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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
307/435

112 地上の地獄

 シルヴィア公国とニヴァリス帝国の境界線付近、その上空から、紅蓮の魔王が降りてきた。

 襲い掛かる飛竜を粉砕し、闇の勇者の奮戦を眺めていた。毒角を持つ幼虫型の機動兵器、および随伴する戦車チャリオットを駆る吸血鬼化した兵士をことごとく、撃破したリズ。不可視の双刃を納め、倒れて戦闘不能となった兵に近寄る。

 意識を失っているが死んではいない。

 何人かは敵の毒液を浴びて死んでしまったが、大多数は生き延びている。まるで息を引き取ったかのように地に伏したまま動けないでいるだけだ。


『どうした。トドメを刺さないのか』


 降りてきた紅蓮の魔王に、リズは首を振る。

 そして上着を少しはだけさせた中を紅蓮の魔王に見せる。


『ほぉ。貴族……民間人か』


 軍服の上着だけを羽織っているだけで、華美すぎるシャツやら装飾を身に着けている。少なくとも命を張る軍人がこのような格好をするとは考えにくい。他には下は麻の服や、今帝都で流行っているシャツやらコートなど洒落しゃれっ気のある格好の者もいた。腹を肥やした見た目から、鍛えた様子もなければ傷もない者もいる。大半がドックタグの類いも所持していなかった。


『なるほど。我らが王に献上するのか』


 リズは肯く。

 軍人であれば戦いの中で死ぬのは本望……とまで言い切れないが、死と隣り合わせとなるのが仕事だ。少なくともいくさに駆り出されるはずがなかった民が、無理矢理に兵として徴収され、正常な判断力を奪われた現状は狂っている。

 すべてが救えたわけではないが、動けなくなった彼らを運び出そうとリズは考えた。

 なので赤黒いロープを作り出し(、、、、)、彼らを数珠つなぎにしていた。

 五本に分けたロープの先に、ほぼ等分にした人数が繋がれている。

 だが、勇者とはいえリズは女の子。膂力りょりょくで三百近い人間を運び出すのは不可能であった。必死に引っ張ろうとするが、ビクともしない。それを見て紅蓮の魔王が降りてきたカタチとなる。


『しかし、王は森にてコレらと遭遇した際、救えぬと断じて斬り捨てたと聞いたが?』


 リズは、この男本当に嫌な奴だなとしかめっ面をしたが、首を横に振る。


『……確かに。ここで置いて行くのも問題となるか。首級とした方がコンパクトで運びやすくなるがそれもダメ、だな。そんな顔をするな。わかった。お前の頑張りを、我らが王に示す絶好の機会だ。喜んで力を貸そう』


 そう言うと紅蓮の魔王は、空間に巨大な両腕を出現させる。人間を複数人、手のひらに乗せて握り潰せるぐらいの大きさであり、その見た目通りかなりの力がある。摘まんだロープを引き紅蓮の魔王の歩行に合わせて前進する。


『お前の願い通り、我らが王がそれらを治す術を手にするかもしれんしな。だが真っすぐ帝都まで運ぶのは止した方がいい。村も危険であるし、制圧した基地の中で隠すのが得策であろう。……ついでだ。姿隠しを施そうか』


 ずるずると引きずられていくヒトは遠目でも目立つ。だから隠蔽の魔法を使い、認識を誤魔化す。領地を侵攻されていたシルヴィア公国が動き出している。さすがに五本のロープで結んだ人間たちを引きずると、騎兵に追いつかれる可能性が高い。

 光の勇者でもある紅蓮の魔王が最速で動けば、両手足が縛られている怪人たちの後頭部が摩擦禿げ上がるか、ロープが千切れてしまうなど弊害が避けられない。

 ゆえにこれが最善の選択だろう。

 ニヴァリスの各地のハッチの場所はすでに見切っていた紅蓮の魔王は、道中でこの土産を置き、そのまま他の機動兵器を破壊した後に帝都へ入り颯汰の手助けをしようと考えていた。

 巨腕にロープを掴ませて歩き出した、直後である。


 契約者として繋がりのある紅蓮の魔王と、リズは確かに感じ取った。


『これは……――』


 滾るような熱。

 噴火するが如き感情。

 王都アンバードでも感じ取れた激情を、二人の勇者は感じ取った。

 リズが紅蓮の魔王の袖を引っ張った。

 顔を見合わせる。

 魔王は目瞑り首を横に振る。


『わかっている。だが我らの使命は終わっていない。ここで感情に任せて救援に行けば、敵の軍勢が民に危害を加えるだろう。焦るのは当然だが、大局を見極める必要もある』


 目を伏せるリズ。彼の言っていることはもっともである。すぐにでも颯汰の力になりたい――彼の怒りを鎮めてあげたいという気持ちはあるが、それで作戦を台無しにしてはきっと颯汰は失望する。だからここは我慢のときだ。


『その意気だ。早々に雑務をこなせばいい。……少し急ぐとするか』


 紅蓮の魔王が地面を蹴り、雪原の上を滑るようにして飛ぶ。犬ぞりに引かれるように、三百近い軍勢が運ばれていく。大半は意識を失ったままであるが、中には目を覚ましていた者もいる。声を出す気力もないまま、真っ赤に染まった空が視界いっぱいに映り、死んで地獄に落ちたものだと納得していた。

 “闇”とは、常に音もなくしのび寄るもの――。

 ニヴァリス全土をおおう厚い雲が裂け、光が差し込むはずだった。

 そのニヴァリス最大の首都であるガラッシアから、天へと放出される光が、空を深紅しんくに染め上げる。くれないまった空は陽光の恵みを地上に届かせなかった。

 さらにガラッシアの全体の照明は落ち、換気用の設備は停止している。首都を覆う球体の中は、ただよう白い闇に満たされている。

 そして、“闇”とは正常な視認をはばむものだけを指す言葉ではない。

 ヒトの内にある悪意や敵意――己がえきのために他者をないがろにしたり、蹴落けおとして罠にはめることもまた“闇”と呼べる。社会集団の活動を円滑に進めるべく、犠牲ぎせいを強いるのもまた“闇”だ。絶望的で未来が見えぬことも、そう呼べるだろう。

 この都はまさに“闇”に満ちているといって過言ではない。どんなにかかげた理想が鮮烈であっても、どれほど志が燦然さんぜんと輝いて見えても、民の人生……他者の命を代償だいしょうに大願を叶える姿は、ひどくみにくく映り、深い“闇”を感じさせる。

 今この時、ガラッシアは地上で最も地獄に近い、最悪の都市となっていた――。


 叫びが、ココロの中で反響し続ける。

 感情がたぎるる。それらを表に出されるのを阻むように、敵の猛攻は止まらなかった。

 憲兵、騎士、平民が、殺意と牙を剥きだしにして襲い掛かる。

 一日前までは建国祭に向けて人々が集まり、都会に合わせた格好やら、楽しませるため自分も楽しむために思い思いに仮装したりと個性に溢れていた。都のデザイナーが作ったであろう服。自国の伝統衣装を着こみ、アピールする者たち。老いた親からのおさがりの服。洒落っ気に無頓着な者も、最先端を追及したがる者も、皆が一様にこの祭りを楽しむために着飾っていた。

 その服を、血やら唾液だえきやら、傷つけながら“敵”を襲う。

 手足を武装し、顔を隠した侵入者――頭部を覆う仮面をになかぶとには、紋様が浮かび、淡く蒼い光が明滅している。その外敵が何なのかわらかぬまま、万の民が怪物に堕ち、暴れ回る。


『クッ……!!』


 ニヴァリス帝国にとって間違いなく外敵となった立花颯汰は、いきどおりを感じつつも、発散する術を持たない。

 何故なら襲い来る民たちに、一切の罪が無いのだ。

 自分の意思で怪物となり、欲望のまま暴れ狂うのであれば、如何様いかようにもできた。


 だけど、これは違う。


 女性の爪をかわし、剣を振るう。切っ先が女の左腕を傷つけ、悲鳴が耳朶じだに届く。

 追撃を許さないと男が割り込んできた。

 女を守るように背を向けていて、颯汰は思いきり歯を食いしばる。悔しさと怒りが、止めどなくあふれてくる。

 その一瞬の躊躇ためらいに跳んでくる子どもたち。

 咄嗟とっさに剣を逆手に持ち替え、柄の先で殴り抜ける。その後、剣を捨て肉弾戦となった。

 もう一人――宙から飛び込み、噛みつかんとする顔を押さえ、手近の敵たちに投げつけた。何かがきしむ音がした気がする。それが相手の骨から鳴る音ではなく、己の内側から響いてきたものだと悟る。

 嵐はまだ、続いていく。

 周囲は目が届かぬ濃霧の白に、遮られた光によって生み出される黒、その二重の闇が民を護る防壁となる。それを祝福と呼ぶにはあまりに邪悪であり、下劣であった。

 今しがた襲ってきた青年を蹴り飛ばした先、代わりに跳ね返るよう飛んできた男が耳障りに叫ぶ。

 颯汰は腕で猛撃をブロッキングする。

 地面に足を付けた男は、即座に動いて外敵を襲い続ける。


 ――こいつ、二十三回前の……。あのとき、肩を斬ったはずなのに。もう傷が塞がっている……!


 切り裂いた衣服の上、染みわたる赤はそのままであるが、痛みにあえいで逃げた人族ウィリアの男が再び襲い掛かる。颯汰はこれまで襲ってきたすべてのヒトの顔や特徴を、一瞬の内に記憶していた。だから見間違うはずがない。致命傷ではないものの、斬った右肩の出血具合から、再起にはそれなりの時間を要するはずであった。しかし、男は両手を広げ、鋭利えいりな爪で挟むように振るってくる。それを颯汰はスライディングするように身体を屈め、そのまま勢いで足を狙ったローキックを当てた。

 蹴り払い一回転した颯汰が、足を崩した怪人へ追撃の態勢を取った。

 地面に着く前に、その頭を思いきり蹴りあげる、あるいは接地後に踏み抜こうと決めた。

 迷っている暇はない。

 敵は傷を治してくるのであれば、一撃で確実に葬るか、殺さぬにしても、再生するのに膨大な時間が必要になるまで痛めつけなければならない。

 追撃が入る前、颯汰の身体が真横に吹っ飛ぶ。


「……イヤダ、イヤダアア!!」


 泣きじゃくる声は眼前の敵ではなく、真横から飛びついてきた子どもから聞こえる。

 逆に態勢を崩した颯汰に、――前日に公園で遊んでいた子どもと特徴が一致する少年が、顔色を悪くして、血走った目でにらみ、噛みついてきた。


「コロス、コロシテヤルゥゥウウ!!」


 歯を立てても、痛みも届かないはずなのに、颯汰は声にならぬ悲鳴を上げ、少年を振り払って立ち上がる。

 床を転がる少年に、ローキックを当てた男が近づく。目は赤く、表情も険しいままであるのに、その関係が何なのか容易に察してしまう。だからこそ、颯汰には何よりもキツく、痛かった。

 ふたりが退いて、その代わりに、次は中年の男女が飛び込んできた。男性は見た目に反して他の怪物と同じ俊敏さで殴りかかってくる。女性は威嚇するように吠えたあとに加勢する。


「コロス、ゼッタイニ!」

「シニタクナイ、シニタクナインダァアアア!!」


 絶叫が言葉となったせいで、さらに動揺してしまう。大人と子どもの声、ココロをき乱す。

 言葉の意味をわからず、ただ動揺を誘って吐いているのであれば、颯汰はここまで苦しむことはなかった。彼らの悲鳴は、叫びは本物であった。

 命を脅かす敵であれば、それ相応の対応せざるを得ないのだが、身体は畏縮してしまっている。

 敵の攻勢が増していき、今はどうにか押し返すのが精一杯だ。


 これ以上の最悪は無い。

 だからこれを乗り越えられたならば――。


 そんな、淡い夢を見ていた。

 いや、想像すればすぐに行き当たる現実さいあくを、颯汰は目を背けてきた。


 振り返り、敵を蹴って追い返す――そのつもりであったのに、その影の集団を見て、時が止まったように颯汰は仮面の下で目を見開く。


「タス、ケテ、イヤダ、シニタク、ナイ……!」

「イリー、ナ、サマ、ヒルベ、ルト、アニ、キ……!」


『――――……!』


 颯汰は息を呑んだ。

 少女の必死な叫びと、絶叫して取りついてくる少年たち。それらの顔ははっきりとわかる。

 互いに見知った顔だが、今の彼を颯汰ヒルベルトだとはわからないだろう。

 他の子どもたち同様、懐に潜り込んで飛びついてくる。

 颯汰は掴んで投げたり、大きく身体を揺さぶるようにしてステップを踏み、纏わりつくものを取り払っていく。黒獄の顎を用い、瘴気が暴れて敵を弾く。

 敵の攻勢が続く中、凛とした声が突き刺さる。


「いつまで続けるつもりなの、それ?」


 ソフィア――鎧を脱ぎ、背丈こそウェパル同等となった若い女が、鋭く言い放つ。声音こそ平静である。だからこそ、颯汰の中で強く響く。


「一応、付き合ってあげてるけど。もう遊んでる余裕、無いよ?」


 彼女も颯汰に合わせて途中から、特に子ども相手に殺さずという選択をとってくれたが、もはやそう言っている場合ではないことくらい、颯汰もわかっていた。


「助けるつもりなの? できもしないのに?」


『うるさい』


「本当はわかっているんでしょ? アベーテの森の似非吸血鬼と同じ――」


『――それ以上、言うな!!』


 颯汰が声を荒げる。

 ソフィアは目を見開いて彼を見やる。


『頼む。それ以上、言わないでくれ……!』


 消え入るような声。

 その願いに寄り添ってあげられればよかったが、現実はそう言っていられない。


 ――巨神ギガスの姿が見えない。襲撃を予測して地下の最奥に……? この敵の配置も、あまりに用意周到すぎる。侯爵は絶対に裏切らないとして、基地内で既に手の内が読まれていた……?


 ソフィアが、颯汰に対して浮かんだ言葉を沈め、別件に思考を巡らせている。

 颯汰の方は、必死に目の前の問題に対する解決方法を考えながら口にする。彼もまた先が見通せない“闇”に囚われ始めていた。


『何か、何か手はあるはずだ。だってまだ、“魂”はある。失いつつある者や、失くなった者もいるけど、あるやつがいるんだ!』


「…………」


『ッ……。手が、足りない……何か手が、手が……!』


 颯汰の意志なぞ敵方が知る由もなく、その同情や念を察するわけもなく、ただ外敵を殺すために荒れ狂う波濤はとうとなる。言葉を口にしている間にも、次々と襲い掛かってくる。

 首筋を狙った刺突を放つ女を瘴気の顎で掴み、放り投げた。子どもを武器のように投げつけてきた大男は、縮地の走法にて接近し、腹部に肘鉄を喰らわせる。料理人らしき風貌のおばさんはフライパンで殴りかかって来て、腕で防いだためフライパンはひしゃげて使い物にならなくなったし、颯汰にもそれなりのダメージがあった。反撃で蹴り払って女を吹き飛ばすが、腕の痺れが一瞬。ただその一瞬が戦いにおいて致命的であることは、誰もが知っている。

 逸れた意識――、死角を含め三方向から飛び出してくる敵たち。

 ソフィアの叫びも掻き消す敵の絶叫。狂奔しソフィアに取りつく。血が噴き出そうとも、傷口から肉や骨が飛び出ようときっと、止まらない。敵が颯汰を軽んじている――あるいは危険視しているからこそ、相方であるソフィアの動きを封じて確実に葬ろうとしているのだろうか、と考えたが、何十もの肉の檻となって、純粋に物量による圧殺を目論んでいると理解した。

 ソフィアが動けなくなっている間、颯汰には死を運ぶ者たちが迫る。それぞれが騎士やそれに準ずる役割を担う者、さらには凶悪犯などで構成された九人。組織や階級やらが肌に合わず離反、または左遷してしまった結果が、この死よりも残酷な仕打ちであった。


 ――来る。八、いや九人……だけど!


 視界に映らない敵も気配で感じ取れたが、文字通り手が足りない状態だ。一瞬の痺れで対応が遅れたせいで、間に合わない。飛来する礫の如き怪人たちを一人では捌ききれない。

 殺到する怪物が吠える。

 颯汰は、敗北()を予期した。



(投稿直前にこの話の大部分が消えて書き直すの大変でした。発狂。)


2023/07/23

サブタイトル入れ忘れたので追加。申し訳ございませんでした。

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