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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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94 救出

 暗黒の中、立花颯汰は死を予感した。

 王都バーレイを事実上の占拠せんきょを果たした後、街を復興させるための指導者としてかつがれ――偽りの王として君臨したほんの短い期間。幾度も暗殺者を向けられていた男であるが、このとき以上の危機ではなかったと思われる。強いて言えば、紅蓮の魔王との模擬戦……という名のリンチと同じくらいの危険度だと認識していた。


 息ができない。

 泥濘でいねい容赦ようしゃなく入り込もうとする。

 漆黒しっこくどろが形成するやみの海にしずんでいる。

 すでに全身が囚われ、泥にれたはだは焼けるように痛く、目など開けられるはずもない。

 身体の表面を《デザイア・フォース》で強化していても身もだえるような痛みを感じた。

 口の中に入り込む泥は無味無臭であるのだが、問答無用に入り込んできて、呼吸ができない苦しみとのどの内側からすような痛みが襲い掛かる。

 呼吸と、この痛みから逃れるために、空を目指し上昇するも、黒色の泥自体が意思を持ったようにつかみかかるのだ。

 文字通り、荒波にまれて藻掻もがく。

 颯汰に張り付いていた黒の手は、ただ冷たく生命をむしばみ、み取ろうとしていた。


 ――こ、このままじゃ、ヤバい……!


 光無き世界。

 響く音もにぶく、肌に触れる嫌な冷たさ。そして体の内側――表皮の下の神経が痛みを訴え出す。

 手足を動かすも、触れるのはねっとりとした闇のみであり、掴めるものも、踏む大地すらない。

 荒地の流砂の如く、藻掻けば藻掻くほど深みにはまっていく感覚もある。

 颯汰は程なくして意識を失った。

 闇の中を永遠に漂う運命……。

 颯汰の左腕がもし、独りでに動かなければそうなっていた。


『無明領域を確認:対象領域からの侵入こうげきを確認――。』


『第五拘束強制解除:実行――。

 実行完了。及び、正常動作を確認――。』


『領域支配:実行――。』


 闇が晴れていく。

 黒が溶け、がれてっていく。

 不定形の闇にとらわれていた身が自由となり、法則に従い、ゆったりと身体は横たわる。

 りかごに眠る赤子のように、微睡まどろんだ意識。

 目を見開くと世界が変わっていた。


「――……ここは……?」


 せて辛そうなせきをしてから、立花颯汰が非常に辛そうな顔で身体を起こす。


「き、きっつぅ……。あー……、マジで……、今回ばかりはさすがに、もうダメかと、思った」


 膝を突き、酸素を求めて呼吸が荒くなる。

 あたりに満ちていた泥は、何一つなかったように消えていた。


「ここは、一体……?」


 泥の海が消え、建物が出現していた。

 どこかの宮殿だろうか。

 記憶に一切ない。この特異な作りを見たのならば、覚えているはずであった。


「光っている……? いや、透明な……宮殿パレス?」


 上から下にかけて、すべて結晶で出来た建物である。遠くから見れば普通の宮殿に見えるような、半透明で色付きの硝子でも用いられているのだろうか。白を基調としているが、透けているのがわかる。

 しばし、ほうけて建物を見ていたが、ふとした瞬間に我に返る。


「!! あのヒトは、どこだ……?」


 同じく先んじて泥の海の中へ引きずり込まれたソフィアを探す。

 あんな呪詛じゅそかたまりじみた泥に呑まれては、ひとたまりもない。最悪が頭に過るまま、周囲を見渡すが、ヒトの気配はなかった。

 念のため頬をつねろうかと触れながら、ふと空を見上げて気づいた。ここはやはり特異な空間であると改めて認識する。この建物周辺だけが、切り抜かれたように孤立している。草木はあっても、途中から黒にり潰されていたのだ。

 あの黒泥である。

 真っ黒な呪詛が見えない壁に遮られ、この空間を包んでいるものの、侵すことはできていない。

 空を見ると、途中までは茜色あかねいろ

 ただ斜陽こそ見えない。太陽は闇に隠れているというのに光は届いている。

 どうやら、庭園を含むこの豪邸ごうていまでは、闇に侵されていないようだ。

 一瞬、戸惑とまどうが深くは考えてはいけない、と切りえる。

 今は、ソフィアを探すこと優先した方がいい。


 見覚えのない水晶の屋敷。

 後ろを見ると石畳が長く続いて金属色の大門。

 それらもすべて透明度のある鉱物か何かで出来ているが、門の外に出ればすぐに闇があるためそこから脱出だっしゅつはできなさそうだ。

 ランドマークとなる何か建物が遠くに見えればどの国なのかある程度は予測できるだろうが、それらしきものも黒に塗り潰されていて、見当たらない。

 丁寧に、手入れが行き届いた庭の木々や草花。

 それすらも薄っすらと透けていた。

 光に照らされて、きらきらと宝石のように輝いている。綺麗ではあるのだが、ここまでいくと不気味さすら覚えた。

 敷地面積は広く、噴水といったオブジェクトもある。それもまた透明であった。

 住居なんて、それこそ人の手が加えられた造り物で相違ないのだが、ここまでくると何もかも、丸まるすべてが造り物のような――巨人が作ったミニチュアの作品、そんな世界にいるような、奇妙な感覚に陥る。


「どこにいる……?」


 駆け足で庭を探索したが、見当たらない。

 すぐに豪邸の中へ入ることとなる。

 薄っすらと、扉越しに何かが見えるが、木製の扉風で、茶色が濃くてはっきりとわからない。

 少し警戒しつつ中の様子を見る。


「……!? ……、…………」


 すぐさま飛び込みたい気持ち、焦りはあったが扉の先に敵がいないかを慎重しんちょうに、かつ素早く確認してから中へと入る。

 屋敷を入ったすぐ目の前に、少女が宙吊ちゅうづりにされているのだ。それもロープではなく、天井部分のシャンデリアから伸びる黒泥によって全身がからみつかれている。邪悪なつたは細く枝分かれし、家の外壁に貼りつくように少女の柔肌やわはだにつき、精気を吸っているようだ。

 颯汰はカッと頭に血が昇って左腕を前に出したとき、ようやく己の異変(、、)に気付く。


「――…………、あれ?」


 あるはずの黒の手甲がない。

 自分の目から下をおおかく装甲そうこうも、両手でれてないことを認識する。


「な、ない!?」


 動揺どうようする颯汰であったが、


「うっ……、うぅ……」


 扉の隙間すきまから聞こえてきた、吊るされた見ず知らずの少女かられ出た声に、考えるのは後回しにした。

 冷静に身体のチェックを始める。武器の有無の確認だ。

 身体にまとっていた黒い鎧装がいそうは無くなり、平時に着ていた服ではあるため、こしびた短刀やらはそのままであった。


「急げ!」


 自分にむちを打つように発破をかける。

 肉体は成長した青年のもののままであったが、それに合わせて服のサイズも変わっていたため、全力疾走で服が破けるといった、ある種の事故はふせがれた。

 エントランス中央の階段を昇り、壁に沿って無駄に左右に分かれるお洒落しゃれなデザインの階段もけ上がる。

 警戒しつつ、最速で近づく。

 念のため左腕を叩きながら己の中に眠るはずの存在を呼びかけるが、応答はなかった。

 右へと進み、もっとも高度が合い、位置も近いであろう場所に着いたときに颯汰は息をむ。

 手すりと落下防止をねる柵も、妙に洒落たデザインである吹き抜けの廊下ろうかから見る。ここから下の様子も見えるギャラリーとなっており、他の部屋へ至れる廊下でもあった。

 なかなかの高さだ。

 天井から吊るされた大きなシャンデリアが複数あり、そこを登って伝っていけば届く。

 金網状の円盤えんばんの下に、逆さに伸びる城のように水晶の壁から光がさす。シャンデリア自体がうまいこと足場にできそうな構造ではあった。

 脳内でえがく最適解。

 趣味であるゲームで、こういったアクション要素でマップを移動する手段があったのを思い出す。

 ……だが、現実は違う。

 今の状態の跳躍ちょうやくで、届くだろうか。

 今までは《デザイア・フォース》で肉体を強化していたので人外の身体能力を得ていた。

 助走を付ければギリギリ届くかもしれないが、吹き抜けの廊下の手すりにまで跳び乗った後、さらにそこから跳ぶ必要がある。

 シャンデリアが重さに耐えられるだろうか。もちろん、常識的に考えれば不可能だ。見た目年齢十歳前半の少女が吊るされても耐えられてはいるが、颯汰の体重に耐えられるはずがない。

 泥と絡み合ったシャンデリアのチェーン部分を、短刀やクナイ等の投擲とうてきで破壊するのも現実的ではない。“獣”の力(デザイア・フォース)が使えない以上、無理だ。

 ただ、無いものを強請ねだる時間はない。

 躊躇ためらいや、恐怖はあっても、迷っている時間はなかった。

 吹き抜け廊下の最奥部分に着き、息を整える。

 やるしかないと走り出した。

 心を無にし、床をり、突き進む。

 突き当りの下りの階段に着く前、右の壁を蹴り、手すりに左足で着地し、意を決して跳ぶ。


「――ヒゥッ!?」


 かなり情けない声を出したが、シャンデリアに上体はしがみつけた。

 勢いのわりにそのまま重さで落下するという最悪は回避できた、と安堵あんどの息を漏らしたのも束の間、天井……主に吊るされた鎖部分から嫌な音が聞こえてきた。伸びきったチェーンの先が反対方向に盛り上がり、たわんでいる。

 颯汰は慌てて全身を乗せてすぐにもう一つ、近くのシャンデリアに跳び乗った。


「うぉあッ!!」


 先ほどまで乗っていたシャンデリアが落ち、床に落ちてくだけ散る音を響かせる前に、跳んでいた。少女が吊るされた中央のシャンデリアへ。

 中央のそれは、黒泥のおかげか颯汰が乗っただけでは落下はしない。わずかにたわんだのを感じる。

 勢いでここまで来たが、わりとノ―プラン。

 腰の短刀を抜いたものの、これで泥を切り裂いたとしても、少女が高所から落下すれば大怪我してしまう。そっと短刀を納め、天井から下まで様子をうかがう。奇怪な黒い泥状の粘液ねんえきは天井から染みわたり、シャンデリアを伝いそのまま少女を吊るしていた。


 ――な、何メートルだ? いや、ダメだ考えたら負ける……!


 下を向き、目がくらみそうになるが、同時にずっと目をつぶりながら苦しんている表情が見えた。

 颯汰の目つきが変わる。

 シャンデリアの円盤のふちに掴まってはぶら下がっては手を離し、今度はシャンデリアの円盤部分から飾り部分をに腕を回し、スピード勝負で降りていく。じりながら降りて行っては遅い。

 ずるずると滑るのではなく、すぐにパッと手を離し、少女に絡む黒泥の紐を掴んだ。

 かつての自分では決して成し遂げられなかっただろう、と後になって颯汰は思うことだろう。


 すべてはこの世界に再誕して、変わったのだ。


 取り巻く環境も、つちかわれた経験も、内に潜む憎悪ぞうおも、喜びも悲しみもすべてが、立花颯汰を変えていった。当人にとっては悪くない変化であった。ただ深いよどみからめ付けるものは、それを良しとは思っていないようではあった。

 それ(、、)は獣にあらず。

 くらふちひそむ“”と呼ぶべきもの。

 この世界に、彼を呼んだ存在である――。


 今はただただ前を向いて突き進む。

 目の前のことに必死で、嫌なことも、恐怖があっても、食いしばって進んでいく。

 泥の紐はスライムのような感触で、気持ち悪いが摩擦まさつで手を痛めることはないと思っていた。


「捕った! ――……って、うわぁ!?」


 吊られた少女に覆いかぶさるように到着とうちゃくした途端、泥が牙を剥く。颯汰ごと包み込もうと放射状に泥の手が広がる。いつぞや見た、ハエトリソウのような形状で襲い来る捕食者を想起させる。今の颯汰に抗う術はない。どういうわけか、獣の力がなく使える様子もなかったのだ。

 泥は、相変わらず質量を無視して増大し、颯汰を呑み込んだ。



 視界は闇。

 足も泥濘ぬかるみに取られる感覚。

 少女は苦悶くもんの沼に引きずり込まれた。

 ある夢から覚めたと思ったら、今度は理解できない耐え難い悪夢が始まっていた。


 くろくてこわい、まっくろなおばけが、じりじりとよってきて、ずるずるとかいだんをのぼって、わたしのおへやにやってきた。

 ぱぱとままがいない。

 やしきのみんなもいない。

 だれか、だれかたすけて。

 いたい。いたい。いたい。いたい。

 やだ。もう、やだ。

 だれか、だれかたすけ――


「――うぉおおおおっるぁああッ!!」


 闇の中、抗う姿があった。

 霞んでいる視界。必死に目を凝らす。

 動かぬ手足。訪れるぬくもり。

 その青年は、少女を片腕で抱き締めて闇を払った。

 泥のまゆは落下する。

 汚泥は弾けて、次第に色を失って消えていく。

 その中から、取り込まれた者たちが出てきた。

 少女を抱き抱えて、着地に成功した。


「っふ~……マジで危なかった。あの線を斬ったのが正解だったか」


 少女を吊るしていた泥の紐。即ち颯汰が最初に触れた泥の線だ。あの部分を斬れば落下するだろうとは思っていたが、そうなれば少女も自分自身も怪我をすると思い、最終手段にしようと考えていた。だがいきなり泥がふくれ上がり、颯汰ごと呑み込もうとするので贅沢ぜいたくな選択の余地などなく、止むを得ず繋がりであるラインの破壊を敢行かんこうしたのだ。

“獣の力”が十全に使えれば、おそらく一撃で済んだ――そもそも救出ももっとスマートに行えたであろうが、何故かここで使うことができなかったため、短刀で何度も、何度も必死に斬りつけた結果、助かったのであった。


「あ、あの、その……、たすけてくれて、ありがとうございます」


「……、おう」


 抱きかかえた少女を下ろす。

 少女は改めて颯汰に頭を下げて礼を言ったあとに名乗り始める。


「わたし、シンウーっていいます。おにいさん、ありがとう、ございます……」


「え……?」


「?」


「あ、うん。……俺は颯汰。とりあえず、あの黒いのがまた現れたら嫌だから、一緒に行こうか」


 屈んで手を差し出すと少女はもじもじして口元を隠しながら、答える。


「ぱぱと、ままが……」


「じゃあ一緒に探そうか」


「! ありがとう、そうたおにいさん!」


「…………おう」


 少女を連れ、水晶の宮殿を探索を始める。

 中央の階段を再び登り、右手に少女の左手を掴みながら、彼女に連れられ別れ道を左へ進んでいく。颯汰は少し前を歩く少女を見やる。

 銀の髪にメッシュのような一部分が鮮やかな水色。頭に獣刃族ベルヴァワーの民の証である狼の耳。顔の左側に小さな青いヒレ型の髪飾り――否、海鱗族セーレの特徴である飾りのような美しい左耳が若干照れで赤い。

 それを見て、颯汰は天をあおいで小さく零す。


「……いや百パーセント、ソフィアさんでしょ。なんなんだよ一体。偽名? 幼名か?」


 颯汰は、自分が幼くなったことに慣れすぎたせいで、彼女が小さくなってもすぐに見分けがついた。だが問題はどうしてそうなっていて、彼女が知らない名を使うのか。そして自分のことを知らない様子であるのか。罠か、あるいは……。


インフルエンザに感染してしまい、投稿が遅れました。

申し訳ございませんでした。

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