26 太陽祭3日目 輝ける星
太陽祭――最終日となった。
昨日、内気な少女――リーゼロッテが父に激怒した理由をディムは颯汰にこっそりと教えた。
父であるマクシミリアン卿は大怪我を負い戦場を離れる事になったのに、また無理に動いて傷が開いてしまうのが心配だったためだ。彼女の瞳に傷だらけで横たわる父の姿がまた浮かんでいたのだ。
『そら怒るわ』と納得した反面、『あれで怪我人で全盛期じゃないの……?』と颯汰は後に恐れを覚える事となる。
結局、騎士学校で行われた激闘の最後はボルヴェルグと騎士カロンの一騎打ちとなっていた……らしい。
しかし、颯汰たちは既にその場から離れていた。
あまりよく彼女の事を知らないが、弱気な少女が怒りに身を任せて親を引っ叩き、学外へ駆けて出ていったため、驚き、心配に思った二人はただついて行くと決めたのだ。
その場で衝動的な行動を取った恥ずかしさと父が本当に心の底から心配だった少女は感情を処理しきれなくて溢れ出す雫を、路地裏の隅で息を潜めて零していた。
そんな彼女にどうすればいいか分からず、珍しくテンパるディムであったが、颯汰も何してあげていいか分からないので、とりあえず傍にいる事を選んだ。子供にはそうした方がいいと思ったのだ。
その後の晩、父として頂点に立った男の雄姿を最後まで観なかった事に賓客室で父役たるボルヴェルグは静かに落ち込んでいたが、それが正しいと最後には笑っていた。
そして彼女が泣き止んでからしばらくして、若干気まずい空気を漂わせながらも吟遊詩人の歌を聞く流れとなった。
ディムのざっくりとした解説によると、この世界にかつて巨神と呼ばれる存在がいて、それを鎮めるために仙界と呼ばれる異次元から龍たちの王が現れたというものらしい。
異次元というワードに反応した颯汰であったが、特に目ぼしい情報は得られなかった。
そんな様々な負の感情が渦巻いた二日目を明け、三日目となった太陽祭。
その日はエルフの国王――ウィルフレッド老王が『神の宝玉』の前に立っていた。
「――最後に、皆の者に伝えたい事がある」
長話により、ついに立ったまま寝ていた颯汰を余所に、話は終わりを迎えようとしていた。
隣には保護者が包帯男の姿で立ち、ここで出来た友人たちの姿はなかった。
「我が、後継者についてだ」
静かであった街全体が、ついに木の葉が揺れる音すら消えてしまうほど静寂の中へ沈んでいた。
確かに王は悠久の時を生きてきた。その際、数人の子は生まれてきたが……――。
民は誰が選ばれるかはおおよそ検討がついていた。第二王女の夫であるダナン公爵であろうと。
この国の王位継承権は序列の順位で決まる。そしてその序列は最初に産まれた男が一位と定められ、以降も男性が優先される仕組みとなっていた。
つまりは第一王子が第一位。
第一王女の夫が第二位となる。
男性の枠が埋まり次第、女性の序列のカウントが始まる。孫の世代はその時は序列に含まれず、王が即位すると序列の順位がリセットされる。新たな王の子の男子が新たな第一となるのだ。
更に余談であるが、序列はあくまでも数字であり、それが失われるからといって王族の血筋という強大な権力自体がなくなるわけではない。それでもやはり子は王権を求めて争うのだ。――歴史の裏には確かに醜い骨肉争いが起きていたのだ。
誰もがそれから推測すれば、ダナン公爵で決定的だと断じていた。
何故なら、上の王子二人と、第一王女とその夫は既にこの世を去っているのだから。
当事者であるダナン公爵でさえ、自身が次期国王であると信じて疑わなかった。その日のために暗躍し続けた結果がついに実るとなると、王宮の中で大樹の幹から響く王の声を聞きながらダナンは自然と笑みが浮かぶ。
彼の本性を知る人物は苦虫を噛み潰したような顔でこの国の未来を憂えて現王を見つめる。
王の血統を持つ男児もいない今、彼の地位は盤石のものとなる。
――誰もがそう思った。
「言葉にするよりも先に見た方がいいだろう。さぁ、来るがいい」
王の言葉にダナン公爵は理解できずに一瞬固まり、ある可能性に気付き、血相欠いて自室から飛び出した。王宮の一部から国の象徴たる翠石も眺められる場所へと急いだ。
一方その頃、階段を登り、王の隣へと歩み寄る人物が現れて王都全体が少し騒めき始めた。
その音で、やっと眠りから覚めた立花颯汰はまぶたを擦りながら、欠伸を懸命に殺して王の方へ視線を動かすと、一気に眠気が冷めた。
「紹介しよう。我が子にて第三王子『クラィディム=レイクラフト=ザン=バークハルト』! この国を導く次の王となる男である……!」
一瞬の静寂――それを破る小さな拍手が疎らに起こり、次第にそれが伝播し、遂には嵐の夜に石畳へ打ちつけられた雨粒のような音色が王都中を包んだ。
多くの者が王子の存在を認め、手を叩いたのだが、その中に一人の少年が――驚き目をしばたたきながら、王子を見て呟いた。
「ディム……!?」
静かにそう口にして、颯汰は頭の中にある記憶を引っ張り出し、宝玉の前に立つ王子と昨日まで一緒に遊んでいた少年を重ねた。
間違いなく、クラィディム王子はディム少年は同一人物であると確信した颯汰は思わず目眩がしそうになる。
颯汰は途中から、彼らが偉いところの坊ちゃん、嬢ちゃんであるのだろうと勘づいてはいた。下層への移動時の跳躍は置いといて、食べ方や発言、仕草からどことなく上品さ――それなりの教育を受けたのを感じ取っていた。それが昨日大暴れした騎士学校の校長を兼ねる貴族であるマクシミリアン卿――その娘であるリーゼロッテの正体を知り確信に至った。
だが、まさか男の子の方が王族であるとは予想外であった。
二人とも、なるべく自身の地位を隠そうとしているなとは思っていて、彼らがそう望むならそれに応えてるべきだと颯汰は合わせた、……というと大人の対応に見えるが、本当はいつの間にか自然と彼らを認め、楽しんでいただけに過ぎない。
もし無礼を働いたと誰か貴族に難癖付けられても、『貴族だと知らなかった。そんな大事な子を放っておく責任能力のなさの方が問題だ』と責任転換して言い逃れるつもりだった(そう変に噛みつく方が、事が無駄に荒れるかもしれないとは颯汰は浅慮で想像力不足であったと言えるだろう)。
――でも、王族は、何か、色々とまずいよね……?
貴族に喧嘩を売る行為も十二分にまずい案件であるのだが、それが大国を統べる者――それに連なるどころか、次期後継者となれば幾らそういう事柄に疎い颯汰でも、その重さに気付かざるを得ない。
自身の行いを振り返り、ディムに対して粗相を起こしていないか考え巡らす。
最悪の場合、不敬罪で処される可能性もあるのだから必死であった。自身の知っている平和な世界の常識と異なる場にて、王族という最大の権力者に何かをされれば抗う術もないのだ。
そんな焦る人々の内の一人であった颯汰の想いも知らず、エルフの王子クラィディムは悠然と王より前に出た。
白くきめ細かい肌もあって、一見少女に見間違うほどの美貌。大地の緑に栄える陽光の如く輝く黄金の髪は若干切られ、少し整えられていた。まだ幼さが残る顔だがその大海の如き碧い瞳は生命力に溢れ、遥か遠い未来まで見据えているような、そんな子供には似つかない力強さを持っていた。
樹木をモチーフとした冠を被り、葉を模る飾りと宝石が煌いている。
毛皮の付いた朱色のマントの下は緑衣であるが質も飾りもまるで違うものであった。
もう完全に、下町の友人ディムの姿はそこにはなかったのだ。
一方、自身こそが次代の王だと思い込んでいたダナン公爵は、怒りのあまり少年と別の意味で目眩を起こしていた。積み上げられた石材の窓に手を置き、思わず倒れ落ちそうになるのを自身の手でなんとか持ち直す。
「誰だ……!? あの、小僧は……!? 知らぬ、見たこともない!! 陛下の実子だと言うのか……? いつの間に? 誰にも言わず隠し通していたと!?」
――だが、待て……なら何故今、それを明かす? 陛下ももう寿命と悟った……、いやそんな理由であるはずがない。
いくら次期国王となるとはいえまだ子供である。いくらでも付け入る隙があるだろう。他者を使いどうにか毒を盛るなどもできるはず――。
「いや、あの老獪な王だ。私が激昂すると読んでいるに決まっている……! なら何かしらの手を既に打っていると言うのか!? 考えすぎ、という訳ではなかろう……!」
――何者だ、あの小僧は? それを産んだ女は誰だ? よもや孤児や養子を迎えたなどと愚かな真似を……? 念のため、一応調べさせるか、そこから付け入る隙を見つけてやる……。
枯れ木のように細く白い王の眼力とは違い少年のものは、柔らかく全てを包み込む生命の海を思わせる強さだけではなく優しさをも持ち合わせていた。歳が離れすぎているせいもあり、この距離では似てる箇所を見つけることが非常に難しいのだから、ダナン公爵がつい血縁者ではないと疑ってしまうのは仕方がないことだろう。
若き日の王――青年だったウィルフレッド王の肖像画で比べれば、似ている部分も目につくのだが。
赤と黒の感情を渦巻かせるダナン公爵。その表情の陰りと反対に、目は負の感情がギラギラと鈍い光を放ち、たたえていた。
しかし、それもすぐに光が失い、文字通り卒倒してしまう事態が待っていたことに彼は気付ける道理もない。
頭天から差し込む陽光は透き通った葉から地上を照らし、更に樹木が取り込んだような眩しい巨大な宝玉の前に、それに負けない輝きを持つ、新たな星が生まれた。
「ヴァルミ国民諸君、私はヴェルミ国王「ウィルフレッド=レイクラフト=ザン=バークハルト」の息子、「クラィディム=レイクラフト=ザン=バークハルト」である」
間違いなくディムと同じまだ若い変声期前の少年声であったが、その口調と雰囲気に王族らしい厳格さが多大に含まれていた。
「まず、私がいきなりここに現れて驚いた者も多いと思う。長らく私は、王都を離れて生活をしてきた。それも、私の兄上……、兄たちや姉たちが非業の死を迎えたからに他ならない。父上は二度とこのような事をないように、私が次代の王に相応しい存在になるまで、隠し通してきた。そして、今日諸君らの前に現れたのは先ほどの父上の言葉通り、私が次期国王に剴切たる者となったからである――民たちよ、刮目して見よ!」
クラィディム王子が太陽祭の始まりを宣言した父王と同じく、両手を掲げると、世界は光が閉ざされ、闇に満ちた――。
「――――…………!」
颯汰どころか、王都中の民たち全てが息を飲んだ。
陽の光を通していた葉が、日差しを遮ったため、まだ昼であるのに一気に暗くなった――王都は当初の涼やかな空間へと戻った。
だが、それだけでは終わらなかった。
葉がさらに木漏れ日すら許さないが如く生い茂り、辺りを夜へと変貌させた。それに驚き、民の中に小さな悲鳴が上がるが、次の瞬間――それは、恐怖ではなく感動の悲鳴となった。
王子の手から、優しい青の粒子状のエネルギーが溢れ、それを振りまくように両手を左右に開くと、更に幻想的な光景に変化した。
地面から――否、大樹全体から蛍光色のエネルギーが球状を模り、空へ静かに昇っていったのだ。
実はこれ、大樹の根などにあった体外魔力を高く聳えた先にある葉へ送るために一年に一度、太陽祭の時期にやっておかなければならない王が執り行う儀式なのだ。
本来、不可視である体外魔力が目に見えるほどの濃密なものへ凝縮されることで、まるでホタルのような淡く幻想的な光となって、王都中からの溢れて出て天へと昇る。
王都に長らく住む人間は知っていたが、初めて見る人間は驚嘆する情景だろう。
これは、体内魔力を充分に備えている王族だけが行えるからこそ――クラィディム王子が正当な後継者であると物語っているのと同義であった。そしてあの見た目の若さでこれを遂行できるのは史上初となるのだから民は一層それに歓喜し、再び、新たな王族を迎え入れて盛大な拍手を贈る。
「クラィディム殿下バンザアアアイ!!」
「うぉおおおお!!」
「次期国王に、この国に幸あれェェエ!!」
歓天喜地の大喝采で国中が大いに盛り上がった。口笛が響き、拍手は長らく止む事はない。
醒刻歴四三八年。龍の月――。
王子クラィディム=レイクラフト=ザン=バークハルトの登場はこの世界の歴史に深く刻まれる事になるだろう。
太陽祭が長すぎた気がするのでちょっと急ですがこのくらいで区切ります。
某ガシャを天井まで回して傷心しているので次話投稿が送れるかもしれません。
それでも一週間以内には投稿するのを目標としたいと思います。




