24 太陽祭2日目 其の弐
劇も終わり、三人は貴族層の大通りの端で壁に寄りかかり、並んで休んでいた。
「いやぁ……凄かったね」
「楽しそうでなにより」
「気に入らなかった? 確かに裏切りの勇者とされたノクスだけど、新しい解釈で冷静でかつ勇敢で、中身は熱い男! ってのは面白い発想だと思ったんだけどなぁ」
「面白かった、です。勇者レグルスさまも荒々しい剣技で……!」
「良かったよね~」
臆病者と呼ばれた兄――勇者ノクスが挫折から立ち上がり、囚われた弟を救い出して共に宿敵である魔王を倒すという王道ストーリー。
満足げに笑う二人を余所に、颯汰は静かに溜め息を吐く。
途中から流れが完全にヒーローショー、キャラクターショーとなっていた劇。どうも精神的には若干歳を取っているせいか、素直に楽しめないでいた。何より元ネタである『赤き光の勇者レグルス』について微塵も知らないせいもあり、変更点や独自の解釈による演出も響かなかったのだ。
「……本物の血とか殴り合いじゃないと興奮しない?」
「そんな人をヤベー奴扱いするのやめてくれませんかね」
「あ、あの!!」
先ほどの劇のお陰か興奮冷めやらぬ感じで、物静かなリーゼロッテが珍しく声を張り上げたのでディムと颯汰――二人とも驚いて彼女へ視線を向けた。
「ソウタさんは……あの、その……怖いけど、優しい人、です」
手をモジモジさせながら、少女は正直な思いを言葉にする。悪に対する苛烈な言動は確かに恐ろしいが、弱きものを見捨てない強さがその瞳に宿っていた事を、幼い少女は確かに感じ取ったのだ。
「お、おう……」
「ひゅ~」
颯汰は動揺をする。それは不安を掻き立てたのではなく、単純に好意をぶつけられた際の照れであった。本来ならば、年下である少女に褒められたとしてもここまで照れはしないだろうが、今は背丈も年齢も近しいせいか、思春期真っ盛りの記憶を持つ故にか。
大きくわざとらしく咳払いをし、颯汰は尋ねた。
「そ、それで、今日はお開きか?」
「早いよ。まだ昼になったばかりじゃないか。吟遊詩人の歌、大道芸人の芸もみたいし、何より午後からは騎士学校で誰かが本気で戦うらしいよ! それならソウタも好きそうだよね?」
「酷いイメージの持たれよう」
「本当は馬上槍試合の一騎打ちが見たかったんだけど、今回は剣での試合らしい。なんでもすごい強い騎士がやってきたらしいんだ……ってソウタ? どうしたの、額を押さえて? 頭痛?」
「いや、何というか……、展開が読めて」
「?」
別段それで自分に不利益になる様な事は決してないのだが、言葉にし難い感情が胸の内にわだかまる。
「それより、腹ごしらえしよう。何か買うなりして……」
そう言ってまずは下層に降りることを提案した颯汰であるが、その申し出はキャンセルとなる。
エルフの若者二人が掛けながら喋った内容が聞こえたからだ。
「おい! 騎士学校に急ぐぞ! もう始まったらしいぜ!」
「おいおい、午後からじゃなかったのか?」
「なんでも決闘前に腕試しをすると言って、フォードハム卿が私兵を呼んだらしいぞ!」
「となると紅角騎士団が!? マジか! 相手は!?」
「それが……全身包帯で――」
そこまで聞くと、颯汰は駆け出した。急に暴走を始めた少年に、残された二人は慌てて後を追いかけた。
――騎士学校。それは貴族層に設けられた施設である。大多数が貴族出身者で占められていて、剣術以外にも槍や弓などの武具も使い方も学べる。
ただ一つの学校であり、座学もきちんと行うため、学者や医者を夢見る者もこの学校へ通っている。そのための履修科目の選択も可能だ。
そして、学校自体は円形であり、真ん中は校庭兼闘技場となっている。しかし、コロッセオのような大規模な造りではないため客席もない。ただ円形の校庭であり、庭と言っても端に幾つかの芝生や花壇があるくらいで、殆どが円形の石畳が占めていた。ただ石材の色合いは近いものがあってか、陽光の下に照らされた今、輝かしい橙となっていたから超小規模のコロッセオと言ってもギリギリ認められるかもしれない。実技試験で一対一の模擬戦は、ここで行う決まりとなっているのだ。
周りには渡り廊下とガラスもない吹き抜けの大窓――その先にある廊下はぐるりと一周する形となっている。その周囲全体にそれなりに人だかりが出来ていて、皆その試合を観戦していた。二階からは学生なのかどこか幼さを残した者や、大人となった顔つきの者までもいる。共通点で落ち着きのある竹色の服にネクタイ姿であるからおそらく学生なのだろう。この世界で顔で年齢を測るのは尚のこと難しい。
その件の校庭の中心――周りの人だかりが静かに座り見守る目線の先で勝負が既に着いていた。
「中々の剣筋だった。機会があればまた手合わせしよう」
「ちく、しょう……――」
紅角騎士団――ベルンの貴族、フォードハム卿の私兵集団であり、全隊員がエルフで構成されている。憲兵の衣服と色合いは若干似ているが、肩章が着いているなど、こちらはだいぶ豪華な作りとなっている。ハム家の紋章たる金牛がその背中に猛々しく、金の刺繍で描かれている。
血統主義者で、自身を崇高なエリートだと思い込んでいる彼らの角――否、出鼻は挫かれる結果となっていた。
「スゲー……、なんだあの包帯男……!」
――すいません、身内です!
どこかの観客の誰かの一言に、颯汰は心の中で答える。
そう、エルフの騎士を圧倒した全身包帯の剣士は、ボルヴェルグの変装形態のユッグさんであるのだ。
騎士の連撃を避けては防ぎと防戦一方に見えた試合が、ユッグが握っていた長い木剣を軽々しく振るうと一撃で勝敗が着いてしまったのだ。
ハム卿が悔しそうに下唇を咬む。その体型と相まって、肥えたげっ歯類にも見えなくもない。
「ッ! 次だ!! 次こそ仕留めるのだ!!」
――あのおっちゃん、殺意隠す気ねーのな……。
颯汰の視線の先にフォードハム卿が檄を飛ばしていた。エルフ故に、元は耽美な顔つきだったかもしれないが、贅肉で台無しになっていた。少なくともカルマンで出会ったベイルと違って愛嬌というものが一切ない。
何があったかは知らないが、おそらく包帯男の中身が魔人族だと気付いているのかもしれないと颯汰は予想する。
「怒らせたのかな? 太ったハムスターみたいだって言って」
「ハハハ、ソウタは怖いもの知らずだなー」
リーゼロッテが慌てながら手で颯汰の両頬を押さえて、もう一方の手を自身の唇の前へ持っていき、人差し指を立てた。常識的に考えて貴族への悪口はダメ絶対、なのだ。周りのエルフたちも一瞬視線を向けたが、子供の戯言であると思った同時に、それより次はどうなるかの方が気になり、視線を前へと戻していた。
そんな二人を見て更に愉快な気持ちになったディムであったが、すぐに視線を件の男へと向ける。
――フォードハム卿はフォードハム卿で一応、矜持を持って挑んでいるね。弓での戦いならエルフが負けるはずがない。それに……。
「フフッ」
「?」
「いや、思ったより真っ直ぐな人だなって」
「?」
「ますますわからん」
「なぁに、あの人もあの人なりに国を想ってるってことを知れて幸せだなって」
「お、おう……」
やはり感性が人と違うなと若干引いていると、校庭の真ん中で進展があった。
「フォードハム侯爵閣下、私めにお任せください」
「お、お主は、黒狼騎士団のカロン……!」
「閣下に覚えられているとは! 大変光栄でございます……!」
「……黒狼騎士団は常にアンバードとの国境たるエリュトロン山脈付近で警備中だと思うのだが、何故貴殿がここに?」
黒狼騎士団――ヴェルミきっての戦闘集団であり、国の平和を守る実力者たちである。基本的にアンバードとの国境となっているエリュトロン山脈付近のイリスなどの砦で日夜、目を光らせている。
「それが私も解せないのです。王に命じられ、ただ“騎士学校へ行け”と。それで十七スヴァンの道を十五日で駆けて、昨夜到着いたしました」
「十七スヴァン……となると馬で十七日の距離をか、ご苦労な事だ。……全く王も、国の大切な戦力を、何故……」
ブツブツと垂らした文句は周りの者にしか聞こえない声量であった。
黒狼騎士のカロンはその声音から同意の意味での愛想笑いをしたのだろう。彼もまた、包帯男と同じく不可思議な格好をしているから表情が読み取れないのだ。
黒を基調とし、胸にあるオオカミのエンブレムが牙を剥いている。格好こそは騎士であるとわかるのに異様なのはその頭だ。鎧は今は身に着けていないのに、頭にだけフルフェイスの兜を被っているのだ。
羽飾りもなく、特に変わった意匠もないシンプルな黒鉄色。黒狼騎士団の兜であるが、一般兵と変わりない物である。
爵位の高い目上の者がいるのに、その騎士はその顔がすっぽりと覆い隠す黒鉄の兜を外していない。
何もその珍妙な見た目から、ハム卿が彼の名を覚えていたわけではない。人族でありながら大した奴だと陰ながら評価しているのだ。故に、その無礼を許しているといったところだろう。
「失礼ながら、遠目で先の二度の戦いを拝謁させて頂きました。閣下の騎士達は戦場で、閣下の知略を講じてこそ真価を発揮するでしょう。真っすぐに正面切っての戦いなら、私の方が一枚上手です。ですから――」
「――ぐっ、……しかしだな!」
兜の先にある闇からの声、恰幅の良い貴族の男が呻る。
「そこまでだ。フォードハム卿」
「ッ!! きさ、貴殿は!」
「マクシミリアン侯爵閣下!」
どっしりとした声の持ち主――マクシミリアンと呼ばれた男は人族であった。見た目は四十代後半ぐらいだろうか。威厳のある目つきと、片方の目にある切り傷の上に眼帯が被さっていた。格好もハム卿と似たような貴族の格好であったが、上着を脱いで抱えていた。
「へぇ、人族でも貴族いるんだな」
「一人だけね。まぁ、これから増えるよ、きっと」
颯汰の疑問にディムが明るく答える。
「いかにも。マクシミリアン・ハートフィールです。騎士学校長である私が留守の間に、何やら面白い事をしておりますな、フォードハム卿」
「ぐっ……!」
にっこりとして穏やかな口調であるが、かなりの威圧感がある。他所からは猫に睨まれた鼠のような構図にしか見えない。それでもハム卿は気丈に振るおうとするが、この場で好き勝手やったのと確実に王の命令に背いていると自覚しているからこそ、言葉が見つからず押し黙るしかなかった。
「このまま引きあげて去るのならば、私も王へ何も言わないでおきます。もし怒られる事があるならば私も同席しましょう。王は何だかんだ寛大ですから許してくれるとは思いますよ」
「だがな! エルフで勝たねば!」
退くわけにはいかない。ハム卿は、校庭の真ん中で木剣を持ったまま待機している魔人族と公的ではない一方的な約束をした。負けたならばヴェルミに住まうというのを取りやめろ、と。
フォードハム卿はその男の成し遂げた伝説に対して、信じてはいなかった。だが恐ろしいとは思ったのは彼が敵国からの内通者と成り得るということだ。ここまで大胆な密偵などいるわけない、という油断がいけないと考えてだ。
いくら武勇が優れていようが、それは敵国が喧伝したものである。自身の持つ最優の騎士に掛かれば倒せない事はないと考えていた。
それが今、全く歯が立たないという現実に、フォードハム侯爵は恐怖した。
――これを国に置くのは、直接、喉元に剣を置くようなものではないか。
それと同時に、何としてでも勝たねばならないと思ったのだ。
しかし、その叫びの意味を理解しつつも、現れた男は冷静に制した。
「貴殿の心配も最もであると分かりますが、私の学校で好き勝手されるのは困るのですよ。だからここから先は静かに見ていてください」
何も言い返せないフォードハム卿は、その言葉と発せられる威圧感に押し黙り、倒された騎士を他の騎士に運ばせ校庭から出ていく。しかしその場から完全に去る気はないのか、踏ん反り返っては渡り廊下の一ヶ所を陣取ったのであった。
周りの野次馬たちはざわつきながらその様子を見ているだけであった。
5000文字以内になるべく収めようと、思い切って結構ガッツリ削りました(5000文字以内になったとは言っていない)。
次話は来週までには投稿します。




