24 砲
ヴァーミリアル大陸南部、アンバード領の荒野にて。
大いなる災害の具現――。
かつて大陸を荒らし廻った黒鉄の機神。
“巨神の再来”とまで呼ばれた自立型機動兵器がついに目覚めた。
「…………どこが蜘蛛やねん」
颯汰が呟く。
周囲に散らばる尖兵――幼体と呼ばれた機械群とまったくフォルムが違う。
まず、それなりに距離があるというのにその大きさに圧倒されていた。
しかし、表情と様子と裏腹に立花颯汰という怪物は冷静に思考を巡らせる。
――あのデカブツはいわゆる隊長機ってやつだろうか? 周りの機体が大きくなってあんなのになるってのは考えにくいケド。……いや、自分で再生するぐらいなら、自己改造による成長もあり得る話……、なのかな?
幼体と呼ばれる小さな機体と目につく巨大兵器――外観から、それらの機体から共通項を見つける方が難しく思えた。
巨大な柱、あるいは塔とさえ言えそうな脚部。
幼体と対峙し、実際に刃を当てた経験がある颯汰は、覆う外装は見るからに幼体以上に堅牢であることを見抜いた。
――あれじゃあ、並大抵の武器が通らない。あの頑丈クンが持っていたハルバードですら、相当の勢いか膂力で叩きつけないと厳しそう。武器の量産化の体制にまで至っていないから、通常の武装だと相手にすらならない
コックムからアスタルテを追ってやってきた竜魔族の青年は、第八騎士団と偶然にも合流し、試作品として鉄蜘蛛の幼体を素材として作り上げた武器を使っていた。素人目ではあるが、颯汰から見てもあれはかなり有効な業物ではあった。
――幼体から作った武器が充分にあれば、あの軍勢とも渡り合える……とまでいくかどうか。少なくともぶつかって出てくる死傷者は激減するはず。だけどあの大型機動兵器はどうすればいい?
交戦という選択肢はあり得ない。
どうする、とは「どうやって逃がす」かだ。
周囲を見渡す。
負傷した兵や機動力がないものは敷いた野営地に待機している。
本来であれば様々な地域から挙兵して、東西に分かれた最大戦力たちと合流後に一気に中央を攻略する手筈であった。
黒泥戦から息つく間もなく急いで移動してきた兵たちであるが五十も満たない。“黒真珠”と砂の民を出迎えるため、同行しているであろうマルテ側へ国力が充分にあると錯覚させたかった。しかし数を盛るよりも先に、大事なお客様が鉄蜘蛛に追われているという情報を得て、慌てて駆け付けたため、少ない兵数しかいない。騎兵と雪の民が中心である。
機動力は申し分ないが、敵を崩すだけの攻撃力と敵の攻撃を捌き切る防御力も足りない。
――分けた戦力を集結してバーレイを奪還した後、早々に王位を譲渡して出国する予定だったのに! 想定していたよりもかなり早いぞデカブツが出てくるのが……
勿論、ニヴァリス帝国へ逃亡するのは鉄蜘蛛に対抗する準備を整えさせてからのつもりだ。
近いうちに復活するとは警告されていたし警戒もしていたが、こうも都合の悪いタイミングであると頭の中で弱音も出てくるというもの。
国が盗られ人質が取られ――どうあれそれらを取り戻したあと、騎士団の指揮権を掌握して戦力を整える必要性がある。万全を期して巨影を迎え撃つつもりだったのだ。
……などと、ずっと考えている余裕はない。
時間は絶え間なく流れるし、“敵”まで都合よく止まってくれない。
思考を中断させたのは、颯汰が敵の動きを察知したからだ。
巨大な機械蟲が、バイザーのような色付きで透けているパーツの奥に光る眼が六つで、此方を捉えた。
「まずい、ぞ……!」
鎌首をもたげて颯汰たちを見ている。
ガコン、と巨蟲の口部が横に開いた。
その鋭い牙は飾りでもないが、捕食するための武器でもない。
遠目でもわかるほど、眩い赤いエネルギーが収束する。
気づいた時には颯汰は駆け出していた。
『《デザイア・フォース》!』
修復中の右腕に回していた魔力を停止させ、戦闘態勢に入る。
第四拘束まで限定的に解除し、颯汰は変身した。
十全に回復しきっていないが、ここで足を止めた途端に全てが光に飲まれる、と頭で理解する前に体が動いていた。
『限定行使――索引・ルクスリア!』
無影迅と雷瞬を用いた神速の機動で、眼前の砂の民たちと移動してきた馬車を越える。
赤い雷光のステップは地を踏まず、宙を蹴った。
颯汰の視界が暗転し、“危機察知”能力が自動で発動していた。
絶望を否定するために真っ暗闇の中、白い足跡を追って走る。
闇の世界、数瞬先の自分を模った白い虚像が成すべき行動を示した。
跳躍しながら伸ばした左手は掴み取るためではなく、障壁を張るためにあった。
『マグネティック・フィールド!』
紫色の魔法陣が輝き、奪い取った雷の魔法を行使した。
赤い半透明な障壁は大勢を守るための盾としては範囲が狭い。
だから着弾目標をずらすために、あえて跳び込んだ。
馬車を中心に狙った一撃を、颯汰自らが受ける。
自分が囮となる以外に全滅を避ける術はないと判断したのだ。
颯汰は空中で敵の攻撃を受け止めに行った。
巨蟲からバチバチと音を立てた後、真紅のビームが放たれた。
単発の光線ではなく、熱線は照射するように撃たれる。
『ぐっ……!』
熱と光が、命を焦がす殺意を感じさせる。
真正面から受けては数秒も保てないのが現実であった。
単発のビームであれば障壁魔法で防ぐこともできたであろうが、注ぎ込まれ続けているビーム照射がため、そういうわけにもいかなかったようだ。防御魔法が耐え切れずに弾け飛び、極太の破滅の光が颯汰を包もうとする。
そこで追加で盾を用意する。
左腕の追加武装である亜空の柩から、幼体の装甲を素材にした大盾一枚を取り出したのだ。
元より、左腕の瘴気の内に武器などの無機物は幾つか収納できていたが、ニヴァリス帝国にて手に入れた拡張装備により、ある程度の大型兵装や重量のあるものも運用が可能となった。それでも、さすがに四次元〇ケットほど万能ではない。
『全隊、陣に戻り、北方へ行軍! 保護したゲストを守りつつ北上し、東西からの援軍を待て!』
大盾で敵の攻撃を受け続けながら着地し、颯汰が兵たちに命令を出す。
さすがは幼体とはいえ鉄蜘蛛を用いた大盾である。重力に引かれて落下する身を追うように照射は続いたのだが、颯汰は無事であり続けていた。
颯汰の命令は短くて拙いものであったがレライエが中心に意志を汲み取って指示を出し始めていた。
ここで戦うことは損失であるが、このまま逃げるにしろどこか城塞都市まで退いて応戦するにしても、保護対象を先行させる必要があった。いずれどこかで迎え撃つという行動を起こさねばならなかったところであるが、成体が現れた今、早急に手を打たねばならない状況となった。巨体であるゆえに、見える範囲も移動距離も攻撃範囲も大幅に拡大したと言える。生半可に距離をとってもすぐに追いつかれてしまうことだろう。
だからこそ、颯汰が囮となる必要があった。
――『後のこと』を考えたら交戦は避けるべきだが、今戦わないとその『後のこと』に至れない!
巨蟲・鉄蜘蛛は光線の出力を上げた。
目に見えて光の迸りは激しくなり、光線の太さも増す。
「あぁ……!」
動いている馬車の後ろから颯汰の姿を見ていたドミニク伯の妻が思わず口を押え、“黒真珠”たるヴィネは思わず目を逸らしてしまう。
何が起きているかわかっていないが、あれが命を奪う光であることを理解できていたようだ。血のように深い赤は生命の象徴ではなく、流れて失うものを現すのだと感覚的に。
盾全体が熱を帯び、赤熱し融解を始める。
限界を迎える前に、颯汰は手を打った。
『今なら、やれる……! 限定行使――索引・スペルビア!』
白藍色の魔法陣が煌き、貸し与えられた氷の魔法を呼び起こす。
颯汰が自分の目で見たことのない魔法であるけれど、その左腕の棺に格納された氷霊の魔王の《王権》が記録している。
『アイシクル・ウォール!』
無骨な金属の大盾に氷が張る。それは光の角度で煌めく白銀の防壁。
分厚い氷に、熱線が直撃する。
凄まじい白煙が盾を中心に発生した。
解けた氷がすぐに水へ変わり、瞬間的に水が沸騰し、凄まじい勢いで水蒸気が出た。
「……!」
周囲の空気を凍らせるほどの氷晶に、膨大な熱量が注ぎ込まれる。
爆発的に範囲を広げた水蒸気は颯汰の身をも覆いつくした。
発生した煙霧により攻撃目標が視界から消えたことで敵機は攻撃を止め――ない。鉄蜘蛛はそのまま照射を続けた。熱で焼き切るつもりなのだろう。
熱線を浴びて煙幕を出し続ける盾――本来ならば秒も経たずに蒸発しているところを、耐えている。
だが、熱量をすべて受け止められるわけではない。
限界が、きてしまった。
吐き続けられた熱によって生成されていた氷が完全に解けきり、さらなる光線による熱が辺り一帯の水蒸気の白い霧を晴らしていく。
そこに颯汰の姿はない。
巨蟲が照射を止めた。
ビーム照射に焼き殺され、そこにあった盾の残骸がいずれ至るように消滅したのだろうか。
『――気づかれた。でもこのまま接近する……!』
当然、否である。
盾を捨て、白い闇を隠れ蓑に迂回し、接近する。
幼体が三十近い数がいる中、さすがにカメラアイに捉えられてしまう。
敵機とは依然として、距離があった。
百数ムート程度、他の敵機も射程範囲に入った。
『足を止めたな、つまり、射撃が始まッ――きたきた容赦ないなぁ!』
巨大怪物は口からであったが、幼体は後部を変形させてサソリの尾のような発射装置で撃ってくる。牽制の射撃であるが、精度は高く、死の波濤となって襲い来る。赤い光が、通り過ぎた地面に着弾して爆ぜた。
機械へ感情をぶつけても、意味はない。
無意味な言葉の羅列も注意を惹くための陽動に過ぎない。
それも学習したことだ。
ともかく時間を稼ぐため、あるいは撤退を選択させるために襲う。
敵が弱ければこのまま倒したいところだが、そんな簡単に済む相手ではないことは経験や予想から簡単に導き出される。
真っすぐではなく、斜めから弧を描くような軌道で先行する。
時折、いきなり直角に曲がるなど、機械でも正確に読まれない動きを取りながら近づく。
――接近すれば撃てまい!
遠距離から砲撃を受けている中、足を止めずに近づいて装甲を斬り裂くのが狙いである。最高速で接近して切り崩そうとしたところを――、
『――ィッ!?』
巨蟲が阻まない道理はない。
再び口部から極太のエネルギー砲が放たれる。
敵の行動は読んではいたが、やはりいざやられるとなると恐いものがある。
流れ込む殺意の奔流が迫る。
このままでは数拍もしない内に塵一つ残らず消滅してしまうだろう。
『アイシクル・ウォール――リフレクト!』
新品の大盾を取り出し、再度発動する氷の魔法。
ただし先ほどまでの、分厚い氷の層では終わらない。
降り注ぐ光を張った氷壁は受け止める。
氷壁は極大の光線を受けて砕け散るが、砕けた氷の破片が盾の前の宙で停滞し、破片が円錐の形を取る。破片が浮いたままゆったりと動く。まるで宇宙空間に漂うデブリのようであった。
破片は鏡面のようであり、形成された円錐の先端は菱形で、光を受け止めるのではなく、散らして周囲へと流していった。
――そのまま受け止めたら、さっきの二の舞……だから!
ビーム照射を円錐状に配置した鏡面で散らし、威力を減衰させるのが目的――ではない。
中心部から受けた光が後方へ流れていく。
明らかに砕け散った量よりも、氷の結晶が増殖していた。
停滞している氷は指向性があり、颯汰が左手を上から下ろすように動かす。
命令を受け、照射された光は屈折し、幾つもの破片を経由する。颯汰が構えた大盾の前方に、光によるリングが生まれる。照射された光を囲うようにして生成された同じ色のリング。それは、敵からの攻撃のビームを分散させ、幾つもの細いビームに変えて鏡面同士で反射しあい飛び交って形成されたものである。
『そこだ!』
分散させた細い六つのビームは、中継器の役割を担う氷の破片群へと突き進み、そこへ乱反射した光を内包する氷晶の筒――砲へと注がれる。
颯汰が少し離れた位置にあるリングから、反射したビームを放射する。縦方向に走った光線が幼体を数体巻き込む。鋭い音が空気まで裂いたようだ。赤い光の照射のカッターとなって幼体の装甲を切り裂いていく。発射口自体は巨蟲の口とは比べ物にならないが、放たれるものはそのままであるため強力な反撃となる――鉄蜘蛛の幼体の装甲を軽々と焼き切るぐらいの威力があったのだ。
『まだだ!』
今度は左腕を右から左へ払うように振るう。
リングは角度を変え、ビームを横薙ぎに照射した。
十数以上の幼体を破壊し、熱を受けて機体を爆ぜさせた。
そうなれば、巨蟲も攻撃が無駄であると判断し照射を止めざるを得ない。
二度も攻撃を防いだ敵に、次こそは効くかもしれないと同じ手を使うほど、機械はバカではなかったようだ。
熱で焼けた装甲の奥から燃焼し、爆破して動かなくなった機体、爆破は逃れたが行動に支障がつくほどにダメージを負った機体が大多数である。
『……』
巨大な鉄蜘蛛は睥睨するように颯汰を見ている。
脚部に当たったはずのビーム照射は大した傷になっていなかった。
ゴールデンウイーク中に10連勤以上させた企業に対してキツめの罰則を設けてほしいです(私怨)。




