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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
外伝
367/436

【外伝】英雄の子 01

 目を覚ました少女はゆっくりと身体を起こす。

 屋敷の一室で、可愛らしい欠伸あくびを一つ。

 ぼけまなここすり、びをしてからベッドから起き上がり、木の窓を開けた。

 初夏の早朝――暖かな日差しがまばゆい。

 寝ぼけ切った脳を、太陽神アルオス灼熱しゃくねつ円盤えんばんからほとばしる光と、響き渡る小鳥のせわしない鳴き声により覚醒かくせいさせる。

 田舎いなかの農村であればすでに子どもすら起きていて、あれやこれやと準備にいそしみ出す時間帯だが、アンバードの王都バーレイは少し微睡まどろみの中にいるようだ。外はまだ昼時の活気はない。

 寝間着から着替える。

 従者のたぐいはいるが、世話は不要だと払っている。自分たちよりも“母”をてくれと頼んだ。

 黒い衣にそで通す。

 彼女の師匠ししょうは性悪ではあるが、この衣服をおくってくれたことに関して今は感謝しているようだ。最初こそ、自分で人形遊びをするのは止めてほしいと願っていた少女であったが、今ではとても気に入っている。師が元々いた世界の品らしい――黄色い薔薇バラ意匠いしょうがある“ごしっくろりーた”と呼ぶものだと聞いた。

 一度、師匠にもお姉ちゃんにも着ればいいのにと少女は言ったことがあるのだが、『ちょっと、年齢がね……』と、ふたりにどこか遠く寂しい目をされたのを少女は覚えている。服なんて自由に着てもいいのに、と幼い彼女は思っている。


 着替えが終わり、朝食の準備を整える。

 服を汚さぬようにエプロンをつけ台所に立ち、もっと小さかった頃に使っていた木製の椅子いすを台として使う。

 包丁ほうちょうあつかいも手慣れたものだ。丁寧ていねいに切った野菜と肉を鍋に入れ、スープを作る。

 根菜と豆が安く手に入ったのだ。

 今後は、予想だにしなかったヴェルミから食品が届くようになるため、朝昼夕と食事はきっと豊かなものになるだろう。

 その点は非常に楽しみであるのだが、幼い少女であっても不安に思うところはある。

 隣国の温厚なヴェルミの国民であったが、互いに戦争を経たのだ。

 首都バーレイを復興させるにあたり、先遣チームとして人材が――既にヴェルミからエルフや人族ウィリアが到着している。聞くところによるとアンバードの新王とヴェルミの新王の盟約めいやくによって支援が始まったようだ。

 国境の山にトンネルをる計画も始動していて、開通後に本格的な交流も始まることだろう。

 しかし、やはり互いについこの間まで戦争をしていたうえに、自国の政治に対する不満の矛先を隣国のらすための政策としての対立をあおることもやっていた。そのせいで戦争に駆り出された兵士だけではなく市民も、不安どころか敵対視してしまっていた。大きないさかいが起きてはいないが、彼らが来てたった二週間弱で逮捕者も複数名も出ているらしい。

 抑止力としての“新王”がいたとしても、人々はそのときの感情で動いてしまうものだ。

 邪悪な“魔王”からの圧政が終わったからハッピーエンドとはいかない。

 これからも何かと問題は起こるのだろう。


「……できた!」


 出来上がったのは野菜のスープ料理

 誰かにうようなものでもないため、サクサクと簡単かんたんに作れる料理である。

 見栄えもよそ様に見せるためではないが、悪くはないはずだと自信がある。

 意外にも味にうるさい師匠――グレモリーは出払っているため、一人分で充分じゅうぶんなのだ。


 そんな彼女は今、王都からはなれている。

 彼女が向かったのは国境に落下した星――。

 立ち上った光の柱跡だ。

 地質調査の仕事らしい。

 師匠が座長を務める『魔女の夜(ヘクセンナハト)』はなんでもやる変な集団であるのは知っていたが、劇や大道芸などとはかなりちがう分野である。それでも「かせぎ時よ!」の号令ひとつで軍団は出払っていった。たくましい限りだ。

 両手を組んでいのりをめる。

 その後、静かに黙祷もくとうしてから――、


「いただきます」


 食材や神々、精霊に感謝をささげてから頂く。

 師匠がもしいたら「質素すぎる」と苦言くげんていされていることだろうが、今のアンバードはこれくらいたぶんきっと平均ぐらいのはず。

 味は満足いくものである。


 ――思えば、師匠のおかげで料理のうでも上がったような気がするなぁ……


 しみじみとそう思いながら、木のさじで器からスープをすすって再び口に入れる。

 ズズズとすする音だけが響く。

 少し熱いのと、大人用の匙は使いづらくて少量だけ口にふくむ。

 それでも味は舌にちゃんと伝わる。

 ハーブと塩味の加減かげんもちょうどいい。

 香辛料は高いので特別な日に用いるべきだと少女は考えている。

 

「……ごちそうさまでした」


 冷める前には食べ終わった。

 再び感謝の祈りを捧げ、片付けをする。

 台所で鼻歌が響く。

 人見知りするタイプの少女であるが、一人だとこんな様子で可愛らしい。

 水桶みずおけを用いて食器を洗い終え、その後に出発の準備の諸々(もろもろ)終えた。

 空に円盤が昇る最中、少女は遊びに行くのではなく、仕事へおもむくのである。


「行ってきます」


 グレンデル家の屋敷の扉が閉まる前に、少女――ラウム・グレンデルは母にそう告げてから出ていく。

 グレンデル家の跡取りの少女たちの一日が始まる。

 ラウムが庭の草木が伸び始め、いつかどうにかしないと、と考えつつ正面の通りの方を見やる。

 目の前にあったはずの貴族の邸宅ていたくは更地となっている。恐るべき簒奪者さんだつしゃであった迅雷の魔王の逆鱗げきりんれ、見せしめで落とされた雷撃の槍が直撃したのだ。

 大きな邸宅の屋根に突き刺さった巨槍――雷の魔法で造られたそれは、三階から一階まで貫き、放電し始めた。

 昼間よりまぶしい紫の光を放ちながらぜ、残ったのは黒ずんで焦げた瓦礫がれきの山。それは遠縁の者たちや他の貴族が金を出して一応は片付けられたが、そのあとは手つかずのままであった。

 

「……」


 ラウムはひどく心を痛め、気分が害される思いだったことだろう。その邸宅の人間と直接関わりがあったわけではないが、その狂気の魔王こそが父である英雄『ボルヴェルグ・グレンデル』を殺した張本人であるからだ。

 さらに奥へと目をやると、貴族街からのぞける下町の風景。倒壊した家屋が並び、瓦礫の撤去てっきょ作業がまだ行われている。

 損傷そんしょうした家々、亀裂きれつの入った地面――戦争の傷痕きずあとと呼ぶより厄災やくさいの痕だ。

 おそらく後世にも語られるであろう邪悪な王はたれた。死に際に都市にひどくにくい傷をつけた暗愚あんぐなる魔王。もっとも、生きてても害をなす存在であったが。


「おや。ラウムお嬢様じょうさま


 声がした方向を見ると、そこには杖を持って歩く老紳士がいた。獣刃族ベルヴァワーの民である。多少(おとろ)えもあるが老練ろうれんさで力のコントロールができ、獣化を使いこなす男の名はアモン。ラウムはそれなりに長い付き合いである、なんだったらまだ幼い少女であるからそういった感情がかないのかも知れないが――、彼を知らぬ相手から見たら、どことなくあやしい雰囲気ふんいきただよわせている老人であった。


「アモンさん……! その、お怪我けがは……」


「ふっふっふ。なぁに心配ございませんよ。この老骨ろうこつ、あと死んで墓場に行くだけでございます。おっと冗談じょうだんが過ぎましたな。そんな悲しいそうな顔をなされるとは。ワタクシの不徳のいたすところでしたな」


 子供を喜ばせようとしたつもりが、かえって心配を増幅させてしまったことを謝罪するアモン。

 地下にとらわれた“闇の勇者”を解放する際、地下牢ちかろうの番人――言語を操るえた亜人種の改造個体との戦闘で重傷を負ったのである。 

 死のふちから生還せいかんした男はどうやらリハビリがてら散歩をしていたらしい。

魔女の夜(ヘクセンナハト)』のメンバーであるが、此度こたびは怪我のため留守番となっていた。


「――ふむ。なるほど。これからお仕事と」


「はい。ただのお手伝いですけど……」


「いえいえ。こんな時にこの都市の役に立とうとするだけ立派でございますよ。私なんてただの徘徊はいかいジジイですから。……おっと、そろそろすみませんがちょっと用事を思い出しましてな。また会いましょうぞお嬢様」


 何かに気づいたように急に老人がきびすを返してはなれていく。怪我を負っているせいで決して早くはないのだが、懸命けんめいにその場を立ち去っていった。


「?」


 どうしたのだろうと疑問ぎもんに首をかしげていたラウムであったが、その直後に答えがわかる。


 走る白い衣の男女が声を張り上げて呼ぶ。


「アモンさ~ん!!」「病室、けだしちゃだめですよぉ~!!」「エイル院長がブチギレる前に戻ってきてくださ~い!」「アモンさぁあん!」


「……なるほどぉ」


 合点がいったラウムは、正直に彼ら医療関係者にアモンが歩いて行った方向を教える。勝手に出歩いて怪我が悪化してはいけない。

 ラウムは善行をしたあとに石畳いしだたみを進んでいく。

 貴族街に馬車はしばらく走っていない。

 のろいのかたまりによって王都は汚染おせんされ蹂躙じゅうりんされた。

 くずれてゆがんだ石畳の上、がたがたとなった道で車輪がねてしまうのだ。

 ただ実のところ、別の理由が大きい。

 単純に利用者が激減したのだ。

 平民も貴族も奴隷どれいも、暴走状態の迅雷の魔王――どろ怪物かいぶつに食われてしまった。


 城下町の平民らは、やはり生活がかかっているためにすぐに立ち上がって行動にうつせた者が多かったが、一部の貴族たちは違ったのである。

 精神的にまいった者が多かったのだろうか。

 決して彼らが贅沢ぜいたくだけをしている軟弱者なんじゃくものというわけではない。挫折ざせつを知らぬ完全無欠の成功者として人生を過ごしたわけでもない。

 それでも、やはり直面した『死』という恐怖が焼き付いていたのだろうか。

 もちろん、そういった事情で家の中に引きこもり、んでしまった者たちもいた。

 王都から離れる決意をして辺境へんきょう領主りょうしゅに厄介となる選択をした者もいた。


 しかし、ここに例外がいる――。


「よぉし! いいぞ資材がきたきた!」

「うん? ここの図面どうなってんだい」

資金繰しきんぐりがきつい。……え? バカ先王の遺産を売り払う許可きょかが下りた? ひゅ~、ソウタ陛下バンザイ!」

病床びょうしょうの確保が不十分ですな」「七区の倉庫を使えないでしょうか」「そもそも医療品の搬入はんにゅうおくれているぞ」「となると、交通用のトンネル制作にも人員を回したいが、ちときびしいな」「現実的じゃないじゃろうて。平民から批判ひはんが増える」


 特権とっけんを与えられた者たちには義務ぎむが生じる。

 ここにいる貴族たちはそれを理解していた。

 机に置いた資料をにらみ、思案し合う。

 現場で働くものたちも素晴らしいが、彼らは特権階級にいる人間はその立場におうじた責任を果たすために努力していた。

 直接的な肉体労働ではなく、資産や物資に人材の管理かんり復興ふっこう円滑えんかつに進めるための計画をるのも彼ら貴族の仕事であった。


「ごめんください」


 生きびて再起さいきした貴族たちが集まった場所。

 事件の影響で扉の建付けが悪くなってしまい、もはや邪魔だと扉を取っ払ったところの暖簾のれんを潜って入室するラウム。


「いらっしゃいエリ――じゃなくて王妹殿下」


「むぅ。その呼び方は好きじゃないです」


 ほおふくらませて怒る姿は年相応にうつる。


「あはは、ごめんごめん」


 逆に頬をいて目線を逸らした、銀の髪を後ろにたばね、スカーフを頭に巻いている魔人族メイジスの女。

 エプロンドレスを着用した彼女は、ラウムの姉であるエリゴスと友人関係であった。聞いたところによると幼少からの付き合いらしい。

 ラウムが訪れたこの場所で仕事を始めるのだが、内容はウェイトレスのアルバイトではない。

 ちょっと可愛らしいここでの制服を着た看板娘でもある若女将に案内されたのが、再起した貴族たちが話し合っているゾーン。

 ここは貴族街にある施設ではない。

 城下町にある宿屋で酒場でもある《赤の煉瓦れんが亭》。

 その一階部分の酒場スペースがある。

 バーカウンターには並ぶ席もあり、二人掛けのソファの対い席などある。雰囲気はレトロなカフェであるが、食事のできるレストランやダイナーのようにも思えるところ……に貴族たちが大真面目に仕事をしていた。

 そこへ現れるは黒の軍服姿の女――エリゴス・グレンデル。

 少し前までは童女ラウム・グレンデルであったというのに、その貴族たちの喧騒けんそうの中に入るとき、姉であるエリゴス・グレンデルの姿と入れ替わった。魔人族メイジス体外魔力マナに頼らずに使える簡易的な技術「疑似魔法」。

 彼女たちはこれで交代し合うのだ。


「王姉殿下!」


 貴族の一人が気づいた。その声で書類とにらみ合っていたり議論を重ねていたりしていた貴族たちが一斉に彼女の方を見る。


「おぉ。エリゴス殿!」「王姉殿下!」


「……あまり慣れないので、やめていただきたい」


 名をかくし軍属の騎士として過ごしてきた女が、目上の彼らにそんな純粋じゅんすいな目で見られることになれていない。また没落貴族の負い目もあった。何よりも別な理由があるが、それを知る者はこの場にいないかったが。


 貴族たちが集まったこの宿で書類のチェックと必要なサインの記入、そしてそれを新たな王である英雄ボルヴェルグを継ぐ者――立花颯汰のところへ運び、さらにそこでも仕事を手伝うのがエリゴスの役割であった。


 なぜこの場所なのか――。

 建物が比較的健在でさすがに大人数が行き来して仕事するには手狭ではあるが、人が集まれてまた街のわりと中心に位置するため他の現場へのアクセスがしやすいためだ。

 家が物理的に無くなったもの、書類の制作管理に引っ切り無しに活動するためにここ宿をとしても利用している貴族たちも多い。結局は彼らも生活を守ることに繋がっているとはいえ、早朝から活動したり睡眠を削ってまではやりすぎだろう。

 他にもウマを駆って人材を集めるために奔走ほんそうしている貴族たちもいたため、一時的に貴族街はかつての活気が失われていたのだ。


「……」


 話しかけてくる貴族の声がふと遠くなって聞こえる。


 新たな王の姉。

 英雄の子。

 その重圧じゅうあつが少しずつ彼女を追い詰めていく。

 要因ファクターそろっている。

 何かが壊れるのは時間の問題かに思えた。


 もうすでになにかがこわれている。

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