142 第三の奥義
人知を超えた怪物と可能性の超人の激突――。
自身が消滅する運命であり、それが変えられない現実と知りながらも、最期の決戦に挑まんとする真人ヴラドと、巻き込まれた哀れな被害者との頂上決戦が執り行われている外――。
白銀の嵐の中の様子を見えていない。だが、中で何が起きているかは皆が認知している。
急いで立花颯汰を救助しなければならない。
想定外の“脅威”の降臨に、一同は危機感を抱き、それぞれの胸中にある想いを一旦ぶん投げて、協力をして解決することに決めた。
使い魔越しに語り掛けてくる女魔王の作戦に、その場にいる全員が乗ることとなった。
ウェパルの声ではあるのだが、調子はたぶん統合された人格――氷麗の魔王によるものとなる。
おそらく彼女がもっとも恐れた事は「自分が“勇者”として敵対すること」とリズは見抜いた。
逆に警戒心を抱かせそうな気もしないでもないが、知己の仲であるウェパルの声で話した方がスムーズに事が進むと氷麗の魔王は思ったのだろう。引き続きウェパルの声音で女魔王はつらつらと話を始める。
『あのドームは防御特化……ううん、結界の役割を果たすために通常魔法による囮は反応しないようになっているみたい。だから純粋に火力で払うしかないわ』
シロすけがやったように魔法で誘き寄せる手段が効かない。
『例えば私が巻き付いて締め上げれば壊せたりしませんかね? あるいは、全体重をのせてグワーッとやるのはどうなのでしょう?』
竜種の王者たる優しき風の女王――颶風王龍が使い魔に言った。ちょっと表現が愛らしいがかなり過激なことを言っている。
翼があり羽毛に包まれた大蛇のような女王がその体躯を活かして救助ができないかと問う。
『それは中にいるソウタが無事で済まないかもですねー』
ウェパルの声に対し「じゃあダメね」とあっさりと引き下がる王龍であったが、少し残念そうに見えた。
一方リズの脳内で、球体を取り囲み、龍の万力によって締め上げる光景が浮かんだが、メキメキと音を立てて最期に崩れるのを想像してゾッとしていた。
『でも安心して。さっきも言った通り、私にいい考えがあるから!』
自信あり気な声に一同は耳を傾けた。
『作戦とは言っても、やることは本当に単純――私の使い魔が目標地点にマーカーを飛ばすから、全員が一斉にそこを目掛けて攻撃する。それだけよ』
敵の張った障壁を破る――。
そのために必要な火力を出せる怪物たちは十二分に揃っている。
一気に火力で押し切るという強引なものを作戦と呼べるかどうかはこの際置いておくとして、それが最も有効で手っ取り早い。
「マーカー……目印か、心得た」
命を狙ってきている相手の言葉を、紅蓮の魔王は何一つ迷わず受け止めている。
真剣になった彼女であったが、おそらく苦い顔をした後に続けて言う。
『…………適正なタイミングでマーカーを飛ばすわ。勇者ふたりは正面から。ドラゴンズは正面から撃っちゃダメ。ソウタも巻き込まれてジ・エンドだからね。お母さまにはちょっと火力重視じゃなくて、ランクを落とした竜術をお願いします』
『ふたりを巻き込まず、さらに射線上に山とか自然が入らないようにすればいいのね?』
『そうです! 理解が早い! あ、そこの紅蓮の魔王は巻き込んでもらっても大丈夫ですよ』
仮に神龍の息吹を撃ち放った場合、容易に眼前の結界は崩れ去るが、中にいる颯汰が今度こそ無事では済まない。
攻撃が貫通し、内部が爆発し、颯汰たちは木っ端微塵で物語が強制終了してしまう。
『ふたりを巻き込まないためには……。勇者ちゃん、いい術があるわ』
自分に振られているとは思わず、紅蓮の魔王の方を見やるリズ。男が優しく首を振ったのを見て、リズは自分に指をさす。
『そう、可愛らしい貴女のことよ。いい? 私の竜術と――』
女王が語る。作戦に秘策を加える。どのような術を持っているのかは当事者の竜種たちしか知らないため、ウェパルの声も感心した様子で聞き入れていた。
『――……なるほど。それができるなら、そっちの方が安全……なのかなー?』
「この娘は剣の才がある。問題ないだろう」
『剣の才、あんま関係ない気がするけどぉ~?』
どこか得意げに、保護者面しているように光の勇者である紅蓮の魔王が後輩(?)を褒める。
リズは困ったように笑んでいたが、その笑顔に陰りがあった。
《…………強く、ならなくちゃ……!》
世辞だと受け止め、彼女は心に誓う。
颯汰が自分を眠らせたのは、足手まといであるからと誤った認識をしているリズは――健気で純粋な彼女は自分を追い込んでいた。
両拳を握り締め、気合を入れてる姿からは彼女の内なる闇を感じ取れなかった者たちは、やる気に満ちあふれた頼もしさを感じていた。
そして、作戦が始まる。
勇者ふたりの斬撃に加え、竜種親子の竜術を用いてナノマシン群のドームを割る。
実行前に紅蓮の魔王が確認を取る。
『破壊すればそれで終わるのか?』
『そんな単純なわけないじゃ~ん!』
ウェパルの酷く相手を小馬鹿にしている煽りが込もった声。言われてない方もちょっとムッとしてしまうぐらいの口調であったが、紅蓮の魔王も気にしている様子がなかったし、リズの方は純粋に驚いたリアクションを取っていた。壊したらそれですぐに救助ができるのだろうと楽観的に考えていたのはこの場でリズだけであった。
『一瞬、剥がれるだけ。すぐに再生するわ。でも任せて――私たちに』
女魔王はこの場にいないが、もちろんタダ指示を出しているだけではない。
決め手となる準備を、着々と進めていたのだ。
帝都ガラッシアを覆うのも、此度狙う対象とは形状も規模も素材も全く異なるがドーム状。
機神によって壊された上部を包む氷の上に佇むふたつの影があった。
ひとりは颯汰に与えた王錫の代わりに、金色の槍を手にした氷麗の魔王。
もうひとりは、仮面を被っていた。
真っ白な面も衣服も、飛び散った血が付着している怪しげな存在は武器を構えて待機している。
精密さが求められるがため、立たずに寝そべり、両肘を着けて安定させている。
「そういうわけだから、頼んだわ」
女魔王が使い魔越しではなく、隣にいる者に言う。どこか貴族じみた華美な白い装束のものは返答はせず、円筒状のものを覗き見ながら、指で合図を送ったのであった。
真人ヴラドから逃れるためには、彼を討つ以外の術はないと悟った颯汰は最後の賭けに出た。
虚を突き、放たれる氷の弾丸。
円錐の氷柱の魔法弾はヴラドの元へ吸い込まれるように飛来していく。
カウンターが決まったと思った矢先に次の一手をさされ、ヴラドは反応が遅れた。
灰白色で透けているオーラの腕が、魔法弾に触れる。直撃を避けるため、腕部にもある装甲のような甲殻にて、面で受けるのではなく弾道をズラすために角度をつけて受け流すことが目的であったのだが、颯汰が放った氷の魔法弾は触れられてから数テンポ遅れて爆ぜた。白い煙と共に冷気が爆発的に拡がる。触れたものすべてを凍てつかせる爆発は後続のものにまで連鎖的に巻き起こり、その後ダイヤモンドダスト現象のような煌めきまでが攻撃範囲であった。
本来は実体を持たないはずの闘気で形成された腕であるからこそ凍り付くことはなかったが、白い爆発に巻き込まれて掻き消えるように消滅する。次いで飛来したものも爆発に巻き込まれて爆ぜたが、そのおかげで範囲も威力も広がり、一瞬ヴラドは満足に動けなくなる。
敵へ直接攻撃する貫通特化ではなく、任意起爆による凍結特化で射出した魔法弾は、その目的通りに作用したのであった。
『小癪な……!』
両腕の幻影が一つずつ消える。
もし仮に、颯汰が氷像を設置しなかった場合、空振りに気づいたヴラドは、その肉体をバネのように弾ませながら身体能力で回避していた。取るに足らないような小さな布石に効果はあったのだ。
今から回避が間に合わないと判断したヴラドは、残った腕で防御態勢を取る。本物の両腕で顔と胸を護るように置く――ボクシングのブロッキングに近いカタチだ。その上から残った闘気の腕で固める。真人ヴラドはその行動を過ちとは思わない。次の一撃さえ凌げば自分が勝つ……それもまた正しい判断だと言えよう。
切断した赤い襤褸に隠れるように射出した最後の二本。気づいたヴラドの不意を突くことはかなわなかったが、回避不能の白の爆発がまた彼を襲う。
爆ぜた寒風が、腕の僅かな隙間をすり抜け届く。複数ある眼球を護るために四つほど目蓋が閉じる中――、
斬撃が襲い掛かる。
発射と同時に動き出した颯汰が、満身創痍の自身に鞭を打って飛び出してきた。
左手に持った剣にて斬り上げる。
斬撃はヴラドの硬い甲殻に当たった感触があり、肉を斬らずに、そのまま腕を弾き上げる。
両腕が逸れる。
胴が、がら空きとなった。
ヴラドは凍って開かなくなった目蓋以外の目にて、捉える。粗悪な模造品のような剣は折れ、刃が飛ぶのを。くるくると刃が光に照らされながら落下していくのを。
だが、他の目は敵を見たままで、およそ安堵はできぬ状況だという現実を叩きつけられる。
恐れていたものが来る。
ずっと警戒していたものだ。
何も掴めぬと見せかけた、ように見えた。
実際それは何かを掴んではいない。
たった一撃を捻じ込むために、颯汰が準備した切り札を見せるとき――。
その右手に、同化していた武具があった。
たしかに颯汰の腕は垂れ下がっていた。無理矢理変身し、機能不全を起こしてはいたのだ。
それを隠れ蓑とした。
右手での攻撃は来るとまではヴラドに看破されていたが、作られた隙により捻じ込まれる。
右腕部に一体化した霊器。
英雄・ボルヴェルグの剣――。
ディアブロによる赤い糸で固定したのではなく、剣自らが形を変えて手甲となった。
変幻自在のそれは、魔法を放てるだけの並みの霊器とは一線を画す。
以前は、棍に姿を変えていた、赤い宝玉と漆黒の柄の剣は、逆に颯汰の腕の方を食い込むように引っ付いていた。
巻き込まないようにディアブロは外させ、再び英雄の剣はその姿を現す。
頼りない手首すら固定する黒い繊維が蜘蛛の糸のように絡みついては補強する。それにより現れた剣にて、颯汰は奥義を繰り出せた。
それは、天鏡流剣術の三つ目の奥義――。
本来は、魔力を持たぬものが打つ手段がない業。
最速機動の“空の型”。
後の先を取る“柳の型”。
そしてこれは、“洪の型”により繰り出される必殺の一撃。
洪水のように押し寄せる連撃を成すのは剣だけに非ず。剣技に魔法を加えるのが洪の型であり、勝つために手段を選ばないという気持ちの現れとも思える精霊の秘剣。剣と魔法を組み合わせるという、精霊なら当たり前に思いつき実践しているが、仙界の外でそれを行うのはとても難しい。大気に体外魔力は薄まり、体内魔力だけでは魔法が発現しないためだ。
本来はそれを可能とする道具こそ霊器であり、魔王や竜種といった規格外の怪物たちだけが十全に魔法を操れる。
そして、もう一つのイレギュラーたる立花颯汰も、地上にて魔法の使用が可能である。
颯汰も元来は扱えなかったし、師からも教わっていない。だが、使っている場面は数度だけ見ていた。復讐心に囚われる少年を諦めさせるために、師はあえて不可能な御業を見せつけたのだ。
しかしその復讐を、彼の生きる道を上位精霊は否定しきれなかったからこそ、今の颯汰がある。
鮮烈に脳に焼き付いている記憶から動きを模倣する。
『天鏡流剣術、参之太刀――』
参之太刀・衝角。
魔力を乗せた剣による神速の突き。
それは颯汰がよくやっている、剣身を輝かせて切れ味を増す強化とも異なる術。
無影迅による瞬間的な加速に、多くは属性魔法により切断・貫通力を高め、そのまま内部から魔法を炸裂させるといったもの。
今は高速機動ができない以上、それを補う必要があった。
求めるのは純粋な火力だ。
颯汰の右手に持つ剣に赤い雷が魔力が帯びる。
それは、かつて見た別の奥義を彷彿とさせる。
否、プロセスはそれを真似ていた。
自身の右腕の骨を芯とする代わりに、深く結びついた剣を用いる。
かつて迅雷の魔王が使った狂気の業。
星輝晶が破壊され、詳細は省くがまわりまわって正気を失った黒鎧の魔神が放つ必殺の一撃。
迅雷の魔王であっても、そのリスクから極力使うことを躊躇うが、代わりに破格の性能を持つ奥義。
その奥義の名は――『絶雷』。
風雷暴雨、すべての天災を凝縮したようなエネルギーが一点に詰まった魔法による攻撃だ。
身体の一部から魔力により杭を精製し、突き刺して内部から収束したエネルギーを流し込み、万象を滅ぼす必殺の一突き。
杭ではなく、代わりに深々と刺さった宝剣が、輝きを放つ。注ぎ込まれる力の奔流。
『――絶衝雷角!!』
奥義:絶衝雷角。
それは立花颯汰が再現した『絶雷』である。
己の腕を犠牲にしてまで相手を葬る雷の劇毒を、コンパクトにした奥義。
颯汰が衝角を単体で放つ場合は、威力など基本性能は真からほど遠いものとなる。だが、組み合わせることによりある種、別の形として真に迫る勢いを生みだした。
突き刺した衝撃と、後追う爆発的な赭雷。
何もかもを覆う、轟く雷鳴。
万物を壊す破砕の雷撃が迸る。
真人ヴラドの胸の内から赤い雷撃が暴れ出した。
辺り一帯に眩い閃光が駆け抜ける。
唸る轟雷は荒れ狂い、対象の神経ごと肉を焼き尽くしていく。機械であろうと生命であろうと悉くを蹂躪する征服者の雷光は熾烈な闘いに終止符を打たんとした。




