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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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127 最後のピース

 かかげた腕。にぎりしめたこぶしからであっても、目に見えないもの――希望を強くつかみ取っていた。

 幼き竜種ドラゴンのシロすけが、歓喜の声をあげ、颯汰の周りを瞬時しゅんじにぐるりと回りながら上昇する。颯汰の突き挙げた左拳にグータッチするように尻尾しっぽを動かしたため、颯汰も合わせて優しくぶつけ合う。


『ふふ』

「きゅぅ、きゅう~!」


 仲睦なかむつまじい様子でありながら、多くは語らずにいる。どこぞの闇の勇者が少々()くかもしれない光景だ。ほおふくらませる程度ならまだ可愛いが、無表情の死んだ目をされるとちょっとこわい。

 視線は颯汰に合わせながら、ソフィアは遠くを見ているような目をしていた。

 彼女は気づく。まだ巨神ギガスとなったニヴァリスの皇帝ヴラドに対して、勝機があると。


『前にも言っただろう。お前たち、魔王の協力も必要だ。もし仮に、ヤバい人格になったとしてもお前たちが重なったものなんだからきっと大丈夫だろう。最悪、俺の優位性を説明すれば巨神ギガス相手までは協力してくれるさ』


 掲げていた腕を下ろして彼女の前に突き出し、そのあとに自分の右胸を軽くたたくように押し当てる。心配するな、俺を信じろと言葉にせずに示した。

 立花颯汰が、他者へ信用というものの対極に身を置いていた――この世界(クルシュトガル)に訪れる以前の小中高の暗黒時代。

 颯汰はそれを経てる最中に転移してしまった。死が身近となった環境になったせいか、必死に生きてきたおかげか。それとも一度若返った(?)影響か。無駄に他者へのマイナス思考をする暇がぐっと減ったため、偏屈な疑いをかける前に、元来の性根のまま他者と接する機会が増えた。

 さらにそれを後押ししたのは、竜種ドラゴンの王者――四大龍帝しだいりゅうていが一柱たる颶風王龍ぐふうおうりゅうの一言にある。


 ――『仲間を信じなさい。それがアナタに足りない要素で、先の敗因です』


 他者をたよるということに、強い忌避感きひかんを持っていた。裏切うらぎられることがこわかった。期待を裏切ることも恐かった。拒絶きょぜつされるのがいやだった。否定ひていされるのも嫌だった。

 知らずうちに張った障壁バリアが、精神をまもるために作られた見えない壁が他者との距離きょりを取っていた。

 それを取り払うことは容易よういではないし、人間という生き物である限り、できないことかもしれない。だけど――、少しだけってみることぐらいならば、できる。


『辛いお願いかもしれないが頼む。お前たちなら、きっとできるから』


 再び拳を彼女に向けて突き出した。

 内心、これで拒絶されたら一生立ち直れないかもしれないと颯汰はおびえていた。

 恐いけど、踏み込まなければならない。

 くらい色のくさりが何本も手足にからみつき、心をしばる。肉に食い込み、痛みが伝わっても、それでも勇気をしぼらなければならない時がある。

 彼女の大願である復讐ふくしゅうを否定するのわけではないが、傲慢ごうまんにもこらえてもらい、それどころか憎い相手と共に協力しろと頼み込むのだから、代償だいしょうとして足りないくらいだ。


「……」


 ゆえに、ソフィアが目をせたときに颯汰は悲鳴をあげたい気持ちとなった。息を吸ってそのままくことなく心停止しそうになっていた。

 

 颯汰でも、彼女の迷う理由がわかっている。

 希望は見せた(と自分だけが思い込んでるだけかもしれない)が、計り知れない障害が自分の内から出てくるからこそ、躊躇ちゅうちょしている。そんな彼女を他人思いの心優しい女の子、と彼が評するかどうかは置いとくとして、今の颯汰はかなりテンパっている。


 ――し、しくじった……!?


 彼女を説得するカードが足りなかったか。

 人間の気持ちなぞ移ろいやすい。

 約束と違うと責め立てるのは容易ではあるが、そんなこと言える立場ではない。

 何か手段てだてはないか。

 思考がわちゃわちゃし始め、すぐに停止する。

 焦った彼は、暴走し始めた。

 颯汰は前へと踏み込む。

 呆気に取られているソフィア。

 赤い布を両腕で抱えている彼女の、片方の手に触れる。颯汰は両手で彼女の左手を掴み取った。


「!」


 振り払われたら精神的に死ぬ。自棄とか特攻とかそんなことすら頭に浮かばず、勝負に出た。

 いや、勝負という認識すらない。このままフラれるわけにはいかないという一心での、暴走だ。


『頼む! たちにはお前(魔王の力)が、必要なんだ!』


「……!!!???」


 皇帝への切り込めることは開示できた。だが颯汰たち(、、)は彼女の――魔王の協力が要ると考えている。これは颯汰の願いである元の世界への帰還のためではなく、皇帝を倒すために必要なものだという認識であった。 


『この国を救うために、(奴を)ちゅうするためにも!』


「ちゅ――!?」


『共に、来てくれ。……一緒に行こう』


「い……!?」


 特異な空間が形成されようとしていることに、颯汰は気づいていない。必死であるためだ。

 今まさに帝都に戻って邪魔じゃまものである自分たちを殺しに掛かろうとしている皇帝が、亡き者にしようと起き上がっているところだ。焦らない方がおかしいと言える。……だからといって、颯汰の言葉のチョイスがだいぶ悪い。それに、受け取る側のソフィアにも問題はある。状況をよく考えるべきだ。耳が海鱗族セーレに変化しているあたり、表層に夢を見続けている乙女おとめ顕現けんげんしている。たかが手を握られたくらいではあるのだが、彼女――否、彼女たちにとって非常に強い衝撃となっていた。目を開けながら妄想ゆめが広がりんぐ……しかけていたところを、


「チョイヤッ!」


 掛け声とともに下からもぐり込み、突き挙げられた手刀。

 颯汰とソフィアの手の間に挟み込み、突き抜けるように掲げられた手によってふたりは分断される。反射的にふたりともバックステップで距離を取り、互いに武器を手に取ったところで気づく。


『! お前は……!』


 ふたりの間に割り込んだ少女。

 背丈や年齢に合わない豪奢ごうしゃな毛皮の外套がいとう。その下には金色の刺繍ししゅうが入った青色のドレス。式典用の金のティアラ。

 白い髪の上に狼の耳を持つ獣刃族ベルヴァワーの民の皇女――ニヴァリス帝国が第四皇女・イリーナの姿がそこにあった。


「あなたたち! 何やってるのこんな状況で!」


 ムスッとしていた幼き姫君は吠えた。

 イリーナの声にビクッとなったふたり。


「ヒルベルト! あんたはもうちょっと下がりなさい。()に対して無礼よ無礼!」


『え、あ、はい』


 颯汰はイリーナにぐいぐいと押されてソフィアから距離を取られる。

 武器を持った左手を遠ざけながら、後退させられた。

 イリーナが振り返ったときに、颯汰は武器を左腕におさめる。


「あと()!」


「あっ、え……?」


「なに今更、日和ひよってるんじゃないわよ! というかそんなふりしてまで手を握って貰いたいわけ!? なんなの! ズッル、なにそれ……」


「そ、そんなじゃない!」


 軍刀をさやに納刀してソフィアが、推定十歳の少女に圧倒されている。

 外見だけ見ると冬の華。しかし口を開けば気が強くて高飛車な性格という真逆な性質があらわとなっていた。颯汰が苦手なタイプだ。


 ――やはり、あの絵画にいなかったシルエットはイリーナ(こいつ)だったか


 颯汰はウェパルたちの内面に潜った際にみた記憶の絵画のことを思い出していた。現ニヴァリス家の面々が描かれた絵画の中で、一人だけ灰色の影となって塗りつぶされていた存在がいた。

 あの空間と、外の現実世界でも居合わせなかった「分かれた人格」――その最後の一人。

 女魔王は五つの人格に分けたのだ。

 自分の別人格を責め立てている少女という図になっている。他の四人格が統合されているソフィアが、完全に勢いで負けていた。

 助け船を出すつもりではなかったが、颯汰が疑問を口にした。


『今までどこにいたんだ……?』


「ん」


 イリーナが指をさし、そこへ視線を向ける。

 颯汰がさっきまで装着していた棺型霊器だ。

 いつの間にか飛んでいたシロすけが上に乗って丸まって休んでいた。あくびをしていて緊張感がないが、愛らしくいやされる。もちろん、彼女が示したのはシロすけではなく棺桶かんおけの方だ。


『え?』


「拡張ユニット:ヴァーニー・ワン。それを身体からだの中に内包するのが私の役目。人格を分けて互いに記憶を封じても、王権レガリアをそのままほっぽり出してちゃダメでしょ? 王権レガリアが勇者の手で破壊、あるいは他の魔王に封印されでもしたら死んだも同然なんだから」


 疑問符ぎもんふが尽きない颯汰が言葉を紡ぐ前に、イリーナがひつぎれる。すると棺がキラキラと粒子となって、彼女の中へと溶け込んでいってしまった。


「ま、私もさっきまで知らなかったけどねー。そのさやの中は異なる亜空間で、納められた王権レガリアを秘匿するためだったんだけど、私たち(、、、)が集まったせいで王権レガリアが活性化しちゃった」


「それで侵食されて(あなた)偽魔王(あの子)が入れ替わった?」


「そ。本来は拡張ユニットと王権レガリアを内部に保管する役割の私が、逆に内側に閉じ込められちゃった。正直、屈辱くつじょくだったわ。……いや最初は何もかも知らなかったから、ムカつくというより本っ当に怖かったけどね」


 ソフィアの問いにイリーナは肯く。

 ほんの少し前に、皇帝と共に襲ってきた氷の女帝は王権レガリアが生み出した幻想であった。


『なんか混乱してきたぞ……。常識外れすぎだろ』


「今度時間があったときに説明するわ。……――で、鞘の内部で王権レガリアに触れたのと、ヒルベルトがなんか流し込んできて、あの子はパニック状態。辺りはキラキラギラギラした結晶けっしょうがいっぱいで、私も巻き込まれて身動きも取れなくなったんだけど、同時に情報も流れ込んできたの」


『……あぁ、“獣”がその棺に接続したとき、妨害ぼうがいされたんだっけか』


 無理矢理内部から溢れてくる魔力を結晶に転換し、埋め尽くすという暴挙によって制圧した。

 際限ない亜空間を満たすに至らないが、少なくとも彼女たちが活動する範囲までは結晶化させて封じ込めた。キラキラ輝く新手の地獄絵図じごくえずとなっていた。


「あの子……といより王権レガリアか。少し無茶しすぎたせいでだいぶ痛い目をみたようね。出力を上げたせいでしっぺ返しが充分に効いた――そのすきに私があの子を取り込んだ」


『え、やだこわっ』


 脳内のうないえがくのは、尻尾を突き立ててみ込んで吸収する姿。コミカルに描いてもきっとかなりホラー。無論颯汰の妄想であり、本来はたぶんおそらくきっと違う。


魔王(過去の私)としての記憶は戻らなかったけど、状況はだいたいね。あ、ちなみにお父さ…………ヴラド皇帝は固有能力(イデア・スキル)の影響、受けてないわ。であれだから」


「ろくでなしぎる」


『さらっと爆弾ばくだん放り込んでくるのやめよ? いや重要な情報なんだけどね。……王権レガリア奪取だっしゅしたときも普通に攻撃してきたから、やっぱ薄々(うすうす)そうなんじゃないかなぁとは思ってはいたけど、……楽して止めることはできないか』


 破呪はじゅで偽の魔王である女帝を退去させた後、王権すら奪い去ったというのに皇帝は一切の迷いもなく颯汰を襲って、遠投した。そもそも女帝は固有能力を使えなかったのだろう。ヴラド皇帝は誰かに操られないまま、邪悪であったのだ。


「……それにしても、まさかあなたがヒルベルトだったなんてね。その仮面……ヘルメット? 外したら?」


『……別にいいだろ、気に入ってるんだから』


 颯汰本人は特撮とくさつヒーローっぽくて非常に気に入っているため、今後も積極的にこの形態でいこうと決めていた。


「えー。ちょっと大人になったんでしょ? 私たちが合体する前に見たいんだけど」


『合体……』


「こら」


 ソフィアが金属メットマンを軽くド突く。

 こういったボケはかえってツッコミをもらった方が助かるものだ。無視されたり引かれたりすると心が折れる。せきばらいをした後に颯汰が軌道を修正しにかかった。


『まぁ、その、つまり、もう暴走する危険性はない、のか?』


王権レガリア放棄ほうきされ、私たちが分離したことでおこっちゃったみたいだからね。それに、ヒルベルトが私たちを一つにするために運んでるって知った途端、おとなしくなっちゃったから暴走はしない(、、、、、、)よ」


「でも、魔王が彼に害をす可能性は――」


 ソフィアが声をあげたが、イリーナが即座にみつく。


「――あーもう、ブヒブヒうっさいなぁ()は」


「ぶ、ブヒブヒは言ってないじゃない!」


 どちらかと言えば、「ぷんぷん」「ぷりぷり」文句を言っている感じが近い。イリーナにとっては些細ささいな差、どうでもいいことだ。

 それより、自分自身のえ切らなさにいらつきはしていた。同時に自分自身であるからこそ、ソフィアの気持ちも手に取るようにわかってはいた。

 このままでは意見が平行線であるが、残された時間はそう多くない。

 ならば、自分が納得できる理由を示せばいい。イリーナは気づいたのだ。ソフィアも、ウェパルも、内にいる子たちも、自分も同じ人間から生まれた人格なのだから――。

 

「あのヒルベルトが、私たちを信じるって言ってくれた。それで充分でしょ」


「……――!」


 もう一人の自分、最後の欠けらの言葉に、ソフィアはおどろいていた。生意気な高飛車小娘が、わがまま皇女はもういない。イリーナは多くを知って、自分の使命をいだき、覚悟を決めて、ここにいる。

 そんな中、偽名を出された青年は仮面によって救われる。


『…………(すっげぇ、ずいんだけど)』


 颯汰は言い争っていて面倒くさいなって顔から、急にこっちに流れだまが飛んできて微妙な面持ちとなっていた。非常に照れくさくて赤くなった顔はフルフェイスマスクで隠れていたが、仕草からだいたいわかる。目を伏せて仮面越しでも口元をかくすように手の甲を近づけていた。

 直後、響く音。最初は何らかの機関が暴走したとか、帝都内に張りめぐらされたパイプ内にたままったガスなどが引火したかのような音だと思った。地を揺らすそれが怒号だと気づくのに、少しおくれた。

 外から――帝都の外から響く巨神ギガスの叫び。

 残された時間は、もうほとんどなかった。

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