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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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161 刺客

 事が起こる前――。

 少女としての嫉妬しっとの感情と、勇者としての本能がぜとなった――狂気に目がゆがんだ闇の勇者(リズ)が、光の勇者でもある紅蓮の魔王に押さえ込まれてしまった。

 その衝撃により、リズの両手から星剣がこぼれ、不可視であるが金属が地面に落ちてカランと重なった音を立てたのがわかる。

 冷徹れいてつな剣鬼の仮面などあっさりくだけ、なみだぐむのは首根っこをつかまれた痛みのせいだけではない。

 重傷を負っていた身とは思えない動きをする紅蓮の魔王。

 ヤキモチきのリズを片手で掴みながら、もう片方の手には背負う形で出現させた星剣。

 紅蓮の魔王の身の丈ほどある巨剣から、フラッシュが点灯いたします(まる)

 巨躯から放たれた芸当により、颯汰は目を瞑った。小細工じみた――紅蓮の魔王がこの場で誰にも見せたことのない小技こわざによる、不意打ちのような援護攻撃であった。

 そして、その直後に本命がさる。

 実際のところ、単調ながら効果的な戦法である。光によって目がくらんだ相手を、一気に制圧する。無力化させるにも滅ぼすにも、理にかなっていると言っていい。……ただ、紅蓮の魔王の場合、そんな小技使うぐらいならその星剣でぎ払った方が早かったりする。そういった理由もあってあまり多用してなかった光の勇者としての権能を、こんなこと(、、、、、)に使うとは誰も思わなかっただろう。


「おぉ、やるねぇ~……」


 同行者であり、ニヴァリス帝国から去ることを決意したレライエおじさんが賛辞さんじおくる。もちろん、紅蓮の魔王に対する言葉ではなく、その後の追撃の方だ。凄腕すごうで狙撃手そげきしゅが発したこの言葉が届いていたのは、この場で何人いただろうか。


 感触かんしょくおどろき、颯汰は目を見開いた。

 目を見開くと、視界をくす紅玉こうぎょく

 赤いルビーのひとみが離れていき、徐々にその正体がわかる。始祖吸血鬼オリジン・ヴァンパイア――人間から外れた美しい彫像ちょうぞう具現ぐげんたる少女、ウェパルが超至近距離ちょうしきんきょりにいた。

 というより密着みっちゃくしていたのだ。

 そうして、ようやく気づいた。

 からみ合ったものがほどけて、はなれる。

 くちびるの感触とうるおいの粘液ねんえきが糸を引いて伸びていく。伝う愛情ねんえきの先はウェパルの唇とした

 互いの息が届くよりも近い距離まで詰めて、それは成されていたのだ。

 普段はよくしゃべり、活気(あふ)れた彼女が、押しだまっている。ずかしそうに目線がななめとなって直視をけた。

 その様子を眺めた中で、修羅しゅらは必死に伸ばした手を力無く下ろし、娘は呆然ぼうぜんとして、王女は大興奮していた。

 狙撃手の男から、心からの賞賛を込めた拍手はくしゅが響き、唐突にアシストをかました紅蓮の魔王は満足げにうなずいていた。ちなみにまだリズを押さえ込んでいるのは、刃傷沙汰にんじょうざたが起こるのを防ぐためである。勇者の星剣は手元になくても呼び出せるため、彼女の事を信用していないわけではないが念のために、だ。


 自身に何が起きたか全くわからなかった颯汰を、現実に返したのは、頭頂によじ登って頭を甘噛あまがみしたシロすけのお陰である。


「――ハッ!?」


 現実に引き戻された颯汰。

 視線はわずかに、見た目年齢と身長が上の少女を追いかけて上へと移る。

 普段は他人と目を合わせるなんて極力やりたがらない陰の者であるが、ただ茫然ぼうぜんと彼女の双眸そうぼうを見つめていた。

 目線を最初に外したのは、ウェパルの方であったのは、ヘタレクソボーイ(主人公)が硬直していたからだろう。唇を噛むようにした後に向けてきた少女の背を、ただただ見つめるだけである。現実に引き戻されてもあんまり変わらなかった。ただ顔色が現実逃避していたときより赤くなっていたぐらいか。


 ――……な、何が、起きたか、一旦、整理しよう。今こそ、持ち前のクールさで乗り切るべきとき! たしか、まぶしい光で目をつぶったあと、……あと…………なんで?


 自分が冷静沈着れいせいちんちゃく系主人公、と思った時点で脳がいちじるしい混乱状態である。恋愛ラバーに関してはどちらかと言えば愚物フール。いつも誰かに振り回されているのがこの男であった。

 因みに颯汰は困惑はしていたったが、拒否感など無かった。深窓しんそう令嬢れいじょうを思わせる、人から外れたような美しさを持つ少女から口づけを受けてうれしくないわけがない。女だって嬉しくて火照ほてるし、男も同上だ。自由奔放じゆうほんぽう粗雑そざつ粗暴そぼう、敵には容赦ようしゃない怪物だと頭でわかっていても身体は正直になってしまうのが、魔性ましょうたる始祖吸血鬼オリジン・ヴァンパイア

 心音がうるさくなり、体温が上がる、まだ寒さがある――仙界内とはいえ北国であり風が強く吹き荒れていて、日の入らない洞窟どうくつ内は非常に寒いはずだというのに、強くなった鼓動が生み出した熱を送り続けていた。

 混乱が続く中、仕掛けた当事者たるウェパルが早々に去ろうとする。色々頭の中で考えてきた文言もあったというのに、勇気を出した結果、全部吹っ飛んだゆえだ。これ以上この場にいたら熱で頭が爆ぜる気がした。動きがやはり大人しい少女とは程遠く、二歩ぐらいぎこちなく横向きで、両足開いて閉じてで移動をし、そこから颯汰を背にして駆け出した。


「それでいい。契約の繋がりは強固なものとなった」


 リズを未だ押さえつけている紅蓮の魔王が飄々(ひょうひょう)と言ってのけた。

 ウェパルという存在は、自分を激しく憎んでいる氷麗の魔王の幻霊――分身のようなものであるから、話しかけたところでも無視されるのが関の山だと思っていた紅蓮の魔王。

 しかし、憎悪の対象であろうと恩義を感じれば礼の言葉ぐらい口にするのが淑女しゅくじょたるもの――。

 

「あの! ぁ、……アシスト、ありがと! 本体わたしは貴方のことが嫌いだって言ってるけど、ボクはそこまで嫌いじゃないよ!」


 そう言いながら、手を振って去る。赤くなった笑顔、黒髪を揺らしながら手を大きく振るった。

 一瞬の風のようにすぐさま走り抜けていく。


「……。そうか、あの子によろしくと伝えてくれ」


 ウェパルはあっという間に一本道の穴に入っていき、姿が闇の中へ消えていった。まさに嵐のようで突然現れ、周囲を掻き乱して去っていった。

 別れ際に口づけをして去っていく――ラヴなロマンスを感じさせるワンシーンにも見えなくも…………いや、周囲の状況があまりそう感じさせていなかった。だが、少なくともウェパルは氷麗の魔王(本体)が前世で会ったことのある彼とこうしてまた会えたという奇跡きせきから、誰よりもロマンスを感じていたのは間違いない。

 この少女も元になった、氷雪を擬人化ぎじんかしたような女魔王でさえ、頭の中がわりと常夏とこなつサンライズボンバーなのである。

 旧知の仲であるがそれをあまり知らぬ紅蓮の魔王は、そのような素振そぶりを見せてはいなかったが、並々ならぬ衝撃を受けていたようだ。ある意味、ウェパルもあの子――氷麗の魔王自身に相違ない。それでも紅蓮の魔王があえて宜しくと伝えてくれと言葉を選んだ理由は思いのほか単純なもので、動揺して咄嗟とっさに出た言葉なだけであった。

 再び風の音が響くほどの沈黙が流れたあと、紅蓮の魔王が独り言のようにつぶやいた。


「ふむ。善行をすると心が洗われるようだな」


 思ってもみなかった相手から感謝され、めちゃくちゃスッキリした顔をしている紅蓮の魔王に、リズが再び暴れて抗議する。彼女の声ならぬうったえが届いているかどうかは別として、この魔神の最悪なところは、ここからである。


「いいだろう別に減るもんでもないし」


「いやそれ、他人が言う台詞セリフじゃないでしょ」


 紅蓮の魔王がリズを解放しながら言った言葉に、思わずちょっと笑いながらツッコミを入れるレライエ。気が付けば暗殺者である成人男性がこの面々の中で一番の常識人であった。本来それを言うべき少年がまだフリーズしていたので代わりに言ってくれたようだ。

 そして、リズからポカポカとなぐられながら、紅蓮の魔王はここから本番と言わんばかりに爆弾を投下し始めたのであった。

 


「少年の唇なぞ、お前は毎晩奪っているだろう?」


 空間が、凍り付いた。

 何かが割れるような音が響いた気がした。

 業炎を操る魔王が、世界を制止させたみせた。

 獣たちも気まずそうに押し黙り息を潜める。

 風の音も止んだように錯覚させた。

 ヒルデブルク王女は両手で鼻と口を覆うように両手を置いているが、目は爛々(らんらん)と輝かせていた。

 シロすけもさすがに驚いたのか、颯汰の背から出てきて顔を上げて、ジッとリズを見つめだす。

 黄昏たそがれ狼王ロウオウは感嘆の声を漏らし、レライエは思わず口笛を吹く。

 では当人たちは――?


「え、な、な、なん? 何て?」


 颯汰は、さらに顔面が真っ赤になっている。

むさぼり合っている」と言われたら強く否定をしていたが、うばわれている立場となると、颯汰に覚えがない情報であった。

 毎晩、となると颯汰が寝ている状況を指す。知らない人から見たら、単に夜におねむになって昼頃近くまで眠っているお子さまなのであるが、活動限界が来ると休眠状態となり、命が狙われている状況以外でなかなか起きることがない――“獣”を宿したからそうなったのだろうと颯汰は認識している。

 何一つ身に覚えがなくて、颯汰は目蓋と口をパクパクさせながらリズを見やる。リズの方も、今まで見たことないほどに顔を赤らめて、声が出ていないながら心の中で叫んだ。


《ち、ちが……そ、そんなことして……!》


 両手をぶんぶん振り回して否定をしている。

 声が聞こえないレライエや他の仲間たちも何となく何を言っているかは動きでわかったようだ。


《ち、違うの! そんな、毎晩だなんて、そんなの嘘だよ!》


 彼女の心の中で弁明が真っすぐ颯汰に伝わる。颯汰も紅蓮の魔王よりも、リズの方が信頼できるし、あまりに深く考えずに彼女の言葉で自分を納得させていた。

 

「そ、そうだよな! ……うん。わかってる。わかってる――」


 顔を赤くしながら、そんなことするはずないよなと不自然にハハハと笑う。それは自虐じぎゃくを含んだ笑いであった。あまりにも、都合のいい想像――男子高校生、いや男の夢がまった妄想もうそう一端いったんれたような気がしたが、夢を見た分痛い目を見るときのダメージが割り増しになるというのを現実で嫌になるほど目撃したし、体験もした。

 ちょっとしたことでモテ期の到来を予期してしまうのが男という性別に生まれた者がもつ悪癖あくへきである。もっと謙虚けんきょに、もっと他者を疑ってかからないといけな……――、


「――はいはーい! 私も私も!」


「ん?」


 アスタルテが手を挙げてぴょんぴょんねる。

 驚いたりしてはいたものの、憤慨する様子をみせていなかった竜魔族ドラクルードの女の子が、参戦――否、加勢する。純真ピュアさから出るすべてがいやしを与えると思ったら大きな間違いであることを証明してみせた。


「私もぱぱにチュッチュしてるー!」


 吹き出したのは颯汰だけではなかった。

 そのあとにひどくせてきこんだ颯汰。

 彼の咳きこむ声の中に、響動どよめきやヒソヒソと話し合う声がする。

 精神だけが退行してしまった彼女のキスは、親子間のスキンシップ程度の認識なのだろう。颯汰は目を丸くして動揺していた中、少し引っ掛かりを覚えたが、それ以上藪やぶの中に手足を突っ込む勇気がなかったため、ハハハと乾いた笑い声をあげてスルーしようとしていた。

 しかし、気になったのは彼だけではない。ヒルデブルク王女が思わず問いただしてしまった。


「お待ちになって? ……私“も”?」


「? リーちゃん、夜中にね、私が起きたらね、いつもぱぱにチュッチュしてるよー?」


 悪意無い一撃が重すぎる。リズは、赫雷かくらい魔槍まそうをその身に受けた衝撃を思い出していた。胸がえぐられ、そのままひざから崩れ落ちてノックダウンしてしまう。


「oh...」


 誰が呟いた言葉だろうか、自分自身か他の人かわからないがリズとアスタルテ、紅蓮の魔王以外は同じ気持であっただろう。


《ち、ちが! してな、そんなこと! 毎日だなんて……!》


 ダウン状態から急いで復帰したリズが弁明の言葉を颯汰に届けたがもうおそい。声が届いている颯汰は熱でどうにかなりそうになっていた。現実とは思えぬこと――思春期特有の勘違かんちがいを誘発ゆうはつさせる事象を、ことごとく脳ではじいて除外していかなければ、自分勝手に舞い上がって痛い目を見るぞと頭の中で警告けいこくを常にしていたものの、心臓の音が邪魔をする。

 熱に浮かされている颯汰。そんな彼にわかってもらいたいが今この瞬間に近づいて肩に触れることさえ、羞恥しゅうちから躊躇ためらってできなくなっていたリズに、紅蓮の魔王が優しく肩を叩き優しい声でささやくように言った。


「……魔が差すことは、誰にだってある」


 懺悔室ざんげしつの神父のような、誰もがいだつみゆるすような後光が差していた。

 当然のようにリズがキレて双鎌剣を振るったが、その一撃を難なく巨剣で弾く化け物。


《してないもん! わたし、そんな、毎晩だなんて!》


 必死に叫びは虚しく、二振りの剣と共に空を切るだけに終わったのであった――。


 ――……

  ――……

   ――……


 そうして現在、アルゲンエウス大陸とヴァーミリアル大陸の間にある海と見紛う淡水の大河、デロスの大口の上を船で移動している。

 颯汰は船上でゆらゆらと、その表情は緩くニマニマとしていたのであるが、突如ハッとして真剣な顔つきとなる。


 ――もしや……


 彼は鈍感どんかんではないが、恋などについては身動きが取れなくなるほど慎重しんちょうすぎるし、傷つくのを恐れてそんな訳がない、都合のいい妄想であると片付けがちなのであった。そんな彼が、気づく。美少女ズからのキスを受け、ある真実に触れた。


 ――アスタルテは守護まもるべき、アナトにたくされた大事な娘。けがそうなら誰であろうと生かす訳にはいかない。……俺は? 彼女アスタルテから仕掛けた場合は別? そんな都合のいい考え? ……だめだろ。……あれ? 俺は、死ぬべきなのでは……?


 ……やっぱだめだこの男。


 現実逃避を始めた颯汰の心の中の呟きに関して、リズの話の真偽を確かめようはない。アスタルテこそが勘違いしている可能性だってある。ただその場合でもアスタルテが「リーちゃんのまねしたの」という自白もあって、娘から受けたという事実は確定していた。

 一転してそう状態から元気がなくなってうずくまり始める。


「……ぅぷっ。ぁ、やばぃ。船酔ふなよぃ」


 罪悪感で気分が下がったのが先か、酔いが回ったのが先か。体調と精神は繋がっているものであり、颯汰はすっかり元気がなくなって船酔いもしていた。

 仲間たちはそれぞれ甲板にいたが、颯汰の様子を見て心配になって近づいてくる。

 さっきまでキスの味ってどうなんですのとリズに問い詰めていたヒルデブルク王女。必ずすきをみて紅蓮の魔王を殺そうとちかったリズ。この状況でまだ天真爛漫てんしんらんまんなアスタルテ。大人ふたりと幼き龍までもがやって来た。

 見るからにもうダメそうな姿。そんな颯汰に声をかけてから移動させようとしていた。

 その瞬間である――。


 ズォオオン、と水を引き裂く音。

 激しく揺れる船。立っていられないほどであった。


「何が起きたぁあああ!?」


 船乗りの叫び。

 完全な不意打ちを受けたことを意味する。

 だが、海賊の襲撃や砲撃ほうげきの類いではない。周囲に、同じ港から発った船舶の影以外は見受けられなかった。

 だが現に、船は大きく揺れ、斜めにかたむき始めていた。

 後は、安心して帰るだけの旅であった。

 運命の神の悪戯あそびは続く。


 それは、海中から現れた――。

2024/09/16

ルビの誤字修正

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