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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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103 “第二の魔弾”

 雪原に広がる黒い水面から、飛翔する。

 降り頻る雪と吹き荒ぶ風――天に座する女魔王は睥睨へいげいする。最も意識を集中させたのは、新たなる力を手にした“獣”に対してだ。

 黒き外装を身に纏う戦士が、黒泥の沼から翼を広げて現れたのであった。

 背中から生えた翼は白銀の骨格で、蒼い炎がはねとなる。

 顔を覆い保護するヘッドギアは、蒼銀のラインが引かれ、発光している。

 右腕には宝石のようなものが着いた、深紅のマフラーが巻かれていた。

 顔を隠したまま現れた存在に、氷を操る女魔王は静かに告げる。


『誰のゆるしを得て、わらわをそのような目で見るか、こうべを垂れろ下郎げろうめが』


 冷たく、怒りをあらわにする女魔王は氷の宝剣を七つ精製し、先ほどの倍以上の速度で落とす。互いの剣先を重ね合わすように交わった宝剣が一斉に散らばり、意思があるかのように狙いをませて降り注ぐ。

 躊躇ためらいの無い死の宣告せんこく

 かすりでもした瞬間、そこから凍結が浸食し、氷に包まれてしまう。

 凶悪な、魔法による攻撃であった。

 影は闇の中から上昇し続けるが、その進路をすべてふさぐように容赦ない攻撃が降る。


小癪こしゃくな……』


 影は蒼炎の翼をはためかせて、僅かな隙間を急速移動で通り抜ける。それを見て女魔王は忌々し気に呟き、進行方向を予測し氷塊を出現させる。

 真上は当然、周囲に作り出して閉じ込める。


『潰れるがよい』


 氷の牢獄が出来上がり、掛け声とともに氷塊が中心部に向かって集まりはじめ、中に閉じ込められた不敬者を圧し潰す。氷は砕け散り、寒空の下に白煙が舞う。

 それはすぐに風に流されるが、中からは何一つ残らないで、きらきらと欠片がっていく。


『…………馬鹿な……』


 いくら魔王が使う魔法であっても、氷に潰されたからといって、遺体ごと完全に消滅するはずがない。血の一滴も流れないはずがないのだ。

 本来は君臨する者としてひた隠したい焦りというものを表に出しながら、見渡す。


『どこへ、一体……?』


 消えるはずがない、見失った影を探す。

 王者としての威厳や、魔女としての畏怖が、見失った影と共に消え去るのは、次の瞬間だ。


『――!』


 女魔王は、曇天の下で周囲は暗い中であるが、自身に被さる影の濃さに気づき、振り返ろうとしたのだが、遅かった。

 いや、実際は声が聞こえて身体が強ばったのだ。

 悲鳴を上げる間もなかった。己が下して与えるべき死が、己に向けられた恐怖におののくも、声さえ上げられなかった。

 

『降りろ』


 冥府めいふの底から手が伸びてきたと錯覚する。

 女魔王は襟首えりくびを掴まれ中腹へと降下する。

 掴んだのは当然、蒼炎の翼を広げた戦士。

 左腕部と脚部のスラスターが蒼い火を吹き、翼部のユニットから溢れる光は推進力を生み、地上へ向けて加速する。

 時間にして一、二を数える間もなく、影は振り上げた右手を下ろし、上空十数ムートから中腹の雪原に女魔王を叩きつけた。先ほどの砕けた氷の牢や罠であった爆ぜた長剣よりも、積もった雪の方が衝突で大きな白煙を生んだ。

 そこから大きく跳び退いて、仮面の戦士は後方に滑りながら右手と両足で着地する。背部の翼状のユニットから蒼炎は消え、少しコンパクトに畳まれていった。

 直後、着地した場所に向かって大きな氷柱つららが狙いを澄ました矢のように放たれた。

 戦士はそれを、最低限の動きで回避する。

 その行動で、怒りに油を注いだ。


『無礼者めが。気安く妾に触れるに飽き足らず、下賜かしされた死を受け入れぬとは何たる罪人か』


 さらに空中に無数の魔法陣から、氷柱が精製された。全方位から、対象を捕捉している。

 今度はさすがに回避など不可能だ。


『罪人? ハッ――』


 余裕な状況では決してないのだが、戦士は鼻で笑う。戦士としての余裕や矜持からではない。


『飛んでいたお前が悪いに決まってんだろ!!』


 まさかの逆ギレであった。

 これには、女魔王も目が点となる。

 死にひんしながらも飛んだことにより、テンションがちょっとおかしくなった戦士は――顔を覆い隠しているが紛れもなく立花颯汰は、吠えた。


『こんな高い山で、なぜ、わざわざ飛んでいた? 落ち着いて話もできないだろうが! というか人間がそんな容易く独りでに飛んでんじゃないよ! こちとら高所がちょっと苦手なんじゃい!』


 必死である。

 指をさし、他人が聞けばちょっと熱の入りように引くレベルの必死さであった。


『え、えぇ……』


 実際、その勢いに女魔王は一瞬折れかけた。

 氷の魔法陣と出現した氷柱の弾丸も、いくつか消失したことに当事者たちは気づいていない。

 立花颯汰は色んな意味(、、、、、)で危機を乗り越えたせいか、様子がおかしいし姿も変わっている。

 数瞬の間のあと、ハッとなって魔王は調子を取り戻す。具体的に言えば目つきと纏う殺気を戻した。声からして自分が見知った相手――立花颯汰であると認識はできたうえでだ。


『……ソウちゃんはどうして、そんな姿になったのかな~?』


 声の出し方はウェパルに戻る。

 しかし、強い感情は殺しきれていないどころか、わざと気づかせているようにも感じ取れる。


『…………、……それは、まぁ、後でわかる(、、、、、)


 露骨に返答を詰まらせたが、おそらく頬にあたる部分を仮面越しに指で掻きながら、颯汰は答える。少し顔を横に動かし目線を外したようにも見えた。

 要領を得ない回答に無表情のままであったウェパルは、切り替えるように溜息を吐いたあとに次の質問をした。


『――……ソフィアをどうしたの?』


 本題に入った。颯汰の変化などこの際どうでもいい事なのだろう。何よりも聞きたい事は無明領域内で何があったのか。

 彼女が身に着けているベルトが生み出した呪いに塗れた泥が作り出した領域であったが、観測する術は持ち合わせていないようだ。

 颯汰は、地面に足が着いたためかなり安心した様子で腕を組んでいたのだが、解いて左腕を真横に伸ばすように振った。

 すると左腕の上部に何かが映し出された。

 ソフィアであった。全身ではなく、胸像のようなヴィジョンで現れた。その身は半ば透けていて霊のように見える。

 囚われた姫をこれみよがしに見せつけるように。あるいは契約した精霊を使役する姿にも映る。

 一瞬の静寂は――まさに爆ぜる前の、張りつめた空気を思わせた。

 凄まじい形相になるかと思えたが、女魔王はさらに問う。ただし目は一切笑っていない。


『一体、何なのだ貴様は?』


 存在そのものがイレギュラーな男を、氷の魔王(ウェパル)は改めて敵意をあらわにする。


『お前の敵――ってわけじゃあない。今ここで戦うつもりはないんだ。彼女が欲しいなら、別にくれてやってもいい』


『…………何が狙いだ。よもや巨神(ギガス)を壊すのを見逃せなどと戯言たわごとのたまう訳ではあるまいな?』


『それは、……後で話し合おう。今は、そうだな……。その汚らしいベルトを渡してくれることが条件にしようかな』


 またもや面を食らったような静寂が訪れる。

 その後、ウェパルはせきを切ったように大笑いをした。狂気を感じる爆笑の後、冷え切った面持ちで、言い放つ。


『ふざけるな。力を失くした妾を、寄ってたかって殺す算段であろうが。そんな巫山戯ふざけた条件、めるはずがなかろう』


 颯汰は顎に手を当てて考える。自分でも同じ反応するだろうな、と静かに呟いて納得していた。

 武装した野盗に囲まれて、武器をこちらに渡せなど言われて応じるはずもない。


『少し優しくすればつけあがるか。もう許してはおけぬ! 貴様から、力づくで奪えばよかろう!!』


 女魔王が地を蹴った。

 突進ではあるが、雪の上に氷を張ってその上を滑るように近づき、そして跳んだ。上空から手の平に氷柱を生成し、槍のように突く。

 それに対し、颯汰は左腕に格納した剣を抜き放ち、受け止める。一瞬の拮抗。颯汰は剣で弾き、女魔王は少し離れて着地した。


『功を焦ると冷静さが急に抜けるのな、お前。それとも、紅蓮の魔王(王さま)たちに押されて、時間を待てば手に入る切り札がこっちの手にあるせいか?』


『抜かせ!』


 氷を操る女魔王が颯汰の真横から挟み込むように氷の壁――手を模った氷像を作り出す。

 当然それは動いて、颯汰を両手で挟み込んだ。

 颯汰は両手を伸ばし、潰されないように足掻く。その姿を見て、勇者たちは動こうとしたが――、


『王さま! リズ! ふたりは下がって――アシュとヒルデブルク(義姉さん)を護ってくれ!』


 背中越しで見えていたかのように語る。

 介入を許さないとばかりに命令した。

 リズは少し躊躇う仕草をしていたが、紅蓮の魔王は何も言わずに従う……否、『さすがは我らが君主』などと減らず口を叩いていた。自分が標的タゲから外れた途端にこれである。

 だが、賢明な判断であった。苦しむリズを小脇に抱えて、紅蓮の魔王はさっと離脱する。

 女魔王はそちらにも目がいくが、眼前の敵への注意を怠るほど馬鹿ではなかった。

 それに、己の真の力を取り戻すためには、ソフィアともう一人と融合する必要がある。幻霊状態のソフィアを有している颯汰を始末することが先決だと判断したようだ。


『新しい力を手にし、舞い上がっているようだが、随分と舐めてくれるな? 貴様ごときが、妾に勝てると?』


 戦う力を有しているが、誰よりも劣っている愚者に、女魔王は怒りの感情をぶつける。

 氷による巨大な手による圧し潰しから、颯汰は背中の両翼を再展開し、炎を燃やして加速――前に進出することで、脱出に成功する。

 だが、女魔王はあの程度の攻めで朽ちるとは最初から思っていなかったようだ。


『身 の 程 を 知 る が 良 い』


 女魔王の黒いベルトから、黒い泥が無尽蔵に溢れ出す。呪いに満ちた泥と氷を混ぜ合わせ、外装を変える。己を包む憎悪と呪いが“魔女”を生む。


『見るがいい! この姿――真なる魔王の姿に平伏するのだ!!』


 蒼炎の四翼に対し、六枚の氷の翼。

 顔を泥と氷で作られた黒い髑髏どくろ

 天使というイメージからかけ離れた光輪。

 巨大な手の指先は刃のように鋭い。

 禍々しい姿となった女魔王はほこらしげに、また敵対者を恐怖に陥れるために、その異形を見せつけるようにした。高らかに声を上げ、耳障りな呪詛を撒き散らす魔の王として君臨する姿を――。


『…………あー』


 だが、立花颯汰の反応は女魔王が求めていたものとは幾分も違っていた。


『その、ごめん。それもう見た』


『!?』


 無明領域で、憎悪を押し付けられた冬の魔女(バーバヤガ)の外装とも呼べる守護霊的な立ち位置の“堕天の怪物”をコンパクトにして身にまとったような姿である。要するに既視感の塊であった。

 自分の分身であるから、行きつくところも大体似通って然るべきなのだろう。


『というかお前もう限界だろうに。無茶を重ねると寿命が縮むぞ。そのベルトを外せ』


 死を超越ちょうえつした存在である魔王に寿命の概念を説くのはおかしな話ではあるのだが、颯汰の指摘は正しい。颯汰が魔力を得るのに代償が必要だったように、呪いと魔力を生み続けるベルトがノーリスクであるはずがない。

 いくら表面のガワだけ見繕みつくろっても中身がボロボロだろ、とさらに痛いところを突こうとした颯汰の言葉を中断させるべく、ミニ堕天が叫ぶ。


『ほざくなッ!!』


 押し付けられた憎しみの感情が、爆発的に増しているのは紛れもなくあのベルトが原因であると颯汰は知覚していた。それに勇者の星剣でこれ以上攻撃を受け続ければ、魂まで深い傷を負ってしまう。ゆえに颯汰は二人を下がらせたのだ。


 ――これ以上は、肉体は不滅でも精神こころが保たない。早々に終わらせるべきだ


 戦って征するつもりはない。

 近付いて傷つけあうつもりもなかった。

 ゆえに、この距離で決める。


『――やるぞ』


 応答は叫び声であった。

 地をも空気をも揺らす咆哮。

 女魔王はその翼で地から離れ、飛び上がった。


『シロすけ!』


 声をかけたのは襲い来る相手ではなかった。

 応じて瞬時に近づく龍の子。

 目と目が合って意思の疎通そつうができているようで、何をやろうとしているのかわかった様子。シロすけの身体に浮かぶ緑のラインが光り始める。


限定行使リミッド・ライド――索引コール・ルクスリア!』


 颯汰が叫ぶと左腕に赫雷が宿りだした。


『サンダーボール!』


 手のひらの紫の魔法陣から、赤い光球が放たれる。サイズは両拳より少し大きいくらいだ。


『――もう一つ!』


 光の球はプチ堕天に向かって飛んで行く。


『その程度! 舐めるな小童がァアアッ!』


 巨大な氷の爪で光球を掻き消すつもりで振るったが、光球はシャボン玉のように空気に巻かれて、ふわりと攻撃をかわした。爪は空を虚しく切る。


『――しまっ……』


 そこで、堕天の怪物は気づく。けがれた髑髏の仮面の下、目が見開かれた。

 これはわなだ、と。


『ショック・ワイヤー!』


 ふたつの光球を直線で結ぶように、同色の雷でできた線が伸びる。太さおよそ六メルカンの線が突如出現し、堕天の怪物は進行方向上に現れたそれを、回避することができなかった。

 線に触れて赫雷が襲い掛かる。

 魔王は鋭い痛みと痺れに動きが止めてしまう。

 万全であったなら、この程度で動きを止めるはずがなかったであろう。……戦いにおいて、この数瞬の隙がどういう結果に繋がるかは、戦闘経験者なら皆わかるものだ。


『行くぞ、結合魔法レゾナンス・マジック!』


 準備は整った。

 雷系統を現す、紫の魔法陣と――、

  ――奪い取った雷の魔王の力。

 風系統を現す、緑の魔法陣が――、

  ――風を操る竜種の王の血統。


 重なり合い、発動する。

 

 結果と結果を重ね合うのではなく、系統が異なるモノを繋ぎ合わせるという高等技術から成り立つ大規模魔法が具現する。


『ライトニング・テンペスト!!』


 凄まじい竜巻に雷が乗る。

 雷撃の嵐に囚われ、逃げ場など与えない。

 範囲が広く、眼前に巨大な竜巻が屹立きつりつした。

 光が絶え間なくほとばしり、内部も外部にも雷をき散らす破壊の暴風と化していた。

 蹂躙じゅうりん、と獰猛どうもうという言葉が相応しい凶悪な魔法が解け、反撃されてしまう前に決着をつけるべく、颯汰は己の左腕を呼びかけた。


『出番だ。やるぞ』


『承認。背部ウィングユニット――。』


光の翼レイディアント・ウィングス!!』


 左腕から響くアナウンスに、颯汰が割り込んで叫ぶ。

 シロすけは休憩がてら颯汰の右肩へポテッと降りて乗ってきた。髪も覆われた頭では滑りそうだと判断したのだろうか。颯汰は一瞬横目で眺め、指で鎌首かまくびをもたげるシロすけの顎に触れてやった。


『…………承認。ユニット名称:追記完了。

 背部ウィングユニット展開――。

 背部リアクター起動――。

 正常動作を確認――。

 出力安定――。』


 颯汰の背中の翼が広がり、再び蒼炎がともる。


『神鬼解放、疑似発動確認――。

 左腕リアクター展開――。』


 颯汰の左手が形を変える。

 左腕の装甲が展開し、砲となる。

 その左腕を天に掲げると、再び霊体のソフィアが姿を現す。天女は自在に浮き、颯汰の右手を取るように触れる。すると彼女は眩い光に包まれ形変えて手のひらに収まった。


『精霊装填:変容完了――。』


 ソフィアは小さな弾丸に姿を変えて、それを颯汰が握りしめ、左腕に押し当てた。


形態モード魔弾デア・フロイシュッツ、装填完了――。』


 風がく。

 光が溢れ出す。

 砲口に光が収束し始めた。


『出力:限定。対象の捕捉――。

 収束魔力規定値をクリア。投射準備完了――。』


 雷電の暴風が止み、自由が利かず空中に投げ出された女魔王を捉えた。

 身体中が焦げて、傷だらけの女魔王。

 今もなお嘆き苦しんでいる少女を解放するために、颯汰は砲身を向けた。


『解き、放つ!』

『オーバーデザイア……――』


 魔弾を――燦然さんぜんと輝く光を撃ち放った。

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