表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
334/436

134 折衝

 とどろ雷鳴らいめいごと衝撃しょうげき

 欲界よくかいの魔神が三度みたび姿を現した。

神滅の(ルクスリア・)雷帝(アエーシュマ)》――迅雷じんらい魔王まおう

 この世界において『シドナイ・インフェルート』と名乗っていた混血の転生者マオウであった。


『オイオイオイオイ兄弟よぉ! どういうこったぁ? これはよぉ!?』


 威勢いせいよく問うが、状況じょうきょうを一切()めずにいる迅雷の魔王は当惑とうわくし切っていた。気づいたら眼前にせまる、まさに天からる神の裁きたる巨拳。このままではペシャンコにつぶされると思い、反撃して追い払った。そして、事態を知っているであろう召喚者しょうかんしゃの方へり返って問う。

 そのすさまじき雷撃らいげきにより、機械系統に深刻なダメージを負わせられる。巨神ギガスとて例外ではない。神と一体となったヴラド帝は右腕部が吹き飛んだのかと思うほどの衝撃を受け、力無くその場でせる。巨神ギガスの全身がしびれ、思うようにボディを動かせないでいた。

 

『誰が兄弟だ。……こっちはすごいつかれてるからちょっと休憩きゅうけいさせてくれ』


『いや状況見ろォ! 絶対に説明が必要だろこれ! なんで、俺様が、ここに、いる!?』


 迅雷の首につながれたくさりの先にいる――己を全身全霊ぜんしんぜんれいち取った異端者いたんしゃが、今は横になって気だるげに溜息ためいきを吐いていた。


『…………俺がんだ』


 迅雷の魔王の耳障みみざわりな声量とれ馴れしさに、少し辟易へきえきしていた颯汰は耳をふさぎたかったが、少しでも動くのが辛くてそのままの状態で返答する。外敵よりも厄介やっかいな者を呼び寄せてしまったという後悔は多少なりともあった。


『いやそういうのも……、実際そうなんだろうけどよぉ。まず、俺はお前に殺されたはずだろ?』


『あぁ。この手でき払った』


 大前提として自分は殺されたはずだろうと、殺した張本人に問うという通常あり得ない状況で、さらに張本人は寝転がりながら悪びれもせずに答えていた。


『だよなぁ? 俺も自分が幽霊ゆうれいか何かだと思っていたぜ。どうせ転生した魔王なんぞ、天国や地獄でも追い出されるもんだろうって。だが今は普通にさわれる、空気のにおいもわかる。肌寒さも感じる――“生きてる”ってかんじだ』


 シドナイは自分の身体を見て、その手でれる。全身をよろいおおっているとはいえ、物質的な感触かんしょくが確実にある。彼は自分が死人という認識はきちんとあった。最期の瞬間――シドナイは自分の身が膨大ぼうだいな量の光に焼かれ、肉体が崩壊ほうかいしていく様を恐怖を抱きながら見ていたのだ。

 たとえ狂気にまれ、正気を失っていた末の最期さいごだとしても、強烈きょうれつに脳に焼き付いている。

 颯汰の精神世界……と便宜上べんぎじょう呼んでいる異空間でも物に触れていたが、それこそ彼が言った通り、天国にも地獄にも行けないことわりから外れた亡霊であるからこそ、一時いっときの間、その特異な空間に存在することがゆるされたのだろうと彼は解釈かいしゃくをしていた。再現された物は物質ではない“何か”。飲食の必要も欲求も生まれない空間であったが、外の世界を覗ける“窓”を担うブラウン管テレビ型のそれから流れる映像だけを楽しみに過ごしていた。できれば最後まで観客として物語を楽しみたいが、いつか何かの拍子ひょうし消滅しょうめつしてもおかしくない曖昧あいまいな、まさに幽霊であると彼は自認していたのであった。

 

『兄弟、お前なんだ、いわゆる霊媒師れいばいし的な魔王だったのか? それとも死霊使い(ネクロマンサー)?』


『違うよ。というか、それまとってアンタは大丈夫なの? 持ち主だから?』


 雪の上に大の字でても熱い。いやさすがに凍土とうど、少し寒くなってきたので、颯汰ようやく、上体を起こし、話しに応じる姿勢を取り出した。

 しかし、身体のあちこちが痛む。

 迅雷の魔王は《王権(レガリア)》を使ってもまったく平気そうであるから問うことにした。


『あ? この程度はな。最初はむずがゆかったが、れるもんだぜ?』


『えぇ……』


 そんな馬鹿バカな、と困惑こんわくする颯汰。自身と彼との痛みの閾値いきちの差だろうか、それとも所持者である迅雷の魔王はそこまで《王権(レガリア)》の影響えいきょうを受けないのだろうか。迅雷にはちょっと違和感がある程度で、魔王以外が使えば「ヒットポイントに秒間十数のスリップダメージを受けつづけ、また精神せいしん汚染おせんされ続け混乱こんらん状態となり、長引けば戦闘終了後に一生消えないデバフが残り続ける」ぐらいの差があるのではないだろうか。


『ま、長時間付けてたらやっぱマズいのかもなぁ。こればかりは、たぶん本当に慣れだぜ。数と時間をこなすしかねえだろう。……なんなら、また挑戦ちょうせんしてみるか?』


『おことわりだ。そんなもん、身体からだ精神こころたん』


 元の所有者ではない単なる一般高校生が身に着けたからこそ拒否きょひ反応はんのうが起きたのだろうかと思ったが、彼でも一応欲望を刺激しげきされているようだ。何事もヒトによってえられるものの限界だって異なるが、慣れるまで使うのは御免ごめんこうむる。


『それで、俺を喚び出してどうするつもりだ?』


 背景で、電撃を浴びて一時的に行動不能となっていた巨神ギガスが動き出し始めた辺りで迅雷の魔王はそっと正面を見据みすえ始めたながら続けた。


『兄弟、素のお前程度の早さだとちとキツイよなぁ? だから俺様の《王権(レガリア)》を使った。あぁ、正しい判断だぜ。イカれててサイコーだ』


 こんな言い草であるが、この悪鬼の如き男、心の底から称賛しょうさんしている。

 リアリティが高まれば高まるほど娯楽も味が増すものだ。それが真にせまれば尚の事、ただ観ているだけでも、同じくドキドキもワクワクもする。

 毎度ながら他者のために自分の命を天秤てんびんにかけ、リスクを承知の上で行動する姿は刺激的である――見世物として本当に命を差し出すような暴挙を、苦痛にもだえ、あえぎながら足掻あがく姿を、現実ではおいそれと味わうことはできない。

 これでもシドナイにとって見下しているという気持ちは無く、思うところはあっても恨みも無い。

 それはそれとして――本題へ移ろうとする。


『それをいじまったまではわかる。思ったより頑張がんばったが、今の限界はそこまでだ。そんで、まだあのデカブツはぴんぴんしてるぜ?』


 仮面の奥でニタニタと笑いながらも、どこか空気が変わった。元より極寒の地であるが、やけに風が冷たく感じる。きっと、悪魔を目の前にしたときはこのような寒気を覚えるのだろう。


『まさか俺様が素直に言うことを聞いて、あのデカブツと戦うなんて、甘い見通しじゃないだろうなぁ?』


 仮面の奥、狂犬染みたのひとみがギラついている。

 油断すれば首元へらいつかんとする猛獣もうじゅうの気配をにじませている。背を見せているというのにすきがなく、圧倒的な強者の風格をただよわせる。今の颯汰であっても、きっと一瞬で敗北する。


『こんなチャチな首輪と鎖でいならそうなんて百年(はえ)え。……なんたって、俺様はお前に殺されたんだ。しかも死んだと思っていたら、生きていただったら叛逆はんぎゃくしてでも自由をつかみ取る! 魔王ってのはそういう生き物だ』


 振り返って両手を前に出しつめを立てるように向けてきた。おどしているのと同時に、子どもを相手取るように小馬鹿にしているのがわかる。指先で引き裂く虎爪こそうの構えでガオーとか口に出して言いそうな雰囲気ふんいきさえある。それに対し、颯汰は冷静に立ち上がり、付いた雪をはらいながら返す。颯汰は、彼の態度から特定の『答え』を待っているものだというのは見抜いていた。


『もちろん。ただで言うことを聞くとは思っていない。無理矢理従えるのはたぶんできるけど、それは絶対に疲れる。それに、コントロールしたら、アンタの良さを活かせない』


『ほぉ。だが俺が自主的にいうこと聞くかな?』


 召喚した怪物を無条件で使役しえきできたならば、颯汰も最初から自分で《王権(レガリア)》を纏わなかった。この人語を話すが心を通わすなど無理難題である転生者モンスターを、このわずかな時間でせなければならない。

 他者の肉体を動きながらコントロールという芸当は、とてもじゃないがきびしい。まず間違いなく迅雷の魔王【傀儡くぐつ】では持ち前の最速を発揮できず、コントロールしている“獣”の負担ふたんも大きくなり、結果的に颯汰自身の速度も低下するだろう。それでは皇帝の攻撃をかわせなくなるので意味がない。

 ゆえにある程度は自主的に動いてもらう必要がある。

 だが、何事も他者を動かすには相応の理由が要る。それとあめを与えるかむちを打つかだ。そこで颯汰はまず、エサを用意する。食いつきたくなる餌をチラつかせ協力をあおごうと考えたのだ。

 もう、巨神ギガスも起き上がり始めようとしている。すぐに行動してもらわねばならない。

 敵の動きを見て、ふたりは自然と早口で言葉が短めになっていった。いつまでも休んでいられなくなり、非常にしんどいが戦いは終わっていない。立ち上がってもひざふるえ、颯汰は何とか正面に屹立きつりつする山のような機体を見据えていた。


『お前を裏であやつろうとした奴らの――』

『――興味ねえな。やられっぱなしってのも好きじゃねえが』


『――……は? え、うっそぉ!?』


 戦慄せんりつはしる。こうもキッパリと断られてしまうのは想定外であった。

 自らを暗愚あんぐの王となるように仕向けた集団の影がこの地にもあると示せば、復讐ふくしゅうられて協力をしまないだろうと思ったのだが、迅雷の魔王は興味がないと言い放った。

 颯汰には、黒泥を生み出すベルトは間違いなく“奴ら”の仕業だという確信があった。一連の裏で糸を引こうとしている正体不明の真の敵――ヴラド帝もまたその黒い手に捕まり、操られるようにそそのかされた結果の暴挙であったのならば、既にガラッシアから撤退てったいしていたとしても、何かしらの痕跡こんせきが見つかるかもしれない。

 ……という都合のいいストーリーを説明する前に一蹴いっしゅうされてしまう。

 颯汰には信じられない事だ。自らを狂気の王に変えた集団など、一族郎党いちぞくろうとう皆殺しにしても足りないぐらいのはずだろうに、と。

 

『あ、えー、えーと……』


『オイオイ時間がえぞ?』


かすな! あー、えーっと……そうだ! ……シャウラ・ディアンヌという女が来たぞ』


『――……!』


『先代アンバード王との息子を連れてな。良いのか? お前のアンバードが『エルフ』にられるぞ』


 どういう事情か混血の王者は、己の半分たる耳の長い美形の種族をうらんでいる。さらに自分が治めていた国をうばわれるなどたまったものじゃないだろう、という狙いだ。

 シャウラ当人を殺せと言われれば「お前が勝手にやれ」と言いてるところだが、颯汰は王位を一時的に預かっている身だということを思い出した。簒奪さんだつを防ぐために少しだけ抵抗することは可能だ。


『――! ……、……くだらん、別に俺はアンバードに固執こしつはしてねえ。あの国は、力を持っている奴が支配しはいするもんだ』


 明らかに反応があった。シドナイの声が少し裏返うらがえるくらいには動揺どうようがみられた。颯汰にはただエルフを毛嫌いしている拒絶きょぜつの反応には思えなかったが、ここからのめ方が思いかばなかった。

 山を超える機械仕掛けの神が上体を起こしていた。シドナイに王位に対する脅しが通じないならば、と颯汰はもう一枚カードを切る。


『ビム・インフェルートが瀕死ひんし重傷じゅうしょうっているのは知っているな』


『――! ……いいね。悪辣あくらつになってきたじゃないか』


 未だ意識を取り戻していないはずだ。

 シドナイにとって彼は単なる側近ではなかったし、ビムの方も単に友や支配者としてシドナイに尽くしていた訳ではなかった。彼は、何か裏がある人物だ。

 

『ビム・インフェルートが殺されたくなければ協力しろ。シドナイ・インフェルー――』


 言葉を言い切る前に、身体が浮かび上がる。

 左腕から引っ張られ、舌をみそうになる。

 視界が一転二転とする最中、自分たちがいた地点にミサイルが四発落ちてぜたのが見えた。

 ヴラドはすぐに立ち上がらず、満足に動けない――ふりをしながらその巨体でかくした背部からミサイルが放たれ、死角である頭天から降りてきたのだ。 

 爆発して雪原をがす。熱が爆風によって運ばれるが、追い付く前に上昇していく。巨神ギガスの脚部というかべを垂直に駆けていく。


『……ま、時間もえし、もっと悪~い脅し文句を一つや二つ聞きたかったが、いいぜ。ただし条件がある!』


 大声でさけぶのは後方で腕の鎖でちゅうぶらりんになっている颯汰に届かせるためだ。

 巨神ギガスの左足の膝下から対空用の砲門ほうもんが開いた。

 のぼ壁面へきめんから展開てんかいされた、三つの迎撃用の二連装にれんそうの対空砲の照準(しょうじゅん)が外敵に向かう。


『シャウラとはふたりだけで話しをさせろ! ビムとシャウラのせがれはお前も同席してもいいぜ!』


『さらっと全員と会って話すってことが決められている!?』


 交換条件を提示しながら男は減速せず、交差した手を広げた。両手の指先から雷の矢を無数に放ち、それらは展開された各砲の中に吸い込まれ、次弾を放つ前に内部で爆ぜ、二連装砲は使い物にならなくなってしまった。


おせえぜ! 雷撃らいげき魔槍まそう――ヴォルト・ジャベリンッ!』


 雷の魔法で形成した槍を、右手で投擲とうてきする。

 機神の膝部分にある赤くなった結晶体に向かって、魔槍が吸い込まれていくように突き進む。赤黒い粒子群りゅうしぐんが、雷槍の行く手を阻もうと円をえがいて壁となったが一瞬すら防げず貫いていった。


『ひゅ~。本当に兄弟がいると魔法が無効化されねえようだな。……少しばかり威力が減衰げんすいしているが……ま、いいハンデだろ』


 魔槍が直撃し、結晶体が大きく破損はそんするが、まだ完全に壊しきっていないのが色味や溢れ出す粒子から察することができる。

 そのままキーホルダーみたいにぶら下がっている颯汰の動揺の声を無視し、魔神は追撃する。


『ぶっ壊れろや!』


 両腕の鉤爪かぎづめを展開し、左右で切り裂くように叩きつけていく。右左右の連打の後、引き裂くように両手を振るう。人体よりはるかに大きい――膝部分から飛び出た結晶をくだいていく。


『ダメし、行くぜ兄弟!』


 鉤爪を折りたたみ、ステップで一旦いったん、ターゲットから距離を取る。シドナイは己の首から伸びる鎖を両手でつかみ取った。強引に鎖を引っ張り、叩きつける。鎖の先の分銅(、、)が落下する。


『――くっ……ウゥォオオッ! 雷覇猛襲落ライトニング・フォール!』


 立花颯汰が放つ赤い雷をびた踵落かかとおとし。ただのお荷物にもつではなく、つながった鎖の先――叩きつけられる勢いを利用しての攻撃を繰り出した。落雷と見紛みまが威力いりょくで振り下ろされた一撃が、侵食していた結晶を粉々に砕く。


『ひゅ~。俺たち息ピッタリじゃねえか兄弟』


『うるさい。俺がアンタに合わせているだけだ』


 垂直に立ちながら憎たらしい拍手はくしゅをかましてくる相手に、颯汰は若干(じゃっかん)(いら)つきながら返す。

 そこへ、攻撃を受けた機械神はいかりの雄叫おたけびをあげ、小さき者どもを排除はいじょしに手を振るった。


『おう兄弟、ついてこれるか?』


『……次は俺が引く番だ』


『ハッ――そいつは頼もしいな』


 ふたつの小さな点のような存在は、降りかかる災害の如き質量に対し、まるで恐怖を抱いている様子ではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ