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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
異世界転移
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32 復讐者(前編)

(前半は短めです)

 村の生活を始めた“雲の月”から五ヶ月も経った。

 “風の月”を迎えた今、冷たい秋風が吹くようになる。

 そんなある日、一枚の羊皮紙ようひしを用いた手紙が届いた。

 手紙と言っても便箋びんせんのようなサイズではなく、小さな机の一面に広げられるくらいの大きさはある。紙が希少きしょうである世界では贅沢ぜいたくな代物であろう。


 差出人は、――ボルヴェルグ・グレンデル。

 隣国アンバードへ向かったきり音沙汰おとさたなしなのは、家族まとめて秘密裏に亡命をするのだから仕方がない事だろう。

 ただ手紙が着たのだから安全が確保できたのではと判断できる。颯汰とその家の家族たちも、無事であった事に対し同じ気持ちで安堵した。颯汰の認識よりも、彼らエルフはずっと危険な場所へ向かっているのだと知っていたからというのもある。

 大陸の西側でエリュトロン山脈を国境としてざされた魔の領域――ヴェルミと比べるとマナが不足しているせいではるかに荒廃こうはいしていると言える不毛の地に住まうのは、魔族とさげすまされた、エルフや人族ウィリア以外の多くの種族が生きている世界だ。

 英雄と称された男が、国を捨ててこの村に住むと言った。そんな隣の村に引っ越すみたいな軽いノリで出来るものではない。

 それも表向きではないにしろ、敵対して日々(にら)み合う隣国同士である。ボルヴェルグの戦闘力もかんがみて、アンバード側であれば絶対に死守したいはずだ。


「何々……? む、これはクリュプトン文字か。魔人族メイジスが使ってるという。我々の使っていた旧い文字に近いから……少し待ってなさい」 


長老グライドが普段は食卓として使うテーブルの上で羊皮紙を広げ、手紙の内容を古書を片手に訳しながら声に出して読んだ。

 ……その内容に、立花たちばな颯汰そうた落胆らくたんする事になる。



親愛なる我が息子、ソウタへ


これを読んでいるときは、俺はどこかの空の下で

旅を続けているだろう。

すまなかった。私は君に嘘をいた。

私の旅はまだ終わっていなかったのだ。

安全なヴェルミ圏内と違い、

アンバードはそこより危険な魔物が跋扈ばっこする。

過酷な旅に君を巻き込みたくなかった。

おそらく、もう顔を合わせる事はないだろう。

お前は本当に賢いから、もし他に住む場所が必要となれば、

きっとマクシミリアン卿を訊ねるといい。

快く迎え入れてくれるだろう。


今まで本当にありがとう。

君との旅は一生忘れることはないだろう。

お前にとっては厳しい日々だっただろうが、

俺にとっては掛け替えのない

幸せな日々であった。


本当に申し訳ない

さようなら


ボルヴェルグ・グレンデル


要約すると、そんな文章となっていた。


「――なんだよ…………、それ……」


血の気の引いた顔で、立花颯汰は視界が点滅していた。

 かわいた笑いが、口から零れだす。


 ――そうか、また(、、)勝手に期待した、のか


手紙の内容の真偽を確かめる術はない。だが、それならば“あの発言”は何の意味があったのだろうか。過去を語った意味は。わからない。……なにもわからなくなってしまった。


「ハハ――、所詮しょせん、赤の他人だもんな……」


木造の屋敷――その居間の中。誰もが掛けるべき言葉が見つからず、だまり込む。なぐさめの言葉も今は意味を成さないとわかっていたのだろう。

 いつの間にか、心のどこかで大事になりつつあった存在が急速で離れていく感覚。勝手に好意を抱き、勝手に傷付いて、勝手に失望をする。それを何度繰り返せばいいのかと、彼への恨みつらみよりも颯汰は自身への嫌悪感で胸が満たされていく。

 今も今までも大きな目的はあったはずなのに、それについて考えられない。ぽっかりと穴が空いたように、抜け落ち空虚くうきょとなった。その器に注がれていたものは確実に存在していたからこそ、その残滓ざんしが心をジワジワとむしばんでいく。ボルヴェルグと旅をした期間としては些細ささいで短い間であるのだが、共に過ごした時間は濃密で温かく、長いものがあったからこそ、そのショックは大きかった。


「ソウタ! ……その、……あの……」


「俺は……そうだ、帰るだけだ……あの世界に……、戻ればいいだけなんだ……。はじめからこの世界に居場所なんて……」


 ――必要、なかったんだ……


シャーロットの言葉も、幼龍の声すらも届かず、ブツブツと彼の口から溢れ零した言葉を、聞き取れたとしてもきっと理解できなかっただろうエルフの家族たちは、そのまま用意された自室まで歩いて行く少年を止める事は出来なかった。

 重く、泥濘ぬかるみはまった足取りで、二階への階段を上る少年。その顔には涙は一切なく、その瞳は無感情さをたたえていた。

 小さな姉はその背中を見送って、静かに告げる。


「…………悲しかったら、泣いたって、いいんだから……」


妙に大人びているからこそ、ここでは涙を決して見せようとしないが、なだらかな線を描くその背は雨に濡れたように泣いていたのを彼女はわかっていた。

 心配する幼きエルフの姉の瞳が彼が流すべきものが貯えられていた。


 そうして、立花颯汰はボルヴェルグとこの地で過ごす日々は永遠に来なかったのだ。



2018/03/08

ちょっと修正。

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