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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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97 落下

 少しの間、静寂せいじゃくに満ちていた。

 目的地は、豪邸ごうていの横にある建物。

 下手な家より大きいが、さびしい空間だ。

 物置にしては、あまり物がない。

 そこに至るまでの案内は必要なく、それでも颯汰は他に敵がいないとも限らないと警戒けいかいを続けながら先導する。その後ろを歩く女は両手で、熱く赤くなった頬を触れてもだえていた。

 アホの颯汰くんはウェパルの様子を、この先に待ち受ける“試練”に対し「まだ覚悟ができていないのだろう」と勘違かんちがいをしていた。

 要因としては彼自身、余裕が無いのと、この空間の主役は間違いなく彼女たち(、、)であり、彼女がこの試練を乗り越えるべきだと考えていたからだ。

 ただ試練までの道のりを、何事もなく進めるわけがない。

 ひと悶着もんちゃくがあった後、二人は移動を始めた。前述ぜんじゅつのとおり、もはや部屋を探索たんさくする必要は無く、目的地に向かうのみであった。警戒をおこたらずに、先に行くところをよく見てからむようにしていたのは、敵がいないとは限らないのと、颯汰がこの空間に着いた際に“獣”と交信ができなくなったからだ。《デザイア・フォース》が使えないので戦闘能力がいちじるしく低下している状態で敵との遭遇そうぐうけたい。

 色付きの透明とうめいな壁とはいえ、壁越しの壁越しとなるとさすがに見づらい。

 ゆえに先の先を見越して進めず、慎重しんちょうに進む必要があった。

 ただ……慢心まんしんがあったつもりはなかったが、見落としがあったのだ。

 部屋の外の廊下ろうか

 とびらの上にそれがひそんでいた。

 決して景色に溶け込んでいるわけではないが、普通の住居よりも高く広い空間であるためか、意識は足元には向くが、天井に向けることを怠りがちになってしまった――。


 落下する敵意。

 黒き泥が牙をく。

 広がる魔の手。

 黒い泥が、かさあるいはクラゲのようにして広がり、女の上から包み込んだ。

 颯汰が振り返って右手で短刀を抜いたが、藻掻もがく黒い泥に攻撃ができない。斬りつければ女ごと刃が通る。しかし、このままでは不味いのは明白であった。狼狽うろたえながら、やいばを泥に向ける。

 女が暴れるせいで、斬りつけられない。

 どうするかとあぐねているとき――、


「――っと!?」


 直感で避ける。

 背後からの奇襲だ。

 何が頬をかすめたのか、一瞬わからなかった。

 出血はないが、少し赤く痕が残る。

 伸縮する魔槍――五メルカン弱にまで細めた泥が凄まじい速度で通り抜け、戻っていく。

 反撃に転じようとするが、距離きょりがある。

 七ムート弱、廊下の奥の方でうごめく黒い呪詛じゅそかたまり

 距離をめるべきだが、背後でもだえるウェパルがいる。そちらを横目で見るがすぐさまに刺突しとつがまたやって来た。


「――しまっ……!」


 避けきれず、左の脇腹わきばらに泥の魔の手が触れてしまった。瞬間、泥が破裂するように分かれ、付着する範囲はんいを広げた。四方八方に分散しそれぞれの触手が吸い付き始める。

 熱さとしびれと痛みに颯汰は声をらす。

 しかしすぐに歯を食いしばり、自分の左脇腹と相手の塊をつなぐ泥に、短刀を押し当てる。

 刃を入れる際に、泥濘ぬかるみではなく、分厚い肉を斬っているような、重い感覚がした。

 痛みに苦しみながら、緩徐かんじょになりつつも、どうにか左手を動かした。短刀のみねを押さえつけるように、手を押し当て、ブチブチと音を立たせながら切断した。

 残った泥がまるで生きているように暴れているが、颯汰はそのまま左手でつかみ取り、壁に向かって投げつけた。その手が焼けるように痛む。

 危機は去っていない。

 しかし、事態は好転する。


「ぃよいっしょ~!!」


 少し気が抜けるような場にそぐわない明るい掛け声とともに、覆いかぶさった泥を内側から突き破って脱出するウェパル。

 これで生身とか信じられねえ、と呆けた顔になった颯汰であったが、すぐに気を引きめた。

 はじけた汚泥の一部は小さすぎるとただの泥と化し、独りでに動くことなく沈黙していた。

 注目すべきは壁や周囲に飛び散った中に埋まっていたもの。

 ひとつは小さな球体。淡く紫色に発光する、親指と人差し指で作る円に収まるぐらいの大きさの、センサを担う球体である。

 もうひとつは、コアたる結晶。泥の巨人たちは核として人間を取り込んでいたが、この黒く濁っている流体の中ではコアとなる結晶物がそのまま漂っていた。特定の位置に留まることをしないため、狙いを付けるのが困難である。

 少女・シンウーを救出する際には、この弱点を見つけたのではなく、斬り落として落下したときに偶然、コアが衝撃で破壊できただけだ。

 その見た目は加工されていない天然の鉱石。白く濁っているが、角度によって七色に煌めきが映るコアコアの大きさは両掌を並べて収まるぐらいではあるが、ヒトを超える質量をもつ泥の中で、探し出すのはやはり難しい。


 それが、目の前に出てきた。チャンスである。

 床を転がり、ゴトリと音を立てて壁にぶつかって止まる。そこへ、周囲に散らばったままの泥が、ぷるぷるとゼリー状となりながら、コアの元へ集まろうとしていた。

 颯汰は急いで駆け寄り、結晶物を左足で踏みつけた。見た目に反してもろく、あめのように簡単かんたんくだる。

 すると、動きながら集まりかけた泥は静止し、黒い泥は雪融ゆきどけのように姿を縮ませ、不自然にも痕跡こんせきを残さず消滅していった。


 その直後、泥の手が数を増やして殺到さっとうする。

 仲間をやられた怒りではない。

 感情の無い反応で、対象を喰らわんとする。

 距離的に近い颯汰に再度一突きをびせようとするが、


「させない!」


 ウェパルがステップを踏んで割り込む。

 床の上で舞い踊るように、颯汰の前へと躍り出る。手と足を使い、飛んでくる泥の魔槍を華麗かれいさばき切った。

 そこで泥による追撃ついげきが始まる。

 手数が増え、大きさを変え、呪いの破城槌が二本となって飛来する。


「……!」


 今度は自分が守る番だ、とは口に出さぬが前に出て盾となろうと思っていた颯汰に、ウェパルは叫んだ。


「待った!!」


 止める入る女に、颯汰は「何?」と呟く。

 女は振り返らず、背中越しに語る。

 華奢な身体であるのに、妙に大きく見えた。

 ウェパルは自信ありげに言い切る。


「大丈夫。もう攻略法は見つけたから!」


 ウェパルがそう言った直後、激突する。

 捕縛ではなく、対象を殺そうとしているのではないかと思わせる槌を、細指で受け止める。

 直後、颯汰の両耳に届く破裂音。

 泥が長い回廊の壁に激突してはじけた音。

 触れれば肌が焼けるように痛む泥の触手を、それぞれの手で掴み、力いっぱい壁に投げつけただけである。二本の泥の柱はそこで粉砕され、黒泥本体から切り離された。


「えぇ……?」


 なんなのこの亜人ヒト

 黒泥が彼女を脅威と見なしたのか、渾身の一撃を与えようとする。

 極太のビームと見紛う、黒い光が駆け抜ける。

 捕縛を諦めたのではなく、生死を問わぬつもりか。颯汰は思わず足を踏み込んだが、


「大丈夫、信じて!」


 女はこちらを見てウィンクする。

 端整な顔立ちをしているので、胸がときめいてもおかしくないシーンであるのだが、当人がここから即座に台無しにしていく。

 生命の輝きを掻き消さんとする黒に、再び真正面からウェパルは受け止める。

 さすがに、押されはじめ後退りをしてしまう。


「ぐっ、……とりゃあ~!!」


 掛け声とともに、両手が上に向く。

 太い泥の柱が、だんだんそれていく。

 そして、ウェパルがボールをトスするように掌にぶつかる流体を上方向に一瞬、弾いた次の瞬間、頭上を通り抜けるはずだった(、、、)激流にウェパルはその左指で泥を掬うように触れ、直後に足でり飛ばす。

 宙返りしながら蹴りを入れた。

 泥に沈むことなく、足蹴によって後方に運ばれる。泥の本体までもが、その勢いで引きずり込まれた。蹴った直後に黒い泥の柱が颯汰の真横をすり抜けていく。

 そして、蹴りによって近づく本体に、ウェパルは爆発的な加速で接近した。

 泥が何か行動を起こす前に、右腕が汚泥に直撃した。泥の塊――本来ならば腕ごと沈み、取り込まれるはずであったのに、粘液の塊は壁に叩きつけられた。

 ヒトを丸呑みできるくらいの大きさの、色合いのせいで重みが増して見える粘液を、だ。


「ハハ、どうなってんの」


 わかっていても、ウェパルは見た目こそ儚げであるから脳の認識がバグる。ただ颯汰も単に見ているだけではない。困惑の声を漏らしながら、既に走り出していた。長く伸びた呪いの粘液とウェパルの間を縫うように駆け抜ける。身体の強化は施されていないが、身体が覚えている。俊足で一気に距離を詰め、


「――ッ! そこだッ!!」


 狙いを定めて穿うがち抜く。

 壁に付着している汚泥は再起をはかろうと動き出していたが、露出していたコアに刃が通る。

 黒い泥の塊は、コアに一撃を受けて共に崩壊ほうかいし始めた。

 それを見て、安堵の域を漏らす。


「……うん。鍛えて、正解だったな」


 変身後よりはかなり劣るが、生身でもそれなりに戦える手ごたえを感じていた。

 ただ競合相手が大概人外であるため、生身だとまず勝負にならない。

 あくまで一般人相手の自衛が精一杯である。


「ごめん、ありがとう。怪我は?」


 このご時世に男がこうするべき、女がこうするべきという認識自体が誤っている……と考える人もいるが、少なくとも颯汰は男である自分が、女であるウェパルを守るように本来立ちまわるべきだと、無意識にそう考えていた。助けるべき相手に全力で命を護られてしまえば、立花颯汰とはいえ素直に謝罪と感謝の意を言葉にて示す。

 壁に刺さった短刀を引き抜き、振り返ってウェパルを見ると、彼女は口元に手を置いて突っ立っていた。颯汰は首をかしげる。


「……(かっこいい)」


「大丈夫か? どこか痛んだりするのか?」


「ピェ……!」


 距離を詰める颯汰に奇声をあげるウェパル。

 彼女が前に出した手がパタパタと揺れている。

 接近をこばむにしては半端はんぱであり、乙女心の複雑さが垣間かいま見える。

 その手を見て、颯汰は怪訝けげんそうに目を細めた。


「……無傷?」


 そんな馬鹿な、と彼女の手を取り観察する。

 颯汰の顔や手、泥が触れた部分はただれたり化膿するほどではないが、赤くなっている。

 しかし、ウェパルの肌は相変わらず白くてきめ細やかなままであった。

 それとは別件で顔を赤くした乙女は、慌てて振り払うのと同時に、颯汰を突き飛ばした。


「や、もう、……!」


「…………超、痛い」


 壁に激突して横たわる颯汰。その訴えに気づかず、見た目だけ深窓しんそう令嬢れいじょうは何かを必死に言い始める。


「ボク、ちょうつよい。ボク、おりじん、ばんぱいあ、つよい。だから、きみのような、よわっちいにんげんとちがーう、のです!」


 腰に手を当て胸を張って言う。

 子どもじみた動きだが、ヒトを優に超える身体能力と、それによって編み出される暴力は、恐ろしいものがある。


 ――いや、あれはきっと……


 颯汰の中でピースが揃い、さらに脳内に浮かべた仮説が補強していく。「やはりな」と勝手に納得している颯汰であるが、ウェパルはそんなこと気づかずに早歩きで進み出していた。


「そ、それより、はやく急ごー! ごーごー!」


「あ、慎重に。慎重にな?」


 先に早足で歩くウェパルを颯汰慌てて立ち上がって追いかけた。しばらく移動を挟む――と思いきや、気配と目視で動きを止めた。


「あの二体だけ……、ではないよなそりゃ」


 独りでに蠢く汚泥が、室内を這いずるのが見えた。何を目的で、どういった思考を持ち合わせているのかすら曖昧あいまいな呪いの塊が、ズルズルと粘液の身体を進めていく。


「前にここを通ったときは……」


「いなかったねー。……こっちのことは、見えていないっぽい?」


 這いずり回る黒泥。ただ、家具や家事をやっているポーズで固まるマネキンたちを無視していた。


「どうやらそのようだ。壁越しだと知覚しないのかな。このスケルトンなのが活きる瞬間があるとは……」


「! ねぇ、あっちから来る!」


 ウェパルが指さす場所。半透明な壁越しを、目を細めて凝視する。

 曲がり角、その先にある階段から泥が昇ってやって来たのが見えた。


「どうするの? 一体だしっとくー?」


「いや、連戦は避けた方がいい。あの部屋に隠れてやり過ごそう」


 近場の洋室に入る。

 ピアノが置いてある部屋であった。

 首のないマネキンの一体が演奏し、他の首なしマネキンたちが近づいて聞き入っている図、なのだろうか。……彼女たちは仕事をサボってるのでは。


「どうやってこっちを認識してるんだろうねー……」


 壁の向こうの先ほどまでいた廊下に泥がやってきた。特に何か変わった動きをするわけでもなく、這いずっている。


「倒すのにコアの結晶を探さないといけないし、そのために毎回こっちにダメージが入るのは、正直しんどい。相手してるだけ無駄だ」


 颯汰が額の汗を拭いながら呟く。


「同感。でも見つからないように行くの大変だよねー」


「室内であの射程距離は厄介だ……。どうにか真っすぐ倉庫に行ければ……――な」


 ふと視線を別の場所に向ける。

 隣の部屋が、見えない(、、、、)

 何もなかったはずの空間に黒い円が浮かび、そこから泥が滴り落ちた。


「……ズルッと落ちた。あぁ。なるほどそうやって数が増えてるわけだ」


 宙に浮かんだ染みのような黒い円から、黒泥が発生している。一度見た部屋どころか、どこも安全じゃなくなった。

 しかし、一気に駆け抜けるのも危険だ。

 敵に見つかって、数で押されれば危うい。

 どうしたものかと考え込む颯汰に、ウェパルはわざとらしい咳をして、注意を惹いてから話す。


「…………ボクは、あなたをよく知らないけど。あなたは、ボクを信用してくれて、ます、か?」


 妙に歯切れが悪いのは変に意識して、緊張してしまっているせいだ。颯汰は首を傾げる。


「いやぜんぜん」


「ちょっとは迷え!」


「急になんだよ、なんですか?」


 本当に一切の迷いがない回答であり、颯汰との記憶が消えているウェパルが激昂する。

 ムッとしたウェパルはしばらく間を置いたあとに本題に入る。


「ところで……高い所得意?」

「嫌です」


 先ほどの解答よりも早い。ただ質問に対する答えとしては日本語が不適切である。


「ちょっとー。不得意ってことー?」


「いや、その質問されたらもう、決まってるじゃないですか! 嫌だよ! 高いの苦手なんだ!」


 窓の外の景色をふと覗く。

 普通の住居の三階よりも高い造りである。

 打ち所が悪ければ怪我では済まない。


「二択から選んでね?自分で飛び降りてボクが受け止める。ボクに掴まって一緒に着地する」


「窓から降りるの確定!? それにその二択意味ある? 変わらなくない?」


「ここから降りた方が戦わなくて済むし早いよ。それに、急いでるんでしょ?」


「というかこの高さで落下したら」


「この程度なら余裕だよー。怪我なんてしない」


「いやでも、万が一ってあるし……」


 急に弱腰で情けない態度をとる颯汰。

 ごねりながら、どうにか別の案や方法を捻りだそうとしていた。


「何か布とか結んで降りるやつあるだろ。シーツとかカーテンを結んでロープ代わりにするやつ。あれならまだマシだ。……うわなんだこのカーテンって! これ布じゃなくて硬い? ガラス素材? 気狂いかなにか?」


 決して楽し気な空気ではないが、珍しく颯汰が一人で騒いでる。

 他人によって得手不得手、得意苦手はある。だがここまで必死になられると、ちょっと呆れを通り越してドン引いてしまうレベルであった。しかし、ウェパルは彼の泣き言が一切耳に入れていなかった。


「――ごめん」


 唐突に抱きつかれたかと思えば、違った。

 両腕で抱きかかえ上げられた。

 いわゆる、横抱き。お姫様抱っこの態勢。

 颯汰が、ウェパルにされている。

 暴れたり拒絶する前に動き出され、混乱している間に窓の方へ駆けて行く。

 ウェパルの背後を見ると、例の黒い染みが広がって円を形成していた。

 ずるりと黒い泥が滴り落ちる。

 その視線の先の光景を見た颯汰は納得がいき、諦観の目をしていた。

 ウェパルが窓に向かって背中から飛び込む。

 勢いよく窓ガラスが割れる音。

 そして、颯汰の悲鳴が響き渡った。



…花粉滅びるべし(重度の花粉症)

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