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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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144 復讐の物語

 長い夢を見た気がする。

 ける爆音。

 まるで眠れるのうに直接、響くような感覚がして目をます。

 落雷よりも、凍土とうどの寒さにより水分が凍結し、木々が内部から割れる凍裂とうれつの音の方が身近であるものの、都市全体が球状のドームに包まれた特異なニヴァリス帝国が首都、ガラッシアにおいてはどちらもあまり聞きなれない音ではある。

 戦いの気配を感じ、男は目を覚ます。

 ベッドの上。安いシーツと薄い生地の布団から飛び起きる、つもりだった。

 実際には身体はそこまで動けなかった。

 寝起きだとぼんやりするはずの脳が、即座そくざ覚醒かくせいし周囲を瞬時に見渡しながら、気づく。両腕に複数の、ツルのようなものが付いている。わずらわしくて外そうとこころみようとしたところ、言葉でとがめられた。


「だめです。今、薬剤を点滴(それ)で投与したばかりなのですから」


 声の主の目が合う。

 見知らぬ女だ。

 双子姉妹の年齢ねんれいよりもおさないように見える。

 皮製の外套がいとうで全身を包む少女? が言う。どこにでもある旅用によく用いられるもので、顔まで深くフードを被っている。

 なんだか、この手の正体を隠そうとするやからを度々見かけるようになった気がした。


旦那だんな様、お目覚めですよ」


 やはり若い声だ。女が呼びかけた方向に視線をずらしたかったが、身体が痛くて言うことをあまり聞いてくれない。苦悶くもんの声をらしたところで、やってきた男――旦那様と呼ばれた者が言う。


「おやおや、無理はいけない。君は死ぬほどに重傷じゅうしょうっていたのだから」


 見覚えのない男――というより同じく皮製の外套で全身を包み、顔が隠れているからわかりづらい。老齢ではなく幼くもないが、正確な年齢の判別がつかない。


「医者、か……?」


 とてもそうは思えないが、念のために問う。

 旅人にも思えるが、帝都に入れる人間はごく限られているし、地下の浮浪者にしては小綺麗だ。


「ハハハ、その傷の手当をしたのは確かに俺だが、医者のように見えるかい? 違うだろう? 顔に書いてあるぜ」


「旦那様」


「イイじゃないか、ここには俺たちしかいないんだから。窮屈きゅうくつしゃべり方は、結構(つか)れるんだ」


 外套も皮製の無地のもの。

 女中(?)もいて、それなりの地位の人物だと見受けられる。今、くだけた物言いをすることに喜びを覚えていることも、そのような推測にいたった要因よういんだ。

 問題は、そうであっても誰とも知らない(、、、、、、、)ことだ。近隣の国であれば、ある程度は特徴は頭に入っているが、該当がいとうしない。

 それどころか種族すらわからない。

 傷で、頭が十全に働いていないせいか?

 そもそも、ここは一体どこの医務室だろうか。

 隣に並ぶ金属製フレームのベッドは、道具をとってもどれも清潔せいけつに保たれている。医療においてもニヴァリスは他国の一線を画すほど技術は進んでいる。周囲の備品からもここはニヴァリス帝国内部であることは間違いないが、皇族用・軍人用の医務室ともまた違う印象があった。純朴なこの感じは一般的な病院、なのだろうか。

 めくられた布団のあるベッドもあるが、他に誰一人として病人が横たわっていない。

 ぐるぐると頭が回りだすような気がした。

 ともかく、聞き出すことが多い。


「なぜ、俺が……ゲホッ、ゲホッ!」


 そもそもこの身を救うのであれば、おんこそ売ってきても、顔を隠す理由がわからない。

 問いただそうとしたが、せきが出てきた。

 咳のたびに斬られた箇所かしょが痛みをうったえる。そして自身がどういった経緯で大怪我を負ったのかを思い出す。

 首辺りにつけられた大きな傷が、包帯の下でじくじくと痛んでいる。


「あまり無理にしゃべろうとしない方がいいですよ」


 女が「旦那様のおかげで命が助かったのですから」と付け足して言った。

 言葉や仕草自体は丁寧であるのだが、少しとげを感じる。よくよく考えれば助けられた命を無下むげにする行為をこころよく思う方がおかしいか。

 だが、その治療をやったという男は特に気にした様子ではなかった。


「あの傷で死ななかったのは奇跡きせきか、あるいは本当に君は“勇者”候補、だったりするのかもねぇ」


「な、に……?」


「あぁ、別に。今のは本当に気にしなくていい。これは見てきた記録ではなく、俺の個人的な想像に過ぎないのだから」


 ますます彼が何を言っているのか理解できなかった。


「後できちんとした医師にてもらった方がいい。施術は完璧であると自負するが、受けた方は気持ちが落ち着かんだろう?」


 ふと見ると自分がまとっていた衣服は変えられ、簡素な病衣であった。

 えりまもうとする手もしびれ、言うことを聞かない。

 その下に包帯がまかれていた。

 脱がされたことに気づいたとき、女中は親指を立ててきた。それを見て口から「ぉおぅ……」と少し情けない声が出てしまった。

 そんなやり取りを気にせず、男は続けた。


「そうそう。状況も知りたいだろうから、かいつまんで説明をしたい……ところだが、俺たちももう出発しないとならない。ざっくりとメモ書きを残した。これを読めるまで……、寝て回復してから読んでくれたまえ」


 男はそう言うと、ろくに荷物にもつも持たずにスタスタと歩き出す。部屋の外へ向かっているようだ。


「ま、待て! 聞きたい、理由、を……!」


 直接彼の口から話を聞きたいと思った。

 男は立ち止まり、頭を深く被った外套のフードしにいてから、溜息をいて語りだす。


「……俺はあくまで世界のため、友のために貴方の命を救っただけだ。貴方がいなければニヴァリスはまとまらない――」


 前後の文のつながりがわからない。どういった訳かは話を最後まで聞いてから問うことにする。


「――そうなると何故か、がたいことに、我が友がニヴァリスに定住しちゃうんだよな、これが」


「…………? ……? ???」


 話を聞いたのに、訳がわからない。

 首を傾げていると男は続ける。 


「意味わからんだろ? そう、俺も意味がわからん。……いや考えてることはもうわかるようになってきたんだけど、それでもやっぱせないってのがあるかな」


 おかげ様で振り回されっぱなしですよ、とあきれたような声で言っているが、口元は少し笑んでいる。どうやら、それほどの仲らしい。

 帝国の、誰だろうか――そもそも、この男が何者かを問おうとしたが、男から聞き捨てならない言葉が発せられた。


「俺の友は、帝国が吸血気化させたヒトを元に戻したいとか言い始めるんですよー。本当、そういうところが甘々ボーイなんだから困るぜまったく」


「!? な、なんだと――ぐっ!」


 ベッドから出ようとしたが、痛みが増す。

 女中におさえられて、仕方がなく従う。

 力が入らない身であることが少し情けなく思った。


「人間にもどせる。そこも断言させてもらうぞ。そんで、先回りして解決法も置いたから。それで万事解決するから、ゆっくりでもしっかり治してくれよな」


 今度こそ去ろうとするふたつの背中に、懸命けんめいに呼びかけようとするが、唐突に意識が朦朧もうろうとし始める。睡魔に、抗えない。


「ま、待て……貴様は、いったい……、友、とは……?」


「薬が効いて意識が朦朧としてきているな、ここらへんで寝た方がいいぜ。……我が友とは貴方も会ってるはずだ。第三皇子(、、、、)ヴィクトル(、、、、、)さんよ」


 視界がぼやけ始める中、自分のことをやはり知っている男。意識が再び眠りに就く前、その言葉はハッキリと聞こえた。


銀嶺王ぎんれいおう――あるいは銀嶺の魔王、タチバナ・ソウタ。我が友の名だ」


 ◇


 第三皇子を治療した病院から出た。

 おくれもいない、もぬけのからの病院を予め知っていたがため、難なく事が進んだ。


「さて、我が友の活躍を見たいところだが、さっさと退散しておかないとヤバいかなー」


 男は言う。

 街中を歩くのはたった二人。

 活気溢れたニヴァリスの首都らしからぬ、異様な静けさに満ちていた。

 いとなみの音も、興奮も、狂乱きょうらんも既に遠くあるような錯覚さっかくさえ感じてしまうほどだ。

 少し進んだ先に、一人の男がいた。

 待ち受けていた男は白の装束――祭りの期間を利用した仮装の類いなのだろう。ニヴァリス帝国の軍服も気障きざったいが、これはさらに舞台衣装のような実用的よりも華美さを重視したものだ。人々がまだシェルター内に避難している今、人通りはゼロだから気にする必要が無いけれど、わりと目立つ服装だ。


「あとは、指示通りか」


「そう。頼むぜレライエさん。貴方あなた狙撃そげき腕前うでまえが頼りだ――っと悪い悪い、治したばかりだもんな」


 旦那様と呼ばれた男は、白装束の男――レライエのかたたたこうとして、その手を引いた。

 彼の治療を行い、そのあとの作戦――否、すべてをたくした相手であるからして、間違っても触れて痛みが出てしまっては困る。


「……お前さんから受け取ったこいつがあれば、俺じゃなくてもやれるだろうさ」


「そんなご謙遜を。それに元は貴方が持っていたボウガン型の霊器・ラケェータと、俺が渡したその拡張パーツがあってこその、超遠距離狙撃対神霊銃「エデルヴェイス」だし。それをまともに扱える人間なんてレライエさんぐらいだ。だから託した。……我が友、ソウタを頼む」


「……やれやれ、おじさんにそんなプレッシャーをかけないでもらいたいね。でも、命を救われた恩義おんぎもある。その上で復讐に打って付けの道具を渡されちゃあ、お前さんの身の上とか正体とか、どうでもよくなっちまう。……、痛チチ……すげえ反動だった、その分、速さも威力もとんでもねえのはわかったが」


「(練習なんて必要ないのはわかっていたけど、それでも彼にとっては初めて使う未知の武器――そりゃ試し撃ちはするか)」


 外套越しに頭を掻く。

 レライエの手には非常に長い銃身を持つ白銀の霊器があった。御膳立おぜんだてとして旦那様が見繕みつくろって渡したパーツを装着することで、下級と分類される霊器が、上級霊器相当の能力を引き出せるようになっていた。

 そのような道具さえ用意するだけではなく、男の気前の良さはまだ続く。

 男は拾い上げていた――瓦礫の中に埋まっていた金色の槍を、今この場の地面に突き刺した。

 鋼鉄の回廊を容易たやすく貫くは神具。


「これ、フォン=ファルガンの宝槍なのにな」


 あまりに雑に放置されていたそれを――彼はここまで持ってきていたのを――わかりやすいようにして置いた。

 立っている槍の石突いしづきに、メモ書きを通す。具体的には立てた槍を支柱として上から紙を被せ、穴を開け、紙が飛ばぬよう固定する。無理矢理捻じ込むがため紙は当然破けるが、書いた内容は読めるように予めスペースは開けておいてある。

 戻ってきた女魔王がこれを見つけ、奇妙きみょうに思うのは間違いないがそれでも捨てることはしないという確信をもって、旦那様は槍とメモ書きもまた、託すのであった。


「これで良し、と……」


「あの娘や坊ちゃんが、信用するか?」


 レライエの当然の疑問ぎもんに旦那様と呼ばれた自称・颯汰の友人は一切(よど)みなく返した。


「少なくとも我が友はうたがうさ。すっげえ疑ってくる」


「だめじゃない?」


「だけど、その為にも布石を用意した。レライエさんもその一手さ」


「はぁー。おじさん、いつまで経っても利用される側かぁー」


「うーん、そこは本当、ごめんなさい」


 まぁいいさ、とレライエは笑んだ。

 レライエも相手の存在の得体えたいの知れなさに疑念ぎねんなど目を覚ました当初からいだいている。彼の存在など颯汰たちの口から聞いた覚えがなかった(そもそも交友関係など話す必要も然程ないのだが)。

 彼自身も名も顔も明かさないが、目的と彼と颯汰の関係まではハッキリと口にした。


「俺は、今度こそ皇帝をぶちのめすことが出来るんだったらなんだって構わない」


 半分本音である。

 それに、彼が颯汰の友人であるならば、信用ならないのはお互い様だとも納得できる。元を正せばレライエは帝国の命令で颯汰を討ちにきたのだから。

 だからこそ、この男は自分を試すような真似をしたのだろうとレライエは考えた。この男はレライエだけではなく第三皇子まで手術を行い、傷をふさいだ。帝国への復讐ふくしゅうがレライエの生きる目的であると知ったうえで、わざわざ隣のベッドに置いて寝かせたのだ。

 仮に颯汰と敵対しているならば、こんな回りくどい真似をするとも思えない。……救うにしても回りくどい気がしてならないが、彼には彼なりの事情というものがある。


「すまない。我が友をたのんだ。では、そろそろ俺たちは行くよ。またいつか」


 手を軽く振って歩き出す男女。

 命の恩人の言葉に、レライエは少しくぎされた気がした。復讐をたせたとしたら、そのあとの行動は……――。


「へっ――。そうだな。またいつか、だ」


 こいつは一本取られた、と思いながら返答する。影は闇に消え、レライエは女魔王が再びやってくるのを待つ。

 今――外で巨神ギガスと“獣”が暴れ回り、氷麗の魔王が帝都ガラッシアに入り込んで秘策を実行するほんの少し前の出来事であった。


 ◇


 暗闇。

 どこぞの道を歩んでいる。

 他者の気配がまるでない暗い回廊。

 何故この男がニヴァリスの張り巡らされた通路を、そらで進めるかは女中は何も言わない。


「わざわざ一緒に来てくれてありがとう。そしてご苦労さまだ。あとはササッと帰国するだけ」


「旦那様。ひとつ、御質問が」


 何もかも見知っている男に、彼の心を問う。


「旦那様が、それほど尽くすに値する者なのですか」


勿論もちろん。これはうそいつわりのない俺の気持ちだ」


 真っすぐなひとみで答える。

 だが、どこか遠く物悲し気な目となって想いを馳せるように旦那様と呼ばれた男は続けた。


「…………できれば一緒いっしょに、世界を救いたかったが……。残念ながらそれはできない。だから影で目一杯、サポートするのさ。皇子を助けたのも、送風装置を再起動させたのも、あの装置(、、、、)を先んじてニヴァリスに商品としておろしたのも――全部は世界を救い、我が友を呪縛じゅばくから解き放つためだ」


 彼の言葉に迷いはない。

 真実を言っている。

 本気で世界を救うと言い、さらに友――立花颯汰の身を案じていた。


「……一度も(、、、)お会いしたことがない(、、、、、、、、、、)のに?」


「あぁ。それでもだ。俺が友を救う」


 若い女の言葉に敵意も悪意も、皮肉などもなく、ただ本当に純粋な疑問をぶつけた。

 暗闇を進みながら、男は頭をく。


「ソウタは自分の復讐を果たしたと思っているが実は違う。現在進行形で復讐されている(、、、、、)


 これは、復讐の物語――。

 ただしり様はいささことなると言える。

 主人公である立花颯汰は確かに復讐に駆られた。

 そして見事に討ち果たしたが、それで終わりではなかった。

 世界は続いている。

 彼の物語はまだ続いている。

 何故ならば――、


「彼は破壊者でも救世主でも、復讐者でもない。その逆――復讐されている側なんだ。……厳密にいえば復讐に(、、、)巻き込まれている(、、、、、、、、)。あるいは、復讐の道具とされていると言った方が近いかもな」


何者かに「復讐されている側」だからだ、と男は考えた。


 だからこそ、救ってみせる。そう小さくつぶやいた男の決意は、隣の女にしか伝わらない。

 人類の目線であれば、世界は救われて欲しいと願うことは何らおかしくないが、魔王テンセイシャの出現だけでは、この世界に於いて何も未曽有みぞうの危機である状況だとは言えない。

 過去にも何度か魔王は出現し、人類及び世界に対する影響は多大ではあったが、それでもだ。

 

 しかし、此度こたびは違う。

 蓄積ちくせきされたものが、ゆがみを生じさせた。

 邪悪な意思と、異なる次元からの来訪者によって世界は崩れ去ろうとしている。


 この男――魔王(、、)の言葉は正しく、まさに“未来をていた”のだから。

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