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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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104 変容

 月が隠れるほど暗く、厚い曇天。

 永久凍土の寒空の下に、星が流れた。

 重苦しい紅色に染まる帝都と対となる、さわやかな空色の煌めきがけていった。

 世界を守護せし竜種の王がいただきに座する、霊山ペイル。その中腹に広がる雪原の上を翔ける青は、邪悪な黒を掻き消していく。

 光が闇を浄化するように――。


『――ぐあっ……』


 左腕の砲身が熱く、ヒビが入る。

 背中の翼から放出する蒼炎と、脚部の姿勢を保つためのアンカーが無ければ、勢いに負けていたことだろう。熱と痛みにあえぐも、颯汰は全霊を込めて撃った。


『……いっけえええええ!!』


 霊体となったソフィアが宿った弾丸を込めた砲口からは、流星のように尾を引く砲弾……――どころか、光線ビームとなって放射された。

 注がれた光に、苦悶くもんの声を上げる女魔王。

 下等と見くびった相手――心のどこかで警戒けいかいしていても、己が最上の存在であるという願望が、虚栄が、矜持が、足を盛大にすくう。

 魔王が放つ魔法は強大である。奪い取った力で術者が未熟であれど、決してあなどってはならない。

 動きを止めたところに颯汰はシロすけと力を合わせ、複合魔法レゾナンス・マジックで大打撃を与えた。

 しかし、不完全であっても魔王。

 最上位レベルの魔法であれど、死に至るものではない。それは颯汰も重々承知であった。

 真の狙いはその後――巻き上げられ、空中で態勢を崩したところにあったのだ。


 怨嗟の声と悲鳴が混じった叫びとともに、女魔王は防御のために魔法を行使しようとする。

 だが、そこに突き刺さる。

 魔王から声にならぬ叫びをあがる。

 超高速で右腕を撃ち抜かれたのだ。

 光の勇者たる紅蓮の魔王が、星剣を――巨大な金属の塊を、全力で投擲とうてきしたのだ。

 青の隣に紅の流星が追うようにして並んだ。

 星剣は容赦なく、女魔王の右腕を吹き飛ばす。

 一瞬、ギョッとした颯汰であったが、意識を集中させる。ここで揺らげば無意味になる。

 光が勢いを増した。

 照射が続き、変化が訪れる。

 勢いに完全に負けた女魔王の胸の前に碧い結晶体が出現する。宝玉のようなそれが始点となり、女魔王の身体を変化させていく。

 人型のシルエットを残したまま、光となっている。そう光と形容する他ない。真っ白な眩い光を放ち、目も口も衣服も何もかもが包まれている。

 光の放射が終わるが、それで解決とならない。

 そこへ、闇が暴れ出した。

 女魔王に魔力を与え続けた呪いの装具からだ。光にまどい、あふれた魔の手は脅え、忌み嫌うように押されている。だが、根本的な解決にならないという知性ではなく、すべてを呑み込む本能のまま、光すら食い尽くそうと闇が勢いを増した。


『――させるかぁああッ!!』


 颯汰は雪原を蹴って飛翔する。

 あか稲妻いなずまはしり、背部の光の翼を再燃させ、最速で接近する。

 手を伸ばす必要があるときは、恐怖を超えられるのだろう。そこに迷いなど頭に浮かばず、ただ真っすぐ――身体が動いてくれる。

 無我夢中で、浮かぶ彼女の元へと辿たどり着く。

 掲げた左手でシルエットの腰部の遺物を掴む。


『今は中で、ふたりが対話中なんだ。邪魔は、許さない……!』


 ウェパルとソフィア。

「憎しみを押し付けられた人格を主とし、分かれた多数の人格と融合を果たした少女」と「分かれた人格のひとつ」。

 要らないモノとして封じられた己の醜くて認めたくない部分を、分かれた人格であるソフィアは無自覚が表層化した“夢の世界”で受け入れた。

 だからこそ、さらけ出した胸の内に入れた。

 そのままソフィアを引渡せば、冬の魔女(バーバヤガ)を演じ続けるつもりだと颯汰はわかっていたため、限界まで追い詰め、弱り切ったところに差し込んだ。

 そこに溶け込み、光に交ざろうとする闇の存在を颯汰は許さない。

 颯汰は腰部から強引にベルトを引きちぎり、持ち上げる。汚染された呪いを垂れ流しながら脈動を続ける器官――抜かれた臓腑ぞうふのように映る黒い汚泥からは粘液の糸を引いていた。

 溢れ出た呪詛の黒泥は、手のひらに収められたベルトに吸い寄せられるように集まっていく。

 そしてそれを、集まり切ったところで、今度は脚部のスラスターが青白い炎を吹かす。

 その勢いで彼女たちから離れて着地する颯汰は、


くだけろ……!』


左手に力を込め、手のひらに収まるサイズとなった呪詛を、握り潰して砕いた。パシャリと弱々しい音と共に闇は潰れて消えていく。

 眼前の浮かぶモノが仰向けになって光が次第に強まっていく中、いつの間にか移動していた紅蓮の魔王が、撃ち抜いた原型が辛うじて留めている腕を拾い上げ、光の中に投げ込んでいた。光が強すぎて、それに気づいたものは少ない。颯汰は見なかったことにした。

 皆があまりの眩しさに腕で目をかばった刹那せつな、閃光が駆け抜けていき、その後に静かで柔らかい、ゆったりとした間が世界に流れていく。

 不思議と風が優しく吹いたように感じた。

 光が、治まっていく。

 不思議と重く垂れた雲が裂け、幾年ぶりか日輪の恵みが雪原を照らした。

 雲の色が、ほんのわずかだが優しい色に近づいた気がした。

 その日光を受けながら、まるで水の中にいるような速度で落ちていく光の集合体だったモノ。


『…………、いやアレ落ちてるな?』


 落下する人型を見て、颯汰はまた駆け出した。

 全開で向かう必要はなかったけど、ヒトの出せる速さで雪を蹴って進んでいく。

 落下するところに先に着き、颯汰は両腕を前に出して構えて待った。


『おっと……』


 上から降りてきたモノを支えるように受け止める。羽とまで形容はできないが、かなり軽い。

 苦も無く腕で横抱きを続けられるが、さすがにこのまま時間が経てば、気まずさやら気恥ずかしさに襲われることとなる。これからどうしようかと頭に浮かびかけたところで、それは目覚めた。


「ん…………」


 長い眠りから覚めたような感覚を味わう。

 それでも欠伸あくびがでなかったのは、目を開けると顔をヘルメット型のデバイス的なサムスィングを付けた怪しいヒトがいるせいだ。


「…………」


 そっと目を閉じた女に、颯汰は静かに言う。


『起きろ、寝るな寝るな』


 傾けて足を地面に向けて降ろすようにする。

 それは、寝起きの不機嫌さとは違う、明確な颯汰に対する不信感を現しながら立った。


『気分はどうだ?』


「…………、まぁ、悪くはない、かな。それよりさ――何その、顔の……ゲーミングお面さま?」


 颯汰の頭を指していう。

 それを聞き、立花颯汰は自分の顔を包み込んでるそれを両手で触りながら返す。


『え、ウソ? これ格好よくない?』


「男の子が好きそうだなとは思うよ」


 少し当たり障りのない回答にショックを隠し切れていない。若干テンションが下がってしまった颯汰ではあるが童女に問い続けることにしたようだ。


『……それで、その姿と、記憶の方は?』


 光が集まったあとに生まれたのは、ウェパルでもソフィアでもなかった。

 服装はこの場に溶け込むが相応しくない白の布。肌はやや褐色かっしょく

 髪の色は少し淡い水色で瞳は赤い童女。

 髪色などは異なるが、無明領域で出会った冬の魔女(バーバヤガ)僭称せんしょうしていた幼子に近い。全身に付いた汚れ――悪意や憎悪という負の感情が具現化したものは、キレイに洗い流されたように無くなっていた。


「いや、なんだか実感がわかないけど、リズちゃんのお腹にパンチしたみたいだから、ウェパル(あの姿)のままだと落ち着かないでしょ。それに」


『それに?』


「この姿の方が、あんたは気まずくないでしょ?」


 颯汰が一瞬、凍り付いた。どうやら、融合に失敗したわけではなさそうだ。


『それは、まぁ、うん、そう、かも……』


「ずっと言ってた通り、始祖吸血鬼オリジン・ヴァンパイアだからね。人型であれば、ある程度はちょっとは思いのままにできるんだ」


『え、なにそれすごい。ずるくない? いいな』


「ある程度だから。想像してるようなほどの自由度はないよー。それで記憶の方なんだけど、まだ欠けているから何も。……ってあぁ、そう。そっちね」


 合点がいった顔をする童女に、颯汰は隠れているのに顔を逸らしていた。

 融合ゆうごうして真の魔王としての記憶を取り戻したかという意味の問いではなく、無明領域での記憶の有無を確かめたかったのだ。

 融合した過程で何か都合よく忘れてくれないかなという、颯汰の淡い期待は無惨にも散った。

 だが「衝撃的なことが起こった」と颯汰は認識していたが、相手の方は何食わぬ顔をしている。

 自分にとっては大事であったが、生きてる年数が違う彼女にとっては小事なのだろうか。


『(気にしているのは、俺だけか)…………さっきの口ぶりから無明領域(あそこ)の記憶はあるみたいだが、お願いしたことは覚えているな?』


「協力してほしい、ね。……さぁ?」


『いや「さぁ?」て』


「だって完全な魔王となればこの人格じゃないもの。記憶はあってもね。他人の体験をなぞるかどうかは、魔王(彼女)次第よ」


『……今はどうなんだ。俺たちは、あのデカブツを叩くが』


「どっちにしろ、最後の一人と融合しないと、真の力は得られない。……ここで()が泣いて嫌だ嫌だと駄々をこねても、どうせ止まってくれないでしょ? 私も止める術も持たないしね。だから、このまま帝都に向かうわ。融合した後、魔王(わたし)があなたに協力するかどうかはわからないわ。…………危ないならここでトドメをさしていくのが無難だと思うわよ?」


 彼女の言葉は正しい。

 今は大人しいが、魔王として覚醒を果たした後に障害となって立ち塞がる可能性があるのだ。

 正しいが、認めたくない。

 そんな青臭さも有しているが、建前としては『協力してもらいたい』というものがある。


「あのギガスだかいうロボの破壊を邪魔しないなら、今はそれでいい」


 颯汰は変身を説き、背中越しに言う。

 協力してくれる確証はないが、今は手を引いてくれるならばそれでいい。


「それに、苦労して助けたんだから、あまりそういうことは言うのは感心しないな。……あくまで、俺に協力してほしいからだけどッ――」


 言葉を言い切る前に、さえぎられる。

 颯汰が格好つけて背中を向け横目で見ていたら、正面から何かに突撃され、天をあおぐ。


「ぐふっ」


「ぱぱ! おかえり~!!」


「ハハ。いきなり悪質タックルはやめようね」


 いつの間にか接近していたアスタルテに、颯汰は押し倒された形となる。雪で背中が冷たい。

 純粋無垢な彼女に悪意は無い。

 颯汰は十代に達するか満たないかの年齢の少年の姿に戻った。他の、同じぐらいの年齢の子ににやったら怪我をするからやめるようにと注意はしていたが、そろそろ自分に向けてやるのもやめろと注意すべきなのかなと思案し始めた。

 でも彼女の精神は遊びたい盛りのまま止まっていたのだ。それで涙目になられたら困るなぁ、などと既に脳内で諦めていた。再三言うが――この男、基本的に身内に激甘である。

 戦いが終わったことを悟り、仲間たちが集まる。

 それを見て、少し横目で逸らしてから小さく溜め息を吐いた童女。きびすを返しこの場から去ろうとしたところに、影が迫る。

 陽の光が生み出した影は濃い。

 己に覆い被る暗さに既視感から来る恐怖にビクリとしながら振り返ると、


「わ~!」


 純真無垢はこういう場面で強い。

 アスタルテが颯汰に物理的なマウンティング取っていたが、童女の方にすぐさま寄ったのだ。

 颯汰少年で扱いが慣れたせいか、猫でも持ち上げるように、アスタルテは童女の両脇に手を回してひょいと拾い上げ出した。


「ちょ……」


 困惑する童女にアスタルテは問う。


「ウェパちゃん? ソフィアお姉ちゃん?」


「お、降ろして」


「オロシテちゃん?」


「そんなベタなボケやってないで、降ろしなさい。私のことはウェパルでもソフィアでも、好きに呼んでいいから」


 首を傾げるアスタルテに、童女は吠えた。


「あなたたちは急ぐんでしょ? 私に構ってないではやく移動したら?」


「? いっしょじゃないの?」


「……あなたも見ていたでしょ。全力で殺し合った後で、仲良く一緒に行動とかできるわけ――」


「ぱぱは?」


「俺は別に」


「みんなはー?」


 紅蓮の魔王とヒルデブルク、リズといつの間にかリズの肩に移動していたシロすけに問う。


わたくしは……ふたりが良いと認めなされば、構いませんわ」


「私を怨んでいる彼女が良いと言えば、反対するつもりはない。我らが王がその力で闇を浄化したお陰で、勇者が暴走する危険は去ったからな」


 ヒルデブルクと紅蓮の魔王が言う。

 勇者としての魔王殺しの本能が、暴走の危険がまだ伴うならば、紅蓮の魔王も同行など許さなかったであろう。


紅蓮の魔王(王さま)はわりと全部わかっているくせにツッコミ待ちみたいな小ボケ挟んでくるの、うぜぇですね」


 浄化ではなく――融合であり、颯汰自身の力ではなく――彼女が自分との対話を経た結果だ。

 一方、喋れぬリズは首を縦に振った。同意するようにシロすけも鳴いていたが、繋がりのあるリズの心内だけ颯汰に届いてきていた。


《死ぬほど痛かったけど大丈夫。死ぬほど、痛かった、けど。大丈夫》


「………………みんな大丈夫だってさ」


 颯汰が言葉を絞り出した。時折、笑顔が怖い。

 声のわずかな変調の理由に気づかない童女は持ち上げられながら頭を抱えた。


「みんな甘くない? それとも数が揃っていればいつでも封殺できると軽んじられている?」


 かわいい顔で睨んでも恐さはない。その証拠に、アスタルテは首を傾げながらこう言う。


「でもぱぱにまけてたよね?」


 無垢なる言葉は刃のような鋭さを有していた。


「…………ねぇ。この子の言葉、暴力値高すぎない?」


「悪意がない分、余計に火力が乗るんだ」


「?」


 颯汰が悪気はないんだと説明するが、ゆえに鋭利さが増しているという証左でもあった。

 持ち上げられながら項垂れ始めた童女に、颯汰が改めて言葉にする。


「一緒にいこう。そっちの方がお前も楽だろうし。……協力して、俺を助けてくれ」


「…………」


 少しの間を置いてから童女は溜息を吐いた。


「お互いそっちの方が得だしね。仕方ない、か」


 そっぽ向き、諦めて拗ねたような声であったが、ほんのりと頬が赤くなっている。

 それをあえて指摘しないでいた颯汰と真逆でアスタルテは目を輝かせて言う。


「あ~☆ てれてる~!」


「照れてない!!!!」


 必死に否定する童女をペットかぬいぐるみのように持ち、その場でぐるぐるとアスタルテが身体ごと回り、童女を振り回していた。


 そんな束の間の平穏を、破る予兆が響いた。

 帝都ガラッシアから光が伸びる。

 赤い光の柱が屹立きつりつし、雲を千切り、空を染め上げる。“七曜の厄災”と呼ばれし機神の下、四つのケダモノが産声をあげた。

 その機械で出来た魔物たちが、怪物を大多数も従えて行軍を始める。それはこの旧時代の科学により作られた魔物――かつてヒトであった怪物。

 ヒトを、始祖吸血鬼オリジン・ヴァンパイアに近づけようと禁忌を犯して生み出され失敗作たち。

 鎧う中を薬液で満たした吸血兵と見た目は普通の人間と遜色ない怪物たちも武器を携え、機械で出来たウマなどの乗り物で駆り、それぞれの目的地を目指す。


 最悪が、始まろうとしていた。

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