに、最近の小学生ですらけるぐらいのネーミングセンス。ある種、ボルヴェルグの魂がかばれないような、冒涜的ぼうとくてきな発言であった。

 本気の失望のため息をされ、颯汰も少しテンションが下がる。

 そんなに言うほどかな、とつぶやくあたりこの男はもうダメ。

 老人が咳払せきばらいをして、剣の名を言う。

 

「その剣の名は『プロテア・グランディケプス』。グレンデル家の家宝として受け継がれてきた剣じゃ」


「『プロテア・グランディケプス』……」


 改めて剣を見やる。

 黒色に包まれ赤い宝玉が嵌められた無骨な剣である。


「ボルヴェルグの小僧はプロテア・グランディケプスにて鉄蜘蛛の装甲を斬り裂き、こ奴めを討伐とうばつした。そして度々、剣に『捕食ほしょく』させていたのじゃ」


「捕食?」


「あの遺骸に剣を突き刺し、内部から吸収していた。じわりと体積も変わるので“っている”のじゃろう」


 どうやら、変形してみつくようなことではないらしい。

 突き刺してエネルギーを吸い取るような形だ。


「……こわいな?」


 改めて、霊器の中でもかなり特異な物であるとわかる。


「いやでも、やらなきゃいけないんだ。確かめるためにも」


 切れ味を回復させるのと、剣身自体の強化するためにはやる以外の選択はない。そして単なる剣が強くなるだけで終わらない、と颯汰は確信していた。

 颯汰は右腕代わりの『悪魔ディアブロ』にてグランディケプスを抜き放ち、左手で受け取る。

 ゆっくりと歩みながら金属の遺骸に近づくと、プロテア・グランディケプスがふるえているのがわかる。

 白銀の刃は、まるで呼吸するかのように明滅し始めた。

 何を望んでいるかはわかっていた。


「近づくと、やっぱ大きい。……でかい怪物ばかりだ」


 見上げる金属の山。菌類のように根を張りながら再生を図ったのかわからぬ物体だけが残っている。それに剣を差し込むだけだ。


「鉄蜘蛛を倒すために、力を貸してくれ『英雄の剣(プロテア)』――!」


 振るう剣が光の軌跡きせきえがく。

 そしてかかげられた刃が、金属の塊に向けて振り下ろされた。


2025/07/27

改行になっていたところなど修正。

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