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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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105.5 幻想の怪物

 クラーケンと呼ばれる魔物がいる。

 その姿は定まっておらず、物語の数だけ形態けいたいがあると言ってもいい。何故なら、その姿をはっきり見た記録が無いのだ。

 そこまでいくと実在しているのかすらあやしいが、海上の嵐の夜に、巨大な頭足類の足がからみついて仲間の船をしずめただとか、かおの無い蛇のような姿を見たという話が残っている。他には襟巻エリマキ触手しょくしゅが付いた海獣、イノシシのような牙と尾に多数のタコ足を持つ魚のような姿だとか、巨大なカニ……などなど。わりとバラバラである。おそらく全て同じ種ではなく、名前の無い巨獣をそれぞれ「クラーケン」と呼んだのだろう。

 あるいは――……、

 つかんだものを逃がさない。

 夜の海という闇へ、うねる波がらえる。

 その幻想が居もしない怪物の姿をかたどったのか。

 

 クラーケンという怪物の話を聞いたとき、恐ろしくてたまらなかった。そんな怪物のいる海で命を張って漁をする大人への憧憬と、食卓に並ぶ魚を無駄にしてはならぬという気持ちが芽生えた。今思えば、クラーケンの話をしてくれた父の策略であったとわかる。

 父との思い出はたくさんあるが、何故かたまに正体不明の怪物が頭に過る。


 深い海底から呼ぶ声が聞こえ――……。



 ニヴァリス帝国のガラッシアは、旧き時代の遺物の恩恵おんけいを受けた大都市である。

 外観は透明とうめいな丸い球体に包まれていて、その球に沿うような形で、中に道路や街が形成されている。中心は大穴が空いていて、気が遠くなるほど深い。周囲の山々のみねよりも長いらしい。

 ほかの国でも類を見ない構造をしたこの都市に、来年から過ごす事となるマルク少年の目には、希望の光がたたえていた。

 小さな村に住んでいた人族ウィリアの少年にとってここは待望の大都会。

 あこがれの街は想像以上にきらめいて映っていたのだ。

 木々や雪、家畜と遠くでえる魔物――自然ばかりの田舎いなかと違い、目に映るものすべてが真新しく感じた。

 純朴じゅんぼくな少年にとって、ここは理想郷であった。

 母は自分を産んでくれたときに亡くなり、男手一つで育ててくれた父親が、眠る前のマルク少年にいくつか“物語”を語ってくれた。

 その中でもニヴァリス帝国が建国に関する実話と創作が入り混じる伝奇のようなものを、マルク少年は大いに気に入っていた。

 マルク少年が目指す“星”はこうして定まったのだと言っていい。彼が読書と勉学にのめり込む姿勢は、すべては憧れから始まったのだ。

 マルクの父も三年前に亡くなり、代わりに保護者として名乗りを上げてくれた老夫婦の、夫の方が去年に他界してしまった。

 そんな過去があり、彼は自分を疫病神であると信じ切っていた。

 ただ彼に原因があったとは傍目からは思えない状況ではあっても、世間の風は冷たかった。

 何より、彼と同年代の子どもは容赦ようしゃなく彼を傷つけていった。

 彼は自分が育った村が大嫌いになり、ますますここから出ていきたいがため、勉学にはげんだ。

 ニヴァリス帝国では、首都以外でも優秀な人材を確保する名目で年に一回、学術試験の実施をする。試験で好成績を残したものは、特待生としてガラッシアの名門校にまねかれる事となる。

 その制度を前々から知っていた彼は、友人と遊ぶ事よりもそちらを重視していた。元より、外で遊ぶよりも、読書の方が性に合っていた。

 そんなこともあって、マルクは村の子どもたちの間では浮いた存在になりつつあったのだ。

 しかし、マルク少年にとって瑣末さまつな問題だ。

 例えうとまれようが、大嫌いな農村から離れて過ごすと決めたのだから。

 二度と会わないだろうと、言葉にはしてなくとも内心見下していた部分があった。 

 好奇心と努力のお陰で、彼は夢にどんどん近づいていき、遂に帝都への道が開かれる。

 試験で高得点を叩き出し、見事にもガラッシアの名門校への入学が決まった。

 来年にはテュシアーから出ていく。

 生まれ里に対する未練など、きっと無かった。

 予定外なのは、第四皇女が村に訪れたこと。

 そこからマルクにとって、真の意味での試練が始まる事となるがここは割愛しておこう。彼にとって良い記憶ではない。

 集団に溶け込むつもりなどなかったが、皇女の命令となれば無視はできなかったのだ。


 ……――

  ……――

   ……―― 


 時は過ぎ、現在に到達する。

 世界は、彼の知る日常は音を立ててくずれ出す。

 集まった民は建国祭を楽しみに帝都ガラッシアにおとずれていた。

 さらなる技術発展で豊かさを帝国全土に広がることを願いつつ、恒久的な平和を望んでいた。

 だが――、

 大都市に《神》が降臨し、全てが紅に染まる。

 煙霧えんむに満ちた街は、今や狂気に満たされる。


 皇帝が死に、巨大な灰色の神と一つになる。

 マルクを含め、少年少女たちはその異様な光景に目を疑った。皇帝が暗殺されたことでも、《神》が降臨したことでもない。

 民の狂騒に、狂信に、恐怖を覚えたのだ――。


 乱入してきた暗殺者によって式典は中断し、皇帝はたおれた。皇帝の死に民たちは騒然し、怒号や慟哭どうこくが飛び交う帝都がさらなる地獄絵図へと変わる。 

 ヴラド陛下が凶弾で倒れた際、何が起きているか理解できず、目の前の“死”に涙が流れた少女ですら、恐さから顔が引きつっていた。


「なんなの、これ……」


 誰が発した声か覚えていないのは、皆が思った言葉であったからだろう。

 祭りのパレードを楽しんでいたはずなのに、大人たちがおかしくなっている。

 理解を超えた状況に、ヒトは思考を放棄してしまいがちになる。賢いはずの大人たちが、眼前の光景を受け入れ、狂い始めていた。

 人混みの中、熱狂する大人たちが恐かった。

 子どもの目は敏い。

 たった少しの時間で、大人たちの狂信の異常さ――すべてを捨ててまで尽くそうとする姿勢を看破かんぱしていた。確信はなくても、感じ取れたのだ。


 大人たちが死を超越した皇帝を、神とあがめる。

 誰も疑問の声をあげてない。

 自然と、ごく自然と受け入れている。

 まるでみんな、操り人形のように見えた。

《神》は空中庭園に埋め込まれた巨大な宝石のような結晶体を、自らと融合させる作業に入った。

 そして大人(人形)たちに命令を下す。


『反抗勢力は民を――我が家族の命を脅かす。みなごろしにすべきだ』


 その言葉に異を唱えるものはいないのは、そこまでおかしいことではないだろう。「大義のため、革命のため」などと称して、簡単に人を殺そうとするものが近くにいては、安心して眠れない。命を守るために、外敵を排除すること自体は間違っているとはいえない。


 だが、問題はそのための行動であった。


 見たことのない格好をした――全身を鎧うものが見た目に反して俊敏しゅんびんに動く。まるでシマイタチ(縞模様のイタチ)やスノヴィッタ(白いウサギ)よりも素早く、建物の屋根から屋根へ飛び移るのが見えた。

 迷いなく街の一画に飛び込み、制圧する。

 レジスタンス『ミスリルの目』を名乗る叛逆者たちを捕らえたのだ。

 次々と広場に運び込まれるレジスタンスのメンバーたちを、皇帝の命令で処刑が決まった。

 民たちは、捕縛の際に大怪我を負った者であろうと容赦なく罵声ばせいが浴びせた。それは仕方がないことだとは思えても、何百何千、何万もの集団が少人数に対して“死”を望み、さらに処刑の光景を、手を叩いて喜んで見ている姿には恐怖を抱かせるのに充分である。

 それはおよそ、技術発展の末に娯楽まで充実していた帝都で起きてはならぬ。大衆が罪人を裁かれる様を見て嗤うなど、時代遅れどころか人道に反することだ。

 しかし周りの大人は皆、嗤う。

 それどころか声を大にして叫んでいた。

「殺せ! 殺せ!」

「一族も皆殺しにしろ!」

「不穏分子など皆粛清にすべきだ!」

はりつけにして、むちを打て! 生皮が剥がれても打ち続けるのだ!!」

 何万の大人がみんな、わらっていた。

 まるで喜劇を見ているように。あるいは、つまらない演目の野次を入れるように。

 処刑台に乗せることもなく、その場で何人かのレジスタンスをほうむり始める役人たち。

 声をあげ笑いながら、手足を斬り落とす。

 そこに性別や年齢による差別はない。

 若い女だろうが、なぶり殺しにする。

 生きたまま、腹を開き笑いながら指を突っ込む男に、湧き立ち歓声をあげる群衆。

 落とした腕の指をかじり付く姿。

 さながら人肉を貪る亜人グールのようだ。


 少年少女たちにとって、今まで積み上げてきたものが瓦解するような衝撃的な事柄であった。信じられないものが、次々と目に飛び込んでくる。

 我慢ができず、込み上げたものが口の中から飛び出すものもでてきた。マルク少年はなんとか吐き気を抑えたが、何人かその場で吐いてしまった。

 だが周りの大人たちはそれを気にも留めない。

 吐瀉物としゃぶつがかかろうと、足元に浴びようと、まったく無反応であった。

 不気味さを通り越した異質な感じに、少年少女たちはその場から早く逃げ出したくなった。

 この地獄のような時間が、早く過ぎ去ってしまえと願った。認めたくない現実――悪夢から覚めろとも願った。

 しかし、無情にも時は常に一定で進んでいく。

 揺らめく人並みの中、不条理に対して子どもたちはあまりにも無力であった。

 多くの“死”に目を背き、耳を塞いで過ぎ去るのをただ待つしかできなかった少年少女は、ただ流れに巻き込まれる他ない。


『時間だ。我が子らよ』


 おびただしい血に染まった広場。

《神》となった皇帝が中央に浮かびながら語り掛ける。それは啓示であり、命令であった。


『帝都を巣食う宿痾しゅくあの排除、まこと大義であった。しかしこの地を荒らす脅威は未だ去っていない。備えよ我が子らよ。真の“魔王”が来るぞ。騎士よ。誇り高き我が誉れたる騎士たちよ。戦えぬものを誘導せよ』


 帝都の溢れかえった人混みを、騎士たちは協力し合いながら誘導を始める。

 安堵の息を漏らす少年少女たちと異なり、マルク少年は頭で少し引っ掛かっていた。

 何かがおかしい。


「子どもはこちら~。人族ウィリアのお子様はあっちの人族の男の人のところへ~」

「えー押さないでください~! 慌てず、我々の指示通りに動いてくださいねー!」

「賓客の名簿と、人数の確認を急げ!」

「ったく……。おいおい、そっちじゃねえ。お前さんたちはこっちの列に――」


 夢から覚めたように現実が流れてくる。

 先ほどまでの光景が全て悪い夢であったかのように思えるほどに。

 だが最悪なことに現実である。


「……変だ」


 マルク少年が感じ取った違和感。

 敵の襲来があると断じた皇帝の言葉に、慌ただしく動き回る憲兵。

 急な要求に、パニックになるはずの現場はいたって冷静である。全員ではないが、一部の憲兵の指示は妙に的確で、ぞろぞろと大量の人間がそれぞれに分かれて避難場所へと移動することとなる。

 歓喜する群衆とヒトの大移動に巻き込まれた仲間たちはバラバラとなっていたことに気づいた。


「……! みんなは!?」


 普段は騒がしかったが今回ばかりは静まっていたレナートを筆頭に、村の子たちが全然いない。

 マルク少年よりも年下の子が一人だけ残っていた。少女アリサに聞くが彼女は涙目で首を横に振る。血の気が引くくらい、嫌な予感がした。

 ヒトがぞろぞろと歩く中、おそるおそる声をあげて名前を呼び捨てで叫ぶ。


「……レナート! ラマン! アンナにレイラ! みんなどこにいるの!」


 返事は聞こえない。雑踏で自分の声すら届いていないのではなかろうか。

 不気味な空間で、マルクは他の者たちの名前を呼んだが、やはり反応は返ってこなかった。

 そんなマルクの姿に反応を示す大人はひとりすらいない。大声を出したことに怒る者も、同情して一緒に探してやろうとする者も、誰一人いない。

 人混みを掻き分けて探したいが、小さな少女を連れて動き回るのは難しい。そう判断したマルクは勇気を出して大人に声をかけた。

 出来るだけ丁寧に、簡潔に話そうと考えながら、同じ人族ウィリアらしき現地人――他国から来たヒトと子どもが着用が義務付けられた防塵マスクのようなものを着けていない、男の腕を掴んで問おうとした。


「すみません。友達とはぐれてしまったんですけど……――」


 言葉を遮るように、男は指し示した。

 マルクはそちらに視線を追うが、人混みで見えない。淀んだ目をした男の方を再び見ると男は静かにこういった。


「いけば、あえる」


 構う熱さも見捨てる冷たさも、どちらでもない一言に思えた。

 短い言葉を吐いて何事も無かったように歩き出す男の背を見送りながら、後ろから自分たちを無視しながら、されど踏みつけることもなく避けて歩く人だかりと共に、男の姿は群衆の黒に呑まれていった。


「……――確かに。避難場所に行けば会える、か」


 何も間違ってはいない。

 そのはずなのに胸騒ぎが止まらない。

 己の胸に手を当て一瞬だけそのわだかまる嫌な感情をどうにかできないかと思っていたときだ。


「――……んな。……みんな……!」


 ハッと顔を上げる。

 声がした。

 聞き覚えのある声だ。


「みんなぁああ! どこにいるぅぅ!!」


 周りの大人の背丈で見えないが、たしかにレナートの声であった。少女と顔を合わせて肯き合い、人混みの中を掻き分けて進んでいく。希望など潰えたと思えたが、すがれるものがあるのではないかと駆け寄ろうとした。


「な、何をして、やめ、やめろ! 痛っ、痛い! やめ、やめてく、やめ――……」


 声が、沈んだ。

 幾本の黒い手に捕まれ、沈んでいく。

 嫌な予感が加速する。

 叫びに驚いて止まってしまった足を動かし、一歩踏み込んだところで、闇はこちらに迫っていたと知る。否、最初から黒いうねりの中にいたのだと気づかされた。

 波に呑まれ、にえは奉げられる。

 無数の手が、マルク少年と少女を掴む。

 手足、頭に絡みつく。

 驚き顔を上げると、それはヒト、ヒト、周りを囲う大人たちなのだが――、


「…………!」


 マルクは声が出せなくなった。

 睨む無数の目は生気がなく、集団の姿が――赤く染まった世界に生きる、黒い塊の一つの生命に思えたのだ。

 取り囲み、見下ろす目一つ一つに捉えられ、影の手は容赦なく獲物えものを捕らえて放さない。

 何本もの手と、その凄まじい膂力りょりょくで抑えつけられ、抵抗するがまったく動けない。叫んでも、みつこうとしても無駄であった。

 群れが一個体を模るように、歪な怪物となった大人に捕らえられ、そこでマルクの意識が失う。

 希望など、もはやこの都市に存在しない。


 深い谷底から慟哭が聞こえる――。

 それは、この地で犠牲となったものたちの怨念か。あるいは恐怖心が生み出した幻想か。

 答えを知ることは叶わない。

 建国祭当日――。この日、悲鳴よりも笑い声が多く響き渡っていた。

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