123 流星
ニヴァリス帝国領内各地より出現した軍勢――機械仕掛けの魔獣を中心とした四つの部隊が展開されていた。
宙を舞い、偵察を行っていた機械獣と共に行動するホバーバイク部隊を紅蓮の魔王が撃破。
同じアルゲンエウス大陸にあるシルヴィア公国を襲う、毒を発する機械獣と戦車部隊を、闇の勇者リズが掃討。
他にヴァーミリアル大陸へと南下する機械の軍勢を、紅蓮とリズのふたりで壊滅させた。
そして今――、
『トドメだ』「――!」
溶岩の如き暗き光を湛える大剣と、不可視の双刃による斬撃が敵を捉える。
上半身はヒト型、顔が獅子、下半身がアメンボという奇怪な中型機獣を撃破する。巨神を含む、他の四機に比べると大きさこそ控えめであったが、装備が異様に充実していて、上半身の多数の手で武器を取り、銃撃や銛による刺突を狙ってきた。
そんな異形な怪物の多数の手と、足に付いた砲門による隙のない猛攻を掻い潜り、激戦の末に葬ることが出来た。
星の刃により機械の異形なる怪物は滅びた。
ずたずたに斬り裂かれた後に、内部から爆発する。
赤い爆炎と黒煙が広がって散っていく。
一瞬の熱も、極寒の地ではすぐに鎮まっていった。
あとは残存部隊を殲滅すれば済む話だが、リズは颯汰に戦果の報告がてら献上したいがために、時間をかけて説得(物理)してお縄についてもらうつもりだ。大半は簡単に投降してくれない。凄まじい戦力差を見せつけてもなお、怪物となった彼らにろくな知性を期待する方が誤っていると言える。それでもリズは着実に敵戦力を削ぎ、無力化して縛り上げていったのだ。
新たな能力――と呼ぶより己が隠していた力を解き放ったリズは、これまで破竹の勢いで敵を倒していった。紅蓮の魔王はあくまで援護に徹していたつもりであった。契約者に魔力を渡す関係上、常に動き回ることを求められる接近戦を並行してやるのは難しい。その旨をリズに伝えた紅蓮の魔王は、自分から積極的に前線に出ることは避け、避け……いやこの男、わりと結構な頻度で大剣を振り回していた。リズまでもが「(このヒト一体何なんだろう……)」と心の中で呟いたくらいだ。
契約者である立花颯汰に魔力を遠隔で譲渡し、さらに彼の指示通りに見えない遠地で適切に魔法を発動させ、他の作業もあれこれ並行しながら、時折目の前の敵に魔法を放ち、飛びながら大剣で敵を真っ二つにしていた。正真正銘の化け物たちを前に、造られた怪物では些か歯が立たなかったようではある。
動揺する敵の軍勢たち。
機械の司令塔が崩れ去ったため統制が取れなくなっている今こそ、処理する好機ではあった。
剣を持ったまま、残存勢力を制圧しようとした時である。
大きく大地が揺れた。
轟音と共に、神が降臨し、地に足を着ける――。
生じた突風により、地面や山の木々に積った雪が荒れ狂う。舞うという美しい例えが憚れるほどに、猛烈な雪崩れ――否、波濤のような白の幕が、遠くから飛来してくる。
元より血色が失せた顔を、一層青ざめさせた敵兵が悲鳴を上げながら背を向けて逃げ出そうとした。
耳障りな絶叫を掻き消す風の音が響き渡る。
「――ッわっぷ!」
敵からの声。間に合わず、雪に飲まれていく。
紅蓮の魔王は魔法で飛行し、リズは風のボードを操り上空へと退避していた。
白い波が去った後、残るものは多かったが、倒れて起き上がれなくなっていた者もいた。
この軍隊――異形の機械が率いていた兵数は百程度と少数であったが、誰もが人外の力を有した猛者であったためか、武器を杖代わりに地面に刺して耐え抜けていた。
零下の幕が過ぎ去った後に残る死屍累々を眺めていた二人だが、いつまでもそうしてはいられない。発生源が動いている。
言葉を発せないリズは目を見張る。
紅蓮の魔王は王権を纏っているためその表情はどんなものかは窺えなかった。
『間に合わなかったか』
無感情に言う。絶望でも歓喜でもなく、悔しさや憎しみもない。
遠い空、スノードーム状の帝都から降り立った灰の巨神。ニヴァリス帝国のヴラド皇帝が地下の遺産たる巨神と一体となった姿。
背部から溢れ出す光が収束し、強まっていくのが見えた。
直後、光が爆ぜるように広がる。
第二波となって駆け抜けた光には、魔の気配が確かにあった。そのためどうにか耐えていた吸血気化した兵も、光が通り過ぎると敢え無く力尽きて倒れこむ。自然の猛威に加え、濃密な体外魔力の気により身体が耐えきれなかったようだ。
リズはぐらついたところを、紅蓮の魔王が上着の袖あたりを掴んであげていた。
リズがぺこりと頭を下げたあと、光源を見やる。
そこには完全覚醒した巨神が、佇んでいた。灰色の石像から、生まれ変わった姿。
機械のボディを覆う赤い結晶が、巨大な神像を歪なモノとして創造してしまった。
赤く、禍々しく再誕した神は咆哮を上げる。
帝都内部で颯汰たちが対峙したときとも、姿が異なっている。
背部に取り付けた赤い結晶が植物の枝葉の如く、勢力を伸ばすようにして侵食している。
本来はこの灰の巨神と相性の悪いものを無理矢理、急ピッチで取りつけたために起こった副産物。封印されていた神像は今、荒々しい戦神――いや、それはもはやヒトを模した怪獣であった。
リズの表情に、絶望の陰りを見せる。
あんなもの、どうすれば良いのか。
その体躯の差だけではなく、その身に宿すエネルギーの強大さに圧倒される。身体の周囲に纏っているオーラのような可視光性エネルギーから、今まで感じたことがない濃密な魔力を感じさせる。
『あの魔力、奴の周囲が異界化するのも時間の問題だな。竜種の心臓よりも深刻だ』
永久凍土の地面に、変化が起こる。
踏みしめた雪原とその下の氷を砕くと、土から緑が生い茂る。素人目だと判別付きづらいが、それは物質界に自生しない類いの植物であり、本来は仙界にある自然が生み出されていた。
大きな一歩を踏み、さらなる緑が生み出される中、ズンズンと歩む速度を上げていく。
巨神のオーラの外にあった植物は異様な成長を止め、しおしおと縮み自然の猛威に晒されて死に絶えていく。超スピードで生まれた分、散り逝く早さも尋常ではなかった。
そんな異質な点に気づいたのは一握りの人間だけで、多くはその圧巻の巨体に釘付けとなっていた。あまりに規格外のサイズ。目の前で動いているのを見れば、事前に存在を知っていても抱く感想が変わってしまうのは当然のことであった。
戦う戦わないという問題ではない。
常識的な思考能力があれば、諦観が先に来る。
リズは全身から力が抜けてしまった。
下へ向いていた手から、不可視の刃が零れ落ちた。雪の中へ吸い込まれた星剣。いつでも取り出せる星剣でなければ、捜索は困難極まりない状況に陥ったであろう。
武器を手放すのは賢くはない。
しかし、これが当たり前の反応である。
もはや、希望など、どこにも無い――。
『……奇妙なモノだ。魔法の類いを完全に遮断する状態でありながら、奴が踏みしめた大地は芽吹いている。元よりそういった機構、なのか?』
自分よりも遥かに高みにいる紅蓮の魔王が『魔法を完全に遮断する』そう言うのだ。
完全体となった巨神の周囲に展開する領域内で魔法は掻き消える。ゆえにたとえ魔王が相手であろうと負けはしない。
どれだけバフを盛ろうと、攻撃が届く前に消滅し、仮に肉体を強化しても領域内に入った途端に効力が失われてしまう。
それこそが神の宝玉の力。本来は相性が悪い戦神の加護を、この機体は器用にも再現してみせた。
何もかもが崩れ去ってしまう。
魔法が効かない相手を、どう止めればいい。
終末を予期させる巨人の歩み。
神を礼賛する帝都民は歓喜に震え、異常を感知した他国は恐怖に怯えることだろう。帝都に侵入した密偵の類いは全滅しているが、その仲間は村や町にいながら、眼前の光景にただただ目眩いを覚えていたはずだ。
希望の象徴たる勇者ですら、絶望に打ちひしがれてしまっていたのだから――。
『諦める前に、あれを見よ』
悪鬼羅刹が声をかける。
赤く鋭い外装の爪の先――指し示す赤い空。
リズがぼんやりとそこを見つめると、キラリと光る星が見えた。一等星が輝く時間帯までまだあるはずだが――……?
光が、次第に大きくなる。
いや、それは近づいて来た。
紅の空を切り裂く蒼き流星――。
昏き雲を滑り抜け、到達する。
『魔法が、効かないってなら――! ゥゥウォォオオリャヤァアアッ!!』
皇帝が存在に気づいて対応する前に、流星が巨神の下顎と首の少し下、己を排出した胸部の上辺りを目掛けて、蹴りをぶちかました。
流れ星のように、斜め上方向から降りてくるような飛び蹴りを喰らわせる。それを行ったのは、ほんの少し前、巨神たる皇帝の手によって投げ飛ばされた黒き影――魔神たる立花颯汰だ。
颯汰が、半ば自棄のような叫び声と共に、落下してきた。河川の石と呼ぶより、硬球のように投げ飛ばされた颯汰が、飛んでいった速度と同等の速さで戻ってきた。その勢いのまま、完全体となった巨神に恐れを抱かず、突撃した。
――魔法が効かないっていうなら、物理で殴ればいいじゃない。
(実際は蹴りを捻じ込んでいるが)とても正気と思えない行動と平時の当人――立花颯汰は思ったことだろう。
だが、今の彼は高まっている。精神が高揚し、昂っているからこそ、突き抜けていけるのだ。
無茶を貫き通せるだけの力を、発揮できる。
赤熱した足蹴が巨神に直撃した。
ありえない状況に、皇帝は動揺している。
一体何が起きているか理解する前に、
『ぐ、ヌゥ!? ……うぉおおおっ!?』
信じられないほど巨体が、ぐらついた。
そして、背中から倒れこむ。
皇帝の胸部、直撃した箇所の装甲は大きくへこみ、この跳躍によりさらにヒビが入った。
ナノマシンによる自己修復機能で元には戻るだろうが、颯汰はそれで構わない。
巨神が背中から落ち、新たな衝撃波が生まれるその前に、立花颯汰は動き出す。皇帝への追撃ではなく、戦う力を揃えるために――。
迷いなく、恐れなく、背部の翼を広げて飛ぶ。
『背部ウィングユニット:アクティブ――。』
『ブースト!』
脚部のスラスターから青白い炎を出し、エネルギーで形成された翼にて飛翔していく。
巨神は倒れながらも、手を伸ばして宿敵を掴みかかろうとした。巨腕は小さな敵を追うが寸のところで空を切り、届かない。
皇帝の悔しさと怒りが混ざった叫びを背に、蒼い軌跡がVの字を描いていく。
天を仰ぐかたちで倒れたことにより、下敷きとなった木々はへし折れ、岩が雪と共に飛び散った。帝都ガラッシア上部から降り立ったときよりは弱まっているとはいえ、近い村や町には再び暴風雪が行き渡ることになるだろう。
振り返らずに飛んで行った颯汰は、皇帝が破壊して出てきた帝都ガラッシアへと向かった。
高所への恐怖など颯汰に最早ない。
今までよりも早く、強く、高く飛んでいける。
その理由は、彼がここへと戻るほんの僅かな時間で起きた出来事にある。
その記憶が――人生の尺度で測れば、まさに流れる星の瞬きのような短い時間が――、文字通りのお星さまになりかけた彼を、否、彼らを救ったのであった。
2023/11/26
一部修正。




