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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
異世界転移
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30 神龍の息吹

 “それ”は(いぶか)()に空を見ていた。

 (のぼ)り始めた太陽は山に(かく)れ、(いま)だ天上のすみれ色の中に、白い星が(またた)いている。

 明けない夜の世界――村のエルフたちが不夜の森と呼ぶ場所にて。

 森に住む生き物たちの一部はその異変を察知(さっち)していたが、行動を開始したのはその中でも取り分け(かん)(するど)い生き物であったり、臆病(おくびょう)――すなわち生きることを重点に置いているものばかりだ。

 それが何なのかは分からない。捕食(ほしょく)するための敵意や、ただ命を(うば)うための悪意とはまた違う、もっと単純で異質な気配を覚えた。

 空から、視点を青く光る森へと戻すと、ほぼ同時に同種の声を聞こえた。


 ――()げろ。ここから(はな)れろ。


 その気配の正体を(つか)めないまま、()いたものは逃走(とうそう)提案(ていあん)し、集まって静かに動き出した。

 それを見た彼は声に出さずに(あき)れていた。

 『(おろ)かだ。実に愚かだ。何故正体も分からないものに(おび)える必要があるのだ』

 彼は若かった。ゆえに蛮勇(ゆうかん)で、無知(おろか)であるのだ。

 だが、一族を(まとめ)め上げているという自信と(ほこ)りだけは確かに持っていた。

 『俺たちは老いぼれ共とは違う。まずはこの目で見てからだ』

 そうして彼は黒い地面を()った。

 走る風より早く、だが音は全く出さないままで、気配に向かい仲間と共に駆け出したのだ。


 ――……気配が、消えた……?


 間違いなく接近していた。肌や匂いで感じ取ったそれが消失したのだ。

 彼らは足を止める。

 今までのが気のせいであったとは思えない。彼らは一層(いっそう)注意深く森を観察して()り歩く事に決めた。


 そうして、彼らは見つけたのだ。人だ。人が二人いる。大小二つの狩人(かりうど)か。

 (しげ)みの合間から目を(のぞ)かせてその正体を確認する。狩人たちは歩き、たまに木に手を置きながら進んでいた。彼らに会話はない。狩人であるから当然か。

 革の装備に緑の衣を身に着けていた。片や弓を持ち、手に持った矢はまだつがえていない。小さい方はおそらく短刀を持っているのだろう。刃が光を反射しないように(さや)に納めたままだ。

 それを見て彼らは心の中でため息を零す。安堵(あんど)と期待外れという感情が鼻から零れそうになった。

 この狩人が異様な気配を(まと)っていたはずがない。

 何を狙っているかは不明瞭(ふめいりょう)であるが、そんなものどうでもいい。

 普段なら、狩人と(にら)み合うなど何も利点もなく愚かな行いだと知っていたのに、彼らは気が立っていたのだ。

 

 ――見せしめに、()るぞ


 覇権(はけん)(にぎ)るため、己こそが頂点であると証明(しょうめい)するためか、はたまたそんな考えに(いた)っていないか。彼らは狩人の二人を襲う事を決意した。

 森に吹く風と同じ速度に合わせ、揺れる木の葉で足音を消しながら、合計して十の目が“獲物”を(とら)えた。

 彼は声を上げる。獲物たちは全く気付いていない事を確かめた。

 タイミングを合わせる。相手によってはあえて飛び込むタイミングをずらすと言った手法も用いるが、相手が暗闇に目が慣れてないなら一斉に飛び掛かって襲う、で問題ないだろうと判断した。

 果実の光も星の光も閉ざされた闇へ足を踏み入れた瞬間が勝負だ。

 開けているが、木の葉で空が(おお)(かぶ)さっている場所に狩人たちが入っていった。


 ――今だ!


 その喉元(のどもと)から()いちぎろうと茂みから飛び出そうした瞬間だ。


「!! きゅうううううッ……!!」


それは小さくはあったが、間違いなく王者の咆哮(ほうこう)であった。

 彼らは戦慄(せんりつ)する。消えていた気配――それが文字通り目を覚ましたのだ。(わず)かに発した殺気に勘づいた、小さな白き王の叫びが、森中に木霊する。

 飛び出すタイミングでそれが起きたせいで、四つの目が既に茂みから外へ(きらめ)いていたが、その眉間(みけん)へとエルフが()た矢が吸い込まれるように()()さった。

 突然の事に襲われた獲物側すら驚いていたはずなのに、狩りの名手たるそのエルフは真っすぐ飛んできた襲撃者を撃ち落としたのだ。


「うおッ!? マジです? ブリーズウルフの群れ……!?」


長髪の大人の狩人は射殺(いころ)した後に、“彼ら”――若きリーダーを持ったブリーズウルフの群れの存在に気付いたのだ。

 彼――四匹の群れを束ねていたオオカミの(かしら)は、恐怖から動けなくなってしまっていた。

 一瞬で二匹の仲間を(ほふ)ったエルフの腕もさることながら、ここまで接近して初めて気配の正体――脅威なる存在を目の当たりにしてしまった。

 小さいほうの狩人の頭の上に、それはいた。

 白く滑らかな肌と同色の翼を持つ。翼膜は少し灰がかっていて、爪と角は黒色だ。蒼玉の瞳は敵意――否、起こされた不機嫌(ふきげん)さで染まっていた。表皮の緑のラインのような模様が、僅かであるがボゥ……っと光を帯び始めていた。


「シロすけ!」


小さな狩人の格好をした立花(たちばな)颯汰(そうた)は頭上に乗る龍の子の名を呼ぶ。

 完全に覚醒した星の頂に立つ生物の王者は尚も吠えた。

 若きオオカミは後悔し、己の無知さに恥じた。自身より老いた同族の――別の群れを率いるオオカミの発言から引くべきであったと。

 今まさに縄張りを荒らすこの存在は嵐で、過ぎ去るまで逃げ隠れするのが賢明であったと知る。

 だが――、もう遅い。

 所詮(しょせん)畜生(ちくしょう)であるオオカミであったからか、それとも自身より遥かに小さな存在であるからと(あなど)ったのか、肉食獣としての矜持(きょうじ)があったからか、その真偽は定かではないとして、残った内の一匹は、一つ選択をした。

 

「グルルルルッ……!」


 滅多に声を上げることのないこの地に棲みついたオオカミが、およそ初めて敵対するものに声を聞かせた。

 群れを率いるものが固まってしまったから、彼は独自の考え――もしくは野生で動いたのだろう。 

 まさに、蛮勇(ばんゆう)であった。

 勇敢(ゆうかん)であるとは決して言えない。

 愚かゆえの過ちだ。

 

 そして――。

 そこに居合わせたモノたちは、ドラゴンが生物の頂点に立つ所以(ゆえん)垣間(かいま)見る事となる。


 眼前で(きば)()いて威嚇(いかく)するオオカミに、シロすけは恐るべき行動をとった。

 過剰(かじょう)ともいえる防衛(ぼうえい)――暴力を前にして、圧倒的な真の暴力をぶつけて鎮圧(ちんあつ)するように、それを準備する。

 白き龍は口を大きく開け、前傾(ぜんけい)姿勢をとった。牙は既に幾重(いくえ)も生えているがそれでもまだ幼い愛らしさの残る見た目であった。

 小さな手足で颯汰の頭をガチリと(つか)む、爪を立てないように。その颯汰はオオカミに(にら)まれ固まっていた。手筈通りならば、狩人ジョージかシロすけの咆哮で追い払ってくれるはずであった。

 森へ入る前の約束を、白龍は忘れてはいなかったからこそ、この危機に対しそれ相応に挑んだのだろう。


 空気が変わった――。


 流れる風向きが変わったのだ。魔法に(うと)い者も、不可思議な現象自体に疎い者でさえ、その異質と言えるまでの異様さを感じ取った。


「きゅぅぅうううううううッ!!」


 颯汰は視界に、極至近距離にそれ(、、)が映った。

 その小さな口の前に若緑色をした魔法陣――そして、魔力を圧縮した超密度のエネルギー弾が生成されていた。球体にバチバチと白い電気が(ほとばし)っている。

 《神龍の息吹(ドラゴンブレス)》――それは、竜種(ドラゴン)の基本竜術のひとつ。己の属性に応じて形状と性質は異なるが、大抵は口から放たれる魔法弾だ。

 この世界の魔法は、生き物であれば誰しも持っている体内魔力(オド)を外気に溢れている体外魔力(マナ)に反応させて生じさせる技術である。

 今の世界では神の宝玉(リーゼ・クライノート)など体外魔力(マナ)を生み出す存在がある、といった特殊な場所でしか魔法が行使できないほど、体外魔力(マナ)は世界から減少し始めている。

 いずれ消滅する体外魔力(マナ)に見切りをつけ、魔法が取り分け得意な種族であった魔人族(メイジス)は現在、魔法を封じて別の技術を身に着けていたが、そんな彼らが見ればもう怒り狂うか唖然(あぜん)としてしまうのが竜種(ドラゴン)の竜術であろう。

 何故なら彼らは、自前の魔力――オドだけで、一撃で戦況を大いに変えるという魔法に匹敵……もしくはそれ以上のものを、ただ深く呼吸をするが如く容易(ようい)さで撃ち放つのだ。

 彼らの心臓が鼓動を止めない限り、無限に魔力が生成されるからできる芸当である。

 未だ幼い龍であるシロすけでは、さすがに連発は出来ないものの、ただ一発で街をも壊滅させるのが容易であるからこそ――竜種(ドラゴン)は神と同視されるのだ。

 

神龍の息吹(ドラゴンブレス)》による風で颯汰の前髪が(めく)れ上がる。あまりに濃密な魔力を肌で感じた颯汰が悲鳴を上げ、やめさせようと叫んだ。それを放てば、大惨事が起きると予見したのだ。


「ちょ! ば、バカ! やめ――」



 一方、プロクス村にて。朝が早い酪農家も畜産家も、未だ夢の中にいる時間帯であった。

 ただもう半刻で目を覚まし準備に取り掛かる者も出てくるだろうが、それでも誰しもこの微睡(まどろ)みの中に溺れ浸かりたい願ってしまうそんな夢心地の休息が――。


 ――爆音で甘い夢も何もかも破られたのだ。


 空気が破裂し、衝撃によって生まれた風が一気に駆け抜ける。土も埃も舞い、脆い家の壁は剥がれ飛ぶ。木々が仰け反り、細枝は折れる。

 村中の人間がその音によって目を覚ました。

 人々は恐る恐る、家の扉か、木の窓を開けて様子を見た。擦りながら夢から半ば覚めたくらいに者も、その光景で完全に目を覚ました。


 空には変化はない。まだ暗いがもう夜が明ける手前である。ただ、森の様子が尋常ではないほど変わっていた。

 夜光の実は本来、水色に近い鮮やかな天色……蒼天を思わせる綺麗な青であったはずなのに、それがまるで夜闇に潜む悪鬼が覗き込んでいるような紅い目をして睨んでいるのだ。

 伝承を知るものも知らないものも、初めて目にしたその現象に世界の終焉(しゅうえん)を感じさせ、多くの者が混乱(こんらん)へと(おちい)ったのだ。


 時間をほんの少しばかり(さかのぼ)る。

 颯汰の制止が聞こえず、シロすけはその身体の模様を光らせながらその魔力の塊を撃ち放った。円球状の魔法弾は、放った龍よりも大きなバスケットボール大ほどの大きさであった。

 若緑の光弾を押すように、シロすけの口から荒らぶる風が後を追う。風の力で光弾は回転し、万物を()がす雷が()()らされる。

 そのまま円球状の魔法弾が直進すれば、大地を(えぐ)穿(うが)ち、木々を()(たお)し、山を一つ粉砕(ふんさい)し、森は炎の海に(しず)んでいただろう。

 だが、


「ぐえっ!!」


放たれた魔法弾と暴風の反動で颯汰の首から腰まで大きく仰け反って上を向く形となった。それで風の軌道(きどう)が上方向に変わると、魔法弾も徐々に上へと()れていった。

 光弾が一定の距離まで進むとで風が止み、そこで雷鳴の如く轟音と共に、エネルギーが爆ぜたのだ。

 耳朶(じだ)を、鼓膜(こまく)を揺るがすほどの音が、空中から地上まで駆け(めぐ)り、衝撃によって巻き起こす風が、茂みの葉や枝を、地面の草花や土を、吹き飛ばす。

 そこで颯汰とジョージは音と光によって気を失ったためその後の光景はシロすけ以外見ていなかった。

 魔法弾から溢れた電気によって木々が発火し森が燃え始めていたが、爆発が起こってそれの一部は()き消えた。残った火も巻き込まれた空気中の水分が魔力の残滓(ざんし)に反応し、急速に雨雲が生まれては地を(うるお)したが、元の平和の世界には戻らなかった。――夜光の実も当然暴風に巻き込まれ、雷によって木が焼けたせいで果実も赤に染まり、その危険信号が森中に広がってしまったのだ。

 大惨事を特等席で眺めるハメとなったオオカミの一族は二度とこの森へ足を踏み入れる事はなかったという。

 更に森に残っていた生き物の多くが、その異変を目の当たりにして逃げ失せ、森の生態系が大いに崩れてしまう事になったのはある種、仕方がない事だろう。

 龍――竜種(ドラゴン)は存在するだけで(ことわり)を大きく歪めてしまうだけの力を有しているのだから。


 こうしてジョージの目論見通り、『竜神さまの力を借りてブリーズウルフの群れは追い出そう』作戦は見事成功した。魔物による家畜への被害はなくなったのは喜ばしいが、森とその命に長く癒えない傷を残す結果となり、村人からの非難は少なからずあったのと、愛娘からこっぴどく叱られ、村人がいる前で颯汰と共に正座を強いられ無様に説教を受けて、ジョージのみ半年以上口を聞いてもらえないという彼にとって気絶する以上に厳しい罰を与えられる事となった。

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