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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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99 醜怪


『領域支配率:さらに12%ダウン――。

 汚染域拡大――。

 環境維持を困難と断定――。』


『優先保護対象:確保(サルベージ)完了。』


『保護対象:移送準備完了――。

 予想着弾地点算出――。

 誤差修正、完了――。

 マーカーとしてユニットを射出準備――。

 射出シーケンス、実行開始――。』

 激しい感情が身体を振るわせる。

 命を救ってくれた恩義おんぎに報いたい気持ちでここまで歩んできた。

 だけど、もうこれ以上は進めそうにない。

 息苦しくて、胸が痛い。

 ひどい寒気に吐き気が止まらない。

 呼吸するのですら辛くなっている。

 加えて、それらがどんどん強くなっていく。

 力が入らず倉の入口の前で、へたり込んでしまった。

 恐怖にも似た嫌悪感。

 見られたくもなかったし、見たくもない。

 あんなもの(、、、、、)、存在してはならない。

 ズカズカと入っていく彼を、手を伸ばしてでも止めるべきだったのに、できなかった。

 どこかへ行きたがっている彼に、鬱陶うっとうしいと思われたり、拒絶きょぜつされるのを恐れた。

 ようやく気付いたが、自分でも不思議なくらい、彼をえらく気に入っている。

 命を救われただけではない。記憶にないはずなのに、彼を知っているという確信があった。

 だから、嫌なのだろう。


「この絵は――……こいつは“お前たち(、、)”だ」


 心臓に一刺し入れられたような重み。

 己の尊厳を、すべてにじられたような痛み。

 音が遠退く。それでも意識はここにあり続け、声を挙げなければならないと鼓舞こぶする。

 自分の呼吸音だけが大きくなっていく中で、彼の言葉は刃となって容赦ようしゃなく心を引き裂いた。

 動揺と混乱で出すべき言葉を見失いかけたが、どうにか懸命けんめいつむごうとする。


「は、ははは……つまらない冗談じょうだん。ぜんぜん笑えないよ」


 その笑い声はかわき切っていて、無理やり出したもの。こんな場面でよくもまぁそんな冗談を言えるものだとあきれ果てたと言いたかったが、彼の目は本気であった。別の意味で直視がしがたい。

 彼――立花颯汰は静かに言葉を放つ。


「だったら、何をそんなに怯えている」


 最強の始祖吸血鬼オリジン・ヴァンパイアであるボクがおびえているはずがない。

 そう叫びたかったが、くちびるふるえが止まらない。


「ち、違う! これは、気持ち悪くて……きそうで、見てると気分が悪くなる絵だからだよ‼︎」


 胃酸が逆流しそうな嫌な気持ちと、感覚までがする。そんなものを見せつけてくる彼に、初めて強い敵意を覚えた。


「もうそんな、早く、そんなもの捨てて! 他に、他に方法がないかを探そう?」


 懇願こんがんするしかない。その場から立ち去りたかったけど身体が強張ってうまく機能しない。

 彼の目的は、ここから出ること。周りは次第に黒い呪いにめ尽くされ、逃げ場はいつかなくなるけれど、何か他に手立てはあるはずだ。


「お前が言ったんだろ。ここから出るためにも他の絵のところに行こう、と。夢から覚めるために必要な工程なんだろう?」


「ちが、……! 本当なら、部屋にあった絵に触れれば終わっていたはずなの! 四枚で完成して、ボクたちは――」


 口走った言葉に気づき、手で押さえても遅かった。


「…………だが、そうはならなかった」


 くすんだ額縁の上を掴んで見せつけながら、彼は続ける。


「なぜ、俺との記憶が無いのか。(こっちにとって都合が良いから)スルーしていたが、答えは至極単純なものだ。そもそも、お前たちは地上での記憶が無いからだろう』


 何か白い、いや白銀の光に包まれたものが後ろから通り過ぎる。それは彼の左腕に落ちた。すると彼の左腕に黒い、籠手のようなものが装着される。妖しい蒼銀の光と共に静かに鳴動していた。


『いや、もっと厳密に言おうか。お前たちは描かれた絵画の具現化した存在。演じたい理想の役割を与えられたシステムに過ぎない』


 蒼く輝く瞳が、全てを見透みすかすように射抜く。

 非情な言葉を、淡々と告げてきた。

 その言葉に、押し黙るしかなくなっていた。

 自分の正体は、自身が一番よく知っている。


『お前たち(、、)は、元は一つの存在。“魔王”だ』


 ◇


「……」


 颯汰は沈黙する女を見つめる。

 非情な言葉をびせたせいで、酷く罵倒ばとうされるか、確信があったが間違っていると爆笑されるかだと思っていたが、彼女は凍り付いていた。

 黙ってうつむいた女に、颯汰は安否を呼びかけるか迷った末に言葉を続けることにした。


『お前たちは魔王にりつかれた被害者だと思っていたよ。でも違った。最初からお前たちだったんだ』


「……」


『……地上で、氷の魔王(お前)は自分の固有能力イデア・スキルは『多重人格』と言った。それが真実かどうかは置いておくとして、ヒントにはなったよ。あとはソフィアが天鏡流剣術を使っていたな、で思い出せた。ウチの師匠が自分の身を分けて、幻霊という分身を作っていたのを』


 慎重(しんちょう)というべきか疑り深いというか、人間不信な立花青年ではあるが、わずかでも転移系の固有能力(イデア・スキル)の可能性を捨てたくない、という気持ちの方が強い。


『お前は魔王であり、何かしらの魔法、技術を用いて身体を分けた。それぞれに役割を与え、人格と記憶を作り出した。皇女やら吸血鬼やら設定付けまでしてな。……なぜ別人になる必要があったのか、しかもわざわざ自分を分けて、魔王として力を封じてまで』


 ・魔王との殺し合いが嫌になった。

 ・勇者に狙われて過ごすのが嫌になった。

 上記の理由であれば正体を隠す、身分を隠せばいい話だ。※それで逃れられるかは別として。

 自分自身を、魔王の力を弱めてまで分かれたのに理由がある。仮に敵にやられたならば、そのまま殺さないわけがないのだ。ゆえに、颯汰はこう考えた。実に甘い彼らしい理想を込めて。


『お前、魔王になりたくなかったんじゃないか?』


「…………」


 言葉は返ってこないが、辛そうにしていた女の目が、僅かに大きく見開いたような気がした。『ビンゴ!』と心内で喝采かっさいするが、さすがに空気を読んでそれを表に出しはしない。

 話が通じる相手であれば、希望を持てる。そしていさみ足になった瞬間に地雷を踏むのであった。


『……過去に何やったかは知らんが、この絵にある魔王みたいな行為に罪悪感を覚えたんじゃ――』

「――違う‼︎」


 それまで黙っていた女が、それだけはたまらないと叫んだ。一瞬の好感触を、台無しにしたと颯汰は理解した。


「そんな絵、知らない! 気持ち悪い、もう嫌‼︎」


 だが、あまりに強い拒絶に颯汰は違和感を覚えた。

 女は頭で思い浮かべるよりも、口が汚らしい言葉を選び取って、絵の存在そのものを否定し続けていた。時間にしては数分も満たないが、濃密な罵倒の数々が繰り広げられた。颯汰自身に対する人格否定の類いは一切なかったとはいえ、ちょっと面を食らう言葉のチョイスに、少し引いてしまっていた。女子ってこわい。


「もう、不快感が込み上げて……! 反吐へどが出るッ‼︎」


 少し落ち着いたかと思ったが、苛烈かれつさは留まることを知らない。

 そして、引き金(トリガー)を引いてしまったのだ。


「そんな絵、知らない。そんの、違う。私たち(、、、)じゃない! あんな気持ち悪いの、私たち(、、、)であるものか‼︎」


 悲痛な叫びが木霊する。

 全力の拒絶に、颯汰が何か言葉を思いつく前にそれは動き出した。

 ガタガタとひとりでに絵画が揺れ出す。

 颯汰の手が痙攣けいれんを起こしているのではない。

 意思をもって絵が、魔女の絵が動いた。

 女の叫びを掻き消すは、呪いにまみれた慟哭どうこく

 絵からおびただしい呪いが滂沱ぼうだとなって溢れ出す。凄まじい吹雪の勢いに、絵を持っていた颯汰が押されるかたちとなり、咄嗟とっさあわてて両手を使った。

 夜闇に煌めく白と呪いに満ちた紫の毒々しい雪が、突風で正面から上へと巻き上げられ、結晶物が精製され、そこから何かが生み落とされた。

 びちゃりとしたたる毒のしずく。次第に勢いは増し血のように垂れては鉱物は縮んでいく。

 大きさが人間大にまで縮んだ結晶は勢いよく砕け散り、そこから闇が生まれた。

 衝撃と、その体躯の大きさに、倉が耐え切ったのは奇跡に近い。

 それはきっと、堕天だてんした怪物。

 氷でできた六つの翼。

 脚は無い。腕はないが代わりに巨大すぎる両手は骨が見え、肉の代わりに水色の氷が張っている。

 頭は氷で切り出したのか、あるいは宝石の類か、透き通った頭蓋骨。その上に半分紫と半分水色に透けた輪が浮いている。頭蓋に目玉がない代わりか、輪に幾つも余分に目が付いていた。髪を模した氷のシルエットと無駄にデカい胸部パーツが無ければ、性別不明な化け物であろう。


『わーお……』


 突如現れた怪異に、颯汰はおののく。

 怪物は天井に向かって吼えると、世界は大きく揺れ動いた。


「違う。許さない。認めない……‼︎」

 

 女は立ち上がる。

 込み上げる吐き気に乙女のダムが決壊する前に、根源を断たんと刃を手にとる。

 その右手、肩から腕にかけて軍服に変わり、手には軍刀が握られる。

 エドアルト(ソフィア)としての権能。

 ただ正常に機能を果たしていないのはわかる。目の色や髪の色、顔のかたちまでが安定していない。獣刃族ベルヴァの犬の耳、海鱗族セーレのヒレの耳が出たり消えたりする。ジリジリと音を立て、一瞬であるが、確かに変わっていた。

 堕天の怪異は真っすぐ、殺意を向けてくる女を見据みすえて、耳障りな大声を発しながら手を伸ばした。氷でできた鋭利な爪に挟まれれば一溜りもないだろう。伸ばしたヒトをそのままわしづかみできる手からくっきりと骨が透けて見えて不気味であった。


「いや……、嫌い、嫌い、大っ嫌い!!」


 女は、口から天使のシャワーが漏れ出てしまう前に、意を決して踏み込んだ。狂乱と激しい殺意を込めた叫びで、恐れと嫌悪感を塗り潰した。

 正気を保てぬまま、刃を抜き放つ。


「認めない……、認めない……、認めてたまるかぁああッ!!」



『うるさい』


 軍刀で斬りかかろうとする女の目の前に、颯汰が上に向かって投擲とうてきしたクナイが落下して突き刺さる。

 黒曜に光る手製の武具は女の影をう。

 危機に対して足を止めた女は激昂して、ヒステリックに叫んだが言葉になる前に、颯汰が言う。


『認めない、じゃないんだよ』


 堕天の怪異が何を語り掛けているか詳しい内容はわからないが、彼女が求めていることを颯汰は理解していた。呪いが抜けきったような絵を一旦、隅に置いてから騒がしい女たちを放っておく。

 颯汰が目を向けたのは、別の場所だ。

 堕天の怪異が降臨する前、滴り落ちた毒が溜まったかすの山。

 目を背けたくなる燃えカスや吐瀉物としゃぶつ、廃棄物の液状の混合物へ颯汰は、何一つ躊躇ためらいも、迷う様子もなく手を差し伸べる。


『そうか。そういうことだったのか』

 

 颯汰は己の勘違いに気づく。

 彼女たち(、、)は『魔王』になることを恐れていたのではないのだと。

 小さな小さな滓の山に、それ(、、)はいた。


「にくい、にくい、にくい、にくい。どうして。どうして。どうして。どうして」


 呟く声はどこに、誰に向けているのか宙ぶらりんの迷子となっていた。感情の行方がわかっていない幼児は、その手に気づいた。

 とろけた小さな小さな山の中で、ヒトのかたちを無くしていた呪いは困惑していた。

 崩れている中、残っていた顔が見上げる。


「あ、あなたは……」


『ほら、起きて』


 あまり他人に見せることのない優しい声音。

 泣きじゃくる子どもをあやすように。

 もうすぐ、夢から覚めるときを迎える。


04/21

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