31 呉越同舟
世界が揺れる。
機械仕掛けの怪物の咆哮は天地を震わせる。
多くの機械が、小さく弱き者どもに倒された。
そこで、山のように佇む巨影が動き出した。
怒りか。あるいはただ、機械で定められた反応か。
叫びは音響の衝撃波となって駆け抜けた後、機体に変化が起こる。
八つの目の赤い光が、強くなった。
四つの脚部にてどっしりと構え、脚部上部の排熱孔から熱を帯びた蒸気が噴き出した。
表層が艶やかな金属で、屹立する柱が如き脚から、それは出てきた。
ガコンと音を立て、脚部には横に切れ目のような線が入った円が三つ、等間隔で縦に並んでいた。その円は開閉口であり、開いた中から機銃が飛び出てきたのである。各砲門がそれぞれの脚部にあり、さらに四方向をカバーするように配置されているため、砲門の合計は四十八もある。
黒鉄の銃身にパイプが蔦のように絡んでいた。金属もよく見れば歪で、形成されたというより『生えた』ように思える。
「ッ!? 離れ――」
颯汰の叫びを掻き消す、重なる音。
巨蟲・鉄蜘蛛は周囲にいる敵を蹴散らすために、機銃を連射し始めた。黒光りする銃口が火を吹く。
それは自然界では聞くこともなく、まだ人界にても馴染みのない音であった。
眩い光の明滅と、絶え間ない音と共に死がやって来る。
飛来する滂沱の雨が如き、空を裂く弾丸。
颯汰が連れた精鋭たちは瞬時にそれが命を奪う致命的な攻撃であると気づく。
距離としては五十ムート(約五十メートル)弱ぐらいの位置にいて、咄嗟に盾を構える者もいた。だが、
「――ガッ……!?」
鉄蜘蛛を素材にした大盾でさえ貫く弾丸が、胸を通る。
抉る回転が肉体に風穴を開けてみせた。
鬼人の大男が、驚愕の表情で傷穴を見やる。
流れる赤、悪寒、朦朧とする意識。
「あっ……」
颯汰が、思わず手を伸ばしていた。
男は消えゆく意識の中、それに応じようとしたというのに、身体の自由が利かずに膝をつかずに後ろへと倒れ込んだ。
遠くで悲鳴が聞こえる。
バルクード・クレイモスが率いてた騎馬隊にも、掃射が襲い掛かったのだ。
「全騎兵、散開! 第一は右翼、第二は左翼、第三は後方へ! 固まって狙いを集中させるな! あれの正面に立たぬように! 斜めだ! 奴に対して斜めになるように移動しろ!」
バルクード・クレイモスが分散するように指示を出す。
敵の新たな攻撃を初めて目の当たりにしたが、冷静であった。
矢のような遠距離武器。距離によって精度が落ちるところは同じだと感じた。たしか迅雷の魔王も似た兵器を運用させていた、と彼は記憶している。だが当時はまだバルクード・クレイモスは高齢者で寝たきりの生活であったため現物を見ていなかった。実際に敵の射撃を見ると、戦争を変えるというのは大言壮語ではなかったと理解できた。
並ぶ機銃はある程度、角度を変えられるようではある。
バルクード・クレイモスは銃撃による狙いを分散させた。人数が固まっていては集中的に撃たれると判断して命令を下したのであった。鉄蜘蛛の機銃の数は多いが、全方向をカバーするがために分散されて設置されている。正面から受ければ脚一本につき九つも撃たれるが、巨蟲・鉄蜘蛛から斜めの位置をキープすれば、狙ってくる機銃が六つまで絞られると気づいた。
運悪く負傷し落馬する者も中には出てきたが、命令通りに動き始めることで挫かれかけた士気も立て直すことに成功する。
だが、最前線で戦っていた颯汰たちの軍勢はそうではない。
敵の攻撃が激しい。特に颯汰は集中的に狙われ始める。
巨大な、成体と呼ばれる鉄蜘蛛はただ眺めていただけではなかった。
幼体と呼ばれた小さな機械――それでも人体よりも大きな怪物たちを倒される中で、準備を整えていたのだ。
容赦なく降り注ぐ鉛玉の雨。
ひとり、またひとりと倒れていく。
転がる幼体の残骸を盾、遮蔽物として身を隠すことを選んだ騎士の選択は正しい。だがそう長くは持たないと背中越しに感じる衝撃から理解できた。鉄蜘蛛の機銃は分厚い金属塊でさえ、いつか貫く可能性があった。
「実弾……! ビームが効かないと見て、自分を改造したとでもいうのか!?」
鉄蜘蛛はナノマシンのよる自己修復機能に加え、驚愕の機能が搭載されていた。それによって造られた武器――貫通力を高めた実弾を掃射する。それだけで人体に致命的なダメージを負わせることができると気づいたのだ。前回の戦いで使用しなかったのではなく、今し方作り上げたものである。
鉄蜘蛛の装甲を斬り裂ける武具を生成する颯汰を最優先排除対象として定めるのは当然であろう。
機銃が唸り、絶え間なく、銃身が焼き付けようと構わず狙い続ける。
鍛え抜かれ、訓練を重ねた戦車を牽く四頭のウマたちの連携は凄まじかった。まるで一つの生き物のように動いて見せていた。軽い颯汰であるから、さらに軽快な動きをしていた。
だが、突然として放たれた掃射、ただでさえ巨大な機械から覚えのない轟音を響かせられると、勇猛な若いウマであっても恐怖に駆られるというもの。
さらに動揺を誘うのが、戦車を牽く一頭が撃たれたことにある。颯汰はすぐに決断をする。左手で手綱を握ったまま、左腕から瘴気の顎を出現させる。生成した剣を噛みつくように掴んだ顎を操って、戦車と括りつけられた革紐などを切断した。
「みんな、行けッ――!」
自由となったウマたちに逃走を促す。
最も危険な敵を徹底的に叩くために殺到する機銃の弾丸は、逃げたウマたちではなく颯汰と戦車を目掛けて吸い込まれていく。
一列ではなく、数か所から飛来する死に対し、颯汰は手を翳す。
――回避では間に合わない。盾一枚じゃ、ぶち抜かれる、だったら……!
決死の判断であった。
飛来する銃弾は、鉄蜘蛛の素材が由来の盾ですら貫通して見せた。
であれば、貫通しないほど分厚いものか、複数を重ねるしかあるまい。
「これでッ!」
生成するのは盾ではなく、集中する火力に対し腕部の武器庫たる『亜空の柩』に収納していた金属――幼体の亡骸をそのまま出した。
自身の体重と身長を超える金属の壁が颯汰の前方を覆い隠すように展開される。
身を屈めなくても大丈夫なほど大きい塊が三つ。
金属同士がぶつかる音が鳴りやまない。
弾く音だけでなく、装甲を回転しながら抉り、止まった音もする。
激しい振動が、巻き上がる煙が、命を脅かすものと伝えてくる。
耳鳴りがするほどの爆音の中、颯汰は苦悶の表情を浮かべつつも行動する。
左腕の瘴気の顎を、障壁となった亡骸からヒョコっと出してみる。
すぐさま銃弾が集中し、黒い煙は霧散していく。
「まずい、これは本当にまずいぞ……!」
反撃の術が見当たらない。
当初の予定では、鉄蜘蛛の幼体を一気に切り崩し、成体の脚一本に火力を集中させてバランスも崩させる。身体へと登り、制御を担う場所か心臓部を破壊するのが理想であった。例え撃破できなくとも、脚を壊せば機動力は奪えるし、時間を稼げれば紅蓮の魔王やリズと合流し、討伐が現実味を帯びてくる。
だが理想と現状の乖離が著しくなっている。
敵のロボットが学習し、その場で装備を増設するなどといった常識から外れた行動を取るとは思いもしなかった。残された時間――首都を攻められる前に行動を起こさなければならなかったとはいえ、短絡的であった自分の決断を呪う……そんな暇すら残されていなかった。
――どうする、……どうする! 考えろ、考えろ……!
敵の攻撃が激しすぎる。
イチかバチかで突撃をする?
並べられた機銃の連射の前に出るのは無謀が過ぎる。
だからといってこのまま待っているわけにもいかない。
いつか突破されるか、機銃を撃ったまま止まっているとは限らない。撃ちながら近づかれると防げなくなる。
断末魔や悲鳴が鉄蜘蛛のせいで届かなかったのが、せめての救いか。……もしそれが届いたならば、冷静さを失ったか、心を失ったか。
少なくとも、今すぐ立ち上がっていたはずだ。
立花颯汰は、考えもせず突っ走るに決まっている。
颯汰は左腕を見つめながら思案する。
声は出ないが口を動かし、指で動きを示すようにしている。
頭の中で立案した作戦を“獣”と相談し、却下された中、それはやって来た。
「――え?」
予想していない影に呆けた声がでる。
それは、鮮やかな赤銅色の装飾の付いた金色の鎧。年甲斐のない派手な外套が揺れる。ウマの上に跨るのではなく、横に張り付くようにして姿勢を低くしてやって来た。
目を丸くしている颯汰を他所に、ウマと共に男が転がり込んでくる。実際、勢いに任せてウマから降りて転がって来たから驚愕だ。
同じ系統の色合いの金属の鎧を着けていた彼のウマは今、機動力確保の為に外されていた。おかげでウマも姿勢を低くして、荒地で寝そべるように屈めて機銃の乱射を防壁で凌ぐことができている。
「手詰まりか? 王よ」
「バルクード、クレイモス公……!?」
鎧とは思えない、さらに内乱を起こして首都を乗っ取ったとは思えない軽快さで、三方向の金属で固めた防壁の中に乱入してきた。
思い切り金属の壁に身体をぶつけたのに、何もない様に言葉をかけてくる狂人に、颯汰はただただ困惑していた。
「アンタは何を……」
「逆転の手がないか問いにきた次第だ」
颯汰が生み出した強化ハルバードを持ち、クレイモス卿は隣に座る。
内乱を起こした張本人だというのに、あまりに普通に話しかけてくるものだから調子が狂うのと、やはり沸々と怒りが湧いたのか、颯汰は敵意強めに返す。
「……アンタが犠牲になってる間に倒す」
「ほう。良い手だな。……奴を切り崩す手段があるのか」
大人の対応をされてしまっな。
さらに噛みつきたくなったが、建設的ではないため自重する。颯汰も過ごしてきた年数を考えれば大人の仲間とカウントされていい年齢ではある。
「……ボルヴェルグさんの剣がある」
左腕にある『亜空の柩』を見せつける。
手首の上辺りに剣の柄が出現した。柩は鞘のような役目を果たしていた。
刃を抜く必要はないためそこで済ませたのだが、呪いで蝕まれながらも若返った武将はすぐに見抜いてみせる。
「そいつは……本調子じゃ、ないな? お前の右腕と同じく」
颯汰は努めて反応をしないようにした。
ここで右腕が使えないことを知られるのはマイナスである、と。
ここで表情を一切崩さず、「なんのことです?」と頭を傾げて答えられるのが立花颯汰の恐ろしいところである。
だが、かつて名を馳せた武人たる男を誤魔化せない。
「答えんでもいい。……腕はともかく、剣を目覚めさせる術はある」
眠っているのか、と颯汰は一瞬だけ目が剣に向く。
外観から変化はない。
中の精霊とはコンタクトを取れていないため、その事実を知らなかった。
彼の言葉が真実であれば、颯汰は危うく致命的なミスを犯すところであった。
バルクード・クレイモスは続けて言う。
「バーレイの第一騎士団基地の地下へと向かえ。この指輪を見せれば通してくれるだろう」
「なんだ? なにを……?」
手渡してきた――と言うより押し付けられた指輪を左手で受け取ったあと、全身を鎧う男を見上げた。宝石はないが刻印が入っている金の指輪であった。
「時間は稼ぐ。だが長くは持つまい。我が愛馬を貸そうぞ」
説明しなくとも行けばわかるとしてバルクードは急かせた。
すぐにでも立ち上がる準備をしながら、一方的に颯汰に言う。
「発つ前にそこの金属を武器に変えられるか?」
「どうするつもりだよ、死ぬつもりか?」
未だ機銃は止まない。これらを武器へと変えた途端、彼も自分も穴だらけの蜂の巣となってしまう。だがバルクード・クレイモスは不敵に笑んで答える。
「忘れたのか? 我らには黒泥がある」
知らぬのか、ではなくそう言ってバルクード・クレイモスは鎧の隙間からドロドロとした汚らわしい漆黒の泥を覗かせた。
颯汰は目を細めたが、諦めたように溜息をつく。
他に選択肢はないようだ。
「……わかった。取り掛かるが、ちょっと時間が掛かるぞ」
「任せよ。死ぬ気で防いでくれるわ」
鉄蜘蛛視点では、周囲の敵を攻撃しつつ最も危険な敵を集中砲火で片づけようとしていたのに、そこから真っ黒な水が噴き出たように映る。
現れたは泥の巨人。
上半身だけが地面から出た人型の影。
しかし、成体の鉄蜘蛛には遠く及ばない大きさではあった。
実態のある汚泥の化身は咆哮し、腕を伸ばした。
周囲にある鉄蜘蛛・幼体の残骸を取り込み、纏い始める。
それに応じて体長も増幅させていったが、まだ鉄蜘蛛の方が大きかった。
鉄蜘蛛は敵だと見なし、機銃による攻撃を始める。
腕の先は指ではなく、鉄蜘蛛の残骸であり、金属で弾丸を受け止め、弾く。
敵の攻撃を凌ぐために両手の先を用いて抵抗する。
その真後ろの死角にて、颯汰は『亜空の柩』を用いて武器だけを生成し始めていた。防具は鉄蜘蛛の機銃を防げるレベルであると個人で持ち運びできる重量を遥かに超えるため、無駄だと判断したため武器のみである。
遺骸を三つ使い――打ち捨てられ、墓標のように、何十もの武器が地面へと突き刺さっている。
本来、これだけの武器種を作り上げるのにも、相当な時間が掛かるはずであるが、魔力によって加速させて一気に並べ立てたのだ。
既にバルクード・クレイモスが乗って来たウマを借り、颯汰はバーレイを目指していた。それに気づいた鉄蜘蛛も黙ってはいない。背後を見せる颯汰に機銃を向けたうえに、鉄蜘蛛は口部を開きビーム砲を放とうとした。
そこで泥の巨人が振りかぶって右手の先にある鉄塊を投げつけ、攻撃を止めたのであった。
泥の巨人からバルクード・クレイモスの声が響く。
『早く戻ってこなければ、私が英雄となるぞ?』
余裕のある、少し若々しい声で挑発するように言う。
「冗談! アンタは内乱の罪を裁くのと、他にもいろいろ聞きたいこともあるからな!」
それに対して颯汰は叫んで応えながら、首都へと向かって行ったのであった。




