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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
外伝
370/436

【外伝】英雄の詩 03

 大陸をらしまわ厄災やくさいの化身たる“鉄蜘蛛てつぐも”を討伐とうばつした英雄ボルヴェルグは、アンバードの国王からの褒美ほうびとして、出資額を増額させた首都にある孤児院こじいんを、改築かいちくさせました。アンバードでの孤児院は、三女神を崇拝すうはいする女神教の教会によって運営うんえいされていたそうです。規模きぼとしてはそこまで大きくありませんでしたが、それでも重要な施設しせつです。親がいない子供たちを独り立ちするまで支援する立派な役割をになう場所でした。

 その孤児院にもよく顔を出していたボルヴェルグは、子どもたちからも人気がありました。多くの子どもたちの目標であり、彼はまぎれもなく英雄ヒーローでした。


 そんなアンバードを見限った英雄ボルヴェルグ・グレンデルは、ヴェルミへ亡命するにあたって手土産てみやげを用意すべきだと考えてました。ただ単に無許可むきょかで国に渡ってこっそり住んでも、ヴェルミの高度な医療いりょうを充分に受けられる保証ほしょうがないためです。症状しょうじょう緩和かんわされたとはいえ、依然いぜんとして意識を取り戻さない娘を連れての旅は不可能であると彼は断じ、友の元へたずねました。

 魔人族メイジスは、かつて魔法をあやつる種族だったのは皆さんはご存じのことでしょうが、なんでも体外魔力マナが減少した今でも、何かしらの秘術ひじゅつを使えるのだとか。そのボルヴェルグの友は貴族ではありませんが、教会で働く青年だったそうです。彼の元に預けたのは単に人当たりがよくたよれる友人だから、という理由だけではありません。彼は裏では“魔術師”などと呼ばれる人間だったそうで、彼の秘術によってボルヴェルグが置いていった――病で目を覚まさぬ生き残った娘を起こすことはできませんが、その身の安全を保障できるからです。

 そうして、英雄ボルヴェルグは隣国りんこくへ渡りました。

 そこへ立ちふさがるは神々が試練しれんと呼ぶべき苦難の数々です。

 病をのろい、運命の糸をつむぐ女神たちを呪い、止めなかった神々までうらんだことが天上天下の超常なる神々に届いてしまったのだろうか。彼の前に苦難が幾つも待っていたのです。


 されど、偉大なる英雄ボルヴェルグ

 すべてことごとく平らげる。


 ときには森林――。

 怪我した狩人かりうどを助けて代わりに魔物を狩り、鉄蜘蛛の幼体まで破壊に成功。

 ときには砂漠――。

 マルテ王国の尖兵せんぺいを単騎にて退しりぞける。

 ときには漁村――。

 襲撃してきた海賊かいぞく撃退げきたい

 ときには都市――。

 宝石泥棒ほうせきどろぼうつかまえて、騎士団に捕まりかける。

 ときに農村――。

 あやしいカルト教団の生贄いけにえに選ばれた子を救出。

 ときには仙界せんかい――。

 現世でいなくなった精霊がびたと言われる秘境ひきょうにて、人攫ひとさらいの精霊を退治。

 ときには――。

 魔鏡迷宮まきょうめいきゅう踏破とうは。時間を操る悪魔と邂逅かいこう

 などなど。


 本人が急いでいるときに限って、誰であろうといやに苦難が降りかかるものです。しかし、ボルヴェルグに焦りはありませんでした。それほどまでに彼は友人の魔術を信用していたのでしょうか。何よりも、こんな試練を意識を失ったままの娘を連れて体験しなかっただけ幸運だったのだと考えました。そんな思いもしなかった回り道によって、彼は“希望”をも得ていました。

 事前にヴェルミのマクシミリアン卿と裏で手紙のやり取りをしていた甲斐かいがあって、亡命の成功はほぼ確約していたのです。しかし、王以外の貴族を納得させる必要があります。金品だけでは足りぬと判断したからこその手土産です。復活の証拠となる鉄蜘蛛の情報や回収した幼体の残骸ざんがい、水質や土壌の変化にともない周辺の作物や魔物の影響をまとめた調査報告書の提出し、危機を警鐘けいしょうさせます。そのうえで鉄蜘蛛を討った宝剣を王国に献上けんじょうすることで自身を売り込み、ヴェルミのエルフの貴族たちに自身の必要性をうったえることにしたのです。もちろん敵対国であるアンバードの、魔人族メイジスの将軍が国に来ることに反対する者たちはいました。しかし、こうしてボルヴェルグが数々の問題を解決したことで、盤石ばんじゃくなものとなっていました。表立って批判ひはんするには余程よほど無恥むちでない限り、彼の功績を無視むしできないものとなっていたのです。


 冒険ぼうけん王者おうじゃボルヴェルグ。 

 ヴェルミ国王と謁見えっけんし、ヴェルミ国民となる。


 ウィルフレッド王との謁見を経て、ボルヴェルグは晴れてヴェルミの国民となれましたが、アンバードへ再び向かわないといけません。以前にマクシミリアン卿が保護した優れた医師に会い、娘の症状を伝えて薬を頂き、急いで戻ります。そんなときに、良からぬ情報を得てしまいます。


『魔王が、アンバード国王を殺害した』


 …………。

 御伽噺おとぎばなしの類い、ある種の寝物語ねものがたりとして語りがれた存在である“魔王”。

 母国から暗号化された文書を読み、ボルヴェルグは小さく、こうこぼしたと言います。


『悪ふざけにしてはあまりに趣味しゅみが悪い』、と。


 娘を連れてヴェルミに移住するだけならば、どうにかなったかもしれません。

 魔王の正体が孤児院出身者であり、戦闘技術を教え込んだ弟子でしの一人であった鬼人族とエルフの血を引く男が悪魔になったのだという手記に半信半疑はんしんはんぎでした。

 さらに急いで戻る必要性が生じたのです。

 仮ににせの情報であれば、おそらく貴族たちの入れ知恵がどこかしらに介入かいにゅうしているであろうから制裁せいさい(物理)をす必要があり、もしも真実であった場合……――止められるのは、自分だけであるとボルヴェルグは考えました。


 ヴェルミ各地に出た“鉄蜘蛛”復活のうわさもほんの少しばかり流れましたが、そのあとに出てくるもっと大きな災害――“魔王”の復活という真実と、とどろ残虐性ざんぎゃくせいによってき消されてしまいます。


 後に狂王きょうおう暗愚王あんぐおうと称される迅雷ジンライ魔王マオウ

 かつて心優しき青年だった男が、ヴァーミリアル大陸中を震撼しんかんさせる災害となるとはボルヴェルグは思いもしなかったことでしょう。

 侵入してきたルートを辿り、アンバードへ戻ります。(※一説によると辺境からマルテ王国の領土ギリギリの砂漠さばくを越えだとか。現在は使えないと思われます)


 彼は愛馬と共にアンバード領内を邁進まいしんしていきました。首都バーレイに近づけば近づくほど、迅雷の魔王の悪政あくせいの噂が増えていきます。

 そのすさまじい力にまかせた暴虐ぼうぎゃくな行いで、反対勢力を粛清しゅくせいしていたのです。迅雷の魔王が個人的に気に入らないとだんじた者を反逆者はんぎゃくしゃ認定にんていし、処刑しょけいしていったのです。花と水の都たるバーレイは、あっという間に血に染まっていきました。

 日に日に耳にする噂話の苛烈かれつさが増していく中、伝説に聞く魔王が現実に現れたのだ、ボルヴェルグ・グレンデルは確信に至るようになります。

 とある潰された村。

 何百もの殺された人間が見せしめとしてはりつけになっていたり、死体を串刺しにして粗雑に並べられていたりしていたのです。

 その凄惨せいさんな光景に、ただよ腐臭ふしゅうにボルヴェルグは心を痛めました。

 傭兵ようへいとして、騎士として他者の命をうばう機会が人よりも多い彼であっても、ただの村人でさえ虐殺されたうえに死骸しがいまではずかしめにあったとなれば、思うところがあるのは当然でしょう。

 しかし、その直後に衝撃しょうげきはしります。

 それは、壊滅した村から見えました。

 晴れた空をおおう、招来しょうらいした黒雲。

 放たれるは絶望の光。

 城塞都市に突き刺さったのは雷の巨剣でした。

 自然現象ではないことは明白なそれは、迅雷の魔王が落とした魔法です。これによって反抗していた軍勢は降伏こうふくしました。

 抵抗ていこうなどむなしく殺されます。ただ殺されるだけではなく、耳を両手でふさぎたくなるようなおぞましい内容の拷問ごうもんが課せられる場合もあったのだとか。災害に対し人間は戦うことはできません。精々(せいぜい)、平伏していのりをささげることぐらいでしょう。

 それは人の子である限り、英雄とて同じことのはずでした。


 英雄ボルヴェルグ・グレンデル。

 されどその目に諦観ていかんなど無い。


 首都に戻ったボルヴェルグは、愛馬と剣をあえて手放しました。貴族の一員となり、騎士団のひとつを任せられるまでになった英雄は、指名手配犯となっていたのです。度重たびかさなる命令違反めいれいいはんや国外への亡命を画策かくさくした件ではなく、祖父であるグレンデルこうおよび他三名殺害の容疑ようぎをかけられていたのです。

 武器を一切携帯せず、弟子のいる王城に向かいます。自棄やけっぱちになったからではありません。衛兵に止められ拘束こうそくされてもなお、彼は抵抗しませんでした。

 ボルヴェルグは玉座の前に連れていかれました。それこそボルヴェルグのねらいであり、暴力で王となった弟子と、対話をこころみたのです。

 不可能と思われたことを可能に変えるのもまた、英雄としょうされるものたちです。

 手が後ろでしばられ、武器すらもっていないボルヴェルグは、変わらず昔馴染みの接し方で弟子に声をかけます。その物言いにきもを冷やしたのは彼ら以外の者たちでしょう。

 いくつかの問答を互いに交わし、意外にも迅雷の魔王はボルヴェルグの罪をゆるしたのです。

 迅雷の魔王自身も、気に食わない連中としたがわないものたちを殺してきたからこそ、本気でボルヴェルグを誅するつもりは無かったのです。それに殺害についても証拠しょうこはなく、迅雷の魔王か三大貴族の命令によって手を下されたとも言われております。 

 ただ、王者が簡単かんたん罪人ざいにんゆるしては他者に示しがつかないという建前で条件が加えられました。


『亡命して忠誠ちゅうせいちかうふりをして、ヴェルミの国王を殺せ』

『殺害に成功したあとのことは任せろよ師匠ししょう。あんたを殺そうとするエルフどもを皆殺しにしてやるからよぉ』


 魔王であれば容易よういに果たせることを、あえて師を使ってやろうとしたのです。 

 もう、そこには弟子の姿はありません。あまりに変わり果てた簒奪者さんだつしゃ、憎悪によってか前世の記憶きおくのせいか、倒錯とうさくしてしまった狂王が目の前にいたのです。声は同じで顔つきも似ている、別の生き物に変わってしまったとボルヴェルグは確信しました。ボルヴェルグは酷く悲しい顔を見せたといいます。


『お前はもう、人間じゃないんだな』


 失望に満ちた言葉は、暴虐で暗愚なる王にとってえた油と同じはずでした。迅雷の魔王が怒りで動き出す前に、ボルヴェルグは自力で拘束を解き、魔王を襲います。


 英雄ボルヴェルグ・グレンデル。

 師としてのケジメをつけるべく、こぶしるう。


 聞き耳を立てていた兵士が騒ぎに気付き、少し間を空けてから入ってきました。常であれば凄惨せいさんな姿の遺体が横たわっていて、それの処理を命じられる場面でした。

 だが、今回ばかりは事情が違います。

 それは一見すると、鏡写しの演舞えんぶ

 英雄ボルヴェルグと迅雷の魔王(元・弟子)が殴り合いをしていたのです。

 武器を使わずしても人体を軽々と粉砕ふんさいする化け物と、渡り合っている英雄もまた人の器から外れた存在と言えないこともないのでしょう。それでも怪物との違いは、英雄と呼ばれるだけの矜持きょうじと正義感の有無なのです。

 きたかれた肉体から放たれる鉄拳てっけん足蹴あしげが互いの肉と魂をけずり合い、命の取り合いをしているというのに心を通わせる――攻撃の応酬による対話を続けていました。ある種の武人が辿たどり着くと言われた境地に、彼らは至っていたのです。

 空を切る音と鉄塊をぶつけ合うような音が響く異様な空間で、誰一人として他者が付け入るすきがなかったのです。仮に止めに入った場合巻き込まれて死ぬか、機嫌きげんそこねた新王に殺されてしまいます。

 だが終わりのないものはありません。

 互いに血も汗も流れていますが、明らかにボルヴェルグの方が多いのでした。いくら師事をしたから動きが読めるとはいえ、魔王と違って体力は無尽蔵ではありません。

 動きのキレをなくしたボルヴェルグが一気に劣勢となりました。

 好機チャンスと判断した迅雷の魔王が一気にたたみかけに動きました。

 岩をも砕く正拳突せいけんづきが、ボルヴェルグの肉体を破裂、四散させるかに思えたところ――、


 一瞬いっしゅんでも気をゆるめば絶命するという極限の状況にて、ボルヴェルグはあえて隙を作って攻撃をさそったのです。

 拳をくぐり、カウンターとして拳を顔面に叩き込む!

 あごとらえた一撃は頭部全体に行きわたり、頭蓋骨内ずがいこつないのうらし、人間であれば意識が混濁こんだくして判断力の低下、頭痛や目眩めまい、吐き気、気絶する場合もあります。

 しかし、その一撃を受けながら魔王は不敵に笑んだといいます。直後、気を失ったのはボルヴェルグの方でした。魔王にれた自身の拳から電撃が伝い、感電してしまったのです。戦いが終わった後、迅雷の魔王は興味なさげに、気を失った師をろうへと運べと部下たちに命じました。


 そして数日後、

 ボルヴェルグ・グレンデルは処刑されました。

 英雄の死をってして、アンバード領内で魔王に反対する勢力が、完全に消滅しょうめつしました。

 それでも、英雄は遺したものがあったのです。

 その“希望”が魔王を打ち砕くと信じ、いくつも種を植えていたのです。他にも布石はあった中で、悪しき転生者マオウ喉元のどもとを食い破る『受け継ぐ者』が生まれました。


 あぁ、英雄ボルヴェルグ・グレンデル。

 悲劇と絶望にしずむ大陸で、

 誰よりも戦い抜いた偉大なる英雄よ――。

 風は止み、旅路たびじて、

 非業ひごうなる死をむかえた勝利者よ。

 守り抜き、遠き空にまたたく星々は、

 白銀の光となりて地を照らし、悪夢を断たん。

 ゆえに安らかに眠れ、偉大なる英雄よ。

 其方そなたの武勇とほこりは永遠なり――。

 夜がけていく酒場にて。

 悲劇の詩から転じ、次の希望を示唆しさする詩を語った吟遊詩人の青年が去ったあと。

 再び喧騒けんそうを取り戻した酒場から、あとをかげがひとつ。

 夜の路地は暗く、月明かりもなければ歩くことさえ難しい。目抜き通り以外では明かりは必須だ。

 そこへキラリと光る刃が抜かれた。

 青年の背後を取り、そっと近づこうとした者が手にしていたのはナイフであった。

 呼吸こきゅうを整え、緊張を制し、いざいかんとしたところで、


「やめとけボウズ。あの吟遊詩人なんか金なんてもってねえざ」


 その怪しい動きに気づいて尾行びこうの尾行をしていた男が少年を呼び止めて続ける。


「昨日はけにボロけして、借金してたくらいだぜ」


 旅人の外套がいとうを羽織り、深く被ったところからのぞかせた目でキッと男をにらんだ少年であったが、誤解を解くために言い放つ。


金銭きんせんが目的じゃない。あいつのことを聞きにきたんだ」


「あいつ?」


「英雄ボルヴェルグの子、“銀嶺ぎんれいの王”についてだ。あの様子じゃくわしそうだったし」


 酒にっていても、この少年が何かしらの因果を持ち、個人的な恨みをいだいいてるとわかった。


「ナイフ持つのは聞く態度としてなっちゃいねえだろ」


 厄介事に首を突っ込んじまったかと頭を掻きながら酔っ払いはため息を吐いた。


 砂漠の大陸エルドラント。

 夜闇に吹く風は非常に冷たく、吐く息は白く染まっていく。

 一方でもうけを得た吟遊詩人はホクホクした顔で、自身が狙われてるとは全く気づいていない様子で「今日は賭け事にも勝ったからちょっと贅沢ぜいたくするぞぃ」とご機嫌きげんな独り言を残し、街の中へ溶けて消えていった。

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