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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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109 雪辱戦

 空高く、静止した紅蓮の魔王が見つめる。

 広大な大地の一点――隆起りゅうきする影。


「始まったな」


 腕を組みながら、戦場を俯瞰ふかんする。


「力はただ“力”でしかない。おぼれぬようにぎょするためにも、普段から使い慣れる必要があるだろう。この戦場いくさば、いい機会であるととらえられよう」


 世界の趨勢すうせいがかかった局面であっても、紅蓮の魔王はそう言いのける。

 いや、彼にとっては今回の騒動も大した問題ではないのかもしれない。

 息も凍る上空で、金色の髪がなびく。

 他にも狩るべき敵はいるが、一先ひとまず“あれ”を闇の勇者たる少女が使った際の様子を見ておくかと待機をしているところに、


「――……邪魔が入ったか」


 高速でせまる飛行物体。

 火を吹きながら狙いを定めて追う兵器。

 風を突き破る速度で、ミサイルが飛来する。

 本数は二本、既に放たれたものが紅蓮の魔王を捉え、迫り来る。

 面倒だな、と紅蓮の魔王が空中で飛び回り、回避する。

 普通では間に合わぬ距離だが、最速たる光の勇者であった紅蓮の魔王にとって、この程度なら造作もないこと。

 ミサイルが直撃するかと思われたが、紅蓮の魔王の肉体を通り抜けるように見えた。


『残像だと言うの!? カメラとのタイムラグ!?』


 基地の指令室から遠隔えんかく操縦そうじゅうしている者が忌々し気に叫ぶ。


『だったら――これでどう!』


 追尾するミサイルを悠々とかわす紅蓮の魔王に、機械竜――トンボを模る巨大な戦闘機『ドレイク号』が攻撃を加える。

 腕部先端の機銃を構え、連射する。

 人体であればかすってでも、肉が巻き込まれて消し飛ぶほどの銃弾。魔王相手では致命傷になり得ないが、アプローチを変えた。


「!」


追尾しているミサイルに機銃の弾丸が命中する。ミサイルが歪な形に変化し、周囲の空気を塗り替えるように炎が爆ぜた。

 焼き尽くす業火が周囲を包むが、その黒と赤の光の中から、紅蓮の魔王が飛び出した。

 その手には星の加護を受けた大剣――。

 一気に敵機に近づいて両断しようとしたが、ドレイク号が凄まじい速度で後退している。

 紅蓮の魔王が、追うかどうか一瞬迷った。

 想像以上に離れられた。

 空の上で立ち尽くした後、


「……どのみち、破壊せねばならぬか」


敵も退いてはいるが、戦意を喪失したように思えない。ここで破壊すべきだと断じた。

 魔王は大剣を片手に、左腕を前に出した。

 手のひら大の魔法陣から、火球が放たれる。

 目標に向かって直進するものと、上下に分かれ、弧を描きながら追尾ついびするものたち。

 火球の大きさはバレーボール大ほどだろうか。

 それでも、爆発の範囲はんいこそせまいものの、先のミサイルと同等かそれ以上に危険なものだ。

 ドレイク号が降り切ろうとするが、赤々と燃える火の玉は獲物えものを逃がすまいと加速する。

 直撃し、それでも破壊できなかった場合は追撃を入れようと考えていた魔王であったが、てが外れた。

 火球を追いかけるように加速して近づいていた紅蓮の魔王が、めずらしくおどろいた顔をする。

 火炎弾が、敵に当たる前に消えた。

 忽然こつぜんとかき消された魔法。

 魔王は、次に先ほどの火球よりも大きい――自分の身体すら包み込むほどの特大の火球を、前面に展開した魔法陣から射出する。

 熱と生み出された風で、尾のような金色の長い髪が暖色を帯び、激しく上方向に揺れ動く。

 当たれば間違いなく致命傷となる魔法の爆炎弾。見た目に反してかなりの速さでドレイク号に突き進む。

 ドレイク号も先ほどよりも速度を上げていた。

 空中で舞い、振り切ろうと上昇し、千切れた雲を散らしていく。

 しかし火球はドレイク号を追いすがる。

 縦方向に行こうが、回転しながら急転回しようがお構いなしだ。

 確実に、敵を葬る一撃。

 爆炎がドレイク号を包み込む……と思えた。


「ほう……」


 巨大な爆炎弾までもが消失する。

 表面の装甲を焼きただれさせる灼熱しゃくねつの炎ですら、届いていない。

 そこで紅蓮の魔王が気が付いた。一瞬だけ光の障壁がキラリと光ったのが見えたのだ。あわい青の光――半透明の正六角形が幾つも並ぶ、ハニカム構造でできた障壁『バリアユニット』を起動させた。

 魔法が利かぬ相手――その障壁が無尽であるとは思えぬが、付き合って時間を食うだけは無駄である。さらに、紅蓮は敵の動きから行動を推察する。

 攻撃を加えてくるが、距離を一定を保つようにしている。付かず離れず、明確に攻撃行動を取ると一気に距離を離し、遠距離から攻撃を選択する。隙を見せたら――わざと背を向けるなどをすると近づくやと思いきや、警戒しつつ機銃を乱射してくる。


「……なるほど。そう来るか」


 戦法を切り替えたと判断した。

 追えば急速に方向転換し加速し始める。

 冷静であり、こちらからすると非常にわずらわしい。

 煩わしいからこそ、有効な戦術に違いない。


「明らかに戦い方が変わった。ヒトの気配は……、ないな? 誰かの入れ知恵か、あるいは……」


 この世界の歴史において――機械、兵器などは幾度か登場したが、それが直接人の手で造られ、操られたという記録はない。ゆえに、遠隔操作という発想にはさすがの紅蓮の魔王にも至れなかったようだ。搭乗者がいるのではないかと疑ったが、その気配は感じ取れないため、生き物のように学習したのだろうか、とさえ考えていた。

 機械越しでは、敵意はあっても憎悪までは感じ取れないらしい。


『トンボのように舞い、トンボのように刺す!」


 操縦者のすぐ近くに置いてある木箱の中で、「何言ってんだろう」と呟く颯汰。

 しかし周囲の人間たちは、疑問を持つよりもその抜きん出た操縦テクに魅了されている。

 一緒に「おぉ……」と喚声をあげているクソバカ侯爵と後ろで侍るお付きの騎士以外は、一度操縦の練習をしたが、ここまで手足のように動かせた人物はいなかった。

 場面はドレイク号の発着場に繋がる基地内に移り、騒がしかったところが別の意味でき始めていた。


「ふん、釣られたわね。馬鹿な魔王」


 後部の脚二本の砲門から放つ、拡散する弾。

 ドレイク号は、六つの足それぞれに別種の武装に換装かんそうできるようになっている。

 敵を捕縛する爪付アンカーや、上空から火災を止めるための放水ポンプユニットなど状況に応じて使い分けることが可能だ。ただし、当然ながら事前に搭載とうさいしたものしか使用できない。

 今回、トンボの足先に選ばれたのは機銃とミサイルとこの装備。

 魔王が危機を察知して急停止するが、遅かった。

 砲口からすぐにバラけて散った黒色の球。

 大きさでいえば子どもの拳大にも満たないほどであるが、何十もの球体となって散布される。

 敵からの追尾ミサイルを誘導するための、チャフやフレアといったデコイ装備ではなく、それ自体が攻撃性能を持つ武器であった。

 航空機など高い速度を維持しなければならない乗り物からすると、ただそこに静止している物体というだけで充分に脅威きょういとなるが、これはさらに悪質になったもの。


『く……!』


 紅蓮の魔王が球に触れた途端、球体が赤熱して爆ぜた。そしてその爆発――衝撃が他にも伝わり連鎖れんさして爆発する。

 空中から、多くがひしめく敵陣やら要塞ようさいを攻撃するために降らせる爆弾を、追いかけてくる敵を引っかけるための幕として使った。


「お、おぉお!」

「や、やったぁ!」

「これでアンノウンも――」


 モニタから得られる情報は少ない。ノイズが混じり、さらに急な方向転換と超スピードでついていくのがやっとだろう。

 それでも、正体不明の敵が爆破に巻き込まれた姿は確認できた。歓喜に満ちる指令室であったが、


「――まだよ」


 操縦桿(アケコン)を握りしめるミリア主任……にふんしたソフィアは油断しない。

 本来であれば敵の撃墜を確認すべき場面であるが、さらに距離を取る。マヌケ侯爵が「逃げるな、戦え」と茶々を入れたところ、


『やるではないか』


 人語が響き、紅い閃光を複眼カメラが捉えた。一瞬写り込む――鎧装を纏った真紅の悪鬼羅刹。

その途端、信号がブツリと途絶えた。画面が砂嵐に包まれる。

 呆けた顔で固まる一同。


「ド、ドレイク号……シグナル、ロスト……!」


 席についていた白衣の男が告げる。

 信号消失により、勝負がついたのだと知る。

 操縦桿そうじゅうかんを握ったまま時が止まっていたソフィアが、壊れた。



「あ゛~!! あんの※〇×△※◇▼◎(ピーーーーーーー)~!!」


 およそ女の子がおいそれと口にしては良い言葉ではない。いや、成人してようが性別が異なろうと、言ってはいけない類いのワードである。

 しかし、現地人の誰もがその言葉の意味どころか、何を言ったのかわからなかった。悔しさで訳の分からない言葉を吐いている、もしくは発狂していると捉えていたことだろう。ほぼ正解だ。


「母国語出てますよ母国語」


 台車に積まれた箱の中で颯汰が呟く。ソフィアは元の姿でも日本人離れした見た目をしているが、どうやら転生する前は日本国外にいたと推測できた。颯汰にはどこの国かもわかったが、彼からその話題に触れることは無いだろう。

 対人恐怖から得た観察スキルにてアナライズされているとは露にも知らぬソフィアは怒り、ゴーグルを目の前のデスク上に移動させて、頭を抱えた。

 手元にあるアーケードコントローラーや台を両手ではたいたり、ガラス製の灰皿をもって対戦者を襲撃しに行くなどしないだけマシではあるが、本来は暴言を吐いたり他人に怒りをぶつけるよりも先に見直すべき箇所がきっとあるはずなのだ。

 しかし、ソフィアに油断は無かった。機体の性能を人工知能以上に引き出していたと、贔屓目ひいきめ無しでもそう思える。


 ――相手が悪かっただけだ


 颯汰は思ったが、それを口にしても意味のないしなぐさめどころか、逆に火を着ける可能性があるので、余裕ができても言わないと心に決めていた。

 それより、ここからどう帝都に侵入するか――最悪、この女を置いてでも進まねばならない。

 落胆の空気が流れる基地内。

 そこへ先代から甘やかされたであろうバカ侯爵がソフィア――ミリア博士に近づいた。

 失敗したらどうなるか……などと脅し文句を垂れた中年男性。顔色を変えて、部下の男女たち研究職の皆が止めに入ろうとしたときだ。


「――素晴らしい!」


 拍手しながら、侯爵は言う。その目は尊敬の念を感じさせていたし、少し笑んでいる。


「あ、え……?」


「素晴らしい戦いぶりであったぞミリア博士」


 興奮気味の中年男性が、状況が呑み込めていない若い女の手を両手で握った。セクハラで訴えよう。きっと勝訴てる。


「正直見ていると……何だか酒を浴びるように飲んだときみたいで気持ちが悪かったが、それでもわかる! かなり善戦していたと言えよう! 相手も魔王であるとハッキリ見えた! 空をあんな飛び方するもの、他に居るまい。それに見ただろう、最後の瞬間、あれこそ魔王の証に相違ないだろう! あぁ思い出すだけでチビ……身の毛がよだつ!」


 乗り物酔いという概念は馬車の中でぐらいでしか味わったことがないし、三次元映像による酔いというもの初体験だ。その不快感を飛ばすほどの衝撃を、彼は感じた。そして、己の地位を守るためであれば頭が回るようであった。


「ミリア博士。私と共にすぐに報告へ向かおうぞ。竜を駆る腕前――陛下がお喜びになるだろうし、他の基地でもその重宝されることだ。そうなれば私の地位は危ういどころか……グフフフ」


「えっと……おとがめは、ないかんじでしょうか?」


「無論だとも! 一度ガラッシアへ戻り……、事後処理はそこの有象無象に任せておきたまえ」


 思わぬ方法で帝都入りを果たせそうだ。

 颯汰が箱の中で「おっ」と声を出してしまいそうになった。両手で押さえて事なきを得ていた。

 ソフィアの方も一瞬苦い顔をしていたが、自分の目的を台車に乗った木箱から念を受け取って思い出し、ちょっと小さく親指を立てる。


 ――お前、本来の目的忘れてただろ


 舌をペロッと出して誤魔化そうとしている。

 結果的に穏便に帝都に侵入できることが決まったのでヨシとしておくべきか。


 ――しかし、この貴族の人たちをどうするかな


 お付きの騎士たちとも、途中まで行動を共にする事となる。

 どこかでタイミングを見て奇襲せねばならないと物騒なことを考えている颯汰。ソフィアもほぼ同じことを考えていたが、彼女はもっと深刻で暗い心持ちであったと言えよう。

 実は潜入から今まで、すべてをほぼノーリスクで通過パスするすべがあった。ただしそれは、今の彼女にとって限りなく避けたい手段である。

 分裂していた頃の冬の魔女(バーバヤガ)であれば理性や道徳心がうすれていて、他者から向けられる感情に興味がなかったからこそ、躊躇ためらいもなく使っていた力。その記憶を他人事のように思い起こし、ソフィアはゾッとする。

 いちじるしく弱体化したとは感じているが、それでも一般人相手ならば問題ないことは記憶から読み取れる――。

 彼女は颯汰にも話していない力がある。ただし、何度も使用しているところを、彼は目撃していたが、気付いていない。

 それは固有能力(イデア・スキル)――各魔王が《王権レガリア》と共に渡された特異な能力。

 颯汰が見抜いた通り『多重人格』と言ったのはうそであるが、他人にりつくという颯汰の予想も大ハズレである。今では颯汰は、彼女たちの特性から最初に告げられた『多重人格』が正解なのだろうと思い込んでいるが、真実は異なる。


 ――できれば、固有能力(イデア・スキル)を使わないで済めばいいんだけど……


 ソフィアは横目で、箱をちらりと見る。

 箱の中にいる颯汰は目が合い、小さくうなずいた。


 ――あぁ。数が少なくなれば制圧できるな


 全然、意思の疎通そつうができていない。まるでみ合っていなかった。言葉にしないと伝わらないことはこの世の中で溢れている。というか、むしろそれが自然なことなのだろう。

 一時はどうなるかと思われたが、無事にニヴァリスの中枢たる帝都ガラッシアに、再び足をみ入れることが決まった。

 ガラッシアに異変が起きているのはわかっていても、心のどこかで都市部であるから入ってしまえば人波に紛れ込めるとんでいた。外で繰り広げられている規模の大きい戦とは無縁であると、ある種の夢を見てしまっていた。

 あの豪華絢爛な未来都市――煙霧に満ちた大都会が地獄に様変わりしているとは、颯汰はまだ気づいていない。

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