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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
嵐の向こうに待つもの
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10 化け物


※かなり表現をぼかしていますが、グロテスクなシーンがあります。ご注意を。

 囚人しゅうじんなどの犯罪者、重度の精神疾患せいしんしっかんを起こして暴れるもの、戦争であれば捕虜ほりょなどをらえておくための施設しせつとして、監獄塔かんごくとうがボルドー要塞ようさいにも存在する。これは何も特別なことではなく、そういった施設は世界中にいくつも点在する。

 ただ古風で美しいこの地で、その監獄塔が倒壊とうかいするのは――内側から破壊されることはあまり例にない、異常事態であったと言える。


 監獄塔倒壊前――。

 リズが最速で監獄塔内部へ侵入しんにゅうし、そのあとにセレナひきいる騎馬隊きばたいが接近する。

 敵の攻撃は止み、そのすきにウマから降りてセレナともうふたりが一緒に入り、残りが待機たいきするかたちとなった。

 セレナたちが入ったときには、リズが中の人間を戦闘不能にさせていた。戦ったリズも感じていたが、あまりに人数が少なすぎる。

 床にせているが絶命していない敵兵三名、一階にて発見される。

 本来であれば事切こときれていない敵に対しトドメを刺すべきではあるのだが、あえて残したのだとセレナは予想し、短刀をいた随伴ずいはんする仲間に首を振って制止させた。


「あの、先に行って見てショックを受けていないと良いんだけど」


 セレナがリズを想う。

 彼女もまた戦える人間であるとは理解しつつも、リズはまだ若い少女である。

 迅雷の魔王に捕まり、地獄のような日々を過ごしてきた彼女はそのトラウマがよみがえるのではなかろうか。

 捕虜となったエルフたちはどのような目にあってるだろうかは想像にかたくない。

 人質であるため、命は保障されてしかるべきではある。

 しかし、士気の向上のため近隣の村を襲わせるような指揮者の下であるから、暴力を振るわれている可能性は充分にあり得る話だ。

 できればそのような事態になっていて欲しくないし、すぐにリズと合流を果たしたかった。


「突入するのは一緒いっしょで、ってのは最初に話していたんだけどなぁ……」


 若さがほとばしる闇の勇者ちゃんの暴走を見て、しみじみと思いをせる。実際のところ、エルフではあるがセレナは見た目の年齢との差異はない。むしろついてきてるふたりの方が結構な年齢である――見た目だとセレナと変わらないのだが。

 セレナたちはリズを追って塔内部の牢――監禁かんきんされた人質たちを解放しに行く。

 中にみ入れたが、もう戦闘の音は聞こえない。

 階を上がると牢はいくつかあったが、他に監禁されていた人物はいなかった。他の階にも敵が残っている可能性もあると警戒けいかいしていたが、実のところ、一階で倒れていた三名で敵兵は全員であったのだ。


「あ、いた」


 三階の途中、セレナたちはリズと合流を果たす。

 セレナは「ちゃんと待てって言ったでしょ」とリズの両頬をぐりぐりとまわす。

 声をあげずにリズは甘んじて受ける。

 約束をたがえたという自覚はあったのだろう。

 とはいえ、リズがはやる気持ちもわからないでもなかった。一刻いっこくも早く助けたいという感情を否定ひていできるものではない。

 声が出せない彼女の身振り手振りから、どうやら最上階まで行ったが人質は見当たらなかったことを、セレナたちは知る。

 手分けして再度、まわるかどうかと話し合う。

 リズの星剣により――死んではいないが動けず、口すらまともに動かせなくなった敵兵を尋問じんもんすることはできない。

 監獄塔は六階もあるが、全体を見回るのに時間は掛からないぐらいには手狭である。

 円柱の塔の内部は螺旋階段構造らせんかいだんこうぞうであり、一目でその階の牢屋を見渡せるつくりとなっている。有事の際にも中が確認しやすいなっているし、見張りの負担ふたんらせるためだろう。

 隅無くまなく探そうと思った矢先、リズは兵の違和感を思い出す。

 三名の内、一名が一階で、もう一名が上階から降りてきた。

 階段や出入口を見ていたはずなのに何時の間にか増えていた。

 そこでリズは地下にも階層があることに気づき、一階へ向かう。

 一階について調査を開始すると、すぐさま見つかる木箱の影にかくれた空間。

 物を退かすと地面にあるふたが見つかり、それを開けると、階段が出現したのであった。

 リズが先陣せんじんを切ろうとするのを、セレナが彼女の背後から後頭部に向けて手刀で制止させ、セレナたちが先に進んでいく。

 地下の暗がりは燭台しょくだいと机の上にあるカンテラの光だけが光源であった。

 地下の特別房とくべつぼうは、階段から降りてすぐ格子こうしの先にある。ゆえに――、


「! リーゼロッテ、引き返しなさい!」


 セレナが制止させようとしたが、彼女の眼は遠くにいる捕虜たちをとらえてしまっていた。

 多少なりとも、拷問はされている予想ではあったが、それでも人質の命は保障されているものと甘く(、、)みていた。バルジャ・ウィック公爵は正常ではなかったのだ。


「…………これは、……」

「そんな、酷い……!」


 ふたりのエルフも絶句する。

 視線の先、格子の奥に宙吊ちゅうづりとなったモノ(、、)たち。

 天井から両腕と首につながれたくさりで吊るされ、足が地面についていない。

 あまりにも、想像を絶する光景であった。

 どちらも衣服がなく裸体で、爪が自身の手のひらの肉をえぐり、出血するほどにぎめたあとがある。がたからのがれるために、あえて他の部位へ痛みを与えて現実の苦痛から意識をらし緩和かんわを試みる行為を、無意識の下に行ったのかもしれない。

 それを確かめる術は――……。


 ヴェルミの憲兵であった兄・グレアムの、エルフ特有の耽美たんびな顔があざで青くなるまでなぐられ続け、れあがっていた。顔だけではなく、全身くまなく暴行の跡が見受けられる。

 りつけられ、異物をじ込まれたあと

 したたり落ちた先に、赤い水面。

 根はたれ、そこからあふれんばかりにき出した、おびただしい量の血のあとが見える。

 引き裂かれ、外界へこぼれ出るくだ

 生々しい異臭いしゅうただよう。

 もはや生死を確かめる必要はなかった。


 ヴェルミの王都にてメイドとして働いていた妹・リチアも暴行の痕と、体液でけがれきっていた。

 むちの痕とつかまれた爪痕。熱した棒を押し付けられた火傷痕やけどあとまでもが痛々しい。

 ふたのように押し込まれた根は力がけてすべり落ちて、赤と白がけて混ざり合う水面みなもの上にある。

 リチアの全身、様々なところにあった注射痕は薬物を無理やり乱用させられたものである。過敏かびんとなった感覚は激痛にび、焼き切れるような痛みで気を失った。だがすぐに起こされ、気を失いをり返す中で、自身の感覚痛みによるものなのか、何なのかがわからなくなっていく内に感覚だけではなく自我までもが崩壊ほうかいしたのだ。

 酸鼻さんびたる光景である。

 もはや物言わぬ人形であった。


 誰もがその地獄を体現した世界から目を逸らし、込み上げてくるき気と絶望と戦う他なかった。

 理解がおよばぬ蛮行ばんこうであり、頭で現実であると認めようとしない。


「…………、どうやら、ここの公爵が主導でやったことらしいぜ」


 仲間のエルフが、机に置いてある調書のようなものを開きながら言った。


「人質を殺した……? なんで……」


 颯汰も殺す可能性はあるとはんでいたが、それはあくまでも「最終手段」としてだ。

 まだ大陸にわたってきていると知られてない内に人質を殺すことはしないだろう、ディム国王の軍勢も加わるなら、やはりヴェルミ出身の人族ウィリアであり、闇の勇者であるリズが相応しい、として彼女を送り込んだ。

 まさかすでにこのような惨事さんじが起こっているとは、リズの心をきしませる光景を見せることになるとは、誰しも思いもしていなかったことである。

 セレナのこぼした言葉に、調書を読んだ仲間が首を横にりながら答えた。


不可抗力ふかこうりょく、だとよ……」


 どう見ても、人為的じんいてきな殺人である。

 男のその言葉はいかりにふるえていた。多くは語らなかったが、明らかに人道を外れた行為こういいきどおりを感じていることは誰の目にもわかる。

 

「あと一人、あの者がいるはずでは。……!」


 セレナと共に来たもう一人のエルフがつぶやき、発見する。牢のはじ、足を広げて奥の方の壁にもたれ掛かりながら、項垂うなだれたまま動かない者がいた。

 黒の全身鎧、特徴的なバケツ型のかぶとを常につけている、ヴェルミ最強の黒狼コクロウ騎士団きしだんの、最も優秀ゆうしゅうな騎士であるカロンである。

 近寄って安否あんぽを確認したい。

 調書を置き、机の上に無造作に置いてあった鍵束かぎたばを拾い上げてろうに歩みを進める。

 鍵がぶつかり合う小さな金属音がシャランと静かな地獄の空間で大きく響いた。


「…るな」


 エルフの耳でもとらえづらいかすれた苦悶くもんの声。

 鎧の方から聞こえる。

 牢屋の鍵を開け、鼻につく死臭が漂う二体の横を通りけた。


「く、るな!」


 直感が警鐘けいしょうらす。エルフの男は振り返って叫ぶ。


「逃げっ――」


 声ごと押しつぶ膨大ぼうだいどろの波。爆発するように膨張ぼうちょうした漆黒しっこくが牢の中を満たす。

 死に際に悪い夢の果てを見つめた乙女と、絶望の末に命ごと断たれた憲兵はまれ、エルフの男も闇にしずむ。

 呪いは留まることを知らず、格子を越えて地下室を浸食し始めるのであった。

 セレナはリズの手を引き、もう一人のエルフと共に階段をけ上がる。

 のろいのどろはすぐに地下牢を満たして制圧せいあつする。

 死がせまる。

 息を切らして階段を駆け上がり、前方へ飛び込むようにして三人は一階に着いた。

 その背後から噴出ふんしゅつする黒泥がえがきながら、たおれ込む女たちの前に降り注ぐ。

 一箇所いっかしょに集まった泥は、形を成し始めた。

 頭が一つ。両手足がある。だが、人とは遠い異形いぎょうである。

 それが完全に作られる前に、


「――!」


 リズが動き出した。

 先手必勝せんてひっしょうで敵をほうむるがため、すぐに立ち上がって星剣を現出させた。

 一気にみ、全身を使ってるった必殺の一太刀ひとたちである。

 泥のかたまりななめに切り落とす。

 柔らかな肉を断つような音と感触かんしょく

 泥は直ちに二分されたが、切り落とされた部分がちゅうに残り、時間がもどるように泥は集まり始め、再結合を果たす。リズはすぐに二撃目を放った。


「……!?」


 リズの攻撃を止めるは泥の触手しょくしゅ。呪いの泥がリズの左腕にからみついた。

 はげしい熱と痛みが襲いくる中、リズは両手の不可視の剣にてまとわり付いた泥をはらう。

 左腕に残った泥はたちまち溶けるように地面に落ち、ずるずるとひとりでに動き出して大部分の泥へと集まり出した。

 すぐさまに反撃にいたらんと武器をかまえたところ、泥の集合体はえた。

 絶叫ぜっきょう衝撃波しょうげきはとなって襲い掛かる。

 目に見えない波動はどうが物理攻撃に干渉かんしょうする。

 リズの振り上げた刃ごとはじき、そのわずかなすきに泥は完成した。

 人間をベースに完成する魔なるもの、魔獣である。

 リズと颯汰にとって、むべき怪物が現れた。


 ――……

  ――……

   ――……


 そして、今に至る。

 カロンであった狼頭の半人半獣のような姿の魔獣がリズを襲撃した場面だ。

 一方、瓦礫がれきまる前に、何とかセレナたちは脱出し、ウマを走らせていた。どうにか彼女の援護をしなければならないと判断はんだんした。

 殺意をたぎらせ攻撃してきた魔獣は、リズを前にしてつぶやく。


「ころ、……して、……くれ……」


 それはカロンの声ではなかった(、、、、、、)

 死したはずの男グレアムの声。

 右肩から絶望の形相ぎょうそうで頭が飛び出る。


「痛い、痛い痛い痛い痛い苦しい助けて、殺して、殺して……!」


 次いで、拷問されて失意の中にいたリチアの声。

 背中から飛び出し、身体の左側をきしめるような形で、頭部に口だけがある女体の上半身だけが現れる。痛みにあえぎ、細い指を爪立てて魔獣の泥の肉体にすぐ消えるきずきざみ込む。

 魔獣の、無駄に長いだけの腕までも変化し始めた。

 長い左腕は折りたたまれ盾のカタチをかたどる。そこに見覚えのある先ほどまで共にいた男の顔が、皮をいで張り付けられたようにかび上がった。

 右腕の泥剣も腕の長さも相変わらずであるが、太さが増し筋量が増えたようなディティールが加えられる。見掛みかけ倒しではないのだろう。

 さらなる“変成”を果たし、悪趣味あくしゅみきわみのような怪物となる。


「…………」


 それに対してリズは、真っ当な感情がき出ている。

 闇の勇者は、恐怖をいだく――。

 勇ましき者ではあっても、魔獣の心をさぶる醜悪さにさいなまれても当然である。

 見た目以上に、心に作用する呪いが様々な感覚から恐怖を与えてくるのだ。

 何よりも、リズたちは出身国が同じであり、アルゲンエウス大陸に渡る僅かな間でも交友があった。

 拷問された悲惨な姿が、悲鳴が、眼前の呪いが、ありとあらゆる要素がリズを畏縮いしゅくさせる。

 ゆえにリズが一手遅れた。

 大剣となった泥の塊が振るわれる。

 咄嗟とっさ防御ぼうぎょする。彼女もまた天性の才を持つ者であるから、はじきながら即座に反撃へと転じた。

 どうにか、止めねばならない。

 でも、どうすればいいのかわからない。

 助ける術は……――。


 何度目かの剣戟けんげきの末――人面皮じんめんぴの如き盾を前に、リズは不可視の剣を止めてしまう。そのまま斬りつけることに躊躇ためらってしまったのだ。

 加えて盾に変化が起こる。その顔が目をき、けたたましいさけび声をあげたのだ。泥に浸食を受けて苦しみ続けてるように見えた。

 まだ若く、少女であるリズにとって、真正面から戦える相手ではなかった。


 直後、にぶい音と共に再び吹き飛ばされたリズは――……、


「ほぉ。待っておったぞ。おろかなにえの少女よ」


 砲弾ほうだんでも直撃したような音を立てて、建物に不時着ふじちゃくしたリズに声がかけられた。

 バラバラとなった壁材たる煉瓦れんがの山から、リズは身体をゆっくり起こす。

 そこにいたは此度こたびの内乱を起こした三大貴族が一人。この要塞ようさいを支配下に置いた邪悪な男。本来ならばかなりの高齢であるはずだった身は、時が巻き戻ったかのように若々しさを取り戻している。軍務経験もないくせに似合にあわぬ指揮官用の軍服を着こみ、宝石ほうせきなど豪奢ごうしゃ装飾そうしょくほどされた黒いつえ。その腰部ようぶにはくらむらさきに光る玉石のようなかざりの着いた漆黒のベルト。


「さて。楽しませてもらおうかの。勇者は他のモノよりも頑丈がんじょうだと聞く。どれだけ拷問を掛けても死なぬとは、あの迅雷の魔王も言っていたかな。おおコワコワい。そのような目をするだけまだ余裕よゆうがあるようじゃな。では――」


 男の横。他に誰もいないはずの空間であったのに、影が人の形を成して現れ始めた。数は四人。それぞれ剣を持っているようだが、それすら黒く塗りつぶされている。さらに加えて、空いた壁をさらに突き破って、魔獣までもが合流を果たしたのだ。


「――人間らしく、多勢で化け物退治(たいじ)と行くかの」


 バルジャ・ウィック公爵がそういって笑んだ。

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