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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
282/435

88 颶風王龍

 そこは楽園(、、)であった。

 自然が生み出す脅威や、誰かのよこしまな願いなどとは無縁の広がる台地。

 先ほどまで見ていた景色とは程遠い。

 一面に広がるは花々。

 太陽アルオスの円盤から恵みを受け、咲き誇る花々は風に揺られる。

 葉の緑や花びらの桃色、彩りに満ちた世界。

 

「ここが……、山頂……?」


 訪れしは世界の屋根とも呼ばれた霊峰れいほう――ペイル山の頂上である。

 立花颯汰ご一行は、転移用の(ゲート)を通り、中腹からこの場に一気に登り詰めた。

 ここは艱難辛苦かんなんしんくの極みたる最果ての冥府――その一画に存在するという、死した戦士たちが導かれる唯一無二の安寧の地に似ていた。

 それを知る、この場のただ一人が応える。


『そうだ』


 完全武装、《王権(レガリア)》を身にまとった紅蓮の魔王が、その後に小さく懐かしいなと呟いた。

 この景色に相応しくない悪辣あくらつな魔神が、驚いて声を失っている少女たちを見守る。

 驚くのも無理はない。

 極寒の雪山から、たった数歩で春真っ盛りの美しい光景が眼前に広がれば、思考は麻痺まひする。

 防寒着に包まれてもなお侵食してきた冷えは失せ、雪も暴風も何もない。

 太陽も程よい温かさ。帽子を脱いで髪を撫でる風も柔らかく心地が良い。

 臭いらしい臭いも湿度が低い凍土では感じられなかったが、今や呼吸をするたびに花々の匂いが鼻孔を通り抜ける。

 現実味の無い急激な変化ではあるが、五感が本物であると語る。


「すごい……」

「え、えぇ。そうですわね」

「綺麗なところ、ね」

「…………」


 普段はしゃぎ回る二人がただ景色に見惚れる。

 永久凍土の極寒の地とは思えぬ、生命が芽吹く“春”の季節が広がっている。

 ニ、三クルスほどの台地。

 その向こう側は雲海が広がる。

 雲海に隙間などなく、地上はなかなか映らぬ。

 満ちる空気はみ渡っていた。

 高地による酸素の欠乏、気圧の変化による不調は感じられない。

 それでも、ここが仙界ではないと感覚的に颯汰は理解できた。

 厚い雲の絨毯じゅうたんのうえには、美しい青。

 柔らかに見える綿雲が浮かんでいる。

 何よりも、空気に魔力は含まれているが――仙界に比べるとうすい。


「半ば異界化してるっていうから、もっとこう、すごいところだと思ったケド……」


 もっとおどろおどろしいものを想像していた。背の高く葉があちこちに伸びた原生植物が一面に広がっていて、その密林に見知らぬ魔物が蔓延はびこっている、かなり危険な土地だと危惧きぐしていた。

 しかし、あまりに危険と無縁な世界。

 なだらかな台地の全面に花園が広がっているものの、他には何一つ見当たらない。

 木の一本すら生えていない。

 他に動物の気配はなく、姿も見えない。

 綺麗ではある。造られた美しさとは違った、自然の息吹は感じる。

 だが何より――、


「それで、どこにいるんです?」


 ここに呼んだ張本人(人?)、いるはずの竜種の王の姿がない。


『真っすぐ中心部を目指していけばいい』


 指をさして紅蓮の魔王は歩み出した。その赤黒く染まった外套がいとうの先を、ヒルデブルク王女が引っ張った。


「お待ちになって。お花がありますわよ」


『…………たしかに。そうですね』


 手入れされていない緑の中に、懸命に咲く花。

 紅蓮の魔王は歩みを止めた。

 性根がねじ曲がった颯汰ヒルベルトは一瞬、草はみにじっていいのかという問いが浮かんだが、それを口にするほど幼稚ようちではない。ただ一言だけいう。


「いや本当怖いものねえな」


 偽姉ヒルダに対し、偽弟(ヒルベルト)は感心していると、ソフィアが耳打ちで彼らを指さして問う。


「ねぇ、あの二人のパワー関係って一体どうなってるの」


 ヒルデブルク王女はすでに神父のふりをしているだけのやばい存在、歩く火薬庫みたいな人物であると知っているはずなのに、恐れを知らない。


「さぁ? わりと当人たちも、なんだかその場のノリでやってそうな気がする」


 肩をすくめて答えるしかない。

 神父が本物の魔王であることなど、まだソフィアに話していないが、その正体は薄々勘付(かんづ)いているだろう。一介の聖職者が演える奇蹟の範疇はんちゅうを既に超えている。

 

「それでどうするんです。花をけて進むのかなり難しそうですよ」


 紅蓮の魔王に颯汰は問う。

 このまま突っ立っていても何も始まらなさそうだ。しかし、進むとしても一面に広がるは花。踏み荒らさないで進むのは、至難しなんわざである。


『……ふぅむ。一人ずつ運ぶのが一番安全か』


 焦熱しょうねつ羅刹らせつたる、王権レガリアを纏いし魔王があごに手を当てうなる。

 物理的に飛ばすことはできても着地の安全は保障できない。颯汰やリズを先んじて放り込めば、彼らが残りの子らを投げつけられても受け止めることはできそうではあるが、確実とはいえない。

 紅蓮の魔王が使役する『巨腕』を出現させ、それで全員を運ぶことも可能ではある。当初、中腹から山頂への移動はそうやって踏破とうはするつもりであった。

 ニヴァリスの建国祭で、わざわざ山に訪れるものはいない。人目をしのび、その大きな手で魔王以外を包み、魔王はそのまま山をけ上り、巨腕を追従させて山を登り切ろうと考えていた。ゲートが現れたため、やめた。


 ――この地でやるのは(、、、、、、、、)まずいか(、、、、)


 そう心に呟いた後に、一人ずつ運ぶ方が安牌あんぱいだと判断し、先の台詞に繋がる。自分の手で一人一人を目的地……台地の中央にまで丁寧に運ぶことに決めた。

 今回の旅の最終目標まであと一歩となった。

 竜種ドラゴンの王と謁見し、その力で王都にひそむ邪悪を一掃いっそうする。黒き泥を操る謎の勢力がいる限り、平和は遥か遠いものとなる。

 颯汰にとっては去るべき世界ではある。それでも、己が単に祭り上げられたいつわりの王であっても――つみのない民が血を流すこと、更なる悲劇に見舞みまわれる状況を看過かんかできるものではなかった。

 紅蓮の魔王も、世界を守るために、契約者である立花颯汰への協力を惜しむつもりはない。

 野に咲く花など大事の前の小事であると切り捨てることもできたが――そうしなかった。

 一筋の光が駆け抜けるように、フラッシュバックする記憶。それを懐かしむ時間は彼には必要なかった。視界に映る花々を見て足を止めるには充分な理由となっていた。


 瞬間、空気が張り詰めた。


「!!」


 颯汰とリズ、紅蓮の魔王が気配を察知する。

 前触れの無い変化から、リズは不可視の星剣を顕現けんげんさせ、颯汰はアスタルテたちを瞬時に護れるように態勢を咄嗟に取った。



『それには、およびません』


 声が響く。遠くからではあると感じられるが、それまでだ。

 聞いたことがない声のはずだった。

 風が、ざわつく。


何か(、、)が、来る――!」


 そう言った颯汰ではあったが、その正体がなんなのか予想はできていた。否、彼女の存在を知っていた。


 言葉の直後に轟くは水の

 台地の隅々(すみずみ)に流るる小川のせせらぎは遠く。

 台地の中央にあおく輝くみずうみから屹立きつりつする水の柱。

 零れ落ちるのではなく、天に向けて伸びる。

 柱が生み出す爆音と飛沫しぶきは風に呑まれる。

 水の柱から、現れしモノ――。

 まといし風が吹きれる。

 飛沫は落下し、空に昇る姿は残る。

 長い尾から全身まで包む白くあでやかな羽毛。

 黒曜石の爪。蒼玉のひとみ。深緑のうろこ

 天使を思わせる翼を広げた蛇龍。


「「「……――」」」


 声を失う一同。

 その中でたった一人だけつぶやく。


「うつく、しい……」


 音がするほどに強くなった風は、花びらを巻き上げて、その感嘆すら残さず連れ去っていく。

 縦方向に昇った龍は、きびすを返すようにうねり、全長二十ムートほどの身体で自在に空を舞い、地上付近、颯汰たちに向かって降りてくる。


『やっときましたね。ほむらの光』


 慈愛じあいに満ちた声で龍は語りだす。

 先ほどの声の主が彼女で間違いないようだ。


『待たせて悪かった。これでも急いだ方だが』


 紅蓮の魔王が腕を組み、何一つおくせず返す。

 そして巨躯の龍に向かって指し示して颯汰に話しかけた。


『少年。彼女こそ、颶風ぐふう王龍おうりゅう。竜種の王たる四大の一柱だ』


「――つまり、シロすけの……」


『あぁ。母親だ』


「…………」


 見上げると、蒼の瞳が颯汰と、その右肩によじ登った幼き龍の姿をとらえているのがわかる。


 万感ばんかんの思いが流転るてんする。

 これまで、何を言うべきか、どんな言葉を大事な我が子にすべきかを考えていたけど、伝えたい想いが言葉にならなくなった。


『あぁ……。あぁ……』


「きゅぅ……?」


『あぁ。間違いなく、私とあの人との子』


 シロすけはおずおずとしていた。


「き、きゅ~……?」


 再び小さく鳴く。それに対し颶風王龍の声音が変わる。


「えぇ……! えぇ、えぇ。そうですとも! 私が、あなたを産んだ――あなたの母です!」


 神秘的な姿かたちをしているが、そこにあるのはただやっと我が子に逢えたことに喜びを見せる母の姿であった。

 颯汰はその姿を見つめて立ち尽くす。


「……」


 少し物寂し気でうれう顔をしていたが、すぐに心から良かったと安堵の表情と、親子を祝福する。

 誰も彼のその表情をのぞいてはいなかったけど、その背中から何かを察せるものたちはいる。


『そして――』


 目線を動かさず、母龍は颯汰の方をフォーカスする。


『あなたが――……そう。なんですね』


 ドキリと、颯汰は身体を震わす。

 目に圧は無いのだが、その存在は実に重い。

 颯汰の顔の左側の一部、目の辺りから黒いもやが現れる。その部分の肌はヒビ割れがれ落ち、星空のような漆黒と、左目は蒼銀に煌めく。

 その異様な変化に当人は気づいていない。


「お、俺が……その、育ての」


 妙に緊張してしまう。


『えぇ。焔の光から話しを聞いていますよ』


「(焔の光は……紅蓮の魔王(王さま)のことだよな。)はい。この子とは、仲良く家族のように――」


 肩に乗る小さき龍と顔を見合わせる。

 シロすけとの眼前にいる翼をもつ龍は似ている箇所かしょが多い。たった五年しか一緒にいなかったけど、この世界で共に過ごした時間が最も長い相手であった。まぎれもない気持ちで、言う。


「――いえ。……大切な、家族、でした」


 真っすぐ見据みすえる。

 本当の親がここにいるのだ。

 後ろ髪ひかれる気持ちはあっても、進まなければ、互いのためにならない。

 彼女も母として子を思い続けていたというのがたった一瞬のやり取り――声と仕草から理解できたのならば、シロすけは母親と共にいるべきだ。

 それに、まだ今生の別れというわけでもない。


『……えぇ。ありがとう。やさしいアナタ』


 颯汰はなんだか、彼女に言われると不思議と照れ臭い気持ちになった。咳払せきばらいをして少し赤らめた頬を隠すように腕でこすって視線を逸らす。

 優しい母親とは、みんなきっとこんな温かさを持っているのだろうと颯汰は理由を見つけ出し、納得した。


「……一つ、たぶん既に紅蓮の魔王(王さま)から話しは伺っていると思いますが」


 シロすけを無事に颶風王龍に送り届けることに成功した。その報酬として彼女から、王都バーレイを守る術を戴くというのが条件であった。

 少しでも長居すれば、気持ちが揺らいでしまうので、はやく話を進めようとしたときだ。

 初めは小さな違和感。

 それが起こっていると知ったのは、激しく地面が揺れ動いてからのことである。


「きゃっ!?」

「わわ! じ、地震じしん!?」


 立っていられないほど凄まじいものではないが、かなり大きな揺れとなった。

 リズがアスタルテを右腕をまわして支えるようにして庇い、空いた左腕をヒルデブルク王女に掴ませていた。ソフィアは揺さぶられても自力で耐えてみせる。紅蓮の魔王は何事もなかったようにそのままの姿勢であり、颯汰もなんとか態勢を崩さずやり過ごせていた。

 ふと颯汰が見ると、宙に浮いたままの颶風王龍は、かま首をもたげてどこか遠くを睨んでいた。

 先ほどまでの優しい母の像が消え、偉大なる王者の風格と威厳を纏い、凄まじい圧が魔力の風となって循環していた。


 悪寒が首筋をぞわりと駆け抜けるのを颯汰は感じた。彼女が怖いのではなく、ずっと感じていた嫌な予感が、地震が起こる前に強くなった気がしたためだ。だから言葉を遮って振り向いていた。そして直後に地震が起きたのであった。

 そして確信する。下界にて――具体的に言えばニヴァリス帝国の首都たるガラッシアにて、それが目覚めた、と。魔王の使い魔を脅威と見なさなかった竜種の王たる彼女が、唯一の『敵』として定め、見張っていたものが――。


『ところで、この子には、なんて名前を付けていたのかしら』


「シロすけです」


『…………、そ、そう。あー……その、ちょっとー、感覚が異なるから、私はちょっと、その……よく、わからないわ』


「(今、すごい顔してた……)」

「(とても気を遣ってもらってますわね)」

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