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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
嵐の向こうに待つもの
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34 光と影

 バーレイから西に進んだ荒地あれちにて――。

 立花颯汰が首都へと帰還中きかんちゅう戦場いくさばはまだ白熱していた。

 これ以上、殺戮兵器さつりくへいきである鉄蜘蛛てつぐもを首都に近づけさせまいと、利害りがい一致いっちから人間たちは手を結ぶ。

 接近せっきんする機動兵器きどうへいき

 鉄蜘蛛はれをなして防衛ラインを突破とっぱを図ってきた。

 それに対し、王が居ない間に内乱を起こしたバルクード・クレイモス公爵こうしゃくは、人間を超越ちょうえつした存在となって立ちふさがる。

 災厄さいやく化身けしんと人ならざる魔神マジンがぶつかり合った。

 黒い液状の水面みなもから上半身だけを出したどろの巨人と、機械仕掛きかいじかけの巨蟲きょちゅうによる戦いである。

 巨人からも見上げるほどに、鉄蜘蛛てつぐもは大きい。体格差、出力、すべてが上回っている怪物かいぶつを相手にバルクード公爵はえた。


『――ぬぅ! くだけよぉおッ!』


 黒泥こくでいの巨人の内部にいるバルクード・クレイモスは、泥と同化して成体と呼ばれた巨躯きょくの魔物をなぐりつけた。

 辺り一面に転がっていた鉄蜘蛛の幼体ようたい亡骸なきがらを、泥であるうでの中に取り込んだのである。手首の先に金属を集中させ、鉄球ハンマーとして叩き込んだ。変幻自在の粘液状ねんえきじょうの黒泥を“つなぎ”として、動かなくなったスクラップによるいびつな形の鉄球に、くさりの代わりに黒い泥が使われ腕部の先にびていた。バルクード・クレイモスのけ声と共に――荒地をうように地面をえぐり、けずりながら動き出した鉄球。

 鉄球と泥の鎖とつながった右腕だけではなく、左腕を使って全身で振り回される。

 地面からはなれたハンマーが、空気を押しつぶすようなにぶい音を立てていた。超重量の物質が三回転し、その勢いのまま鉄蜘蛛へと直撃する。

 耳をつんざく、重く響き渡る金属同士が衝突しょうとつした音。

 城壁なども容易たやす粉砕ふんさいするであろう鉄塊てっかいが、巨蟲・鉄蜘蛛をおそう。

 あしの一本の装甲そうこうがへこむ程の、強力な一撃いちげき

 さらに、もう一撃。

 すさまじい音、さすがの鉄蜘蛛にも甚大じんだいな被害を受けるだろうと思えた。


『――!』


 鉄蜘蛛は大きく、よろける。

 今まで最も大きいダメージではあっただろう。

 機銃の砲台の一基がひしゃげ、機体は大きくれ動き、四つ足でどうにかこらえようとも、もつれかかってどうにか鉄蜘蛛は転倒てんとうまぬがれた。

 もたげた鎌首かまくびを動かし、機械仕掛けの魔物は吠えた。

 瞬間、赤い光がほとばしる。

 切断されていない触手しょくしゅが三本、そのアームから熱光線を放ったのだ。身体を支える四つの脚とことなる手は、自在に動くつるのようにも見える有線式ビーム砲台ほうだいである。

 そそがれた光により、黒泥の巨人の右腕部が赤熱しながら膨張ぼうちょうし、ぜた。

 けがれ切った黒をおおうほど、熱をびた光は強く、らした液体えきたいもまるで溶岩ようがんの輝きに似ていた。

 苦悶くもんの声をあげるバルクード公爵。

 巨人の右手首辺りが爆発して吹き飛ばされながらも、彼は懸命けんめいに食いついた。

 鉄蜘蛛からさらなる放射ほうしゃが飛んでくる前に、敵にたせないためにもゼロ距離きょりで戦うことを選んだのである。

 変幻自在の汚泥おでいあやつり、泥の左腕部は裂けるように四方向に分かれ、捕食ほしょくする器官きかんのように鉄蜘蛛にからみつく。

 可視化かしかしたのろいが、金属のボディに張り付き、一気に手繰たぐせる。


「おぉ!」「なんと……!」


 バルクード・クレイモスの部下たちも、颯汰についてきた精鋭せいえいたちも声をあげる。巨大なロボットをおそるべき呪いの海に、地面に広がる黒い闇の中へと引き込もうとする。

 爆ぜて飛んでいった部位はただの泥と化したが、既に持ち直してさらに鉄蜘蛛を深淵しんえんに引きずり込もうと触手を伸ばして引っ付いた。

 当然、鉄蜘蛛が抵抗ていこうする。

 鉄蜘蛛の脚部に搭載とうさいされた機銃による全方位への掃射そうしゃは、地上にいる人間をも巻き込んでいく。

 だが、ゆるめる理由になるはずもなく、さらに深く根付かせるように泥はへばり付いた。

 敵を消し飛ばすほどの熱量を持つ、ビーム射撃によって泥の手へ攻撃することはむずかしいだろう。下手に撃てば自身さえ焼きくさんほどに泥は完全に密着状態となっていたのだ。

 鉄蜘蛛から伸びる触手自体を壊そうと泥は勢いをもって襲う。ついに首までつかみ、取りついた。

 鉄蜘蛛の巨大が、じわりと動き出す。

 横方向にではなく、無明むみょうやみの中へとしずんでいく。

 勝負あったか――。

 だが戦場とは刻一刻こくいっこくと状況が変わるもの。

 流れは一定のように見えるときもあるが、闘争とうそうとはある程度の知性を有するものたちが行うことだ。不測ふそく事態じたいが起きやすく、時には感情によっても左右される。どんなに優勢であっても、たった一手で戦況せんきょうが大きく変わることだってある。


『――……!』


 鉄蜘蛛が闇の中に引きずり込まれようとする中、光がつどう。

 荒地の上、黒く広がる水面に向けて、熱光線が殺到さっとうしたのだ。

 地面から、また遠くから、続々と現れ始めるれ。

 飛び出してくる。

 い出てくる。

 幼体ようたいばれる小さな機動兵器が、次々と現れ始める。

 仲間の亡骸なきがらき、巨大な個体を守るために随伴機ずいはんきは現れた。

  

「ま、また鉄蜘蛛が!」

「くっ……何体、いるんだよ!」


 対抗する手段を手に入れた人間であっても、簡単かんたんに倒せる相手ではない。

 あらゆる方向から集合した機体たち――十八機ほどの増援ぞうえんが、のビーム照射を巨蟲にまとわりつく黒泥に注ぎ始めた。

 加えて、本体も光線を放ち始める。泥が熱により切断されるがボディに傷をつかないようにてきした火力に設定し、アームがおどるように動いて見せた。光の軌跡きせきが鉄蜘蛛の周りにきざまれ、泥が融解ゆうかいしてズリ落ちていく。


『ぐ、ぉおおおっ……!』


 あわてて颯汰の置き土産――有効打を与えられる武器を手にしていた騎士たちが鉄蜘蛛の幼体を攻撃を仕掛しかけたが時すでにおそし。

 自由となった鉄蜘蛛はさらに追い打ちをかけるように、闇の世界への入口に向けて、口部からの一撃を放った。極太ごくぶとの光線が、黒い水面の中へ注がれた。

 目がおかしくなるほどの光がまぶしく、少し離れた兵でも焼けるかと思うほどの熱さであった。まるで赤白い光のたきのように注がれていく。

 あふれる絶望の光により、闇が溶かされていく。

 発生する蒸気じょうきけむりが辺りを包んで視界をくもらせていった。


 ◇


 アンバード、第一騎士団の基地。

 その地下におとずれた立花颯汰は静かに言う。


「……おどろいた」


 明かりがともされた地下の広大な空間。地上にある第一騎士団の基地の敷地しきちよりも広く、その中央にそれが鎮座ちんざしていた。

 それは投棄とうきされたジャンクにも似た物体。

 かつて大陸を荒らしまわった災厄の怪物。

 アンバードが英雄、ボルヴェルグ・グレンデルが討伐とうばつした怪異。

 バラバラにされ、とろけた山となってもわかる。


「……鉄蜘蛛の、成体」


 ところどころに見覚えのある部位。

 先ほどのモノと同型機――現在、バルクード・クレイモス公爵たちが戦っているものと同じ機体だとうかがえる。


「左様。ボルヴェルグの小僧とマクシミリアン卿がち取った怪物じゃ」


 過去に大陸を荒らし回った鉄蜘蛛と、現在バルクード・クレイモスが戦っている個体は別であり、倒されたはずの機体がよみがえったわけではなかった。

 破壊され、手足はもがれてはいる。しかし颯汰は確かに感じ取った。


「これがあるとは思ってはいた。何だか植物というか、菌類みたいに根を伸ばして……もしかして、まだ、生きている……?」


 たおそこねたのだろうか。

 見た目から動くことはなさそうではある。元より生命である鼓動こどうなども無い物体である。長い間投棄されながらも、一切の酸化によるさびなどもない金属の山は少し不気味であった。

 金属であるのにつたを伸ばして何か別の形に成ろうとしたように見える。


「討たれて数年は、動いておらんかった。ナノマシンとやらのコアを破壊して停止ていししたはずじゃった」


 魔人族メイジスの老人からの答えは否定ひていではなく、肯定こうていであった。


「……えぇ? 機能停止から持ち直すの? 化け物じゃん」


「とはいえ、何か重要な部品が機能しないのか数年はあの状態のままじゃ。内部を調査しても変化はない」


「…………さわっても攻撃されたりは?」


「しなかったな」


 実は生きていて、れたら攻撃行動を取るタイプの宇宙の寄生生物的なものを想像していたが、何もしてこない……あるいは、できる状態にないのだろう。


「これ、強化素材になり得るの?」


 颯汰は左腕を前に出して見やる。

 返答代わりに変化が起こった。自分の意思とは無関係に左腕は装甲に包まれ、『亜空の柩(ノスフェラトゥ)』から剣のつかが飛び出してきた。

 ボルヴェルグが使っていた剣である。

 抜けということか。静かに颯汰は呟き、黒い柄を掴んで引き抜いた。

 天井にある幾つもの照明の光に、鈍く反射する。

 白銀の剣身が普段より何か獰猛どうもうな光をたたえているようの思えた。


「……第一騎士団が開発した霊器って、こいつのことだったり?」


「はて。それはクレイモス家に伝わる宝剣じゃ。わしはなんも知らーん」


「…………」


 真偽しんぎの確かめようがない。

 めても語るしたは持ち合わせていないように思えた。

 詰めるのは戦いが終結した後でいい。


「それに第一騎士団の研究の本命はあっちじゃ」


 老人が指さす方向を見やる。

 少し遠く、中央にでかでかとかざられる遺骸が目立つせいで視界に入らなかったものがある。


「あれは……? なんです? 何かの、わく……?」


 魔法を研究していたらしいが、パッと見では一体何なのかわからない。

 縦方向に少し長い四角形。

 四隅に黄色い布があり、目をらせばそこにケーブルらしきものが伸びていた。それを追うと行きつく先は、巨蟲の遺骸であった。


「地上に失われたマナを回復させるための装置……と言えば聞こえがよい」


「……聞こえが悪い言い方もあるみたいに、聞こえますね」


 老人の話を聞く限り、霊器の研究からこちらにシフトしていたようだ。

 魔法を使うために何かなのは間違いない。


「このフレームから何かを生み出す?」


 かなり大きい。

 人間が四人ぐらい並んでも足りない。縦方向だとさらに長い。

 窓か、扉を想起したとき、正解が告げられた。


「仙界へと繋がる門を生成する、術式を発動するための装置じゃ」


「……は?」


 ◇


 激しい、熱を帯びた蒸気が鉄蜘蛛の巨体までかくす。

 真っ白なきりは視界ゼロの闇を形成していた。

 世界の終末を思わせる破滅の光が放たれた後。

 残されたものは――。


「…………どう、なったのだ?」


 視界をおおう闇が霧散していく。

 そこにあったのは地面にこびり付くように残った汚泥のみ。


「い、いない!? あの成体が!?」

「そんなバカな!」「だが、いないぞ!?」


 騎士たちが動揺どうようしても、眼前にせまる殺意は止まらない。

 手に取った武器を使い、幼体の群れを傷つきながらどうにか倒していく。

 巨蟲が、再び忽然こつぜんと姿を消したのだ。

 圧倒的に優勢であったにも関わらず、“再び”である。

 一体なぜ……、などという疑問を持つ余裕はすぐに訪れる。

 残された幼体たちも突然、四方八方と散っていく。まさに蜘蛛の子散らすようである。

 日がかたむき始めた頃合い、戦いは一時的におさまった。

 巨蟲がいなくなった場所――残された黒い泥の中から、バルクード・クレイモス公爵であった物体が発見される。かわいた泥にまみれただけではなく、焼け焦げた臭いから皮膚ひふまで焼き尽くされたと判断できる。

 誰が見ても生命として活動が停止しているとあきらめる状況で、たった一人だけ諦めなかった男がいた。


「ふむ。さすがに死ぬかと思ったぞ」


 バルクード・クレイモス公爵、当人である。

 彼がひきいていた三大貴族派の人間もドン引きする生命力。

 布団で寝かされいたバルクード・クレイモス公爵は上体を起こしたのであった。

 最終防衛ラインとも呼べる自陣のテントにて目を覚ます。

 目覚めたとの報告を受け、騎士の一人が入って来る。

 その魔人族メイジスにバルクード公爵はたずねた。


「時間はどれほど経った」


「二刻半ほどです」


「思ったより経っていたな。状況は?」


「成体が突然消失し、残った幼体を追走する兵も」


「伝令を出し連れ戻せ。幼体を追いかけた先に成体がいるとは思えん」


「それよりも閣下……、その」


 あのいままわしき迅雷ジンライの魔王と同じ呪いの力を操っていたことに対する説明がされていなかった。


「皆が集まり次第、話す。気になるならば即刻追いかけていった兵を集めよ。時間の無駄であるし、離れている内にまたあの鉄蜘蛛――成体めが現れてしまえば今度こそ終わりぞ」


 公爵の命令に騎士は本心を顔に出さずにしたがい、敬礼をしてからテントを後にする。

 溜息を吐いていたとき、世話役の女中が果実酒を運んできた。

 それを受け取り、のどに通したときに、ふと気が付く。

 周囲を見渡して、かつての主にたまわれたよろいは失われずに済んだことに安堵あんどする。それとは別の問題が浮上した。


「若返ったの、バレてしまった?」


「大丈夫ですよ。顔まで焼けたと思われ、包帯でぐるぐる巻きでかくしましたから」


「おぉ……! しくも、ボルヴェルグの小僧めと同じ感じか」


 確かに肌が熱線で焼かれた部分もあるが、全身を黒泥で保護するため、表皮の上に展開されていたままであったのである。知らぬものが見れば焼かれて死んだと思ってもおかしくない。というか黒泥込みでも生きているのが奇跡的な状況である。

 黒泥がバレた時点で不信感は最高潮に高まっている。今更、若返った姿を知られたところで大した問題にはならないが、若造では士気しきに関わるのではとみょうなところで公爵は心配に思っていたらしい。

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