表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
嵐の向こうに待つもの
389/435

19 黒泥の巨人

 いないはずの捕食者プレデター――異世界からの来訪者ヴィジターいつわりの魔王、銀嶺ぎんれいの王。

 留守中に自身の国で内乱が起きたという不祥事ふしょうじに対し、静かに仲間を集め、一気に各所を制圧せいあつすることに成功させていた驚異きょういの少年王――立花颯汰。

 肉体的な年齢ねんれい二桁ふたけたにやっと届いたか、それくらいのおさなさが残る少年が、見上げるほどの巨躯きょくを持つどろの巨人をほろぼした。

 一度王都で暴れていた奴らよりも小さくはなっていた。とはいえ上半身だけで、そこから下は泥の水面にしずんでいるような出で立ちであるのに、二階建ての一軒家いっけんやに届きそうなぐらいの大きさがある。

 そんな敵の首をるように襲撃し、目的の物を正確にき取り、己の力に変える。

 のろいのかたまりである黒き泥……それを制御せいぎょになう彼ら操影者ソウエイシャは戦闘についても素人シロウトであれば、立花颯汰について知らぬことの方が多い。

 ゆえに、ただただ恐怖きょうふする。

 楽ではない任務にんむではあったとは思っていたが、想定を優にえる怪物かいぶつの参戦に衝撃しょうげきを受け、余裕が無くなっていた。

 

「う、うわあぁあああああッ!!」


 操影者で構成された魔物を討伐とうばつしにやってきたはずの青年がさけぶ。黒泥コクデイの巨人を操り、颯汰を攻撃した。り上げたこぶしついとして、くいを打ち込むようにたたきつけた。

 それに対し、少年王は全くどうじる気配はない。

 振り下ろされる質量に対し、ただ待つ。


「――!?」


 空気をさぶるするどい音。

 太刀風たちかぜがそのまま斬撃ざんげきとなって巨腕きょわんつ。

 風の竜術――。

 術者である竜種ドラゴンの子の数倍大きい、風のやいばが飛来し、黒泥の巨人の腕を、横から両断したのだ。

 立花颯汰のとなりにこの者あり――。

 龍の子シロすけが颯爽さっそうと現れ、小さな翼で羽ばたいて竜術を発動させていた。

 援護攻撃によって巨人の右腕は千切られ、颯汰の背後へ飛んでいく。

 その腕が地面に着地して、れた果実かじつごとはじける前に、颯汰がここで動き出す。

 残った巨人の方、切断された腕の断面の真っ黒な汚泥の中、わずかなきらめきを見逃みのがさない。


「そこだッ――!」


 左腕から放出された黒い瘴気しょうきの群体が形を成し、敵に喰らいつくアギトとなる。触れれば人体に有害な呪いのうろふち黒獄の顎(ガルム・ファング)を用いてつかんでび上がったのだ。人間の跳躍ちょやくはるかにえた高みへ、身体を運ぶ。いずれ超人と呼ばれるスポーツ界の各競技において最高峰さいこうほうの選手として活躍かつやくする英雄ヒーローであっても、この体格で己の身体ひとつだけでこの高さには未来永劫みらいえいごう到達とうたつなどできない。

 ヒトという枠組わくぐみみを外れた王は、断面へ自身の左腕を突っ込んだ。己の身体が重力に引かれて地面へ落ちる前に、目的の物を掴み取った。


った!」


 引き抜いて腕、黒鉄の籠手こての内に光り輝く物質がある。結晶体をその手の中でくだく。

 パキと音を立てて、ガラスよりももろく思えた。

 巨人は、先ほどの個体と同じように崩壊ほうかいを始める。

 機能を停止し、完全に消滅することはなくとも、地面に溶け込むただの泥として残る。

 討伐隊に動揺がはしる中、周辺外部に変化が起こった。


「「「ウォォォオオオオオオオオッ!!!!」」」


 雄々(おお)しき戦士の叫びが、呼応する。

 いつの間にか、討伐隊が先ほどまで楽しそうに会話を重ねていた馬車を取りかこう、武装した集団が増えていた。

 有り得ない。

 信じられないと目を見張るも、確かに軍勢が取り囲んでいたのだ。それも、一番近い小汚い見た目の山賊さんぞくたちとはちがう。

 まだ日が沈んでいない空の下、輝くよろい、盾に武具。旗を持つ者までいる。アンバードの騎士団の旗と鎧に打ち付けられた紋章が見えた。

 第一から第三騎士団は「守衛騎士」と呼ばれる王都を守護を任じられている。それに対し敵へ攻め入る「攻勢騎士」と呼ばれた者たちがいた。

 槍の紋章――第四騎士団。

 卓越たくえつした馬術で戦場を騎馬でけるいくさかなめ

 剣の紋章――第五騎士団。

 戦闘狂が集まり、誰よりも早く敵に切り込み崩す役割を担うものたち。

 有翼獣グリフォンの紋章――第六騎士団。

 獣刃族ベルヴァワーの民で構成された少数精鋭。

 さらに、それらとも異なる特殊騎士と任命された者たちがいる。 

 鷹の紋章――第八騎士団。

 この場にいる各騎士団は、死傷者や吸収され他所へ転属されたため数は激減し、一個小隊である三十名弱しかいないが元より鍛冶師かじし兼技術職である第八騎士団は変わらぬ人数であった。

 第八騎士団は内乱時には既に王都から発っていたが、他の騎士団は三大貴族に反抗していた。それでも結局は、バルクード・クレイモス公爵の軍門に下ったはずである。


「裏切り、か……?」


 操影者の男が、驚愕きょうがくの面持ちでつぶやく。

 騎士団の姿を見て、討伐隊となった自分たちがワナに掛かったのだと知る。この道を通ると見越して、入念に準備を整えられたのだ、と。

 起伏きふくほとんどないヴェルミ側と異なり、アンバードの特に内陸部から南にかけては小高い丘がいくつも見受けられる。

 斥候せっこうを放たずに揚々(ようよう)と馬車で行くのは、戦時下であろうとなかろうと、非常識と言える下策げさくであろう。

 咆哮ほうこうとともに雪崩なだれ込む敵勢に、討伐隊はパニックを通り越して、混沌こんとんきわみに到達する。

 心がおびえ、思考が正常に働かない。


 それこそが颯汰たちのねらいだ。


 敵の思考力と判断力をうばう。何が真なる目的かを定めさせず、立ち直らせないようにする。


「“呪い”ははらわねばならない」


 颯汰は使える左手の人差し指でさし、静かに呟く。その言葉を聞いた討伐隊は、見事に死の宣告せんこくであると誤認した。

 最もこわい化け物が近くにいる。

 周囲から敵も来ている。

 正常な思考などできるはずもない。


「――チィッ!!」


 泥の集合体で障壁を作っていた男が、敵勢を見て裏切りであるといきどおっていた操影者が動く。黒泥の壁を変形させ、巨人とまったく同じような腕部を作り、颯汰を奇襲する。

 手を開いてさらうように振るいながら、壁ではなく巨人型に形を変えていた。

 巨大な手は、他の泥の兵を巻き込んだが、颯汰は軽々と後転してける。


防御態勢ぼうぎょたいせい――!!」


 巨人の動きを見て、接近せっきんを始めた仲間たちに対して颯汰は号令ごうれいをかけた。

 黒泥の巨人は腕のスイングをそのまま活かす。その手に一杯になった汚泥を、流れるように一番近い敵の軍勢――山賊の見た目の者たちに投げつけたのだ。

 その威力は敵をこれ以上近づけさせない牽制けんせいではなく、殲滅せんめつさせるための爆撃に近い。

 投石機による岩の射出は城壁を崩すほどの破壊力を生むのだから、それを人体に向けられる恐怖を直に感じたことだろう。

 事前に可能性があるとして、この第八騎士団が造った鉄蜘蛛てつぐもの幼体の装甲そうこうを用いた、非常に堅牢けんろうな大盾をわたされていなければ、天にいのる間もなく死を受け入れるしかなかっただろう。


「いくぞぉぉおおおッ!」

「「「オオオオオオオッ!!」」」


 大盾を構え、地面に突き立てる。

 盾の上と横に、と――。

 ぴったりとくっ付き、接合する。

 荒野に白亜の城壁が生まれた。

 真新しい大盾は始めからこのような機構が搭載とうさいされていた。盾と盾を連結し、強大な一撃を多人数でささえて防ぎ、える――仲間を守るために防御範囲を広げ、衝撃を分散する機能もあった。

 盾役が並んでいたとはいえ、時間的にすべての盾を合わせることはできなかったが、八枚の盾を即座に合体させることに成功する。

 そこへ侵略しんりゃくするように、あるいはけがすように“黒”が投げ込まれる。

 ズドン、と重い音が響く。

 塊が衝突したのだ。


「ぐ、ぐぉおおおおッ!?」


 拮抗きっこうし耐えたのは、僅かに一数える間もなかった。一瞬だけ受け止めていたが、直撃した地点で、盾が離散りさんするのが見える。

 颯汰が思わず、そちらを注視するが、塵煙じんえんの中ではっきりと見えない状況であってもすぐにせまる通常サイズの黒泥の猛攻もうこうに集中をする。

 思い知ったか、と口角が上がっていた男であったが、徐々(じょじょ)明瞭めいりょうとなった景色を見た途端とたんに無表情になる。


「生存確認!」「呼吸、……あり! 死者、ゼロ!」「怪我人を後退させろ!」「泥の奴らが動き出したぞ!」「応戦応戦!」「ぶち殺せー!!」「第五騎士団(、、、、、)してまいる!」


「生きてる、だと……!?」


 剛速球で投げつけられた砲丸が直撃したような音まで聞こえ、その衝撃で造られた防壁である盾も吹き飛び、人間も吹き飛んだというのに、立ち上がって応戦している。

 それどころか、獅子ししの頭の毛皮をまとう武人――第五騎士団が隊長たるサブナックが、山賊の仲間にふんして野蛮やばんな振る舞いを止め、軍刀をきらめかせていた。サブナックのその絶技は颯汰も舌を巻くものがあり、王都にいた頃には彼からも剣術の手ほどきを受け、また模擬戦にてボコボコにしてきた一人である。

 真正面から砲撃を受けた――最初から防御のためにかなり重量のある大盾を運んでいた本物の山賊たちと、その頭領に敬意を賞しながら、白刃がう。

 汚泥の塊の中で、掴んだときより起き上がって活動可能な黒泥兵は減っていた。移動こそ緩慢かんまんだが攻撃速度は決しておそくないというのに、肉体を針のように細くして狙ったし攻撃も、去なされている。白兵戦が展開されていた。

 一方的に攻撃を仕掛けてきた愚か者へ、一方的な虐殺ぎゃくさつ敢行かんこうしようとしていたはずなのに、気づいたら合戦が始まっている。


「な、なんなんだよ一体――」


「――隙だらけだッ!」


 動揺をしている操影者。制御している巨大な泥人形までが合わせて動きが止まってしまった。

 今度は颯汰は地面に向けて瘴気を飛ばし、その反動で宙に舞う。

 周りを囲んでいた黒泥のシルエットの頭をき、飛びねるようにして巨人の胴体どうたいに取りついた。密着状態。そこまで接近をゆるしてしまえばもうおそい。

 体内を動き回っているらしい結晶を、確かにとらえ引っこ抜く。

 呆気あっけなく三体目の巨人までがられた。

 実戦は訓練とはわけが違うとは聞きおよんでいても、ここまで状況が不利に運ぶものなのか。

 理不尽に絶望している討伐隊の面々を、今しがたしもべを倒された男が叱責しっせきするように叫んだ。


「お、お前ら、出し惜しみはナシだ!」


 男は、懐から黒い液体で満ちた小瓶こびんを四つ取り出す。それぞれの手に二つずつ。器用に指と手の動きだけでコルクせんを抜き取る。

 ここで全部を出す。

 どうにか王都さえにもどればいい。ここで全滅は最悪の結果であり、囲まれている中、馬車のウマもすでに逃げ出した中で逃走はむずかしい。

 勝機はうすいが、すきを作るしかない。

 討伐隊は理解して追加の黒泥を召喚する。

 彼らの中で声が響く。

 それは幻聴げんちょうではなく、黒き呪いの塊を操るすべを与えた悪魔、開発者たるロイド博士の、過去に聞いた声であった。

 あやしげな風袋ふうたいであったが、彼ら討伐隊に『チャンス』と『未来』を与えたのは紛れもなくこの人物であり、ある意味で『希望』であり、『』でもあったと言える存在だ。


雑兵ぞうひょうならば通常形態で数で応戦するのがいいでしょう。しかし、強敵相手では気を抜けば君たちが狙われ、殺されてしまいます。制御を行っている君たち操影者が死ぬと、私の大切な研究結果(ドロイド)たちは暴走してしまい最悪の結末を迎えることでしょう。なので、確実に集合して敵の息の根を止める! ……集合・合体、巨大化したドロイド兵は無敵です。僅かでも取り込まれれば、その呪いから逃げられない。――の王……異世界からやってきた転生者である迅雷の魔王ですら、黒泥にまれ、精神が汚染おせんされているのですから――』


 現在、消息不明である研究者の言葉が脳裏のうり鮮明せんめいに響く。五人は、覚悟を決めた。


「おい、御者のおっさん」


「あ、えっ……!?」


『――ですが、魔獣化や巨人化には人間をかくにしないといけません。確実に誰か、手元に確保しておくと良いでしょう』


 博士の遺した呪いの言葉が続いた。

 瓶から零れた呪い。それぞれから円形に、波打つように広がる。呪いの水面が重なっていく。すでに黒泥がいる地点に触れると、黒泥は崩れるように水面に溶け出す。少し離れに飛ばした個体以外は、周囲に展開されたもの、機能停止したものすべてが呑まれて消える。

 千載一遇せんざいいちぐうのチャンス。

 敵が勝手に防御をがしたのだから、射つ――と空気を読まない合理主義者やまともな人間たちは矢をつがえてったが、到達する前に黒い水面が立ち上がり、射撃を防ぐ障壁バリアとなっていた。

 男女五人をから拡がる円が、泡立ち、呪いが立ち上がろうとする。


「……おじさん!」


 青年の声。うなずく面々。そのあとに男が言う。


「逃げろおっさん。巻き込まれちゃいけねえ」


「!? ま、待て――」


 思わず手を伸ばした御者の男の声をさえるように、黒い柱が屹立きつりつする。昇る黒い間欠泉かんけつせん、地面からき出す油田のようにも映るそれは、神々しさよりも不気味さを感じさせた。これから起こる最悪を予期させるには充分な嫌な気配であったと言える。


 颯汰は静かに見上げる。

 自身が変身して青年の姿になったときでさえ見上げていた影が、もっともっと大きくなる。

 漆黒しっこくの呪いが、新たな悪夢が顕現けんげんする。

 人間五人をコアとして、巨大な怪物が生成された。

 そこまで彼らを思い詰めさせ、追い詰めた張本人は静かに言う。


「最近、自分より図体の大きい敵とばかり戦っている気がするな。……いや、それでも巨神ギガスなんかよりはぜんぜん、小さいさ」


 自分に言い聞かせ、振るい立たせる。

 それは“魔獣”に近しいフォルムであった。

 腹部に巨大な歯と口。長すぎる細い手。

 しかし細部が異なっていた。

 崩れたツバサ。後光のような輪。顔のない頭の、顎下から触手が並び、黒いに近い灰色の骨が外装のように泥の肉をおおい始める。

 五名の人間を吸収して降臨こうりんしたそれは――。

 禍々(まがまが)しい、よこしまなる神を思わせる姿であった。


25/03/29

タイトル「019」→「19」に修正

読点が余計な箇所にあった部分を修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ