表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
346/435

145 凱旋

 ニヴァリス帝国の首都・ガラッシア――。

 平時でもこの地は活気かっきに満ちあふれている。

 凍土とうどの外は非常に寒く、人間が生きていくにはだいぶきびしい環境である。だがカラ元気によるものではなく、きちんと人のいとなみによる明るい雰囲気ふんいきが出ていた。仄暗ほのぐらけむる街の様子とは正反対ともいえる。

 円球状の透明とうめいなドームに包まれた、異形の都市内部ではその寒さとは無縁であるのも大きい。

 煙る水晶玉の中はどういった街であったのか、此度こたびも少しだけれていく。


 過去の遺物いぶつたる、地下に広がる縦軸たてじくの大穴――現在よりもはるかに発達した機械群が存在する特異な場所の上に、被せるようにしてこの大都市はきずき上げられた。

 農作物のうさくもつの類いまで地下プラントの広大な農業施設で生成され、ほぼ自動であるがため職業・農民はこの都市にいない。勿論もちろん、有事の際に必要になるため知識を持つ人間はいるのだが、地上エリアで働く一般市民では――兵士や技術者、商人などが大半をめている。

 男性は重病人以外は兵役義務へいえきぎむもあるが、実際に軍人になる人間は優れた才能を有するものか志願者しがんしゃ、貴族ばかりであった。

 ニヴァリス帝国の成り立ちからして貴族も戦うことを自然と求められる――国をまもる力を持ち、民を護ってこそ、特権がみとめられるべきだという思想があった。それでも、軍属の騎士となるには才覚の方を重要視されていた。

 血統だけでろくに使えぬボンボンがいては軍――ひいては国まで腐敗ふはいしかねない。

 だが実際に腐敗の温床おんしょうであったのはニヴァリス家――この国の皇帝一族であったが、皇帝ヴラド四世は絶対的な人気をほこった。単に血筋だけではなく、若かりし頃はまさに超人とも呼べる伝説の数々を残す皇帝であったがためだ。

 霊山から転がるいわおを受け止めただとか、熊型の魔物の群れを一人で膾切なますぎりにして壊滅させただとか、眉唾物まゆつばものばかりではある。中でも――南の大陸の英雄と呼ばれた男は軍を率いて巨神の再来と呼ばれる巨怪を討伐したが、皇帝は単独でしかも素手で撃退し、その後追いかけて討伐したらしい。……さすがにえだろ設定盛りすぎ、とは書を読んだときの立花颯汰の感想だが、実際に戦ってみて絶対に嘘だとは言えなくなるくらいには、の皇帝は強かった。

 最も、皇帝が絶大な支持を受けるのは――帝都から伸びたパイプから供給されたエネルギーにより、離れた小さな農村であっても暖房器具が稼働かどうするように工事を命じたところだろう。戦いの武勇も然る事ながら、為政者として民を『家族』として大事に尽くしたことが今日こんにちまでの人気につながっている。

 極限の環境で、身体をあたためられるということは言葉で尽くせないほどの救いとなる。実際に、四世が即位してすぐに工事を着手させ完成後、ニヴァリス全土の人民の死亡率は劇的げきてきった。また交通整備と共にミラドゥ種の開発がされ、物流も盛んとなった。各地の名産品も速やかに届き、地下プラントで生産された野菜も届けることが可能となった。さらに物流以外にも、旅行者もボチボチ増え始めた。ただし気候の厳しさによるルート変更や、予期せぬ滞在が結構頻繁(ひんぱん)に起こるのだが、それでもあまりに進み過ぎた技術群と異形なる帝都の外観により、少しずつ人気を上げていた。

 統治者に対する不平不満がゼロということは、どんな理想郷りそうきょうであっても絶対にありないが、ニヴァリス帝国においての皇帝の支持率は周辺国と比較ひかくしてもぐんを抜いて高いと言える。それほどまでに民に尽くし、いつくしんだ結果である。

 

 では、それだけの傑物けつぶつを殺した場合はどうなるか――想像に難くないだろう。


 立花颯汰は帝都に戻るつもりであった。

 どんなに殺意の目で見られ、おそかられようが戻る必要があると断じていた。

 ひとえに、吸血鬼化された人間を放っておけないがためだ。そこまで思い入れがあるのか、とたずねられれば彼は否定するのは間違いない。

 いつも通り「放っておくと目覚めが悪い」と理由づけての行動だが、放置しては害を為すという正当な理由もある。アンバードまで吸血気化した人間による被害は起きていたのが、そもそもの事の始まりだ。


 そして、皇帝を自分のエゴでばっした。

 帝国の頂点であり、実験を指示していた悪逆非道の男――、その責任者の首をった(実際に撃ち抜いたのは別の人物であるが)。それで「はい、解散。帰国帰国」なんてできるはずもない。

 研究者たちを問い詰めて人間に戻す方法の有無を確かめ、二度とやらないようにくぎす必要もある。

 騒ぎは確実に起こるが、正体をかくして事を進めるのはもはや不可能であるがため、再び『魔王』あるいは『怨霊』のふりをして、“恐怖きょうふ”によって支配を進めようと颯汰は考えていた。皇帝への信頼――即ち“愛”を、“恐怖”でりつぶそうと画策していたのだ。


 そして現在――。

 機神はたれ、真なるヴラドもほろった。

 帝都に再び熱がともる。

 暗く重く垂れ下がった雲が消え、斜陽しゃようまばゆい。

 夜の闇がせまる夕暮れ時をむかえたというのに、帝都は熱狂ねっきょうつつまれる。

 日常の喧騒けんそうを超えたけんばかりの叫びを、一身に受けるは――立花颯汰。

 彼は、覚悟してきた。

 罵詈雑言ばりぞうごんあらしを、人々のうらつらみ、憎悪ぞうおいかり、ありとあらゆる負の感情をぶつけられることを。

 受け取る覚悟をしてきたはずだ。そのすべてをせ、恐怖で制圧せいあつすることまでもだ。

 だが実際、圧倒あっとうされてしまう。

 並び立つ群衆ぐんしゅうはまさに波だ。

 幾千、幾万を超えた人民による声の圧。

 生きているほぼすべての帝都の人間が声を張り上げた先に、立花颯汰がいる。

 空気を大きくふるわすほどの声たち。

 遠くにいても、耳の奥がビリビリと感じる。


「…………、……!」


 颯汰は、ひるんでいた。

 ここまで多くの人民に、一斉に感情をぶつけられるような事にれてはいないし、これからも慣れる事はないという確信が、彼の中にある。


 皇帝ヴラド……ニヴァリスが誇る英傑えいけつヴラド、

 そして死して神となったヴラド神――。


 を殺した男――立花颯汰。幾百万を超えたすさまじい声が、彼に向けられた感情のうずが、波濤はとうとなって襲い掛かる。


「「うわぁぁああああああ!!」」

「「「うぉおおおおお!!」」」


 他の音がされる。自分の口かられ出た声すら、とらえられないかもしれないと思うほどの音量と熱意を有していた。

神の宝玉(リーゼ・クライノート)』を返還へんかんし、地下の施設で再稼働させたが、都市部全体が暖かさを取り戻すまでまだ時間が掛かるはずだというのに、建国祭にて“神”が降臨したとき同様――あるいはそれ以上の熱をびていた。

 颯汰の下へ様々な声が、重なって届いてきた。


「「救世主!」」

「「「ニヴァリスの救い手!」」」

「ありがとう!」「英雄の子! ソウタ!」

銀嶺ぎんれいの王! 我らの救いの主!」

「ヴァーミリアル大陸の英雄ボルヴェルグの遺児は、まさに英雄であったのだ!」

「「救いの主よ!」」


 …………スーパー相応ふさわしくないはずの声。

 想定外の、向けられるはずがない感情。

 まさに狂乱きょうらん――。憎しみに満ちた怨嗟えんさの叫びと真逆の声が帝都に満ちている。

 ニヴァリス帝国の住民の様子がおかしい。

 ほんの少し前まで皇帝を神と信奉しんぽうし、その非道の数々を知らぬはずの人民が、颯汰の名も存在も正しく知らぬはずのガラッシア中の人間が、熱くなっていた。まさにくるったのだろうか。

 そして、その声を受ける颯汰の様子もおかしくなっている。


「な、なんでぇ……?」


 椅子いすの上でふるえている。

 ここは帝都ガラッシア――中心部の大穴を沿って動く山車だしではなく、蒸気機関による皇帝一族の専用車両。選挙運動車の屋根の上のように設置された二段目の、最も目立つ上の玉座ぎょくざに颯汰はちぢこまっていた。頭をかかえ泣いてる子猫のようにも映る。

 

「ほら、手を振ってあげて」


 近くにはべるは女魔王が男装したエドアルト。

 霊器「ディスフラース」によって氷麗の魔王は再び客員騎士を演じる。他に侍る者はいない中、彼女はエドアルトとして軽く手を振った。


「「「きゃー! ステキー!」」」


 黄色い声援は颯汰ではなく、彼女(エドアルト )に向けてである。


「……ふむ。まぁ君はそのままでいいよ。可愛らしいし」


 颯汰はその目でフィルターを無効にしているがため、女魔王の姿と声として認識しているが、はたから見ると青年が少年に対し何か変な感情をぶつけてるようにうつることだろう。ただ遠すぎてそこまで想像が働くものは――……十数人ほどいたらしいが颯汰にとって知りたくもない情報であった。


「やだ……もうおうち帰りたい……」


 このような泣き言も、幼い少女が言えばいくらかマシであるのだが実年齢はもう大人に近しいはずのお兄さんが言ってると考えると、大抵の場合は気味が悪く思うか、てめぇうるせえたおすぞと口にする事だろう。

 ただ、彼の精神は参ってしまっていたから、多少の幼児退行してしまったのは仕方がない……のかもしれない。


 ……――

  ……――

   ……――


 ガラッシアの外にて、悪しき野望を抱く皇帝ヴラドを討伐とうばつした直後――。

 身動きが取れなくなった颯汰は、仲間たちによって助けられた。真なる人類となったヴラドの遺体を退かし、救出された颯汰は何やらバツの悪い顔をしていた。かばうように、右手を身体でかくし置いていた。真なる人類の遺体を退かしてもらったら、お礼を口にしながらすぐに落ちていた「ディアブロ」――赤い布型の霊器を取りに行こうとするも、颯汰は足がもたれて倒れてしまう。雪原で怪我は無かったもののった痛みはあった。手を差し伸べられ再び仲間に助けてもらったがそこで露見してしまう――白骨化ならにぬ、炭素化したような右腕が見られ、リズは表情を変えぬままボロボロと泣き出してしまった。

 シロすけにおそらく初めて怒られ、颶風王龍(ぐふうおうりゅう)は最初こそだまっていたが、彼女から再生するかとたずねられて颯汰があわてて肯定こうていしたところ、彼女は安堵あんどの息を漏らしてから「そうですか」と優し気に返してくれた。彼女にまでののしられたら颯汰のメンタルは死んでいた。

 さらに合流したヒルデブルクとアスタルテに問い詰められて事情を話すとアスタルテも泣き、ヒルデブルクは涙を必死にこらえ、颯汰をしかったのであった。

 誰かに心配されるということは喜ばしいことであるとは心の片隅で思っていたものの、いざ責められるとしぼんでしまった。あの時は他の選択肢がなかったとはいえ――自分でも悪い事してしまったという罪悪感も相まって、颯汰はしおしおにしなびて、しわしわの泣きっ面となっていた。


 ――……

  ――……

   ――……


 颯汰の右腕はいずれ戻る。

 左腕からの音声ガイドによれば、安静にしていれば最低三ヵ月ほどで回復する見込み、らしい。

 見るにえないげたれ木みたいな手を、医者がても即座そくざさじを投げるぐらいにはひどい状態であるのだが、エネルギーをすべて回復へと専念せんねんすれば再生する――つまり変身どころか戦闘もしばらく厳禁げんきんである。

 それでは当初の“恐怖”を与えて帝都の制圧がかなわない。どうすればいいかと考えようとした矢先に、氷麗の魔王が任せてと言った。極限まで疲弊ひへいした肉体の疲労ひろうと精神的な疲労により、颯汰はあまり深く考えずに、彼女の話に乗っかったのである。


「その結果がこのあり得ない状況ですよ!?」


 颯汰が叫ぶ。格好も改められて白い気障きざったくて豪奢な正装となっていて、肩から降りる布によって負傷した腕もきっちり隠れている。まるで新たな統治者のようなあつかわれをしていた。

 ニヴァリス帝国の首都ガラッシアで、予想した真逆の声を受けて車両はレールの上をゆったりと進む。

 今すぐ逃げ出したい、ちょっと錯乱さくらんしている少年王に氷麗の魔王が静かに言う。


「ニヴァリスを救った英雄としての凱旋がいせんとか、これほど良い待遇たいぐうは無いでしょ?」


「意味がわかんないんですけどぉ!? どういうことなの、ねぇ!? ……ハッ!」


 身を起こす颯汰が何かをさっした。

 彼が口にするであろう回答を予測して女魔王は微笑ほほえましく思いながらも静かに聞く。絶対に正解しないだろうという自信が、さわやかな水色と白の長羽織を着た女子校生風の魔王にはあったのだ。


「これ、アンタの固有能力(イデア・スキル)でしょ! みんなまともな思考能力を有してないんだ!」


 じゃなきゃこんな頭おかしいことになるはずがない、とまで付け加えた颯汰。


「ううん」


 それに対し氷麗の魔王は平静な様子だが内心はニコニコで答えるのであった。この女、ちょっと状況をエンジョイしている。


うそでしょ!?」


「たしかに、私の能力は使ったけど今はけてる」


「? どういう……?」


 氷麗の魔王はそろそろ説明しておこうか、と心でつぶやいた。


「《王権(レガリア)》を君に渡したとき、下準備が必要と言ったじゃない」


「言ったね」


 彼女の行動――あのアシストがあって巨神ギガスを、ヴラド帝を倒すことが出来たのは間違いない。でも実際に何をやったのか、颯汰はまだ聞いていなかった。


「その結果よ」


「いやいやいや、端折はしょるな、端折はしょるな! 過程も結果もなぞ過ぎて何一つもわかってねえんですよ、こっちは!」


 ふふん、とちょっと得意とくいげなのが腹が立つ。彼女は故意こいにそう言ったのだ。

 今のは笑い話で済むレベルの冗談じょうだんだ。

 しかし、実際に彼女が――氷麗の魔王たち行ったことを知り、颯汰は青ざめる事となる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ