03 灰色の花
再び、コーラルという集落へお邪魔する。
さすがに、人の領域近くに三体もの遺体を放っておくわけにもいかないので、紅蓮の魔王に処理を任せた。野性動物である魔物に、人里の近くで『人間の味』を覚えられると危険であるためである。
鎧の中で済んだため返り血は殆ど浴びていなかったベリトであったが、念入りに拭き取ってから集落へと戻ったのであった。
戻ってきたことに不審がられてしまったが、ベリトが『仲間たちが馬車を持ってきてくれる』と咄嗟に嘘を吐く。それこそバレるとより大事になるので、長である翁とその娘にだけ事情を話した。
「「え、ええ……?」」
その結果、当然ドン引きである。
「陛下ァ!? やっぱ、言っちゃダメじゃないですかこれ? あ、すごいドン引かれてる! おじいちゃんが娘の前にそっと出てきてる! 陛下! 俺、警戒されてるんですけどォ!?」
騒がしい声が室内に響く。
集落の長である老齢の魔人族の家を借りる。お金を握らせることによる人払いは済んでいた。
おそらく食卓用のテーブルの席につき対面するは颯汰とベリトのみ。
互いに武器は入り口付近に集めて置き、話し合いが始まったのであった。
そんなベリトに対して颯汰は静かに応える。
「大丈夫。俺も警戒してる」
「嘘~~~ン!?」
剣で三人を殺害、しかも素人ではない相手を討ち倒した男とは思えないほどのテンションの高さと軽薄さがあった。
アスタルテやヒルデブルクも本当にあの男が騎士たちを次々と葬ったのか、と見ていたのに信じられない様子である。騒がしさに颯汰の左肩に乗っていたシロすけは飛び立ち、非戦闘員たちを守る形でいつでも動けるように待機していたリズの肩に乗り始めた。
その傍らにいるレライエも壁に寄り掛かりながら、一見すると自然体だが警戒態勢を解いていない。
一方で人間不信マンは彼がどういった人間かをある程度は予想を立て、見抜いていた。
「そもそも、貴方はさっき俺に『疑ってる』って答えて貰おうとしてましたよね」
「ギクリ……!」
わざとらしく口で答えるベリト。
「『疑ってる』→『じゃあ俺が味方であるということを証明してやらあ!』で三大貴族側であった騎士たちを殺す――まではわからんでもないんですけど、それを皆殺しにしたら証明できなくなるじゃないですか。身の潔白どころか急に騎士を殺し始めた狂人ですよ」
「……あはは、えっ~と……。おっしゃる通りでござんます。弩使いの方がノーコンで、コイツを殺さずに置いてくれたのが救いです」
「……」
視線の先、敷物のうえにレライエが狙撃した兵士が横たわっている。
怪我の処置を終えて、意識はあるが生きた心地はしないだろう。
彼も立派な証人である。
「ハハハ、おい小僧ぶっ飛ばすぞ」
中遠距離で戦う者として、コントロール力が皆無だと若者に罵られたら怒りたくもなるだろう。とはいえ精神的にも熟練者の狩人たるレライエはもちろん本気で言ってるわけではなかった。
そこへ意外なところから援護が入る。弩で射たれた張本人が上体を起こそうとしながら言う。
「……いいや、ベリト、その方は、わざと殺さなかったん――」
「――ああ、いい別に。たまたまだよ。おじさんが狙って外しただけだ。強いて言えばお前さんが幸運だっただけのことよ」
周囲から謙遜してて格好いい、という視線すら気恥ずかしくて鬱陶しそうに手で払う獣刃族の雪の民の男レライエ。
「なんだやっぱノーコン――」
「――坊ちゃん! コイツもうどこかの奴隷商にでも売り渡しちまおうぜ!」
「落ち着いてください。需要がない」
「いやん、めっちゃ毒吐くやないですか……」
失言を重ねている自覚はないのか。
レライエも熱くなった風に見せているが、本気で怒ったらきっと逆に静かになるタイプであると颯汰は予想している。
「くっそ~! お前からも言ってくれよぉ~。俺は陛下の味方だしこれからはお前も一緒だろぉ~?」
銀の髪と赤い目を持つ魔人族の彼は、殺された三人の騎士と同様に三大貴族派の人間ではあった。だがあくまで上から命令に逆らえなかっただけであると主張している。命欲しさに嘘を吐いている可能性もあるが、そこを追求する必要は今のところない。
そんな敵方の一員であった腕を射たれて男は上体を起こすことを諦め、ぼやく。
「……うるさいぞ。しかしクレイモス家の跡取りとなったお前が裏切るとは予想していなかった」
「ははは。つれねえやつだなぁ。さて場も暖まってきたとこだし、本題に入りましょうかね」
ベリトは嫌味をまったく気にせず流し、一人で盛り上がっていたところ仕切り始めた。皆それぞれ思うところはあったが、突っ込まずに語らせる。
「……信用は貴方の証言次第です。ここに来るまでにも言ってましたが、改めていろいろと聞かせて貰います」
それでも父親を倒したいと言ったベリト。
横たわる魔人族の男の自白を込みでも彼は本当にその気なのらしいが、改めて吐いてもらう。紅蓮の魔王の使い魔越しに得られた情報との整理を兼ねて、もう一度落ち着く場所で語り合う必要があった。
「まずは何から話しますかね。俺と世界一カワイイ彼女のなり初めから?」
「さすがに人命がかかっているから、もうふざけてられないんだ」
「アッ、スンマセン」
早口で謝るベリト。彼はお喋り好きというより無駄話を好んでいるように映る。が――
――おそらく、そういう生き方をしているんだな
顔色を変えずに颯汰は相手を観察し続ける。
彼が真に敵か味方か判断するためにも、聞くことに集中すべきだ。
「……貴方は父であるバルクード・クレイモス公爵を倒したいと言いましたが、そこの人の言葉通りであれば尚更のこと、貴方が父を裏切る理由が見つからない。それに三大貴族だって、勝算もなくノリと勢いで内乱なんてするはずもないだろうし」
「……陛下」
「はい?」
「やっぱマイハニーの話をする必要があります」
「………………本当に?」
すごく真面目なトーンのままに言われれば、さすがに無視できない。ただお茶らけて場を乱すことに熱心なタイプの狂人であるならば、ここで捕縛していつか牢屋にぶち込む必要が出てくるが。
「ええ。必須です」
曇りなき眼で語るベリト。
恋愛の話の雰囲気を察知して、目を輝かせているヒルデブルク王女。前のめりどころかいつの間にか隣の椅子に座っていて、颯汰はちょっとびっくりする。
「うおびっくりした……!」
「是非、聞かせてくださいまし!」
「良いですぜ。ちょっとした観劇ぐらいは――」
「――手短にね」
「ア、ハイ。……あれは俺が十三歳ぐらいの頃――」
……――
……――
……――
遠い過去であっても、鮮烈なまでに記憶に焼き付いている。
それは冬を越え、風に乗って青い春がやってきた頃。
まだ自分が青臭いまでに若かく、未来がどうなるかなんて全く気にしていなかった……。
その日、貴族街から外れ、人を追って突き進んでいた。
陰に隠れ、寂れて暗い路地の隅には苔が生えている路地裏。人目が付かぬ闇の中だからこそ、それは行われていたのだ。
陽光に照らされぬゆえの寒さと、鼻につく臭いに辟易しながら先導する男について行く。後ろからでも贅を尽した体型であるのがわかる。その背を追いながら、
『ちょっと待て。おい、回想に入んな。一旦ストップ、ストップ、ストップです』
――……
――……
――……
「えっ?」
心底驚いたような顔をするベリト。
颯汰は心の底から軽蔑したような顔を、溜息で流した後にちょっとだけ和らげていたが、やはり呆れた表情となってベリトに注意する。
「なんだか長編に突入しそうだからカット。人命がかかっている。次は無い」
「……恐ぁい」
おふざけに付き合ってはいられない。彼のペースに任せていたら日が暮れてしまうことだろう。騒がしいお調子者であるが、空気を読めないわけではないので、ベリトは命惜しさに話し始める。
「そいつが言った通り、クレイモス家の跡取りたちはみんな死んじまいました。先の争乱にて全員、黒い泥の濁流に巻き込まれて……」
「……(迅雷の魔王の仕業か)」
「俺と母さんはそれなりに豊かな暮らしはできてました。親父殿からは今までは見向きもされなかったんですけど。そこで跡取りが全滅した話に繋がります。血を引いている生き残りが俺だけになって、急に本家に呼び出され、後継者扱いです」
うんざりそうな顔で、細める目の内でチロチロと燃えるのが見える。
「正直、ぜんぜんいい気分ではなかったです。金だけ払えばいいだろと見向きもしなかった――いやお金を頂けるだけ全然いい方なんだとは、実際に働いてからは思うようにはなりましたが、やっぱり今になって跡取り息子だ、と父親面されたりしてもね、って話です」
経済的な援助はあったが、本妻の子ではない――それどころか貴族の基準で「卑しい地位」に値するベリトの母は疏まれていた。
「話は少し前になりますが――あるとき、俺に取り入ろうとしてきた貴族がいました。まだその時は本家とは関係ないただの騎士見習いにね。下卑た男でそいつに連れられたのは競売所。商品は人間――いわゆる奴隷でした。その日はこっそり貧民区で開催され、俺は初めてで最後の買い物をすることになります」
かつてのアンバードは奴隷制の撤廃が検討されていたが、様々な問題があって計画は実行に移されていないかった。しかし当時も既に貴族の間ですら、奴隷を飼うことを問題視する風潮があったのだという。奴隷を扱うマルテ王国との関係が悪化していたのも要因だろう。
そんな世間から逆行するように、競売が開催された。別にベリトは興味などなかったが、押しに押されて屈したかたちだ。
会場は仮面で全員が顔を隠していたが、それでも何か脅しの材料でも得られたらいいな程度で大した期待などなく付き合ったに過ぎない――そんなベリトが、“運命”と出会う。
「そこで商品として売り出されたのが、麗しの星、あるいは人生を照らす太陽! ……俺の人生が今まで灰色だったことに気づかされました」
「「そんなに」」
思わず颯汰まで口にする。
集落の長たちまで聞き入っているこの中で、レライエと怪我をした男だけが「無駄話している暇はないのでは?」という冷めた表情をしていた。
「一瞬で、俺の心は――いいや、すべてが奪われちまったんですよ。だいたい奴隷なんて借金をカタに飛ばされた娘とか、みんな訳アリだろうし気の毒な境遇のはずでしょう? 世界で一番不幸だって面構えしたって当たり前……、でも彼女は違ったんです。どんな苦境であろうと乗り越えられる強い目をしていた……」
思い出に浸りながら身振り手振りも大きくなっていく。
「彼女を見てバカみたいに呆然と立ち尽くした俺でしたが、気づいた時には入札を繰り返し、落札に至ってました。だいたいその辺りの記憶も緊張で頭が真っ白になってたから覚えてねえっす。いろいろ説明を受けたんだろう後、俺の記憶は飛んで大事な彼女を家に連れてきてました」
颯汰が一旦止めに入った。盛り上がっているところに水を差すのは悪い気もしたが、念のために確認が必要だと思ったのだ。
「ちょっと、……子どもがいる前で話して大丈夫な内容なんでしょうね?」
「結論から申し上げますと、……大丈夫です」
少し溜めるような間と、少し残念そうに答えるベリト。
それに対して颯汰は肯く。
「……。続きをどうぞ」
「何だかんだ話をちゃんと聞いてやるんだねぇ」
レライエの感心した声を聞こえないふりをする。
ベリトが再び語り出す。
次第に熱量が増していくのを感じ取れた。
「俺はそこで、やっと彼女を見た――今まではその瞳と強さに惹かれて全身を見ても頭の中に入ってこなかったんです。改めて見ると、まぁこの世にこんな美女がいるものかと」
「そんなに」
自然と口に出た言葉。その直後に背後や横から突き刺さる視線もまた颯汰は気づかぬふりをする。
美女というワードに年齢など関係なく反応するのが男という生き物なので諦めてください。
「その時はやっぱ俺を警戒していたからカワイイながら、コワそうな顔をしていたんですが、本当は瞳に強さを宿してはいるのだけど、常に誰かをキッと睨みつけてるようなキツさは無いんです。結った髪によって見えるうなじの曲線美。商品の価値を高めるために着せられたドレスもまた似合っていた。そんなもの無くても輝いていたのは当然だったが、黒い透け透けのドエロいドレスであるのに気品があってぜんぜん着せられた感もなくてね。パイの乙もセクシー臀部から足のラインもまた美しい。ひょっとして高貴な身分とか、どこぞの没落貴族かなと思ったぐらいです。直後に両腕を拘束されたまま俺を掴んで転ばしたから尚の事」
「強い」「格好いいですわね」
素人が手枷をはめられたまま、戦えるわけがない。何かしらの技術を会得しているのがわかる。そういった技術を教え込む余裕や必要性があるとしたら、それなりの地位であることまでは想像できる。そんな彼女はこの周囲に人がいない状況をチャンスだと判断したのだろうか。
「俺の上に乗る彼女。見下ろす視線。絞められる首。このトキメキは紛れもなく“恋”――」
「ちょっと不穏な要素がありませんこと!?」
「吊り橋効果(物理)……!?」
※一般的に暴力を振るわれたら恐怖します。
※ちょっと訓練された特殊な性癖な方でも、危険ですのでよいこもわるいこも大人も絶対に真似しないでね。
危ない男とは思ったが、少し想像していたベクトルと違う危なさを感じさせる。
「そうして、時間をかけて互いの思いが通じ合い、ラブのラブラブとなった俺たち。俺は、彼女と、結婚したいと当然思うようになりました。――だが、クレイモス家の跡取りとなった途端、そういうのも融通も利かなくなります。ましてや、奴隷との婚姻なんて有り得ない事と否定されるのがオチです」
「……なるほど、それで」
ヒルデブルク王女も気づいた様子。「手短に言えとは命じたが過程を省きすぎでは?」「いやそんな理由でこっちについたの?」とは思ったが口にしない颯汰。
「次期当主として、縁談が、勝手に、進みはじめましてね……」
絞り出すような苦しい声で語ったと思った次の瞬間、爆ぜるように勢いをつける始めるベリト。
「どんなに面や家柄が良くても、マイハニーと比べたら全部だめ! こんな家、出て行ってやるぅ! ……と言いたいところでしたが、病気になった母さんを置いて行くわけにもいかない。それで俺は考えましたよ。どうしたらみんなハッピーになれるかを」
考え込む仕草をし始める。あまり気にしているものはいなかったが、かなり動きまでもがうるさいと言われる部類に入る男だ。
「そんな折、親父殿はトチ狂って反逆なんて企て、実行しやがりました。前々から身体が弱ってろくに動けなくなっていたというのに、ついに頭おかしくなったのか、それとも死ぬ前に一発ドカンと爪痕残そうとしてるのかわからんが、これは好機だと思いましたよ!」
演説をしてるように熱く語る。ついに立ち上がり、拳を握って掲げるようにして訴える。
「このまま陛下にぶっ潰されてクレイモス家が解体されるんだったら、俺が引き継いで媚びを売りまくってでも生き延びる! せっかくなら本当に後継者となって財産も貰いてえ! 陛下のお力があればこそ邪魔者を排除できるじゃん、って思いつたンですよ! 彼女の本当の家にも、ご挨拶がてらデカめの手土産渡せるだろうし、全員がハッピーになれる最高の未来! ってわけで俺は裏切者の親父殿を裏切り、陛下に忠誠を誓っているわけなんです!」
欲望の権化たる魔王もかくやと言わんばかりの、強欲っぷりに颯汰は圧倒された。
「…………あんま正直に言いすぎるのも、考え物だと思うよ?」
実際かなり悪い男ではあるし、この話も彼自体も信用できるかと言えばできない奴なのだが、どことなく信じたい気持ちにさせるような、熱量と本気さを感じさせるものがあったのは事実だ。




