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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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118 愛の力

 機械仕掛けの大いなる神――巨神ギガスとなった皇帝の、手が迫る。

 その鋼鉄のそれぞれ指の各節に円――ドリルが突き出していて、自分の腕にう侵略者を排除はいじょしに掛かる。れて赤い火花を散らし、耳障りな音をかなでながら、己の表層の装甲など気にせずに振り払おうとする。

 れれば死にいざなう壁が迫る中、颯汰の視界は再び闇に染まった。漆黒に白い光が足跡となって先行する。それを辿たどれば危機を脱することにはなるが、此度いささか様子が異なっていた。


 ――いや、罠だろあんなの


 思考停止で従うには、この能力に対し颯汰は信用がうすい。自分が子供の頃に付き合っていた異能であっても、基本は疑いが先に来る。

 光の足跡が真っすぐ伸びる。

 正面から迫る死の壁に立ち向かえという指令だ。

 最速で巨神ギガスの指と指の隙間すきまけ、くぐり抜けろというもの。

 ご丁寧ていねいにレース系のゲームによくあるダッシュ板を思わせるマークまで表示している。宙に浮いてるためめないし、触れても加速するわけではなく『急いでダッシュしろ』というお達しなのである。妙なところで丁寧なのは、命にかかわるため。チンタラしていたら致命傷ちめいしょうとなる。


 ――指ではさまれたら即死でしょ

 

 だが、颯汰の直感が「提示された直感」を否定していた。それでも、従えば致命傷はまぬがれることが今までは間違いない。闇の中、素直すなおに光の足跡を辿るべきである。迷っている時間はない。とどまれば死ぬ。退いても、振り返った先にも道はない。

 指と指の隙間が無くなる前に駆け抜けろという指示であるから、今すぐ動き出さねばならない。

 普段以上に、敵が強大であるから日和ひよっている部分があったのかもしれない。

 勇気をもって、突き進むことを決めて足を動かす。だが、一歩踏み、二歩目を踏み込もうとした途端、光の軌跡が方向転換し始めた。


『――!?』


 未来はその瞬間瞬間で変化していくものとはいえ、突然のルート変更はまれである。

 足を止め、光を視線で追う。

 もう一つは別方向に向かっていた。

 視線で追っていた颯汰は絶句ぜっくする。

 足跡が途絶え、光の線が弧を描いて下へと伸びていくのが見えた。巨神ギガスの腕から、飛び降りなければならない。

 たった数瞬の迷いが、最善の道を閉ざしたせいで、ここから自ら飛び降りなければならなくなったということ、だろうか。

 ……そういった後悔こうかい自責じせきの念を抱く前に、視線の先に見えてしまったものがあり、颯汰の頭は一瞬で真っ白になっていた。

 すべての疑問とその答えを考えるよりも先に足が動いていた。

 本来は皇帝の腕で見えないはずのもの――暗黒に染まった視界は世界の法則や在り様を無視し、光の先にいるもの(、、)をシルエットで映す。


『……ッ!?』


 正気の沙汰さたじゃないぞと叫びたい気持ちも湧いていたが、颯汰はすでに皇帝の腕から飛び降りていた。正面突破ではなく、わきれて落下を選ぶ。勇気ではなく、使命感でもなく、死にたくないからではあるが――救うべきだからこそ、ぶ。 危機を脱したという判定なのか、視界の闇が晴れ、正常な世界を取り戻したときには、風を全身に受けていた。

 両手を前に突き出すようにして、落下していく影が見える。視線の先には――ソフィアがいた。

 どうして? という当然の疑問もあるが、そんな問いに答えなど出るはずもなく、迷っている暇もない。仰向けで落下する先客に近づくために、恐怖を噛み砕き、飛翔ひしょうすることを選ぶ。

 声にならない叫びのあと、颯汰は声に出す。


『――ウィング、展開ッ!!』


『承認。背部ウィングユニットを展開――。』


 白銀しろがね骨格フレームと青い光のエネルギーで出来た翼が颯汰の背に出現し、加速する。

 こぼれるしずくへ、蒼い焔火を燃やしながら接近し、その手でつかみ取る――。

 頭に被る仮面の下で、歯を食いしばって眼にはなみだうるむ。颯汰はソフィアを抱きかかえて下部の層に着地した。


『ハァー……ゼー……ハァー……』


 女を下ろし、両ひざに手を置き、息を切らしながら、肩を上下させる颯汰。

 一方で女は、人差し指で頬を掻きながら、視線を外して言う。


「その、ありがとね」


『どう、いたしまして!』


 声を殺して噛みつく。

 今の居所は巨神ギガスによる一撃を受け倒壊した箇所から離れた地点――死角である背後の層から、巨神ギガスの脚部、太腿ふとももあたりが見えた。大きく螺旋らせんを描く構造である都市――その道路とも橋とも天井とも解釈できる足場はゆがみ、重さに耐えきれず高い建築物の上階はつぶれている。上層と行き来する避難経路をねる階段も意味を成さなくなった。建材はひび割れ、破片が落ちていく。皇帝がもう一撃放てば都市機能は麻痺マヒどころか都市ごと崩壊しかねない。

 天板が斜めにくずれ、影が濃くなっていた。


『え、何? 何なの? 足をすべらせた?』


 それとも、見ていない間に氷の女からの攻撃を食らったのだろうか。そうであれば致し方がない。むしろターゲットを取り切れなかった颯汰にも責任がある。


「ううん。自発的だけど?」


 颯汰に責任はない。


『何を考えてんの!?』


 女の子って時折、わかんにゃーーい。……どころではない狂気の行動に、颯汰は仮面の奥で目をいて詰め寄る。


『お前、いったい何を考えて……! というか俺が助けなかったらどうしていたつもりだ!?』


「でも、助けてくれたじゃない」


『いやそういうことじゃなくてだな……!』


 話が通じないのが敵対する者だけではなく、味方でもそうだった場合、自分の知能に問題があるのではと疑いが生じやすい。

 しかし、己は正気であるという前提と、別の感情によって自分自身を疑ういとまがない。

 怒りをぶつけようとしたところに手痛いカウンターを逆にぶつけられた。


「絶対に来てくれるって信じていたから」


 ソフィアは明らかな動揺している青年に、茶々を入れることはあえてせず、真っすぐと見つめていた。青くわたる宝玉の瞳から、魔性の力を感じる。真剣な眼差しであるからこそ、正面で受け止めきれないのが思春期の少年あるあるだ。

 改めて見ると美しい顔立ちをしているソフィアから颯汰は目をそらす。仮面越しであるが表情がわかりやすい男だ。わりと心配になるちょろさ。


『……それで、何!?』


 若干どころか本気マジのキレ気味で女に問う。なぜそのような行動をとったのだろう。


「伝えたいことがあったから」


『今必要なこと!?』


「もちろん」


 腕を組んで肯くソフィア。

 視線が内周の先にいる巨神へ向いた。


「ヒルベルト。あなた、ちょっとアイツに言われたこと気にしているでしょ」


 背を向ける若い女と、ウェパルの姿が重なって映る。口調が柔らかくなったのは騎士として責務が失っただけではなく、融合し精神に影響が少なからずあるのだろう。

 ソフィアの言葉で、頭に浮かぶ女の笑い。


 ――『ははははは! 全部、全部、貴様のせいだ』


 颯汰は強がって返す。


『……別に気にしていないが?』


「動揺してたし、言い負かされてたし」


『負けてないが?』


 淡々と返しているが、余計にムキになっているように映る。

 よくわからぬ名称で呼んでくる、民を心配するような言葉を吐きつつ民の命を迷いなく切り捨てるような輩との会話など、やっても無駄だと判断しただけだが? 負けてないが? は? 負けてないが?


「聞いて。アイツの――、ううん。()固有能力(イデア・スキル)のこと」


 転生してこの世界(クルシュトガル)に現れた魔王だけが与えられる権能のひとつ。

 どれも凄まじい力を有していて、それを相手に知られても、能力によっては防ぎようがない。迅雷の魔王の固有能力である時間停止ワンダーランド・フリーズを知ったところで、対応できるような人間はまずいない。


『……飛び降りたぐらいなんだから、重大な情報なんだろうな?』


 本来なら、固有能力についてネタ晴らしをしてもされても、痛くもかゆくもないはずだ。しかし、先の戦いでは、氷の女はその話を聞かれることを嫌がった。知られては困る弱点があるのだろうか。

 否、答えは違う――。

 

「うん。知れば、ヒルベルトが気負う必要がなくなるから」


『…………』


 別に気負ってないが、負けてないが――と言いかけて止める。

 必死に否定すると逆効果になることが多い。

 颯汰は問う、『俺の?』と。

 ソフィアはゆっくりと肯いてみせた。

 そして、ソフィアは深呼吸をする。

 己の弱点をさらすほど致命的なことにはなり得ないが、なぜそこまで緊張し、覚悟を必要としているのだろう――その疑問を、次の彼女の言葉から、ある程度察せられた。


「ひとつ、約束してくれる? 絶対に笑わないのと、引かないでちょうだい」


 答えにきゅうする暇はない。

 颯汰は静かに肯いて応えた。

 彼女は――あまり他人に言いたくない自分の秘密を打ち明けるように、詰まりながら、明かす。


「私の固有能力は、……その、……うん、……端的に、端的に言うとね……その、催眠さいみん、とか……洗脳せんのう、なの」


『せんのう……、洗脳?』


 モジモジと気恥ずかしそうな態度と、出た言葉のギャップに一瞬、理解が追い付かなくなっていた颯汰。ぶっちゃけ、普通にこわがっていた。


「……いざ、他人に話すとなると、本当、嫌になるんだけど。一番適切なのが洗脳(それ)なのよ。“愛”による洗脳。あるいは催眠。言葉を使わずとも操れるの」


『あい……、愛?』


 唐突とうとつに混ざらないはずの単語が出てきて困惑こんわくするが、努めて感情を殺す。仮面で怪訝けげんそうな顔が隠れていなければ、破綻はたんしていたかもしれない。


「相手を魅了状態にし、意のままに操る――それが私の、魔王としての固有能力イデア・スキル

 能力を発動中にヒトは、わた……――術者を一目見た瞬間に恋に落ち、愛してしまっているからこそ、術者のために尽くす。愛しているからこそ嘘もつけるし、愛しているからこそ、それを意識させないでいられる」


『……もうちょっと説明してくれる?』


「極限まで術者に尽くしたい(から)思いを汲み取ろうってなる、そうよ。恋に落ち、愛しているから術者の望むことを瞬時に理解し、行動する。例えば……『知り合いであっても初めて会う人として接して』と術者が願えば、愛に答えるべく初めて会う人間として接してくれる。一目見た瞬間に、ね。しかも誰に命じられたわけでもなく、自分の意思でやってるつもり――あるいは、術者を思いやってその認識すらしない、できなくなっているのかも。要するに『心の底から初対面と思い込む』とかね。ちなみに効果は永続的(死ぬまで)ね」


『…………なるほど……(こわぁ)』


 シンプルに「恐い」と思ったが、口に出すのがはばかられた。彼女が躊躇ためらった理由がわかる。

 それでも話してくれたということはこちらを信用しているから……という好意的な解釈かいしゃくですら、彼女の固有能力(イデア・スキル)から生まれた感情かもしれない。自分は暗示に掛けられていない……という認識すら歪ませられるのだから。

 思考が堂々巡りするため、切り替える。


『……つまり、その逆も可能か』


「そう。自意識を取り戻した魔女バーバヤガはこれを使って、民にこう願った。『古くからニヴァリスを支える恐るべき魔女であり魔王』とね」


 そうしてニヴァリス帝国に仕える魔女として振る舞っていたが、大多数は初対面であった。皇居に入る際の門番たちも、だ。


『それで、そんな万能そうな能力を紹介した理由は?』


「言うほど万能じゃないのよ。たぶん魔王相手には効かないし、勇者もきっとそう。

 並大抵の相手なら……たとえ既婚者であろうと同性であろうと、機能はするんだけど。……一人の人間を心から愛している相手には効かない」


『……なんだかちょっと素敵な話では?』


 転生者マオウや勇者といったヒトとカテゴライズして良いのか困る化け物どもが超強力なバッドステータス付与が効かないのは何となくわかる。――……状態異常で無双できるのであれば、彼女はとっくに行動を起こしているはずだ。

 それに加えて一般人であっても一途に愛を貫く人間であれば、その術に掛からない。人外レベルでなくても、その想いひとつで耐えられる。

 口に出せば気恥ずかしい言葉であるが、“愛”によって打ち勝てるというのは――……救いがあって、夢があって、心が温まる。


「そんなにいないんだけどね。そういった人間。普通は。一部の狂人だけだよ」


『なんだかちょっと悲しい話になったなぁ』


 人の心は移ろいやすいというが、なんとも夢がない話を聞かされた気分であった。


「あー、というか術者の“魅了”が強すぎる、みたいだから。どんなに愛をちかっても、精神に深く刻まれたものに抗うなんて難しいでしょう。きっと」


 変な角度からのフォローが入る。

 ただ言ってることは「私の術が強すぎて普通の人は耐えられない」って話だ。

 話が脱線していたのに気づき、ソフィアがせきばらいをしてから本題に入り始めた。


「……吸血鬼化した人間は、アイツの固有能力の術中にあるわ。みんな、自分の意思と思い込んでいるけど。術者を認識した瞬間に、恋焦がれ、自ら命を差し出してしまった。民間人であっても、帝国……ううん、皇帝のために」


 颯汰は黙っていたが、その目は強く見開いていた。自分の意思で志願した民間人までが兵となって襲い掛かってきて、それは自分が帝都ガラッシア、ニヴァリス帝国に踏み入れたせいであると敵方に聞かされた。

 そもそもが皇帝側が吸血気化の研究と非人道的な実験をやっていたためだが、颯汰にも思うところはあり、罪悪感があったのだ。


「そして……――その皇帝ヴラドもまた、固有能力で歪められている可能性があるわ」


『……!』


 ソフィアは、氷の女――皇帝に女帝と呼ばれた女こそが、すべての元凶であるという。確固かっこたる証拠はないため可能性とぼかしているが、彼女の中では確実にあの女が皇帝を暴走させたとにらんでいた。返事をしない颯汰に、ソフィアは辛そうな顔で語り掛ける。

 最も罪深いのは誰なのか、さとっているように。

 重大な事実に押しつぶされそうになったソフィアは、肩を震わせていた。


「ヒルベルト。あなたに非は無い。全部、全部私たち……わたしのせ――」


『――いや、いい。それ以上は』


 背中越しでもわかる表情。颯汰は優し気な声で言葉をさえぎった。


『ありがとう』


気を遣ってくれたことによる感謝と、曝したくない恐ろしく、当人にとってはずべき力を教えてくれたことによる感謝。でものどに刺さった小骨のようなものだ。大したことないし、それに別に負けてない。ただ少し、気が楽になった程度だ。

 ……などと心の中ですら強がっていたが、心に圧しかかるような嫌なものが消え去ったのは事実であり、ソフィアの暴挙は決して無意味なものではなかった。


『止めるって啖呵たんか切ったんだ。絶対に止める。それだけだ』


 颶風王龍ぐふうおうりゅうとの約束が頭に過る。

 彼女に、失望されたくもない。

 ゆえに、すべき行動は何も変わらない。

 たとえ操られていようが、誰に罪があろうが関係ない。


 暗がりから見据みすえる機神皇帝の姿。

 偽りの魔王――旧き世界の王は、強く拳を握りしめた。


24/01/02

一部修正

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