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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
309/436

114 悪魔

 絶望のふちに立たされていた気分であった。

 殺せない。殺したくない。

 それでもつみなき者たちは血にえた怪物となって、きばき、まされた爪を立てた。

 いずれ去る世界。さらに自分と関わり合うこともないはずの国の民草である。

『殺されるくらいなら、殺した方がいい』

 そんな甘言かんげんが誰からか与えられたのではなく、自分自身の内からいたことに、颯汰は嫌悪感をいだく。いざとなれば、その選択をしなければならないと覚悟はしていたつもりであってもだ。


 ――誰よりも、苦しんでるのは間違いなく、彼らと、残された者たち……。きっとどこかで退避、いや収容されているに違いない


 国民全部を似非えせ吸血鬼化はさすがにない。それはもはや狂気の選択であり、得るものよりも失うものの方が大きすぎる。何を目的として機神を目覚めさせたのかまでは把握はあくしていないが、吸血鬼化に不適合なものや、他の役職に就くべき人材は大事に取っておいているに違いない。

 ゆえに選ばれた民だけは無事ではある。そしておそらく現状に対する説明は一切ないだろうし、自分の家族が帝国によって怪物に変えられているなど夢にも思ってないことだろう。帝国側が勝利しようが敗北しようが、待っている結末は悲劇である。


 ――残された人たちに、なんて説明をすればいい? なんて詫びればいいんだ……


 人体を始祖・吸血鬼オリジン・ヴァンパイアに近づけるための改造手術をほどこしたのは紛れもなく帝国側であるが、これから(、、、、)の事の責任の一端は、自分自身にある。立花颯汰考える。


 救いたい。それができないのならば、せめて殺さないで済む方法がほしい。それは現実的じゃない願いか。儚い願望か。叶わぬ祈りか。

 思いに更けていた立花颯汰は目をつむっていたまま、胸に手を当てた。

 深く吐いた息。

 自分の考えを心内に居座る怪物たる“獣”に伝え、手を移し、さらに右腕に巻きついた赤い衣の霊器、名を『ディアブロ』――その核たる、精霊が宿りし霊晶(コア・スフィア)に触れる。意思の疎通ができるかは不明だが、必要な工程だと信じて。

 何事も己独りでは届かないと知っている。

 そして、この行動は自分らしくないとわかっていても、実行する必要があるとも認識している。

 とはいえ――、切り替えるのに多少は時間を要する。

 覚悟には、一呼吸が必要だった。


『――…………。準備を、始めてくれ』


『承知。システム起動――。

 各種兵装の生成準備:開始――』


 左腕の影がらめき、手甲があやしく光る。

 そして、白き龍が翼を広げて飛び立った。

 だが敵方はそれに気づかない。

 上空からの狙撃と、激しい嵐に動揺している。


 明らかに一歩を踏み出せなくなっていた怪人たちであったが、それは長くは続かなかった。邪悪な意思が介在かいざいしてくる。


「――!」「――!!」


 おののいていた怪人たちは突然、目が変わった。

 電撃が走ったように、ビクリとしたあと項垂うなだれ、面を上げたときにはひろいかけていた感情を再びて去っていた。


『…………誰かの号令、まじないの類いか』

 

 忌々(いまいま)し気に颯汰はつぶやく。

 再び叫び、襲い掛からんとする彼らへの同情の念はますます強くなっていたのは間違いないが、既にもう、立花颯汰は覚悟を決めていた。


 絶叫を上げ、闇から飛び出す。

 武装した兵士らしき影、憲兵の男女。

 三度も撃退されても再起し、が欠けた軍刀で斬りかかる。技術として肉体にみ付いて多少はマシな形となっていた剣技が、今はただ粗暴そぼうに、完全に力押しで振り回さんとしている。

 加えて死角からも影が迫る。上からの援護射撃が止んだとみて、特に子どもが相手に弱いと認識したのか、若い男女が狂ったようにけ出した。

 病的に白い肌。赤い血走った瞳は涙を畜え、心に訴えかける感情を押し殺そうとしていた。あるいはその感情のみなもとたる外敵の排除を敢行かんこうする。

 与えられた絶対的な“命令(あい)”にあらがえない。

 だが、その異能(あい)に限界があった。


『……フフ』


 颯汰の口から零れた音。

 それをおおつぶすほどの轟音ごうおんが鳴り響く。

 重々しく、すべてを抱擁ほうようする短い音。

 音と光、驚いて目を瞑った途端、となりにいたはずの女が吹き飛び、倒れる。

 それを見て、刃を振りかぶったまま、憲兵の男の顔から色が失せていく。

 誰もが何が起きたのか理解するのに、多少時間がかった。

 排除はいじょすべき外敵の手に何かがにぎられている。

 その手に持ったものは剣とは異なる。

 腕より長く、冷たくにぶく光る金属のつつ

 白銀のレリーフ。木製の銃床に金色の象嵌ぞうがん

 現代に比べるとかなり旧式であり、過去の遺物として発見されたもの。

 南のヴァーミリアル大陸にて配備されたものとは異なり、シンプルな構造でありながら、洗練されている。余計なものを省いた結果だろう。余談であるが、魔族の国たるアンバードは南西にある海商かいしょう連合州れんごうしゅうの商人から買い取ったものと、独自に開発を進めて生み出したものを使用していた。

 それは『銃』。

 立花颯汰の手にはライフル銃が握られている。

 颯汰は左腕の瘴気しょうきから剣を取り出す他、余ほど複雑なもの以外ならば“獣”の力で一から作り出せる。無論、相応の代償が要るため、普段は剣を一から作ることはせずに武具の類いは中に収納しているし、自身も短刀やナイフ、黒曜石のクナイなどを装備していた。

 そして此度こたびは、博物館で手にした本物を再現している。

 執拗しつように触り、構造を解析かいせきし、自分のものにしていたのだ。ちょっとした盗人ぬすっとだこれ。

 銃の類いはクルシュトガル(この世界)で自然に発生したものではない。

 いつか辿り着くであろう技術の進歩を、百年以上も跳躍させたのが転生者マオウたちであるが、図面を持ち出したわけでも、知識をもって銃の製造を手助けをしたわけでもない。

 いずれも、地下に眠っていたものを掘り起こし、手にしたのだ。


 ニヴァリス帝国領内では、その兵器を運用しようとすれば、たちまちこおり付き、使用者が重度の凍傷とうしょう、最悪の場合発生した氷にまれて死亡する危険がともなう――“魔女の呪い”という現象が起きたため、最低限の火力の武装しか活かせていなかった。犯罪者を鎮圧ちんあつするために帝都では銃を携帯している騎士もいるが、この世界の人間であれば死にはしない程度の威力しかない。

 とはいえ危険なものであるという認識はニヴァリス中できちんと広まっているし、本来の兵器の火力というのも、寝物語のかたちで伝わっていた。

 その記憶を正しく思い起こすことはできなくとも、本能が認知している。さらに皇帝が演出のために撃ち抜かれた光景でより強く根付いていた。


 あの音が響くと命が失われる、と――。

 

 闇の中へ沈んでいく。

 そして、動かなくなった女。

 目の色を変えたように荒れ狂わんとした憲兵が、したまま動かない。

 重苦しい泥濘ぬかるみを思わせる、異様に長く感じた沈黙ちんもくを破ったのは理性を失った怪物の怒号どごう慟哭どうこくなどではなく、


『ククク……』


硝煙しょうえんの出どころで声が聞こえた。

 左手で撃ち抜き、右手は己の顔に手を当てた。

 仮面が崩れ落ち、中の顔が表に出る。

 蒼く燃ゆる瞳。

 目から下の、鼻と口と覆う装甲があったのだが、それも解けるように消え去った。“獣”を抑えるおりの役目を担う口輪のようなものが消えたのだが、内面から暴れ出す気配は無かった。本来であれば刹那せつなに顔まで濃紺の装甲に覆われ、獣性を剥き出しに暴れ狂うはずが、青年の状態のまま素顔をさらした。

 一瞬暗がりで、見難かったが――。


『ははは』


 銃声が響き、聞きとれなかったが――。


『ははははは!』


 確かに、笑っていた。

 気が触れたように、口角を上げ、蒼銀の瞳を細ませて、高笑いをする。

 そして再び、ライフル銃から放たれる弾丸。刃を振るう手が鈍った男に向かって引き寄せられるように真っすぐと飛んでいった。

 短い悲鳴のあと、次いで男が横たわる。

 それを見下しながら、青年は言う。


たわけ。足を止めている場合か?』


 目線を動かさぬまま、再び発砲する。

 武器を手に取った誰かが斃れる。

 ドン、ドンと音が鳴る度に――。

 敵方が崩れ出したのがわかる。 

 攻撃の間隔が間延びし、闇から飛び出せば撃ち抜かれると気づいたのだろう。

 だが、黙っていても、悪魔は止まらない。


「ギャッ!」「アァ!!」「ギャアアッ!!」


 闇の中を邁進まいしんし、逃げまどう女が悲鳴を上げて倒れ込む。

 銃声が響くと、煙が上がると誰かがたおれる。

 悲鳴が闇の中から生まれていく。

 それでも懸命に、飛びつこうとするものもいたが、一切触れることもなく斃れていった。


『…………』


 青年が足を踏みしめ、ゆっくりと歩む。

 右腕の赤い衣は細く伸び、肩を伝って首元に巻き付いた。黒い外装に鮮やかな血色が栄える。

 死を運ぶ魔ノ者が、近づいてくる。そうなればパニックは余計に強まっていくもの。

 しかし、それでもまだ立ち向かわんとする。

 ただ彼ら(、、)も黙っていられない。

 吸血兵――身体能力と安定性だけいえば、始祖・吸血鬼オリジン・ヴァンパイアに最も近いヒトならざるものたち。

 旧い潜水服のような鎧の中を薬液で満たした怪人が、金属製の大盾を構えて勢いよく突っ込んできた。

 悪魔は構わず撃つ。

 重々しい音の後、甲高い音が響く。

 大盾が銃弾をね返して通さない。

 吸血兵は鎧の中で笑んだ。好機だと判断し、そのまま殴り抜けようとする。

 金属の地面をこすりながら、火花散らして接近する。金属の板を重ねた大盾は相当な重量であり、それを振るえば単純に鈍器の役割を果たす。

 猛スピードで突撃して来る重機を思わせる。

 薬物投与等で強化された肉体――その膂力りょりょくで振り回された金属塊が生み出す破壊力はどんな敵でも致命傷になり得る。

 銃使いの悪魔であろうと、手足の装甲はひしゃげて、中身はズタズタになる。

 無論、それは幻想だ。

 その一撃は空を切る。

 魔なる者がその程度でおくするはずもなく、好き好んで受け入れるはずもない。


「……!?」


 圧し潰した感触は無く、代わりに蒼の燐光がふわりと舞ったのが見える。

 どこへ消えた、と鎧の中で反響した野獣のようなうめき声。

 直後、それは降ってきた。

 羽根のように宙を跳び、吸血兵の巨体――その肩に飛びついた悪魔は、頭部と首の間に捻じ込むように銃を突き立てた。全身を鎧っているものの、関節部などは装甲が薄くしなければ身動きがとれなくなる。

 軽やかに跳躍したとき、ただ上に跳ぶのではなく、軽業師のように空中で逆立つように頭を下にして覗き見る。一瞬のときだが悪魔は見定めた。他にも首辺りの装甲も薄い。吸血兵の鎧は、四本の細いパイプが伸びていた。頭と首、首と腰に二本ずつある。パイプは中を満たす液体の循環させる役割を担っていると思われるが詳細はわからない。あわせて首部分の装甲が薄いのは周囲を見るために首を動かす必要もあるためだ。

 突き立てたライフル銃を、悪魔は抵抗される前に撃ち放つ。衝撃が首を襲い、吸血兵は悲鳴を上げる。

 撃った反動もあって少し離れて着地する悪魔。

 しかし、弾丸が鎧を貫くには威力が足りなかったようだ。突っ伏して倒れ込む吸血兵は痛みに悶えている。がら空きとなった背中に悪魔はツカツカと歩み寄り、情け容赦なく再び銃を突き立てた。

 おそらく「やめろ」と叫んだ当人の意思など一切介在させず――ダン、ダン、ダンと鈍い音が響き渡る。動こうとした吸血兵は、抵抗する力を奪われた。


『装填準備完了――装填準備開始――。

 装填準備完了――装填準備開始――。』


 銃を撃つ度に、悪魔の傍で機械的なアナウンスが聞こえていたことに気づいた者は皆、既に倒れて動かなくなっていた。

 銃弾を一つ一つ精製し、装填そうてんに割り当てる時間――敵に攻め入られる隙を削っていた。


 悪魔はわらう。

 敵を撃ちながら、悲鳴をびながら、抵抗する敵も逃げ出す敵も構わず撃つ。

 哄笑こうしょうを轟かせ、歩んでいく。

 路傍ろぼうの横たわる石に、思いを馳せるような真似まねなぞしない。立ち向かって来る敵を、ただ滅ぼす。

 その在り様は、まさに悪魔である。

 一度目の色を変え、反転して襲い掛かってきた怪人たちであったが、限界をすぐにむかえた。呪いの誓約すら打ち破るほどに、感情を揺さぶられてしまったのだ。


 闇の中だけでは不安であるからか、建物の影へと逃げ出すものが続出する。

 物陰に隠れてじっと窺う者はいない。

 大多数がこの場は危険であると移動を始めた。

 それでも悪魔は止まらなかった。

 普及し始めているとはいえ平民に銃を扱う機会がない帝国内にて、相手が銃に弾を装填しないのに撃ち放っている異常事態に気づけるものは少ない。命を狙われている中だから気づけない。だが、一発撃った際にわずかな隙が生まれると理解した者たちはいた。一人にしか撃てない。再度撃つにも別方向から複数で襲撃さえすれば抑えられるのではないか、と。

 相談する余裕は無かったし、誰かを犠牲にする前提の狂気の作戦である。他人の命などよりも自己を重んじるのはどの生き物も同じか。圧力プレッシャーに耐えきれなくなって襲いに行く同胞どうほうを眺め、飛び出した!

 嗤う悪魔の視界に入らず、二つの影が同時に襲撃する。先に飛び出した仲間に銃を撃ったばかりのタイミングだ。互いの姿は見えるがそこを注視しない。どちらかが死に、どちらかが敵を殺せる。

 そう信じてやまない愚者たちに、狂喜の笑みの代わりに見せつける。

 銃口が一人に向く。

 まったく頭を向けていない見えていない方角に悪魔は正確に銃口を合わせてきた。

 問題は先んじて撃った銃は右手にあり、撃った直後でまだその銃から煙が上がっている最中だ。

 今向けたのは左手に握られた新たな一丁。


『生成完了――。

 命令受諾:生成を開始――。

 推奨:敵勢力の鎮圧――。』


 まったく同じ形の銃が伸ばした腕の先にあり、それが火を吹いた途端に襲撃者は倒れる。

 さらにそのまま振り返り、右手をもう一人に向け、すかさず撃つ。襲撃者は撃たれた肩を起点に、勢いで回転しながら横たわってから、動かなくなった。

 再び、長く、呪われたような沈黙が訪れる。


 混乱が加速する中、銃使いの悪魔は嗤う。

 そしてもう一つ、生成された物体があった。

 両手に持っていた銃それぞれが、宙に浮いたままただようことなく、重力に引かれることなく静止しているという奇妙な状態に、怪物たちは目がいかない。それよりもその空いた両手で生成された物体を見て、慄き始める。

 それは武器の類いではない。

 それ自体に攻撃性能があるわけがないのは当然のこと、目に見えぬ呪詛を放ったりするものでもない。ただ与えるのみ(、、、、、、、)


 第四拘束を解き放ち、蒼き光の翼こそ視界の悪い闇の中で飛翔するのは危険だと判断して使わなかったが、頭部を覆い隠す仮面だけは身に着けていた。それと異なる外装を生み出す。


 失われていく生前――ヒトであった記憶から、それの存在を思い出す者も中にはいたかもしれないが、この小さな響動めきと戦慄では、正しくそうであったかなど推し量れない。

 皆が、同じ感情をあらわにしていたからだ。


 生成されたものを、立花颯汰は被り始める。

 その黒鉄色の兜は、人を、神を超えたというおごりに満ちた意匠であり、邪悪な怪物のような面持ち。後方に伸びる金属の繊維は幾つも束となっていて、ドレッドヘアを思わせる。先端に三角錐の棘が飾りにあり、それを含めてほぼほぼ揺らめく闇に溶け込む漆黒一色の装備品。この地で何度もお世話になったもの――冥府神ガルディエルの配下たる“怨霊”を演じる際に使った、ルクスリアの仮面。

 魔王の仮面は『恐怖』を与えるのに充分すぎるほどの力を有していた。 

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