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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
嵐の向こうに待つもの
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19.5 白日の氷獄

 ヴァーミリアル大陸、アンバード領内北部。

 内乱を起こし、首都バーレイを制圧してみせたバルクード・クレイモス公爵こうしゃくが指名した門閥貴族もんばつきぞくたち。彼らは首都からってもみにくく足を引っ張り合いながら北上し、現国王と接触せっしょく――捕縛ほばくしに向かった。

 現在、アンバードをおさめる王は魔王すらほろぼした怪物かいぶつであるが、身内に弱いというのはすでに知れ渡っている。それらを人質にしている今、その事実さえ伝えれば降伏こうふくするだろうという――無能貴族らしい、自分にとって都合のいいあまい見通しで、その作戦に乗ってしまっていた。

 誘導ゆうどうされたことに気づかず、接触さえすれば手柄てがらとなり、一族にさらなる富と権力が加わると信じ込んでいるオメデタイ連中だ。上手くいけば三大貴族と連なるか、それ以上の地位が手に入ると思えば、この競争に本気になるのもわからんでもないが、そもそも、そんな上手い話があるのだろうかと疑うことをしないのが、実に彼ららしいと言える。

 王都復興に尽力じんりょくしていたまともな貴族たちと比べると、選出された彼らは甘やかされて育ってきたことをうかがえた。


 そんな、ちょうよ花よ、と温室でぬくぬくと育てられた彼らは、生涯で感じたことのない『恐怖』に襲われる事となる。季節外れの寒さは、たしかに恐怖心によって生じているところもあったが、実際に身体がこごえてしまうほどに外気温が下がっていた。

 ヴァーミリアル大陸の冬であっても感じたことのない類いの寒さであった。

 吐く息が白くなるどころか、そこから凍る。

 顔の表面までしもが付き、下手にれると引っ付いてしまう。無理にがそうとすれば恐ろしいことが起こると、彼らはわかっていた。

 既に貴族の一人の、顔面と指が凍結とうけつにより付着し、無理やりに剥がしたせいで出血していた。べりべりと嫌な音を立てて皮膚ひふが引き裂かれ、流れていた血もこおる寒さであった。


「さぁさ、話を聞かせてもらおうかの~」


「…………」


 氷の牢獄ろうごくで少女が心から楽し気に、期待に満ちた表情と声音で対面している女に言う。

 中には、氷で造られた椅子いす

 目の前に円形のテーブルまで氷だ。

 同じ素材で置かれたティーカップに、少女は紅茶を注ぐ。

 湯気だったそれを前にしても、女は手をつける気になれなかった。

 檻の外にいる貴族たちもとらわれている。主賓しゅひんではないため外ではあるが、同じく氷で造られた椅子に座らされ、氷によって脚が地面と固定されて身動きが取れない。げられなくなっていた。


 ――……一体、どうしてこうなったの


 氷の牢獄の中で魔人族メイジスの女は、幼女の姿をした怪物のわくわくした顔を見ながら、ほんの少し前の出来事を思い起こしていた。


 ……――

  ……――

   ……――


 バルクード・クレイモス公爵は報告を受け、北に現国王がいないと断じながらも兵を派遣はけんした。先の災厄から生き延びてしまった無能貴族たちは王都に居られても害悪な存在なので丁度よかったとしてそそのかして追い出し、さらに作戦行動中に“不慮ふりょの事故”を起こすつもりであった。

 そんなことに気づかず、彼らは誰よりも早く手柄が欲しいと思い、こぞって競争を始めて先行する。編成した軍属である騎士たちと共に行軍するように命じられたが、それを無視して独断先行という作戦行動をいちじるしくみだす行為を全員が始めた。生き延びたとしたら、このけんめることは可能だろう。

 自らがワナにハメられていると知らず、互いの出陣の邪魔をし合い、さすがに直接対面してるときは武具は使わぬとも、ウマで競争するなどをやりたい放題で北上して行った。

 そんな目先の欲にとらわれた愚物ぐぶつの処理をった魔人族メイジスの女――クレイモス公の右腕と呼べる貴族もが、彼らについて行く。


「…………」


 七名もの人間をどう処理するか。

 人目がつかないところで騎士たちでかこんで暗殺するのが手っ取り早いのだが、それぞれが行軍する騎士団よりも先に進んだせいでやりにくくなった。ゆえに物静かで冷静な女であっても、表情がけわしい。

 どこかで一人ずつ殺せる機会があればいいのだが、さすがにそうはいかない。彼らは少人数でも配下をしたがえているからまた、やりづらい。


――『そのときは私めが彼らを処します』などとクレイモス公爵に大言壮語たいげんそうごいてしまった。公爵の前であるからか、かなり格好かっこうつけてしまったのだ。今さら後悔してもおそい。


「…………(無理しなくともいい、とは閣下かっかおっしゃったけれど)」 


 閣下とはバルクード・クレイモス公爵である。

 彼と共に地獄まで共に歩むと決めた彼女は、できる限りは邪魔じゃま荷物にもつは片付けたかった。


「どうしたものか……」


 本当に現国王がいるならば話が早い。

 おそらく既に人質の存在は知っているだろうから改めて話されても貴族たちに従うわけがないし、そのまま戦闘になるはずだ。

 そうなればまず、彼らは助からないだろう。


「タチバナ、ソウタ。……恐ろしい化け物。迅雷の魔王と何ら変わらない」


 コックムでうばった少女を娘として接し、義姉がいるにも関わらず拉致らちしたマルテの王女を姉と呼んでいる。実年齢は子どもなどではなく、老人というウワサだが真実であれば非常に恐ろしい。トンだ変態へんたいサイコ野郎やろうだ。寵愛ちょうあいの対象や周りの人間が囚われたと知れば激怒げきどし、勝手にゴミ掃除そうじが完了する。これも迅雷の魔王と同じだ。


 しかし、北にいるというのはもたらされた誤情報であり、バルクード・クレイモス公爵は既に別の場所にいると断じている。

 女は首を横にって雑念を飛ばした。

 変に期待するのも絶望するのもよそう、と心の中でつぶやいて溜息を吐く。バーレイから北に進んでいる馬上から、視線は先行しているバカどもをとらえる。

 ウマを使いつぶすつもりなのか、それともそれすら考えなしなのか、非常に速いペースで移動していた。

 追いかけている自分と走らせているウマの体力も限界だ。


「……北端に着くまで動き続けるはずはないと思いたい。ここから近い町となると……ニーベで休憩きゅうけいするはず」


 夜通し移動しているため、ニーベという町で休むはずだ。全員が同じ宿にまるとは思えないし、そこでバラバラになってくれる方が暗殺しやすい。 


「……でも、町で休んでいるうちに、きて帰るとか言い始めないといいけど」


 つらいことは投げ出すが基本のクズである。

 権力だけは一丁前に継承けいしょうしているから余計に性質たちが悪い。だから突拍子とっぴょうしもないこともやるし、常識のない言動もするのだ。


 時間は少し飛び、予想通りニーベに到着してから一刻も経ってないぐらいだろうか。


『貴族らしく、狩猟しゅりょうで決着をつけないか?』


 さっきまで町に到着した早々、ウマを買い占めようとした貴族の男と、この提案をした男は取っ組み合いの喧嘩けんかをしていた。

 そのせいもあってこのまま競っていてもらちが明かないと判断したのだろう。 

 得意げに弓を取り出して、げんを軽く引いてはなしてふるわせた。


「なるほど」


 ハンティングではなく決闘けっとうで殺し合ってほしかったが、分断はできる。北部は森もあるから暗殺も不可能ではないし、それこそ魔物に襲われたことにすればいい。そういった事故はわりとある。

 貴族がよく利用する狩場とはわけが違うことを彼らは知らぬ。外の世界は弓矢で簡単かんたんに狩れるぐらいの魔物だけではないのだ。

 日が落ちるまでに獲物えものの大きさやめずらしさ、数を競う事となった。

 女は、光明を見い出していた。 

 ここから城塞都市じょうさいとしロートは比較的近い。

 馬鹿正直に森に行かず、要塞ようさいに駆け込むことも可能だと気づいた。

 狩りのふりをしてこっそり目指すと決めた。

 そこに何ら間違いはない。

 既に三大貴族の手に落ちた拠点きょてんで、仲間を集めて行動を起こすことは正しい。

 問題があるとすれば、他の貴族たちも真面目に狩猟などやらず、すきあらばけをしようとしていたこと。

 さらに、運が悪かったことだ。

 たまたま運が悪かったとしか言いようがない。


 ニーベは鉱山から発展した町である。

 アンバード領はこういった町は多いが、特にここは北端に近いためここで採掘さいくつされた原石などといった鉱物こうぶつを、加工して国外へと輸出されることが多い。

 フォン=ファルガンもこの町がしくてねらっているし、アルゲンエウス大陸にも町の名が伝わっているほどだ。

 ゆえに、彼女(、、)も知っていた。

 視察しさつねて南下するついでに、立ち寄る選択肢として入れていた。


 船を用いて港町を経由せず、自力で大河――デロスの大口を踏破とうはした少女。

 真っすぐニーベの町へと向かった最中、遭遇そうぐうしてしまった。

 欲望の王。

 即ち、転生者マオウ――、の幻霊。


「ほぉ。汝ら、楽しそうに遊んでおるのぅ?」


 全員が揃ったところに、わざわいが天から堕つる。

 

「妾こそ、冬の魔女(バーバヤガ)! アルゲンエウスの魔王ぞ!」


 魔人族メイジスと思わせる幼子。

 黒いニットに白のスカート、という異界の装束しょうぞくを身に着けている。

 その言葉がウソ冗談じょうだんではない、と無能集団でもわかる。

 気配もそうだが、まとう冷気と魔法が創り出した存在があまりにも現実離れしている。

 氷の骸骨がいこつつばさを持つ悪魔がその背に居た。

 彼女は、当たり前のように宙をきながら降臨こうりんする。

 怪異かいい――堕天だてんの怪物。

 六つの翼をもつむくろ

 町から出て進んでいる途中、何も変哲へんてつもない町から町をつなぐ少し整備された街道にて。

 本来、遭遇してはならない類いの怪物がいたのだ。


「…………」


 息が詰まる。まともに呼吸ができない。

 吸った空気すら冷たく、口の中やのどおくまで氷が張るような感覚があった。


わらわのおっ……、コホン。――我ら(、、)盟友めいゆうであり“契約者”でもある立花颯汰。その配下であるはずの貴様らがこんなところで何を遊んでおる? それとも、乱を起こした愚物の手駒であるのかのぉ?」


 幼子の声であるはずなのに、重くかるものがあった。

 彼女が何を言っているのか大半はわからぬが、敵対している現国王の仲間であること――返答次第で死ぬことは明白であった。


「あわわわわわ……」

「……うぇわ、わわわわ……」


 口かられるのは唾液だえきと悲鳴である。

 目と鼻からも体液が出てしまう。

 さけんでも死ぬと本能でわかっていた彼らは、声ならぬ声しか出せなくなる。

 幼子の足元から冷気が伝わり、しも浸食しんしょくしていくのが目に見える。

 一歩進むごとに彼女の領域が増えていく。


「おやおや。妾の言葉が聞こえなかったのかえ?」


 ねぇねぇなんでなんで~、とわざとらしい幼子ムーブをした後に問う。失禁ものの恐怖である。

 常人であれば、直視した段階で精神に異常をきたす恐怖心の具現化とも呼ぶべき形態けいたいに、無能と断じられた貴族たちが動けるはずもない。


「ほぅ? 一人だけまともに会話ができるものがおるようじゃの」


「……」


 こしかして震えあがる貴族たち。

 主を見捨てて逃げるのはウマだけではなく、彼らに付き従った者たちもである。

 それが当たり前だ。

 どれだけお金を積もうが、深く関係を結ぼうが、自分の命にえられない。

 女はそう思いつつも、軍刀をいたのだ。


「逃げなさい」


「えっ?」


「はやく逃げて、この事を閣下に伝えるのよ!」


 貴族たちは彼女が正気を失っていると断じた。

 余計なことをして飛び火することすら恐れた。

 目を剥き、信じられないと彼女を見やる。

 ここにきて彼らは保身のことで精一杯であった。


「閣下とは、我が盟友ではなく……此度こたびの乱を起こした不届者ふとどきものか」


 バーバヤガと名乗る幼子は、興味関心があるように応じる。いつ逆鱗げきりんれるかわからない、そんな恐怖心が人間たちにはあった。


「妾を前にしてよくそこまでえるな。足の震えは寒さゆえか? 立派ぞ立派。ご立派ぞ。アハハハハ!」


 本来、彼らを殺す算段であった。彼らを殺してくれるのは非常にありがたい話ではあるが、存在そのものがイレギュラーな輩の登場は望んでいない。


「そこまでして、此奴らを生かしたい、のか? ……ほうほう。どれだ? どの男が好みだ? 逃げた中には女もいたようだが……、よもやそっち――」

「――ちがう!」


 現国王以外はお引き取り願いたいところだ。

 しかし、魔王という怪物はそんな願いに応じるはずもなく、息を吸って吐くように――今この場にいる人間を皆殺しにすることもあり得るのだ。


「私は命にえても閣下を守護する! 今仮に、この場で私が引いても、あなたは必ず追い付き、殺せる、……そうでしょう?」


「乗ってきたウマも逃げるよう、念入りにおどしたからな。それでも、今から一斉いっせいにバラバラにれば一人や二人は生き延びるかもしれんがの」


「だから、なおさら少しでも私が時間を稼ぐ。誰かが生き延びれば、閣下はこのことを知れる!」


「そこまで他人に尽すか」


「私の命は閣下のもの」


「愛しているのか」


「もちろん」


 全くよどみなく、すぐさま返した。

 彼女は死を予期したからこそ、他人にせた秘めたる想いを自然と口にできた。

 質問を投げかけた方がきゅうするほど、真っすぐであった。


「……な、なるほどな」


 言葉が詰まったあと、バーバヤガはあごに手を当てて上を向く。少し思案していたが、うなずいて何かを自分の中で取り決めた様子であった。

 直後に、世界が変わった。


 バーバヤガはえている。

 憎しみなどの記憶や感情を、よくないものとして押し付けられた人格ゆえ。

 他の姉妹と呼べる幻霊たちと異なり、自分自身が体験した親子としての記憶もない。偽物であっても、自分だけのそれ(、、)が欲しかった。

 バーバヤガはえている。

 その背にいた怪物は分離し、氷の嵐が巻き起こる。青く冷たい暴風が景色をゆがませる。

 目を開けていられない氷のつぶてと風圧。当事者たちは――極限の寒さと呼吸ができない時間のせいで、永遠に間延びしたように錯覚さっかくしていたが、実際のところそこまで時間は掛かっていない。

 バーバヤガはえている。

 風が止み、景色が晴れ渡る。

 何もなかったところに、屋根のある建築物が創り出されていた。

 ガゼボに近いが異なるのは、対象を逃がさぬよう氷の檻となっているところか。

 すべてが氷でできている。

 その中に、冬の魔女(バーバヤガ)を名乗る幼女と、公爵をしたう女がいた。


「これは……!?」


 かごの中の鳥を逃がさぬため、精製した結界。

 氷で造られた椅子とテーブル。

 不思議と先ほどまでの寒さが嘘のように感じる。

 窓もなく、声も通るというのに風が入ってこない。

 彼女が、その気になれば全員をすぐに殺せるということを改めて突きつけられたカタチだ。

 外の貴族たちは足元から氷の椅子が生えるように生成され、無理やり着席させられていた。逃げるにも足ががっちり氷で固定され、逃げることはできない。

 

「では、聞かせてもらおう。人数は多いほど盛り上がるというしな」


 テーブルクロスまで氷でできているのに、ティーカップに注がれたお茶からは湯気が出ている。

 注ぐ方も注がれる方も、器が耐えきれるはずがないか、そのまま中身が冷えていそうなのに――結界内はそういった自然法則は無視されていた。

 彼女が任意で、寒さを操作できるのだろう。


「一体、何を始めようと……?」


「決まっておるじゃろ」


 困惑こんわくしている女に、バーバヤガの目はギラついている。

 彼女の生まれた経緯を考えると、他の人格はもちろんのこと、本体である氷麗の魔王も強く言えない立場にあった。だから単独で南下をゆるしたし、このような暴挙ぼうきょも目をつむる。


「さぁ、女子会――いな、お茶会だ。恋バナ、しようぞ」


 冬の魔女(バーバヤガ)は『愛』にえていたのだから――。


※「 拉致したマルテの王女を姉と呼んでいる」。

→出国前、呼ぶ練習をしているのが外部に漏れていました。

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