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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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100 忌み子

 それは、とてもヒトの形を保っていたとは言えなかった。

 黒く淀んだかすの山。

 目を背けたくなるのが自然と言える、汚れの塊に、立花颯汰は手を差し伸べた。

 それを見ていた女は、爆ぜるように感情が揺らぐ。全身の毛が逆立つ気がした。一瞬だけ訪れた静寂せいじゃくが氷点下を現すなら、今やたぎる状態。怖気や怒り、他にも感情が燃え盛っていた。


「なにを、なにをしているの……!!」


 悲痛な叫びは、誰の声だっただろうか。

 分かれた存在が一つになっているが、欠けているせいで不安定なのだろう。

 ゆえに心もまた不安定で、激しく揺れ動く。

 颯汰の目が一瞬声がする方に向こうとしたが、返事をせずに差し伸べ続ける。

 そして、さらにもう一体の方までが吠え出す。

 凄まじい金切り声と衝撃が来る。

 颯汰が思わず耳を塞ぎ、その場から離れなければならなくなった。

 氷でできた巨大すぎる手、その指先の鋭利な爪が振り下ろされたのだ。

 一つは外敵を排除するため。もう一つは――、


『保護……というか拒絶きょぜつか?』


 滓の山をおおかくすようの指が囲う。その巨大すぎる手を持ち上げると、同色の水色の膜が現れた。氷の結晶が壁となって“汚れ(かのじょ)”を外界から遮断しゃだんする。颯汰の言葉通りの拒絶であった。

 腕が無く、手の射程や動きはヒトのそれと異なり、遠隔操作の武具のようだ。

 倉庫の床を打ち抜く一撃であったが、それ以上の追撃は来ないという確信が颯汰にはあった。


「貴様……!」


 代わりにと言わんばかりに、ついに倉の中へ踏み込んだ騎士の精神を宿す女。

 声音も態度も姿かたちさえ変わる。

 ノイズ混じりの不完全な肉体であっても、軍刀の煌めきは一級品である。激情に任せて刃を振るおうとしたが、颯汰はあわてて叫んでいさめようとする。


『待て、今お前が介入するとややこしくなるから!! いや、まぁお前たち(、、)の問題なんだけど、ごめんね? ほんのちょっとでいいから、待ってくれよな? な? 頼むからさ』


 取込み中だから、今はお引き取り願いたいと頼み込む。

 女は、かかげた手に握った刃の行き場を失った。

 「えぇ……」と困惑しつつも動きを止めてくれた絶賛バグり中の女に、颯汰は内心感謝しつつ堕天の怪物を見上げた。

 見上げる双丘から髑髏ドクロが昇り出す。

 眼窩がんかには闇が満ち、代わりに頭部の氷髑髏のうえに回る天使の輪のようなパーツに付いた目がギョロリと颯汰を見下ろす。


『でっけぇな』


 恐怖する様子もなく、敵対する意思も示さず、颯汰は対話を試みた。


『一応、聞くケド……何者なんです?』


『ククク……』


 ――……あ、高笑いするやつだ


『ククク、クハハ、ハーッハッハッハ!』


 颯汰の予想通りであったが、その声は歪で不協和音であった。およそ生身の人間が出せる音ではない。


わらわを知らぬとは、不敬であるぞ、小さき者よ……!』


 かろうじて言葉として認識できる。

 ケタケタと笑う堕天の怪物はさらに調子づく。


『妾を見よ! おそれ、おののくがいい! 妾こそがニヴァリスの支配者なるぞ!』


 颯汰はたじろぐ様子もなく一点を見つめ続けていた。


『妾は、真なる女帝にして百万のかばねの上に立つ者! この爪はありとあらゆる臓腑ぞうふと不条理を切り裂きえぐり、この翼は万象の嘆きが凍てついたもの! この光輪の瞳は全てを俯瞰ふかんし、裁定を下す。妾こそが冬の魔女、バーバヤガなり――‼︎』


 堕天の怪物は自らを冬の魔女(バーバヤガ)と名乗り出した。

 見下ろされた青年は、おくすることも無い。その反応が不満であったのか、バーバヤガは浮遊している身をわざわざ近づけ、脅すように咆哮ほうこうする。

 颯汰は音に対して耳を塞いだ。しかし目線は相変わらず一点を見つめ、恐怖に怯える様子を見せなかった。


「ニヴァリスの支配者、だと……!」


 怒りに震え出すソフィアを模るバグり女は、今度こそ斬りつけようとしたが、


『ごめん、もうちょっと待って! 最後まで聞いてあげてからにしてくれるかな?』


 颯汰が再び、暴れ出そうとしている人型の方を止める。自称・正統後継者で次代のニヴァリス帝国を治める者は、再び怒りの矛先を向ける場所を見つけられず、軍刀を床に突き刺して、腕組んでそっぽ向いた。

 意外にも聞き分けが良くて助かるな、と小さく口した颯汰は怪物の方との対話を続ける。


『それでバーバヤガちゃんは何が目的なのかな』


『決まっておろう! 我が怨敵である紅蓮の魔王を粛清するのだ!』


 爪をガチガチぶつけて音を鳴らす。

 悪だくみをしている子どものような調子ではあるが、響く音は歪でどことなく老婆のようである。

 それを聞いて待機状態であった女が静かに呟く。


「……紅蓮の、魔王……?」


『あぁ、そうだとも! あの裏切り者を、必ずとも討ち果たす! それこそが妾の望みにして最大の目的よ』


 女の反応と堕天の怪物の言動から、颯汰はほんの少し薄く笑った。


『なるほど、バーバヤガちゃんの目的はわかったよ。大層恨んでるようだね』


 不気味なほどに優し気な声で話しかける颯汰。

 旅の仲間たちが聞けば、笑ってしまうよりも先に正気を疑う場面だ。何かわるいものでも食べたのだろうか、と心配するしエルフの女医であるエイルに捕獲されて精密検査コースはまぬがれない。それほどの奇行に映ることだろう。


『そうだ、妾の奴への憎しみは海よりも深く――』

『――何を、紅蓮の魔王にされたのかな?』


『………な、に?』


 骸骨がいこつ頭の上の光輪の目が怪訝けげんそうに細くなる。

 颯汰は涼し気と呼ぶより、無感情に問い、さらに続けた。


『理由だよ理由。そこまで恨んでいるんだ。理由次第では協力を惜しまない』


 ただこれは、決して口からの出任せではない。

 また紅蓮の魔王がやらかしたことが何なのか知らないが、誤解であると信頼しているわけでもない。

 颯汰の脳裏に、この無明領域に侵入する直前に見た記憶がよみがえる。

 見覚えのある形を模った泥人形が放ってきた言葉の答えが、すぐそこにあった。


『どうした? なぜ、言わない?』


『ぐ、ぐぬぬ……』


 しばしの沈黙のあと、脅すように堕天の怪物が吼えた。衝撃は波となって駆け抜けていくが、颯汰はどこ吹く風と言わんばかりに受け流していた。


『――ッ……黙れ、鬱陶うっとうしいやつめ。貴様に言う必要なぞあるものか』


 少しでも触れれば穴が空くと思われる鋭利な爪を、脅すように人差し指で向けてくる。僅かな間ながら鷹揚な態度から一変して、敵意をもって接してくる。

 あと少しでも触れる距離であるが、颯汰はその剣のような氷の爪を前にしても恐れを見せない。


『……まったく、ボロが出るのが早すぎる』


 その言葉だけ下を向いて吐き出し、すぐに顔を上げた。


『バーバヤガ。お前は、嘘を吐いてはいない。だが真実というには足りないものがあるな?』


 怪物が取り乱す前に、見つけ出した答えを提示する。


『無いんだろ? 紅蓮の魔王に関する記憶が』


「!」


『な、何を根拠にそんな馬鹿なことを――』


『憎しみはあるのは間違いない。だがそれは、正に与えられたもの(、、、、、、、)なんだ』


 颯汰は、違和感の正体に気づいた。地上で苛烈に暴れ回ってはいたし、恨み言を吐いていたのも確認済みだ。だが、私怨にしては何か足りないと感じた。

 そこで颯汰は考えた。

 かつて自分がそうであったように、己の内の感情を増幅させた“獣”という存在、あるいは似た何かに実質操られている形なのではないか、と。

 また、救うなど傲慢な考えにまで及んでいなくとも、理由次第では本当に協力するつもりもあったのだ。見た目こそ恐ろしいが、精霊よりは話は通じると直感で思ったのもある。

 しかし、理由を問えば出てきたのは彼女たちと同じ記憶がないという事実。

 頭に浮かんでいた仮説が補強されていった。

 颯汰はここで堕天の怪物から目を離す。

 もだえ、叫び、狼狽うろたえ、逆上し始めそうな怪物よりも、滓の山に再び見つめて歩み寄る。


『もう、無理に演じなくていいんだよ。だいたい盛りすぎだよ。……色々と』


 氷の障壁に守られた醜いモノに語りかける。

 絵画を拾い上げ、一歩一歩近づいていく。


『な、……く、来るな、来るなぁぁぁあッ!』


 上から怪物の怒号が聞こえるが、颯汰もはやそちらを向くつもりはないとばかりに無視を決め込み、進んでいく。

 それを拒むように髑髏の口から吐き出される暴風。呪いが込められた吹雪となって襲い掛かる。

 すると、またもや白銀の光に包まれた漆黒の装具が飛来する。颯汰の両足に装着されると外装が変わり始めた。

 黒の毛皮を纏う雪原の戦士の装束――未だ生身のままの右腕を除き、耐氷雪用の姿となった。


『近付くな、それ以上、……近づくなぁッ!!』


 人体に命中すれば致命傷となり得る氷塊が降り注ぎ、倉庫を破壊していても構わない。

 女の方は、ただただその光景に圧倒されるように立ち尽くすだけであった。不思議なものを、まるで映画のワンシーンを観ているような感覚に陥る。今の自分は騎士でありながら民草を守る君主であるというのに、助けに行くという選択を見失っていた。


『怖がるな、というのは無理もないか』


 武器の類は持ってないと手を挙げながら近づく。実際に颯汰は攻撃の意思はなかった。ぶらぶらと挙げた手を振ってやってくる不審者に、恐怖を抱くのは当然である。


『来るなぁぁあっ!』


 振り下ろされる魔爪。凄まじい絶叫と共に死が運ばれる。

 迫り来る猛威を一瞥いちべつすることもなく、颯汰の元の巨大な手が下ろされた。

 景色が白く煙る。

 細かく砕けた氷と倉の埃が舞った。

 女は呪縛が解かれず、ただ呆然とその最期を見届ける形となる。


「あ、あぁ……。ああ……!」


 と思われたが、叩きつけられた五本の氷の隙間に、颯汰はいた。

 力が抜けそうになってふらつく身体を、刺した軍刀の柄に掴まってどうにか女は堪えた。

 颯汰は氷の殻に辿り着いた。

 閉じ込めるための檻ではなく、彼女がおのれを守るための殻なのだと颯汰は認識している。そしてそれは、宙に浮かんでいる堕天の怪物にも言えることだ。己を守るために生み出されたイメージ。虚勢の化身なのだ。


『そんな理解者面するつもりはないが、少なくとも君を追い詰めたり害したりするつもりはないよ』


 差し伸べるために向けた手が、殻に触れる。

 指先の感覚が消える。

 触れた部分から凍り付き始めた。

 何も感じないのは装具を纏った左手で触れたおかげだろう。それも限界が来る。

 氷が腕にまで侵食していく。

 このまま凍り付けば、あとは砕け散る運命が待っている。だが、颯汰は手を離そうとしない。

 その狂気の行動に、光輪の目が驚き見開いていた。

 そして次第に元に戻り、目が閉じられて氷の魔法が解けた。

 氷でできた障壁が消え去り、ついでに腕にまで及んでいた侵食まで消える。

 さらに、堕天の怪物までが光に溶けて消え去った。

 颯汰はホッと息をいてから、さらに一歩進んで、滓の山に解けている本体に向けて手を差し伸べるのであった。


『大丈夫だ。痛くもないし。それにこれ以上、誰も君を傷つけやしないよ。安心していい』


 攻撃――外敵を排除する防御行動に対する怒りなんてない。あるのは純粋に同情の念(、、、、)だけであった。彼女の正体を知覚した今、おいそれと見捨てるなんてできなかったのだ。


「どうして……?」


 一方で納得できない者がいる。

 呼吸が荒いまま、肩を上下させた女が問う。


「なんで、そんなバケモノと、醜くて穢らわしいモノの味方をするの……?」


 その声にどす黒い感情が乗っていた。先ほどから響いていた、闇の底から這いあがろうとする怨讐の声が、まるで三文芝居に思えるような程の。

 これ以上のステイはきっとできないなと判断した颯汰は、出しそうになった溜息を押し殺して説明することにした。


『お前が何故、この子を忌避するのかわかった』


 問いに対する直接的な答えではない。

 一つ一つ、つたなくても紐解ひもとく必要があった。


『俺は最初、この子が魔王であるから、お前たちはそれを認めたくないと拒絶したんだと思っていた』


「……、それは」


『真実は異なった。でもこの子は、紛れもなく“お前たち”だ』


「ち、違っ――」


『自分が否定したい部分だ。認めたくないのはわかるよ。痛いほどにな』


「一体何を、何を言いたいの……!?」


 泣き出しそうなほど悲痛な叫びに、颯汰は一瞬だけ言うのを躊躇ためらう。しかし、残された時間は無い。無明領域が元の姿へと戻る前に、決着をつけさせなければならなかった。


『お前たちは、それぞれ絵画に描かれた理想の役割を与えられた人格を持ち、それに沿った生き方をしていた。ここで絵画に触れて――融合していった過程で魔王という自覚は生まれたが、その過去の記憶はあるか? おそらく何かしら欠けているんだろう』


「…………」


『お前は思い出せないだけだ。ゆえに、紅蓮の魔王という情報にあのような反応をした。完全に融合していないためか、あるいは意図的に記憶を封じているためか』


「紅蓮の、魔王……」


 見知らぬ言葉を反芻はんすうする女に、颯汰は続けて言う。


『この子は、お前が持つ負の感情、紅蓮の魔王への憎しみを与えられた人格。だが記憶はお前たち同様に無い。強い殺意……誰ともわからない『紅蓮の魔王』への深い憎しみを押し付けられた存在なんだ。まぁ、さすがに見た目に関する情報は一緒に与えられていたようだが』


 この子もまた彼女たちなのだ。

 本来は一つの存在から分けられた一人。

 ただし、負の側面をすべて背負わされ、無いモノとして不要なモノとして切り捨てられた感情の具現化。


『ゆえにお前はこの子を認められなかった。己の中に湧いたが蓋をして無いものとして切り捨てた感情だ。誰だって目を背けたくなる。否定したい気持ちもわかるよ。可視化したら余計に』


「これが、わたし……?」


 女は弱々しく呟く。

 しかし、強く否定したい部分であると納得ができている自分がいることに気づく。未だ吐き気はもよおして直視がし難い。それでも、指摘されたからこそ、感覚的にこの汚らしいモノが元の自分の一部と認識できる。


「……そう、なのね」


 うつむく女に、両者とも闘争の念が消えたと颯汰は断じた。


『さて、あともう一踏りだ。話をしようバーバヤガ? それとも別の名前がいいかな』


 黒いよどみの山から、おそるおそる手が伸びる。

 しかし途中で手が下がる。躊躇う様子が見て取れたところで、颯汰の方がその手を取るのであった。

 多少、強引であってもいい。

 タイミングを逃せば、二度と掴めなくなることだってあるのだから。

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