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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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84 偽物

 それは白の深淵のひとつ。

 帝都ガラッシアの秘匿の空間。

 空中庭園の地下に広がる機械仕掛けの()

 外観からは、帝都の全エネルギーを担う神の宝玉(リーゼ・クライノート)の真上にまで展開された実験棟の存在など、誰もあるなんて信じやしないだろう。

 上流階級らしい陰謀いんぼう姦計かんけいとはまた違った――さらに付け加えるならば元は貧困層が追いやられて生まれたという地下、その住民たちによる無法地帯っぷりともまた違う――、悪質で醜悪しゅうあくで邪悪なたくらみがはらんでいる。

 その汚れた退廃たいはい的な野望と、あえて目を背けるためか反射するくらいまばゆい白が基調としてこの実験棟は造られていた。透明なガラスやプラスチックの類いの素材により全面の可視化が進み、廊下では埃一つ見当たらない潔癖けっぺきさ。……かと思えば、部屋の各所は血塗ちみどろであったり、人道に反した実験が行われていた。曇天に阻まれ、太陽の当たらぬ地であるからか、ヒトが持つべき美徳たる倫理観すらを無視した所業が行えるのだろうか。

 あくまで小競り合いのという名目とはいえ、戦場に出て武勲ぶくんを立てた経験のあるヴィクトル皇子も、酸鼻さんびたる光景に込み上げるものがあった。

 だが、すぐに意識を前に向ける。

 立ち止まっている余裕などないのだ。


『兄さんたちは、どこに……?』


 本来の彼の性分では、こんなこと見逃せるはずがない。だけど、これが父――皇帝が関っている可能性は非常に高い。認めたくはないが、もしもそうであれば、自分は何もできないのだ。

 だから兄たちの助けだって必要となる。考えれば動きがにぶり余計なことが思考を占めて、行動してしまう。若かりし頃よりも幾分も経験を積んだ分、冷静に己を評価しりっすることもできた。

 食事を共にしたアレら(、、、)が兄などではない――ここにこそ本物の兄たちがいると確信し、ヴィクトルは躊躇ためらいなく進んでいく。わずかな音すら聞き逃せば見つかる危険性がある。慎重かつ迅速に目的を果たさねばならぬ。

 幾つもある研究室の窓から見られぬように屈みつつ、すきを見て走る。耳は隠さず、ただし立てて見つからぬように、けていく気持ちで歩いていった。

 実験を行う各施設の他にも、被験者を閉じ込めておく牢屋ろうや、あるいは寝室があるはずだ。他にも何かのための隔離室かくりしつ、研究者たちの部屋もある。

 ヴィクトルはこの施設自体何を目的にしているのかは理解し切れていなかった。初めて入るうえに存在すら知らなかった施設の間取りがわかるはずもない。しかしながら兄たちに危険が迫っていると直感的に理解していたし、野性的なかんとその洞察力どうさつりょくの鋭さをもって危機を脱するわけである。

 階段を見つけ、逡巡しゅんじゅん刹那せつな

 フロア全体を探し回ったとは言えないが、第一皇子および第二皇子であるならば、もっと奥にいるに違いないととどろく雷鳴よりも早い判断で下層へ向かう。


 ――また、似たような……。いや、ちょっと違うかも?


 転写したかのような同じように一見映ったが、もちろん細部は異なるし、それ以上に何か大がかりな装置が、真っすぐ奥にあるのが見える。

 よく見るとその周辺は吹き抜けの構造となっていて、碧色がかった透明な階段で下に行けるようだ。ヴィクトルが少し寄って確認する。だが、研究員らしき白衣のものが何人も見えた。

 潜入のプロであっても、あそこを使えば必ず誰かしらには見つかるだろう。

 大型の機械は動いていて何をしているかも気になるところだが、ヴィクトルは別に階段がないかを探し始めた。

 小型のコンテナを運ぶベルトコンベアを見つけたが、作業中の人間がいて乗り込むのは難しそうであった。

 通風菅ははなから選択肢に入るはずがない。あんなところ常識的に考えて忍び込めるわけがない。

 観察というほど時間は無かったが、動くだけの余裕はあった。なぜならここにも相変わらず、廊下を巡回をしている兵士のようなものはいなかったのだ。――先の階で魔物を殺した武装集団と同じ格好の者たちは、部屋の中には何人かいるが基本的に研究者と一緒に行動していたり、壁に寄りかかったまま微動だにしないで待機しているものもいたりしていた。

 余ほど物音を立てるような大胆だいたんに動かなければ、察知されることはないだろう。

 武器は業物わざもの、全身は鍛え抜かれ、膂力も充分ではあったが――、


 ――実戦経験は、無いようだな


 ヴィクトルはそう見抜いた。

 言い方を悪くすると素人が力任せに乱暴に武器を使っていたようにさえ、彼には感じた。彼らはこの研究施設に駐在を命じられて外には滅多に出ることが無いのだと皇子は想像した。

 実際には事件を起こして左遷され地方行きになった兵や、一度地下へ逃れた元脱走兵、犯罪者など様々な事情でこの場で兵役をせられたものたちがいたのだが、そんな事情をヴィクトルが知る由もなかったことだ。

 ただやけに、静か(、、)であったのが気が掛かりではあったものの、そこまで注視しなかった。

 この施設が何を目的にしているか、わからないふりをしながらヴィクトルは進んでいく。綺麗ごとじゃ歩めない世界でも、それが愛した国が行う非道など、認めたくはなかった。

 つのる不安や焦りが足を素早く動かした。

 程なくして、ヴィクトルは足を止める。

 他の実験や研究を行っている部屋とは異なり、全面ではなく、一方向からしか中が覗けぬ部屋が並んでいるのを見つけた。

 ぐったりとして倒れている人間が中にいた。

 それを一瞥いちべつし、息を呑む。

 次の部屋はもぬけの殻であり、そして――、


『ヴァジム兄さん……!』


 ヴィクトルは、透明な板越しにうなれていた次兄、第二皇子を見つけるに至る。


『ヴィクトル……、か……?』


 弱々しくやつれているが、間違いなく兄であり、ヴィクトルの勘が当たった。先ほど一緒に食事を共にしたヴァジムは偽物であったのだ。


『兄さん……! 待っていてくれ、今すぐ開けて――』


『ッ! よ、止せ、ヴィクトル……! 警報装置とやらが作動してしまう! 無理矢理開けようとすればすぐに奴らがやってくる!』


 格子などのないの透明な板が一枚。そんなもの壊してしまおうとするヴィクトルを、ヴァジムは必死に制止させた。電子ロック制御の扉であり、パネルを操作しなければ安全に脱出させることは叶わない。


『俺は、どうしたらいい? これにカギはあるんですか?』


 見たことの無い機器で、鍵穴らしきものは見当たらないが、誰か開けるための鍵のようなものを持っているに違いないと考えていたが、兄は静かに言葉を綴る。


『……よく聞くんだ、ヴィクトル』


 冷酷な鉄面皮とさえおそれられたヴァジムにしては珍しく、言いよどんでいた。その言葉に、ヴィクトルは耳を疑う。


『兄上……ヴラドレンは死んだ』


『…………何を、こんなときに冗談じょうだんを』


 あり得ない。兄の言葉を受け入れられない。こんな状況でふざけるような男ではないと知りつつ、思わずそう言葉を発してしまった。


『冗談であるものか! ……よく聞くんだヴィクトル。私も、近いうちに死ぬ』


 再度、ヴィクトルは言葉がまる。

 己の耳を疑い、なんとか言葉を絞り出す。


『な、何故……?』


『父――皇帝に逆らったからだ』


 ヴァジムは痛む右肩を手で押さえつつ、混乱の面持ちをしている弟に言い聞かせる。


『父は、ここの研究者に命じて、兄上と私の影武者をこの施設で生みだした。どういった技術かはわからぬが、非常に精巧せいこうなものだ。……私たち自身、目の前に立たれて言葉を失うほど、本物と瓜二うりふたつであったよ……。父にとって逆らう息子たちなぞ、もはや家族ではないのだろう』


すべて理解するのは難しいであろうという気持ちはあっても、今この場で説明する他、機会は無いと判断したからこそ、ヴァジムは続けた。


『兄上は昨日、連れていかれたよ。おそらく実験でおぞましい怪物に成り果てていることだろう。私も今日、兄上と同じ薬剤を投与された。……先日、隣の房にいた貴族の男も、怪物となって職員に処理(、、)された。手や足がふくれ上がり、それはもうむごたらしい姿だった……。死にたくはないが、もう避けられない。時間がくれば、あのような姿になってしまう。もう、我らは死んだも同然なのだ。だから父は、影武者を作り上げたのだ』


 兄が上着を脱ぎ、右肩を弟に見せる。異常なほどに腫れ、色も黒ずんでいる。既視感があった。


『……まさか』


 ヴィクトルの呟き。

 もしや、先ほど見た魔物は……――。

 そんな最悪が頭に過り、無惨に殺された魔物の最期と『陛下の命令』という研究員の言葉が同時にリフレインされた。

 

『ヴィクトル。私たちのことはもういい。どのみち終わっている。お前は逃げろ。父に感付かれる前に、最小限の人間を連れ、生き延びるのだ』


『でも兄さんは――』


『いつ怪物になるかわからんのだ! 地上に出れば、間違いなく被害が生じる! それに、民たちにそのような姿をさらせるものか』


 言葉は足りないが、その姿を見せることでショックを受ける民を減らしたいという思いやりがヴァジムにはあることを、ヴィクトルは察した。

 強がって不敵な笑みを浮かべていても、その額からほおにかけて流れる汗や、呼吸の間隔、身のふるえからは無理をしていると誰でもわかる。


『いいかヴィクトル。この邦では誰も皇帝陛下――父を止められやしない。だがお前は、この光景を見て、従順ではいられないだろう』


『それは…………』


『ヴィクトル。よく考えて行動するんだ。父は、もっと良からぬことを企てている。私ももう長くはない。すぐにここから立ち去れ。見つかるとお前まで殺される……それは、決してあってはならないことだ。闇雲に突っ走るな、戦場を指揮する者としての役割を思い出せ。お前の双肩そうけんには、お前の大事な者の未来がかかっていると理解しろ』


 国の未来、民の未来などでは重すぎて、動きを鈍くする。たった一人の人間が巨大な力に抗うことは難しすぎるという現実を前に、兄として弟にできることは、確実に生き延びろと念を押すことだけであった。民を全員逃がすことは絶対にできない。兄妹たちも、全員の亡命は無理であろう。ごく少数、自分の家族ぐらいしか救えない。


『ただ、一つだけ、やってもらいたいことがある』


『何です?』


『……私の事務室の本棚の中段、右から三つ目の本を持ち出せ。それを見て、判断してほしい』


『一体、何を……』


 訊ねるヴィクトルに、ヴァジムはあえて答えずに言い放つ。


『さぁ、もう行け。絶対に感付かれるな。チャンスを見極め、どこか遠くで達者に暮らせ。あんなものを動かせば、アンバードにて目覚めたという“魔王”も黙っておるまい』


 気になったあんなものの正体は、次の日に思い知ることとなる。

 ヴァジムの言葉に従い、撤退した。


『……兄さん、また――』


『――いいや、さよならだ。我が弟、ヴィクトル。振り返るな。これからも、前へと進むがいい』


 短い言葉に、兄の想いがすべて詰まっていた。

 止めた足は、重い一歩をみ、そこから前へ前へと歩んでいく。立ち止まる時があっても、例え一時の退避も、前を見ている限り次へと繋がる。

 後ろ髪を引かれる気持ちは当然ある。

 だが、想像したよりもずっと深くて暗くて、眩くて歪んだ闇がここにはあったのだ。

 ――たった一人では、無理だ。

 ヴィクトルは理解した。

 協力者が必要だ、と。

 兄との会話の中に、ヒントがあったのだとヴィクトルは思った。


『……魔王』


 来た道を戻り、警戒しながら進む。

 さっきまで転がっていた遺体や血痕けっこんは既に何事も無かったかのように消えてなくなり、長い間悪い夢でも見ていた気分となった。だが、紛れもない現実であるとヴィクトルは受け止めつつ、ついに誰にも見つからずに自室まで戻ることができた。

 次兄の最期の願いを聞き入れるべく、女中に賄賂わいろを渡し、偽物が湯浴みをしている隙に事務室にヴィクトルは忍び込んだ。

 言われた通りの書物を本棚から取ると、畳められた資料が何枚か落ちる。本を開いて残りも集め、ヴィクトルは自室へと戻った。

 そしてその書類に目を通し、言葉を失った。


『なん、だって……?』


 最初は嘘だと思ったが、他の書類がそれを補完する証拠資料となっていた。


『……――確か、彼は』


 そこからヴィクトルは瞑想するように黙して語らず――。

 ついに一睡いっすいもできぬまま、建国祭当日を迎えることとなった。

 そして、皇帝の切り札たる《神》が降臨し、偽物の兄が皇帝の座に就くこととなる。

 レジスタンスの『ミスリルの目』による強襲は事前に帝都側も想定していた。しかしヴィクトルはそこで何かしら行動を起こすつもりは無かった。所詮は烏合うごうしゅうだと軽んじていたからだ。

 予想外だったのは――、


『そろそろやって来る頃合いと思っていたぞ』


『…………』


 睥睨へいげいする皇帝を、見上げる女の姿。

 声も姿かたちも変わっていても、誰であるかをヴィクトルは感じ取れた。気配であったり鋭い嗅覚きゅうかくであったり、何者かなぞすぐに気づいた。

 そして皇帝は死――《神》と一つになり、魔王は力尽きて倒れた。

 今まで路線上を動く山車の中にて、座して腕を組み、黙していたヴィクトルがそこで動いた。

 大きく動いて制止するものはいない。

 第三皇子という肩書もあったし、突然のことで騎士も吸血兵も力づくで止めに入れなかった。

 まんまと追手を撒き、ずいぶん前に目を付けていた空き家に忍び込み、今に至るのであった。

 魔王――彼女の協力があれば、皇帝の暴走を止め、兄たちもきっと浮かばれることだろう。

 そう、第三皇子ヴィクトルは思い込んでいたのであった。

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