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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
嵐の向こうに待つもの
376/435

06 ボルドー要塞

 ヴァーミリアル大陸、西部。

 アンバード領内りょうないのボルドーは軍事施設ぐんじしせつである。

 主に東の大国であるヴェルミと長らく敵対関係にあった、アンバードが建てた要塞ようさいだ。国境であるエリュトロン山脈さんみゃくも近くにあり、その歴史は古い。

 鉱山こうざんから鉱石がれるアンバードであるが、それをり起こす事や活かす技術が確立する前に建てられたのだという。

 どろ日干ひぼしにして作った煉瓦れんがが積み立てられた要塞――と聞くとたよりないように思えるが、銃火器などが普及ふきゅうしておらず剣、槍、弓矢などが主な武器であった現代までは充分じゅうぶん堅牢けんろうさであったのだ。

 さらに近年、ヴェルミ・アンバードの王同士で密約みつやくを交わしていて、争い合いお互いの国を憎み合わせることで、国民の政治的不満を相手国へ転換させていた背景もある。つまり小競り合いが起きたとしてもボルドーが戦場となったことは数度あっても、侵攻され占拠せんきょされた記録は一度も無かったのだ。

 ヴェルミ側から大規模編成で国境をえるにはエリュトロン山脈を進むのが最短であると知りつつも、道幅みちはばも制限された山を行軍するのは簡単かんたんな話ではない。かといって迂回うかいすると南のマルテ王国の領土があるため、基本的にけていた。

 それはアンバード側も同じことであり、互いに深く傷つけあうことはこれまでは無かったのだ。

 そうして保たれたのが、この古風な建造物。

 今、それに似合わぬ風紀のみだれが散見されていた。

 本来は東部辺境警備隊にあたる第十二騎士団が守護するこの地に、彼らの姿は無く――代わりに他所から集められた兵は従来の数よりも多い。

 三大貴族の一人、バルジャ・ウィック公爵がかき集めた私兵、傭兵ようへい、下位騎士と呼ばれる騎士団に所属できない地位の生まれや実績を持たぬ者たちが大多数で構成されていた。

 当然、士気しき練度れんどは低い。

 王都バーレイにて三大貴族がかかげた理念や思想、正当後継者であるパイモン少年こそが真なる王であると考え、ついて行くことを決めた者もいれば、現国王の元だと先代王よりもかせげない・あましるえないと判断した者、バルジャ公爵の経済的圧力にくっした者など事情はさまざまである。

 そうして、この要塞に集まった兵たちであるが――訓練くんれんをサボタージュして昼間からさけを飲み、カードを用いたけ事を行っている者たちもいた。時にはなぐり合いの喧嘩ケンカ勃発ぼっぱつする。娼館しょうかんに入りびたるものまでいる始末だ。近隣きんりんの村や街に抜け出して行くものはいたが、独断で略奪りゃくだつのような蛮行ばんこうはどうにかおさええられていたのは、三大貴族の中で一番の富豪ふごうであるバルジャ・ウィック公爵の制裁を恐れていたのだろう。バルクード・クレイモスの勇猛ゆうもうぶりが目立つが、実のところ一番厄介(やっかい)な男は彼である。

 とはいえ、ずっと抑えらるのものではなく、ついに時間がきてしまう。

 統率とうそつのとれない軍など、ならず者集団と変わりない。下手に暴力を平然と行使できる分、気性きしょうあらく危険な存在となってしまう。

 ゆえに軍隊には規律きりつが必要で違反者いはんしゃ厳正げんせい処罰しょばつすべきなのだが、それを理解していなかった――甘く見ていたのがボルドーの指揮官しきかんである。

 すなわち、バルジャ・ウィック公爵だ。

 彼は、戦争の素人だ。

 軍務経験もない一介の商人の家系の出だ。

 途中とちゅうで規律の重要性に気づいたが、手を打つのがおくれてしまったのだ。

 内乱作戦の考案と決行は主に軍人であったバルクード・クレイモスが担当したが、兵を集めるものや武具・資材の調達など かる費用ひよう、兵に与える報酬ほうしゅうの配分など他の細かな根回しはすべて彼が行っていた。三大貴族がそれぞれ、現国王を止めるためのに用いる人質を幽閉ゆうへいしている都に移って、現場の指揮をると決めていたが、そこまで手が回っていなかったのだ。

 彼は、少ない人数を締め付けて余計に兵にきらわれ、離反りはん離脱りだつを怖れたのもある。それは兵力の減少よりも、他のふたりへの見栄みえが大きい。他二か所よりも危険の低い地で、自ら取り決めた軍勢をまとめ上げられないなど格好がつかないといった、小さなもののせいで、軍務経験のある副官を用意することもしなかった。

 大富豪であるくせに、他者の心を理解につとめることを止めてしまったのも問題なのだろう。 

 アンバードは先に戦争で多くの犠牲者ぎせいしゃが生まれたのと、内乱を早期に終わらせたとはいえ、すべてが指揮下になったわけでもない。

 経済的圧力などにより、仕方がなく命令にしたがっているような連中もいる。そういった者たちも不貞腐ふてくされ、さらに規律が破られていく。

 軍内部の不満は次第に高まっていった。

 その中でも、最優と言える第四騎士団は周囲を哨戒しょうかいするという名目で離れ、正規の騎士が居なくなったことにより、規律はますます守られぬようになってしまったのだ。


「あの野良犬どもがッッッ!!」


 魔人族メイジスのバルジャ・ウィック公爵が指揮官の室にて大声をあげる。

 机の上の書類の山がびりびりとれた。

 統率がとれていない軍をまとめ上げる経験などないが、彼らが何を求めているのかは理解していた。


「父さん、落ち着いて」


 長男の声にバルジャは静かに呼吸を整える。


「わかっておる。わかっておるのだ……!」


 国境付近とはいえ危機感も足りないのも、ここが攻められる可能性が低いゆえだ。

 ヴェルミ側は新王が即位そくいしたばかりで旧体制からの転換でまだ時間がかるはず。

 現国王が帰国しても最も近い人質のいる拠点きょてんはカメリアであり、彼が目指す場所は王都バーレイであることもわかっていた。

 どうやら、アルゲンエウス大陸での所用も終わり、この大陸を目指して移動を始めたらしいというところまでの動向はつかんでいる。


「アルゲンエウスの凍土を移動するのにもそれなりに時間が掛かる。それとあの小僧こぞうめが内乱が起きたなどつゆとも思わぬはずであろう」


「……、本当にそう思いますか」


 普段はおどおどとした次男(予備)の声がいやに冷静であったためか、いきどおりが増す。


だまれ! ……野良犬どもにしつけをするにも、時間が足りぬが――えさを与えてなつかせるぐらいなら容易たやすいか」


 信頼関係を構築こうちくするには時間が足りないが、ストレスのけ口はすぐにでも必要であるとわかっていた。

 

処罰しょばつよりも先、教育や訓練くんれんよりも先に――まずは士気しきの回復を図るべきだな」


「父さん」


「……大規模の演習は、小僧がいつ国内に現れるかわからぬ内はまずいか。では、そうさな……。近隣の村でも襲わせるか」


 その言葉に重みは一切無かった。

 まるで夕飯の献立こんだてが何が良いかを不意ふいに思いついて答えるような軽さであった。

 バルジャ・ウィック公爵は、略奪行為りゃくだつこういとしたのである。しかも、自国内の村をだ。

 まず軍人であるクレイモス公は絶対に取らせぬ手段であり、くさっているとはいえ教会関係者であるファルトゥム公もなんしめす行為である。

 略奪によって得られる様々な、金品だけではない報酬――弱きものに暴力を振るう快楽を与え、さらに私財から報酬をわたして士気しきを取り戻した後に「この指揮官の下であれば同じ経験ができる」として一時的には支持される、と考えた。だが長期的に見れば明らかに悪手であり、軍内部のモラルまで低下する。正当性を掲げて始めたいくさが、目的を見失ってしまう。近隣の国からも非難の的となるだろう。


 だが、バルジャ・ウィック公爵は決定した。これ以外に早急に立て直す手段がないと断じたのだ。

 ふと、バルジャは窓を見る。

 窓枠にはめ込むガラスや日をさえぎすだれなどがないはずの窓に、打ち付ける雨。


「……ッ!?」


 バルジャの顔色がみるみるひどくなっていく。

 その窓にあるはずのないガラスに無数の手のまどがビタ、ビタ、ビタビタビタビタと次々と、不規則に不揃ふぞろいに。存在しない稲光いなびかりとその音がして、影がくっきりと映る。


「く、薬を、打たねば……!」


 声がする。

 どれだけ時間が経とうと、どれだけ薬を打とうとも、呪いを受け入れて若返って(、、、、)も――過去の闇ははらえなかった。


 悲鳴。

 怒号どごう

 め立てる声。

 怨嗟えんさの叫び。

 耳をふさいでも、どこまでも響く。

 机の引き出しを、ふるえる手で必死に開け、中にある薬を取り出した。

 注射器を左腕の血管に指し込み、薬剤やくざいを流す。

 中に満たす液体が注入されたあと、肩を上下させたバルジャはき出た脂汗あぶらあせを右腕でぬぐう。

 息を切らせて、窓を見やる。

 し込む光――雨雲は消え、幻覚げんかくが去ったと知る。

 安静を取り戻したが、その顔は先ほどまでよりも老け込んで見える。

 うすくなった頭髪とうはつ幾分いくぶんか元に戻り、けた歯も曲がった背筋も痛むこしも元に戻る――若さを取り戻したというのに、この呪いだけは解き放たれることなくバルジャをさいなみ続けていた。

 幻覚である。

 過去に死した亡霊たちなどいない。

 死んだものはよみがらない。

 幻覚だ。それを頭でわかっていても――……。

 心音が外の音をおおつぶしていたが、それも次第に落ち着き始め、力が抜けるようにして、椅子に座り込んだ。

 しばらく、彼の苦し気な呼吸の音しか響かない部屋にて、バルジャは兵を呼び、つぶやくように命じる。 


「――部隊を編成し、略奪を行う」


 彼は、んでいた。

 正常な判断ができなくなるほどに。

 もはや秩序ちつじょたもたれていない軍勢は、歓喜かんきの声をあげたのであった。

 そうして行われた行軍。

 本来、要塞にて防衛を担う必要もあったというのにほとんどの兵が出兵したという。

 その数はおよそ七百強ほど。

 内乱後の全軍を分ける際、大多数を首都とカメリアにかれた。それこそボルドー要塞には敵が来ない、もしやってきても人質をたてにすればいいというおごりがあった。

 ゆえに兵数は千も満たぬが、村一つを襲うには充分すぎる数だ。

 間違まちがいなく、村ひとつでは済まないだろう。

 次の村、その次は街と、おそうに違いない。

 おそろしい……ウィック家の次男はそう思った。



 そうして出兵から四日後――。

 本来予定していたよりおくれて、軍は帰還きかんする。


「公爵様、兵たちが帰って参りました」


 現在のボルドーの見張り番は、質がいいとは言えないけれど、完全にサボりきっているわけでもなかった。彼らも自らの重要性を認知していたのだ。アンバード領内にて現国王が見つかり次第、早馬と手旗信号てばたしんごうにて伝わるようになっている。手旗信号は、途中途中でどこかの市やとう、丘の上の小さな拠点きょてんなどをはさむため若干じゃっかんのタイムラグはあるものの、走るよりもかなり早く危機や異変を伝えることが可能であった。

 塔などからの定時連絡の信号が来ていたため異常いじょうみとめられず、ゆえにやってくる軍勢の数から、本隊ではなく報告のために分かれた隊であると判断できた。


 要塞の門が開く。石壁に囲われたこのような軍事拠点の出入り口は、攻め入れられる危険性を考えて数は少なく、ここでは二か所のみである。

 門はかたかしの木と鉄を組み合わせた一般的の城門などと同じものだ。

 

 そうして、つみなき者どもを殺した兵たちがボルドーに入ってきた。

 家々は焼き、男と老人は殺し、女子どもはおかし、あるいは奴隷どれいとして連れたか。

 戦果(、、)の報告を受けに留守を任された方の兵たちが軍勢に近寄る。

 本来は兵でもないものの首級をっても報酬など与えられないが、今回はバルジャ・ウィック公爵が直々に私財をなげうって出すと公言した。

 守備を任された兵からは不満が出て、交代制でやると言われてどうにか納得なっとくしたが、とても溜飲りゅういんが下がった様子ではない。

 しかし、一方的に暴力を振るった快楽がどうであったかは聞きたかったらしい。

 ニヤニヤと遠くで彼らを見ていた兵がいる。

 元は武功をほこる戦士たちだったかもしれないが、今はもっともおろかなケダモノである。

 死から遠いと楽観し、一方的に弱者を痛めつけられると思っている。


「報告しろ、本隊はどうなった。何が理由で遅れたのだ」


 多くの兵はどうせ虐殺ぎゃくさつに時間をかけたのだと思った。あるいは思いのほか街の方の襲撃に手こずって時間がかかったのだろうと。そうなれば出撃の機会が早くめぐってくるかもしれないと心がおどる。

 仮にヴェルミやマルテの兵と遭遇そうぐうした場合は、もっとあわてているはずであるし、エリュトロン山脈も当然見張っているためそのようなことは起こりえないのだ。


「えぇ。報告しますよぉ」


 鎧を着た男の様子から、やはり悦楽を感じる。

 その笑みから、たのしんだのだろうと下卑げびた笑いが口角を上げる。

 そうして渡されるのは、白銀の音色。

 空をき、肉を断つ――。

 それは紛れもない、死への一撃であった。

 かぶとなどしていない報告番の首から上がちゅうい、血飛沫ちしぶきらす。

 放たれた一閃いっせんは正確に首を切り落としたのだ。

 ゴトリ、と落下した頭が地に着いた音がするまで、世界の時が止まったかのように静かであった。

 沈黙ちんもくを破るのはボルドーの兵たちにあらず。

 帰ってきた軍勢から、すさまじいさけびがあがる。

 ウォークライ(鬨の声)は味方を鼓舞こぶし、敵を恐慌状態に追い込むことだってできる。

 先制攻撃がてら、返答代わりの斬撃ざんげきびせ、得意げに兜をてるはベリト・クレイモス――!


「またまたやらせていただきました、ってな!」


 ますます混乱こんらんが加速する中、飛び出していく帰還兵にふんした軍勢たち。

 となり仲間なかまに剣をわたし、ベリトは自ら腰にびた剣を抜き放って叫ぶ。


「オルァ! 野郎ども行くぜ! 突撃ィィ!!」


「「「応ッ!!」」」


 武器を手に、ボルドー内から制圧しに掛かったのだ。

 何が起きているのか、反応がおくれた守衛の兵たちが、次々と襲撃にすべもなくやられる。

 それもそのはず、武装をいていたため、自ら護る武器を手にしたときにはすでおそく、凶刃きょうじんきらめきからのがれることはかなわない。

 常日頃から武器を携帯けいたいしていたとしても、敵方の勢いに呑まれた瞬間に、勝敗は決していた。例え抵抗ていこうしようとも防具ぼうぐの有無の差は大きく、攻撃がはじかれて反撃で死にいたる。


「敵指揮官はどこだ!?」

「バルジャ・ウィックを見つけ出せ!」

ろうを目指せ! 人質を解放するんだ!」

「殺せぇぇぇえッ!」


 敵が立て直す前に決着がついた――かに思えた。

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