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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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139 超人決戦

 すような冷たくも荒々(あらあら)しい、太刀風たちかぜごとき手刀。

 心の臓をねらう迷いなき一手が、幼き命をみ取らんと伸びていく。

 疲労ひろうによる睡魔すいますら退散たいさんするほど、濃密のうみつな“死”の気配に、颯汰は立ち向かわねばならない。

 世界が漆黒しっこくまることはなく、己の異能が十全に働かない状況であることも理解する。

 冷気によってうばわれていったはずの体温が、一気に上昇していく。

 ヴラドは手刀からそのまま一歩距離をめ、切り払うように手を振るう。

 一挙手一投足が死に直結する攻撃であり、かわしたつもりであっても、肌の表面――薄皮一枚をけずる烈風がはしる。かすめたわけでもないというのに、肌がヒリヒリと痛む。

 刺突しとつから斬撃に移行する外敵――真人ヴラドの攻撃を読み、颯汰は短刀ではじきながら退避しつつ、退路を確認する。

 白銀の風――ナノマシンが散布する粒子りゅうしの集合体のけむりは、元より色を自在に決められる。ただ此度は雪景色に溶け込ませるといった目的ではない。あえて“魔女の呪い”に対抗する赤色ではなく初期設定のまま放出した。真なるヴラドに、そういった信号を放つ余裕も時間も残されていなかったのだ。

 そんな煙とナノマシン群により、通り抜けることが不能なフィールドが造られた。

 その中には颯汰と真・ヴラドのみがいる。

 無理に脱出することはかなうまい。

 領域から外へ出ようとすると、粒子が集合して行く手を阻む。

 それ自体が攻撃性能を有していたとしても、無理に突破が可能であれば颯汰は脱出を試みたであろう。

 ダメージや害はないが、少し進んだだけで柔らかい砂にぶつかるような感覚があり、そこから壁となって押し戻される。

 さらに無理に通ろうとする前に、ヴラドの脚が飛んでくるのだ。

 にげげ場はなく、壁際は不利だとさとり、颯汰は距離を開ける。

 く息は白く、肩を上下させる。

 肺が痛い。

 呼吸をしているのに、酸素が足りず苦しさが続く。

 息を整える間もなく、灰の真人は詰めてくる。

 思考する余裕もない。

 ただ反射的に攻撃をさばき、死を回避することに集中する。生き残るために。

 一つのミスが致命傷に繋がる。

 勝機を見出すことは難しい状況だ。

 現状では――身長差、体重差、魔力量、技量……その他もろもろで勝てる要素が無いに等しい。


「ま、待て……」


『問答など不要』


 颯汰は胸を押さえながら右手で制止をうながすように突き出したが、灰白色の魔神は静かに歩み寄り続ける。

 

「まぁ、待て、待ってください、皇帝陛下」


 わずかでもいいから時間をかせぎたい。

 息を整えるための時間と、敵が自壊するまでの時間。真正面から戦う必要はないが、同時に敵がこのまま颯汰を見逃すはずもない。

 必死に思考をめぐらせつつ、言葉をつむぐ。


「……本気の俺と戦わなくていいんですか」


 左腕は眠りについているが、時間を掛ければ目を覚ます。命の危機であるから、尚更だ。

 ここであえて闘う姿勢を見せる。

 敵が乗ってくれたならばそれだけ時間を稼げるし、変身するまでしばらくは安全となるが――、


『フッ……。敵の言葉に乗る必要なかろう。今は何らかの事情――先の戦いで力を使い果たし、変身できないのだろう貴様は』


 颯汰の事情を見抜き、提案の返答代わりの鉄拳が飛んでくる。非情な攻撃に対し防御主体で応戦しようとするが、反撃に至る隙は微塵も無く、下手に攻め入れば逆にカウンターを食らい即死する未来が見えた。


「クソっ! 最期に戦いてえとか言ったわりに、単純なバトルジャンキーじゃないのかよ!」


 説得もきびしいというか不可能だ。

 弁舌べんぜつが達者であればこの状況も乗り切れる可能性はあるが、弱体化状態でさらに命を狙われている中、冷静に相手を納得させる言葉を見つけるのも難しい。

 攻撃に至らせるボルテージを下げるにも、相手が話に乗る情報を選択しなければならないが、現在進行形で襲われている状態でそうさせるのも至難の業だ。

 颯汰はどうにか時間を稼ぎたいところではあるが、真ヴラドにとっては時間は命の灯火が尽きるまでのわずかで貴重なもの。いたずらに浪費はできないがために速攻を仕掛けてくる。

 子供相手に大人げないぞとという抗議を口にしても、きっと聞く耳を持たない。宿敵を相手するように、その攻撃は苛烈かれつさを増すばかりだ。

 颯汰は武器を手にしているが、状況は不利のままだ。短刀を握っても攻撃リーチの差はまらず、刃物を手にしているという有利性も、真ヴラドの甲殻染みた体表の組織によって意味を成さない。殴り掛かった拳に合わせて刃を突き立てても貫通しないのだ。


『その体躯で、よくもまぁかわすものだな』


 身体が覚えている。

 十全に振るえなくとも、生きるためにすべての見た、聞いた、体験した経験を引き出す。

 飛んでくる膝蹴――跳ばずとも顔にめり込む一撃に対し、短刀を被せるように振るう。

 ぶつけ合った衝撃を利用して後退するも、ヴラドは止まらない。

 巻き起こす拳風により掠めた頬、鋭い足蹴が額に赤い線を引く。

 真なる人の身となったヴラドは飛びぬけて特別早いわけではないが、人間が出せる限界を常に引き出していると思われる。

 颯汰は戦い慣れをしているのと、あとは生存したいという本能のまま――あえて無駄な思考を切り離すことにより、なんとか今の今までたった数十秒の間でも生き残ることに成功している。


『だが、その奇跡きせきもここまでだ――』


 そう言いながら、ヴラド帝はその場で立ち止まる。静かな叫びと共に両手を横にゆっくり開く。

 真人の身体から、目で見えるエネルギーの迸りが見える。そして、ヴラドが柏手を打つと、全身を包んでいた波打つオーラがさらに勢いが増す。


「もう、それのどこが真に人間なんだよ……?」


 灰色の光を身に纏う怪人は疑問など無視する。

 皇帝はギアを一段階上げた。

 しかし、速度が速まっただけではない。

 回避するタイミング、敵の行動を読み動いていた颯汰――地を蹴って後方へぶところを狙われた。地に足が付いていないところを、一気にられ手を伸ばされた。

 その手をはらうように、短刀を振るう。

 既に刃こぼれを起こし限界が近く、この応戦で武器がくだる可能性は高い。だが少しでも敵の攻撃を受け止めつつ別方向へ流す――直撃コースを変えて生きびるのが目的であった。

 しかし、真ヴラドが可視性のあるオーラを身にまとった段階での近距離戦の時点で詰みであった。

 颯汰は刃にて敵の拳をずらした。

 そこで不可解なことが起こる。


「!?」


 目しかない面で不敵に笑んだように見える。

 皇帝の右腕は確かにれて、顔の斜め上を通った。それで終わらない。

 灰白色の魔神の腕に刻まれた紋様が赤く光り、纏ったオーラがぶれ始める。同じ太さのオーラで形成された腕が二つ。右腕からさらにふたつの腕が生えていることになる。

 軌道をズラされた右腕の代わりに、現れた二本の右腕が颯汰を襲う。

 颯汰が武器を振るう前に、真なる人たるヴラドは、その左手首をつかむ。小さな子どもである颯汰は簡単に片手で持ち上げられた。

“お前のどこが人間なんだよ”という魂の叫び(ツッコミ)が口から出るよりも早く、怪人は颯汰を宙吊ちゅうづりにする。

 浮かび上がった肉体。

 不自由が効かぬ身体。

 一瞬、逆さとなった身は地に叩きつけられる。

 そうなれば白い大地に深い紅色の脳しょうが芽吹き、華開く。

 だがそこであきらめず、狂犬じみた抵抗を見せるのが我らが主人公であるのだ。掴まれた痛みではなく、自らの意思で短刀から手を離す……のではなく、放り投げた。颯汰は空いた右手で短刀を掴み取り、一切の迷いも無く真ヴラドの右腕――オーラではなく実体のある腕に、突き刺した。

 殻におおわれた身に、ただの刃など通らぬ。無駄な抵抗で終わる――はずだった。


「――うぉおおおッ!」


『ぬッ……!?』


 突き立てた刃がわずかに刺さる。手を離せばすぐに短刀自体が重力に引かれ、落ちるぐらいのほんの切っ先が刺さった程度。そこに、柄頭目掛けて拳を叩き込む。童子の一撃など他愛もないものであったはずが、変化が起きた。死に際に眠っていた力が覚醒する。柄は砕け、刀身は深々と突き刺さった。幼いはずの颯汰の拳が、黒鉄に包まれていた。

 その変化に互いが気づく前に、皇帝は痛みに声をあげながら、反射的に手を離してしまうが、外敵に対して足で蹴り払った。

 足蹴はムチのようなしなやかさであり、それは少年の腹部を切り裂くように一閃がはしった。 

 たまらず吹き飛ぶ颯汰。

 雪原で勢いよくバウンドしながら後方に飛ばされ、転がっていく。

 内臓のすべてが破裂するほどの一撃。

 立てるはずがないというのに、皇帝は複数の眼球で敵をにらみながら、警戒けいかいした。

 自身の傷口から青紫の血を流しても、ヴラドは敵を見据え続ける。


『……浅いが、並みの者であれば絶命している一撃だと自負する。だが、タチバナソウタよ。貴様はどうだ?』


 ピクリとも動かなかった仰向けの少年が口から、天に向かって血を吐く。飛ぶことなくあふれてこぼれる血液と呼吸と共に、灯火ともしびが尽きかける。


「……――……――」


 言葉が出ない。呼吸が苦しく、吐き気が酷い。視界も赤く歪み、立つことが困難であった。酷い痛みがあると同時に、気が遠くなるのを感じる。


 ――うご、け……動け。動け


 願いはしても、内臓に深刻なダメージを負い、動くに動けない。立ち上がっても数歩で倒れる可能性が非常に高い。しかし、このまま回復するまで待つこともできない。今はヴラドは警戒しているが、すぐにこの状態であると見抜いてトドメを刺しにくるだろう。


 ――動かなきゃ、しぬ、ぞ……!


 脳まで揺れ、血を吐き、傷口が開いていく。

 巨神ギガス戦で負った傷も異常な再生力にて塞がっていたものまで開いてしまう。

 鼓動こどうが聞こえる。

 高鳴り、間隔が短くなっていく。


『――これにて幕引き、か』


 ――しにたく、ない。まだ、しね、ない……!


 颯汰が今の一撃で瀕死ひんしであると見抜いたヴラドが近づく。

 歪む視界。額と頭部からの出血が目にかかり、再び世界は赤に染まっている中、見下ろす影が映る。まさに冥府めいふに連れ去ろうとする死神に見えた。

 濃い血で赤黒く、暗くなった空。

 影を落とす魔神が拳を握り前に出す光景。

 しかし颯汰の視線は彼に向いておらず、


「…………――?」


吹き荒ぶ銀の嵐の先――空まで逃げ場を奪ったドームの奥。薄っすらと見える本物の空の前。

 何かが光っている。

 それを見つめる。


 ――なん、だ……?


 太陽にしては明るくない。

 星にしては近すぎる。まして夜になるほど、時間はそこまで経ったはずもない。


『では、さらばだ。――死ねぇええい!』


 銀の粒子が生み出す乱気流の外側に、確かに光が見える。それは青い光であった。

 たった一つ――。

 嵐海の夜に浮かぶ希望の星のように。

 その正体を、颯汰は知っている――。

 けれども、人の身では星に手は届かない。

 もう、その星に手を伸ばすことすら叶わない。


 皇帝が倒れ込む颯汰のえりを押さえるように左手を置き、拳を下ろす。外敵とはいえ幼子の顔を殴りつけることに気が引ける……ようなまともな人物ではなく、真なる人と化したヴラドは死の恐怖を与えるために頭を狙った。

 鼻の骨は砕け、眼窩がんかから眼球が勢いよく飛び出し、脳を直接破壊する――そんな一撃が振り下ろされる瞬間であった。

 颯汰の視界に映る皇帝の影の奥にある、ナノマシン群によるノイズの嵐の先の光が強まった。


『!?』


 顔を狙った拳が止まる。

 何かに押さえられたのではなく、顔にあたる直前に別のものが差し込まれる形を取り、防がれる。ヴラドは颯汰から手を離し、脱出する。

 距離を取って目の前に現れたものを観察する。


王権(レガリア)……!?』


 颯汰も同時に心の中でつぶやく。

 倒れた少年の前に現れたのは王錫型の王権。 

 雪と氷を思わせる結晶が付いた大きな杖が、現れた。

 青の波動――輝きを放つそれは、檻の外にある物体とまったく同じ間隔で明滅する。

 共鳴する光――眼前のそれから発せられる光の波動を浴びた颯汰は、安らぎに包まれる。

 全身から疲労が消えたわけではない。

 息苦しさはまだある。

 それでも、誰かの声が聞こえた気がした。


 ――……? なんだ……?


 その見知らぬ幻聴――声々に応える義理はないというのに、向けられた暖かさを感じる。

 不思議であった。

 痛みはある。

 苦しくてどうしようもない。

 それなのに、身体が動く。


『立ち上がる、か――』


 皇帝の言葉が正しく脳に伝わらない。

 目が回り、踏み出した途端に倒れるだろう。


 だが、颯汰は立ち上がった。

 僅かによみがえった活力――気合と根性で復帰する。

 手をかかげる力も、声を発する余裕もない。

 口からドップリと零れる血をぬぐう余裕もない。

 だが、颯汰は発動させた。

 全身を包む黒鉄の嵐。

 溢れ出す瘴気のまゆを突き破る白銀の光――。

 立花颯汰は獣の力“デザイア・フォース”を発動させ、戦闘形態となった。

 しかし、どうみても完全じゃない。

 右腕は手だけが黒鉄の手甲に包まれ、肌にぴったりと引っ付いて纏う濃紺の薄膜の装甲は、大部分が欠けている。左腕がもっとも元の完全な状態に近いが、両足と同じ状況である。

 左右の脚の装甲は一部が溶けてノイズとなり、今も粒子となって光にかえっている。ジジジと音を立てて存在が歪み、にじんで消えかけていた。火に燃えてちりになっていく様にも似ている。

 顔を覆う面頬の左半分は無くて、右半分は頬の辺りへ移動した暴走時の状態に酷似している。だが顔のすべてが黒に近い濃紺に染まらず、首から上まで徐々に覆う途中で止まっている。

 口から血を零しながら、ヴラドを見た。

 鋭い眼光に射貫かれたヴラド。

 相手は満身創痍まんしんそういで、ただ風に吹かれただけでも倒れ込みそうなほどで、震えた脚でなんとか身体を支えてるだけ。


 ――あの目、何度も見たことか

 

 六つある瞳で捉える。

 立ち上がった青年らしき怪人は、呼吸で大きく肩も胸も動いていた。

 青年の姿となったが死に体である。

 で、あるのに関わらず、新たな人類へと至ったヴラド帝は彼に恐れを覚えていた。

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