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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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154 浄化機能

 階段を昇った段階で、気配に気づく。

 息遣いきづかい、ざわめき、生命がここにいるという証。

 地下にいるすべての人間が地上へ送られた今、先客は全員、秘密裏に送られた者たちだ。

 暗く照明の無い回廊に、こちらの存在を察知さっちしたように音が強く響き始める。

 すすり泣く声。

 怨嗟えんささけび。

 トビラやらカベたたく音。

 猛獣もうじゅうが暴れているように感じる。

 その正体を知っていても、この暗がりであれば非常に恐怖心を刺激しげきする。

 魔王ふたり以外の三人がビクリとする。

 扉の無い部屋から怒号どごうがしたのだ。

 こういったたぐいがあまり得意ではない颯汰も、反射的にそちらを見る。

 その方向を見た颯汰はなんとも言えない表情となった。すし詰め状態の部屋を目撃する。半透明の障壁しょうへきが扉の代わりにあって、そこにれるのをおそれているように思えた。

 押すな押すなと後ろに向かって叫んでいるように見える。


「……あれは?」


 念のために術者に聞く。


「吸血鬼化の深度が高い者たちだ」


 聞きたいことは紅い半透明な障壁部分についてであったのだが、たぶん触れるとヤバいヤツなのだろう。揺らめく炎のようやグラデーション……は本当マジに燃えるのだろう予想できる。


「深度? ……つまり、重症じゅうしょう患者かんじゃ? 治すのに急を要する類いの、急患?」


 深度も徐々に深まっていき、いずれ治療ちりょうが不可能になる。だがそういった者たちだけではない。


「他者を吸血鬼化させる者、もしくは順応が高い者(、、、、、、)なども分けて他の部屋にいれた。早急に対処すべき、優先度の高い順でこの階層の各部屋に待機してもらっている。外にいる者たちがもっとも優先度が低く、ここから上の階にいる者たちが中程度。そして装置のあるこの階こそが優先度の高い者たちで区分けした。……ちなみにそこの部屋がこの階層ではもっとも優先度が低い」


 例えるならば『四天王の中で最弱』。それでも放置してはいけない重症患者であるため、機器が近い階層で閉じ込めているようだ。


「地上で人数少ないと思ったケド、ここだけじゃなくて上の階にもまだいるのか……。順応が高いってどういうこと?」


「正直よくわからん」


「え」


 颯汰が驚いていると、溜息をいた氷麗の魔王が補足するように解説し始める。


「……吸血鬼化に適応してるってことよ。おそらく、帝国が一番作りたかったタイプ。当たり前のように人間社会にみ人語をあやつり、衝動的に他人をおそっていた――自身の状態を受け入れた怪物よ。常に理性のないケダモノ同然となっている個体よりも危ないと思うわ」


 想像するだけでゾッとする。目の前で会話していた隣人がいきなり捕食者となるのは恐ろしい話だ。それを人為的に造ろうとしていたニヴァリス帝国――ヴラド皇帝の闇こそ深い。


「それでその深度? どうやって調べたんです」


「少年の親友を名乗る者から――すごい表情だな」


 颯汰がガチギレしたチワワみたいな顔になっていて、思わず紅蓮の魔王が中断した。


「……神父さん。あなたが得体えたいの知れない相手の得体の知れない道具を、考えなしに使うのは正直、予想外です」


 純然たる嫌味を口にするが、そういった言葉や皮肉が通じるような怪物ではない。


「そうカッカするな。こちらも一応調査はした」


 紅蓮の魔王をうたがっている顔をする颯汰。

 颯汰たちが住んでいた時代より、おそらく未来のテクノロジーが使われている機械をどのように調査したというのだ、という疑念ぎねんがまずうかかんだが、ふと冷静になる。


 ――このヒトは魔王ではあるが転生者ではないし、数百年も前の人間……。この地下施設そのものが、過去の遺産であるオーバーテクノロジーのかたまりであったように、実は過去の方がハイテク機器がそろっていて、使い慣れてるという可能性はないか……?


 この大陸に来るまでずっと、人間が操作そうさするまともな機械と無縁の異世界生活を送ってきたせいか、颯汰は無意識に機械操作と理解度は自分の方が上だと思い込んでいた。

 だが思えばこの男、使い魔の目を用いて映像を投影する魔法まで使っていたのだ。知識があるどころか現代人よりも上の可能性だってあり得る話だと気づいた。

 ハッとした颯汰は紅蓮の魔王にたずねる。


「どんな調査をしたんです?」


「あぁ」


 神父がどこからともなく紙束を取り出した。

 ちょっとした辞典ぐらいはある、結構な分厚ぶあつさの冊子さっし

 疑問符を浮かべた颯汰はそれを受け取り、パラパラとめくったそれは――、


「説明、書?」


 取扱説明書と思われる。

 図でわかりやすい説明書きがある。


「試した。そして成功したぞ」


 紅蓮の魔王の一言によっておとずれた一瞬いっしゅん静寂せいじゃくはすぐに破られる。

 面を食らったような顔をした颯汰は、手から説明書が落ちる。ゴトンと落ちたそれのページがめくれて開かれた。

 椅子いす型の装置にヒトを乗せている図――椅子の後ろにある無数の文字付きのボタンと、各ボタンに番号が振られ、その説明が書かれている。

 この装置こそ、件の目的であるデウスエクスマキナ。吸血鬼化をく術をもっているという。 

 親友を名乗る不審人物(アンノウン)が、事前に用意したという不信物――説明書の表紙には製品名が書かれていた。

 ピシリと空気に音がはしったような幻聴を皆が聞いた。霹靂へきれきごときそれは怒りによって生じた。

 その後、声にならぬ声をらしたあと、青筋立てながら颯汰は声をしぼり出す。


「……俺が、もし力が使えていたらアンタをぶん殴ってます」


「そうか。一度も入れられていないからな。楽しみだ」


「うっわ本当にいらつく!」


 悪気がないとは思えない皮肉を返されてしまう。たとえ力が十全に使えた状態だとしても、その一撃が今でも遠いわけである。

 叫ぶ颯汰の右肩に手を置き、女魔王が後ろから、静かに耳元でささやくように言う。


「大丈夫。殺すときは手伝う」


「そこまで言ってない。こわい」


 絡みついてくる氷麗の魔王から感じる剣呑けんのんさと冷気が怖い。“契約”により紅蓮の魔王が死ぬと颯汰も氷麗自身も命を落とすことになるのだが、首肯しゅこうすれば実行しそうなところに恐怖を感じる。

 冷たさの影響ではないが、再び冷静になった颯汰。※恐怖で熱をうばわれたという見解もある。

 溜息を吐いたあと、トーンを落としたものの、紅蓮の魔王を責める。


「どこの誰か知らんがそんな怪しいもの使うなや、アホかアンタは」


「だが実際に成功している」


 ノータイムで減らず口を言うから冷めた熱も戻ってくるというもの。


「敵のワナだったらどうする!? なおったと見せかけ、再発してパンデミックが起きたら最悪だぞ!?」


 颯汰の懸念していた点はそこにある。

 そのくだんの装置が治すどころかがいす可能性もあった。一応、既に治った人間がいたため使った瞬間に死亡するといった事故、事件は起きてはいない。だが即効性そっこうせいではなく遅効性ちこうせいで死にいたるものかもしれない。それに吸血鬼化が治ったとみせかけて再発症させるのが“敵”のねらいかもしれない。疑い始めたらキリがないのだが、大前提として装置を置いたものへの信用がゼロなのだ。

 得体の知れない相手という警戒感けいかいかん、人命が関わってくる問題である危機感から颯汰は熱くなっている。

 彼の意見は最もであるとわかっている魔王であるが、理由を説明する時間はなかった(、、、、、、、)


「少年。物事には順序がある」


「あ゛!?」


「まずは直接その手で装置を調べてみるといい。こっちだ」


 紅蓮の魔王が再び案内を始める。

 不満はあった。だがここで駄々(だだ)をこねても時間の無駄であると颯汰は断じた。氷麗の魔王とヴィクトル、レライエの三人は意外にも聞き分けのいい子供に感心しつつ後を追った。

 戦闘直後は疲労ひろうと精神的ダメージにより若干の幼児退行の気が見られたが、今はだいぶ立ち直っているように映る。

 足音を立てたせいで叫びが強まる。

 しかし、彼らは出ることは叶わない。

 炎の障壁が身を焦がすからだ。

 哀れみや同情の目線を一瞬そちらに向けるが、すぐに件の装置がある三〇二号室へと入っていく。

 扉を開くと廊下の暗さが相まってか、一瞬(まぶ)しく感じた。白色の照明が目に刺さる。

 それでもすぐに慣れ始める目が捉えたのは、だだっ広い部屋であった。

 おそらく、壁の類いは取り払われている。

 生活感のない密室を思わせる空間だ。

 窓は金属板でふさがれ、床や壁のコンクリは一部に傷やひび割れまである。

 そこに吸血鬼化を解くための装置が六台も置いてあった。


「あれは……!」


 颯汰はその形に見覚えがあって、手にしていた取扱説明書の表紙を見る。


「洗脳装置……!?」


 それは禁じられた楽園――箱庭のかなめたるもの。少年たちを拉致した皇女姉妹たちが使っていた、あまりに人道から外れた危険な機械。

 颯汰がトラウマにより顔色が悪くなる。もっとも、洗脳装置というより、洗脳された女装少年エルフメイドたちがアウェイキングしながら襲ってきたことの方が恐かったのだが。


「でもなんか、ちょっと形が違う……?」


 改めてまじまじと装置を見つめる。

 一度、破壊した機械の背部が開き、先ほどのエレベーターの隠しボタンのように機能が解放されていた。


「説明書の通りに操作したところ、後ろの盤が増えた。どうやら吸血鬼化を解く“浄化機能”はかくしていたようだ」


 一通り説明書を目を通した紅蓮の魔王の言葉に、颯汰は待ったをかける。


「ちょっと待て、待ってくれ。吸血鬼化はニヴァリス(この国)の技術――洗脳装置は別のところから持ち出された技術なんですよね?」


 颯汰は氷麗の魔王を見て問う。

 氷麗の魔王が一瞬考え込むような仕草をし、分かれた人格の記憶を引き出す。


「そうね。第二皇子がそれを回収するようにエドアルトたちに命じていたようだわ」


「……冷静に考えたら洗脳装置なんてやばいものを輸入ゆにゅうしてるウチの帝国終わってんな?」


殿下でんか、正直反応しづらいっす」


 そして輸入したのは妹ふたりという恐怖。レライエも、第三皇子(ヴィクトル)がどこまで知っているのかわからなかったのでこまっていた。


「最初からこうなることを見越し、洗脳装置としてガラッシアに流したのか……、一体どこから入ったものかわかります?」


海商かいしょう連合州れんごうしゅうのはずよ」


「“竜の目”か……。もしかして、そこから持ち出した商人が……?」


「どうかしらね。存在をアピールしながらも、ここまで徹底てっていして正体を出さない相手よ?」


「……まぁ、そうですよね」


 それはそれとして海商連合州の調査を進めようと心に決める。他にも気になる商品(、、)ウワサもある。

 洗脳装置――もとい浄化装置は床屋とこやの椅子、あるいはマッサージチェアのようなかんじだ。

 装置が六台、その内五台が吸血鬼化した元人間が座らされ、逃げないようにバンドで手足が固定されている。一種の拷問器具ごうもんきぐにも見えなくもない。

 頭には被せものが付けられ、伸びたコードとバンドが手足にも付けられていた。 

 電流を流されているようにふるえている。

 死刑しけい執行具しっこうぐなのでは?


「……あれ、大丈夫なんです?」


 刑の執行――電気椅子をかけられた人間を直で見たことのある者は少ない……というかまず、いない。颯汰も例外ではない。ぶるぶると全身が震えているが、強めのマッサージを受けてるようにも見える。


「問題ない。ただ深度によって治す時間が変わる。ゆえに途中とちゅう休憩きゅうけい推奨すいしょうされる者もいる」


 たしかに、座ってはいるが頭の装置は外されて、プレートにお茶か何か飲み物をすすっている人がいる。……飲み物どうやって調達したのだろうか、と颯汰は一瞬だけ気になったのだが、返ってくる答えの中で聞きたくないものが頭に浮かんだため、取りやめた。おじいさんに頭を下げられ、颯汰は返すように頭を下げてから再び紅蓮の魔王を見る。


「あっ、結局深度はどうやって判断したんです?」


 思い出して再び問う。

 亜人種の吸血鬼に似せるとは名ばかりの吸血・食肉衝動のある生物兵器を造り出す技術――人間社会にも溶け込むように調整されたタイプもいる。颯汰も実際相対したが、見た目で判断はつかなかった。

 颯汰の問いに紅蓮の魔王は手に持っていたものを見せびらかすようにして言う。


「付属のこれで測定そくていした」


「非接触タイプの体温計にしか見えない……」


 額近くに置いて体温を計る道具とかなり近い形状をしていた。グリップ部分が片手でも持ちやすいデザインでトリガーボタンで体温を測定し、結果は液晶えきしょうディスプレイに表示される――おそらく使い方は同じと思われる。


「ひとりひとり調べるのにそれなりに時間がかかった。結構大変であったぞ。闇の勇者の協力無くしては、きっと今も悪戦苦闘していたことだろうな。……なに心配するな、他の子たちには頼んではいない」


 颯汰の目線から察した紅蓮の魔王が答える。

 そこは配慮してくれたようだが、であれば颯汰の精神をおもんぱかって、せめて納得なっとくできるぐらいまで先に装置の調査をさせてほしかった。

 一つだけ空いている台に近づき、颯汰は調査を始める。何も知らないズブの素人が見たところで判別つかないが、左腕――“獣”の協力があれば異変には気づけるだろう。


 ――でも一回目では見抜けなかったんだよな


 以前調べたとき、そのような機能があるとはつゆにも思わなかったし、判明しなかった。それだけこの隠し機能の秘匿性ひとくせいが高いのか、複雑な機構をしているのか、あるいはコアを破壊することを目的に調べたからか。あのときはいろいろと必死であった。

 次こそは絶対に見つけてやる――。もはや執念しゅうねんや何かさえ感じるほど、熱心に機器の調査を始めた颯汰であったが、彼の望んだ結果は何度繰り返しても得ることができなかった。

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