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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
310/437

115 恐慌

 ニヴァリス帝国の首都たるガラッシア。建国祭で大いににぎわっていたそんな午前から打って変わって、都自体が風化したかのように静まり返り、再び大きな声で響き合う。銃声と狂喜、悲鳴が飛び交う魔都と化していた。

 始祖・吸血鬼オリジン・ヴァンパイアにして魔王であるソフィアは、不完全な身であるためか、多勢の吸血鬼もどきが生み出した物量という名の黒い波に押さえられ、身動きが取れなくなっていた。そこに恥じ入る感情はなくもなかったが、それ以上に仲間の蛮行ばんこうを見て、拘束こうそくが解かれたしばらくの間も唖然あぜんとしていた。

 見覚えのある悪魔の面を被り、銃を撃ち、高笑いをする。ちょっとしゃに構えて、悪ぶろうとしていた少年が、ライフル銃を複数本(、、、)使って敵をほうむっている。

 逃げまどう背中を撃ち抜き、鉄の棒やら金属の武器など投擲とうてき物も宙で撃ち落とす。

 銃弾で止められない巨大な建築物の、外壁やブロック等も飛んできたときは、黒の瘴気しょうきおどり出て、宙でつかんで投げ返す。コンクリの付いた鉄骨は魔槍となって建物を倒壊させる。煙霧えんむ暗闇くらやみの中でもそれがハッキリと知覚できる音がした。


『――逃がすか』


 凍えるような冷たい声。


『――あらがってみせろ』


 悪魔の右腕からき出す血は熱い。

 誰の目から見ても、気が狂ったように思える行動。唐突に颯汰は己の腕を黒曜の爪で切り裂き始める。溢れるどころか勢いよくでる血潮。

 黒の装甲にともる蒼の光。それを塗り潰す深い紅色。

 急にメンタルがヘラって、自傷行為が目的で手首リストをカットした訳ではない。

 その血は、本能を刺激させるためにある。

 造られた偽物とはいえ、吸血鬼と区分される怪物になった彼らは、別の意味で再び目の色を変える。凄まじい衝動に襲われながらも、中には気付いた者もいた。「あれは罠である」と。

 逃げ回る吸血鬼を殲滅せんめつするのに、一人一人追いかけては骨が折れる。であれば追いかけまわすより、来てもらった方が早い。その味を知っている(、、、、、)者は抗えない。


『…………血肉をむさぼった経験のある者ども』


 近付く気配に悪魔はつぶやく。

 あからさま過ぎて離れていく気配もあったが、一度でも口の周りを赤くして欲を満たした経験のある者はられていく。己の意思か、それとも違うのか――それさえ曖昧あいまいとなっていた怪人たちは、内側から出てきた感情に従い、また外敵に与えられた感情を押し殺すために叫び、殺到さっとうする。


『その罪、あがなう機会をくれてやろう』


 傲慢ごうまんなる王がうそぶく。

 羽虫のごとく、群がる怪物と化した民草。

 すでにヒトとかけはなれた運動能力を有する彼らは、跳躍ちょうやくですら、民家の玄関から二階の屋根に飛び乗れるほどであった。そして速さも突風のようであり、気が付けば彼らの爪や牙が届く範囲はんいまでめられる。――のであるが、


「な!!」「!?」「ア゛ァ゛!?」「ヴェッ!?」


 背後であろうと、関係ない。

 飛びついた先に、つつがある。

 死期をさとる瞬間、弾丸だんがん眉間みけんにめり込んだ。

 銃を操る悪魔は、その手に一丁ずつもち、さらにいつの間にやら二丁が後方、左右に展開している。浮遊した銃がまるで独りでに動き、敵や物を撃ち落としていく。どこまでも届く命をり取る手が四倍になれば、当然失われるものも応じて増えていく。

 そこに子ども想いの優しかった少年はいない。

 あるのは敵を撃ち、倒れる様を見て喜ぶ子ども染みた悪魔の姿のみ。立ち向かう者も、言葉を交わすことなく撃ち落とす。

 絶命しなかった者が顔をあげると、黒い笑顔が見えた。仮面であるのに、そう思えた声音。


『……なんだその顔。まるで自分が被害者で、世界一不幸だって思ってる顔だな』


 底冷えするような悪寒に襲われ、熱くなった銃口を、再び突きつけられた。


『いくつ、命を奪った? 何人食った?』


 責められているのはわかる。必死に弁明をしようというわずかな理性があったため、どうにか言葉を紡ごうとしていたが――恐怖で歪んだ顔に、弾丸が撃ち込まれ、また一人がたおれていく。

 誘い込まれた怪人たち。どの角度から、どんな速度で現れても、結果は同じであった。

 そうして、安直な罠も長くは続かない。

 数度繰り返し、悪魔を中心にさっきまで牙を剥いてよだれを垂らしながら飛び掛かって来た命が辺り一帯に転がっているのを見たら、誰も手を出さなくなるのは当たり前のことであった。

 ジッと物陰ものかげから見つめてくる視線を感じながら、悪魔は溜息を吐いた。


『…………よし、次の段階だ』


 再び周囲に誰もいなくなったとき、悪魔は左腕に話しかけ始めた。


『あれの準備は?』


『要請は既に完了済み――。

 契約者:要請受諾――。

 任意で発動可能――。』


『……すぐにやろう』


『承知――。』


 心を失った悪魔のような振る舞いをする立花颯汰は、武器から手を離す。四丁の銃の銃口は斜め上に向いたまま颯汰の周辺を警護するように立っていた。

 柏手かしわでを打つように両手を合わせ、ゆっくりと手を擦りながら離していく。

 親指と人差し指をピンと立て、両手の指で四角い枠を作る。枠の中に波紋が生まれた。重力や自然の法則を無視したかのように、滴が落ちたように波打ち、指をスライドさせると枠のサイズも拡大していく。指と指が離れても、なお大きくなっていく四角。際限なく巨大化――とはいかないが、既に身の丈を超えたスクリーンが浮かんだ。

 紅蓮の魔王と契約関係にある颯汰が、彼の魔法を行使した――ように見えるが厳密に言えば異なる。現在、帝都の外で同じく吸血鬼化させられた兵たち約三百名を縛り上げて引きずりながら、紅蓮の魔王自身が遠隔で魔法を発動し、コントロールも契約関係のある颯汰を通して彼がやっている。遠隔で医者が操作し、ロボットにより患者を手術するのと似たものと捉えていい。


「やれやれ。まったく、無理難題を押し付ける」


 帝都の外で低空飛行を続けていた真なる魔王がぼやく。

 敵勢力を排除し、捕虜ほりょを大量に運搬うんぱんすることだけが彼の仕事ではない。颯汰を通して魔法を使い、さらにもう一仕事が待っていた。


「使い魔たち、頼むぞ」


 遠く離れたところにいる紅蓮の魔王の号令を、たしかに受け取った使い魔たる蝙蝠コウモリたちが、霧と闇の中を飛ぶ。

 複数匹がまとまってではなく、既にあちこちにいたものたちが所定の位置へ移動する。

 颯汰の目の前に現れた宙に浮かぶ巨大な枠がスーッと移動を始め、加速していく。

 枠は螺旋(らせん)(えが)く帝都ガラッシアの中心である大穴の上で止まると、枠からノイズが一瞬走り、映像が映し出され始めた。

 それは、銃使いの悪魔――今この地にいる立花颯汰をリアルタイムで映し出している。

 そして次は帝都各地に飛行している使い魔たる蝙蝠たちの目の前に、比較すると小型だが同じ系統の四角い枠の魔法が発動した。小さなモニターは使い魔の前で静止し、巨大なモニターと同期する。帝都中に立体ヴィジョンが乱立し、そのすべてが立花颯汰(偽りの魔王)を映し出している。


 ――すっげぇなんだけど


 率直な感想が内心零れるが、それでも最後のめをやらねば終われない。ガラッシアに何人、吸血鬼化した兵がいるのかも把握はあくできていない。そしてそのすべてを葬ることなど実際不可能だ。どこかで逃げ延び、そして数が殖やされる。それではすべてが徒労となる。

 すぐに吸血鬼化したヒトを元に戻せる術が、都合よく手元に無い。

 だからこれは根本的な解決とはならない。

 だけどこれが最善の一手だと認識している。

 ずっと自分らしくないことをやり続けるのは精神的にしんどい。だけど事が人命に関わるならば、嫌だ嫌だと言ってもいられないのである。


『聞け。帝国によって人外の存在となったものどもよ』


 帝都のどこからでも映像と音声が拾える。

 それは、まだ生きている市民、または貴族がいる各避難所でも同じであった。まさかそこまで広域に生放送しているとは気づいていない颯汰は、吸血鬼化した兵に対してだけ語っているつもりであった。

 人前で語るなど不得手でも、伝えたい言葉が上手くでないかもしれないが、必死に演じてみせようと立花颯汰は覚悟した。


『我は、――……我はこそは、“魔王”なり!』


 手を広げ、大嘘を口にする。

 赤の外套は揺れ、銃が新たに二丁生成されて浮かぶ。己が魔王であるという嘘を信じ込ませるための狡猾こすい術である。

 遠くで響動どよめきが聞こえる。


 ――充分に、与えている(、、、、、)


 感触を覚え、颯汰は続けた。


『我は、この地の、なんじら罪をそそぎに参った』


 揺らめく黒い瘴気。蒼の焔火。鮮血の外套。 

 この世にいてはならぬ災害の具現。

 なれど紡ぐ言葉は対極に位置している。


『皇帝ヴラドよ。汝の罪――機神を蘇らせ他国を征服せいふくしようとする野望。自国の民を己の命令に忠実に聞く傀儡かいらいを生み出すため――始祖・吸血鬼オリジン・ヴァンパイアに近づける人体実験。……我は到底とうてい看過かんかできぬ!!』


 その言葉、嘘偽りはない本心だ。

 合わせて映像が切り替わる。

 ニヴァリスから他国へ攻め入ろうとする軍勢。

 騎士ではなく、似非えせ吸血鬼として暴虐ぼうぎゃくの限りを尽くさんとする過去の映像などが入り混じる。

 実に巧妙こうみょう悪辣あくらつな編集が、民の前に晒された。


 彼らはヒトに戻せない。

 救えぬのなら、ヒトとして逸脱いつだつする前にいっそ命を奪って救済を図ろうという考えか。現実に屈し、掲げた甘い理想はドブに捨てたのか。

 そこに失望もなく、感情が動くはずがない。ソフィア自身、こうする方がきっと正しいと思っていた。鏖殺おうさつこそが最良の手だと。

 

 上位種であり、纏わりついていた者たち、その元となった彼女は――己から離れて悲鳴をあげながら逃げていった影をさげすむように目を細めて見ていた。

 その目は狂気の銃使いへと向かわず、少し先に倒れている女に視線が移り気が付いた。

 見開いた目はすぐに戻り、彼女自身気づかなかったが安堵の息を漏らしていた。


「…………本当、甘いね」


 その言葉は、宙に浮いた画面へと向かう。

 真意は読めたゆえの言葉であった。

 これまでのすべての行動がフェイクであると察した。

 そして彼は“死”を与えていたのではなく、違うものを与えていたのだと知る。


『民よ。皇帝のよこしまなる野望のために怪人となった民どもよ。我は汝らを罰する』


 銃で撃たれ、倒れる仲間の映像が流れる。

 息を呑む者、目を逸らした者たちもいた。

 だが、目を瞑る者や耳を塞ぐ者はいない。

 聞き逃す事は自分たちの命運に関わると、察知したのだ。

 映像が変わる。

 ガラッシアの外にて、子どもたちや家畜を誘拐して、食す怪人の様子が映った。直接的なゴア描写は避けるようなカメラワークであるが、誰であろうと察する事ができる。口を真っ赤にして恍惚の表情で臓腑を貪る集団。見覚えのある顔を見つけ、狭い避難所で倒れかけたり膝を突くものたちが何人か現れた。皇帝が用意したもよおし、何らかのサプライズかと思っていた民が少しずつ異変に気付き始める。別の場所――すべてを知っている一部の貴族は目を丸くしている者もいたが、頻りに汗をハンカチで拭いつつ自分に言い聞かせるように言った。


「落ち着くんだ。そう、落ち着くんだ諸君。彼奴が魔王――だが問題ない。我らが皇帝()は魔王に絶対負けん。負けるはずがないのだ」


 その言葉に、縦長のテーブルで向かい合い、席に着きながら何度も肯く貴族たち七名。そこに入り込んだ使い魔の存在に気づかず、映像に魅入っている。皇帝が用意したものだと思い込んでいるおめでたい連中である。きっと最期のときまで自分が傷つかないと思っていることだろう。


 場面は注視している画面の奥――ガラッシアの街中に戻る。ニヴァリス帝国で幾度も使った手。己を偽り、敵を騙す。此度は魔王と僭称し、相手を糾弾し始めた。


『(いつったんだアレ? 恐っ……)…………汝らが自分の意思でそのような怪物に身を堕としたか――その是非はどうでもよい』


 少し想定していた以上の映像でもあるし、加えてどのタイミングでも撮影可能だったらプライバシーもへったくれも無いのではと慄く。やっぱあの魔王、敵にしてはいけない。

 若干ビビり言葉が詰まりかけたが立て直す。

 自分が抱くべき感情じゃない。

 ――与えるべきものだ。


『汝らを救うつもりはない。ただ、皇帝共々罰するのみぞ。汝らが善良なる民を喰らった数だけ、罰を与える。これは決定事項だ』


 どこまでも伸びる腕のように、遠く離れた敵を撃つ。膝を突き、撃たれた手を押さえもだえる怪人に、一瞬で距離を詰めると、颯汰は痛みに苦しんでいる男を見下ろす。痛みと恐怖と、恨みがこもった目線であったが相対する“魔王”の瞳は冷淡で、すべては無駄であると悟るほどであった。


 ――ここで、躊躇ためらってはいけない


 そう心で呟いた颯汰は、男の頭に回しりをし、転倒させる。悪魔の所業はそれで終わらない。いつの間にか左手に持っていたナイフ。吸血鬼化した男の、撃たれていない方の右手の甲を貫く。凄まじい痛みと熱さに絶叫するが、動くなと静かに告げる。抵抗すれば穴が増えるぞとおどす。おそらく痛覚が通常より鈍っているが、それでも生物である以上、完全にそれを取り払うことはできなかったようだ。


『斬った傷の深さとリアクションから、痛覚は鈍くなっている。それに簡単に傷はえるとはいえ、痛いだろう? 忘れるな。その痛み、この“恐怖”を。……失われた命は戻らない。……戻らないんだ』


 その言葉は、眼前でナイフが貫通している男にだけ言ったものではない。さらに帝都中の人間に対してだけではない。皇帝とそれに連なる者たちだけでもない。

 紅く染まった屍の山を幻視する。

 謂無いわれなき罪、見覚えの無い光景であるはずなのに、心をさいなうったえかけるものがある。

 しがらみとなるモノを、払いのけるのではなく、あくまでも背負うカタチで覚悟を決めていた。


『忘れるな。連帯責任だ。えてもヒトを襲うな。今日は祭りでたらふく食べただろう。それでもダメなら店行って肉を買え。今はきっと店員はいないがきちんと金を置いて商品を買うといい。……ヒトを襲えば、我は汝らを追う。地の果てでも追いかけてその命を絶つ――』


 画面に映る“魔王”が指をさして言ってくる。

 警告であった。

 怪人たちも、ニヴァリスの民も何が何だかわかっていない。だが警告しているとわかった。何故、突然現れた“魔王”がそのような善行染みたことを宣うのだろう。そう思ったヒトもいたし、真意にすぐ気づけたモノもいる。顔色は千差万別であった。


『――そして我が、邪悪で不遜ふそんにも神を名乗る皇帝をち、この地を支配する』


 己の領地にするのだから、民を大事にするし、その民を貪り食おうとする異物であるからこそ、それらは無惨にも周囲に転がっているのだ。

 新たな支配者――田舎であれば上がどんな人物に代わろうと(支配者が無能でない限り)生活に支障はないためして気にしない。だがここでは違う。ましてや皇帝は神格化された地だ。

 画面を見て固まっていた民たちが、ぜるように罵声ばせいびせ始めた。聞くにえない酷い言葉の数々であったが、一方通行で宣言したのと同じく“魔王”にその感情が伝わることはない。

 しかし、まるで聞こえたかのように“魔王”は天に向かって銃を一丁撃ち鳴らす。

 呼応こおうするように増えた六つの銃からも弾が飛び出し、大きな音を響かせる。

 そうすると、一瞬で民たちはおとなしくなった。

 撃たれた当人たちでなくても、あの音がきざんだものは深く、簡単に忘れられない。

 与え続けた“恐怖”が、こうそうした。


 傲慢なる魔王は、神すら恐れぬ。

 対する神は、矮小わいしょうなるものなど興味などない。

 しかし、己に楯突たてつくもの――おごり高ぶる者に対しては苛烈かれつとなるのであった。

 天地がれる。

 ガラッシア自体が地響きをうならせ、大きく揺れ動いた。


 大穴の底から、やって来る――。

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