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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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83 実験棟

「……何に気づいたの?」


 思わず、女は声をかけてしまう。

 第三皇子ヴィクトルの回想は魔王・ウェパルの疑問の声によって途切れてしまった。

 あることに気づき、そこから行動を起こしたとヴィクトル本人から説明して貰っていた。だがその経緯が省かれかけたので、たまらず問うた。

 何を見て気づいたのだろうか。

 

「まずは長兄、ヴラドレン兄さんは」


「ヴラドレンは……?」


「完食、してたんです…」


 その疑問に対する答えを聞き、ウェパルは言葉を失うこととなる。真顔で答えるヴィクトルの目を見て、しばし時間を置いてから、ウェパルは何とか言葉を発した。


「……………え?」


「兄上は太り気味ではないのですが、歳を少し食ったせいか最近は健康に気を遣い始めてました。……おそらくは妻であるミラナ殿にお小言を言われたのでしょう。――それで、全部平らげるはずがありません」


「いや、あの、ちょっと待って?」


 ウェパルの制止を聞かず、ヴィクトルは続けて言った。


「それに次兄のヴァジム兄さんは――エビの尻尾を残していた……! あり得ない。兄上はあの辛気臭い顔でバリバリむしゃむしゃ食べるはずなのに!」


 力強く、豪語する。

 小さすぎる差異。ただ偶然、その日だけはそのような行動を取っただけかもしれないと思える程度の小さすぎるもの。


「えぇ……? そんな理由ー?」


 なんだか、釈然としない気持ちとなる。

 想定以上に、あまりにしょうも無い理由であったため、ウェパルは静かに毛布から手を離し、思わず額に手を当ててしまう。


「他にも、兄たちらしからぬ発言が何度かあったんです。あんなに保守的であったヴァジム兄さんが隣国に対して近いうちに攻勢に出るべきだと言ってみせたり、ヴラドレン兄さんも何だかミラナ殿へ素っ気ないそぶりであったり、と。……なにより――」


「なにより?」


「……父は地位を、皇帝の座をヴラドレン兄さんに譲ると急に決めたのです。食事の席で、世間話をするかのような軽さで。ヴラドレン兄さんは継承者第一位であるから、それは当然ではあるんですけど。でもヴァジム兄さんだって帝位を狙っていたんですよ。……それなのに、ヴァジム兄さんはその決定を容認していた」


「でも、結局それはどうしても覆せない決定でしょー? わりといい歳だし大人しく受け入れたんじゃ……?」


「とんでもない!! 兄さんが簡単に引き下がるはずがなかっあんですよ! 母上が亡くなったときに、一度激化して、ここ数年は鳴りを潜めてはいたんですけど……でも――……あり得ない。あんな、張り付いた笑顔で……」


「受け入れた、と」


「……えぇ。二人とも、野心家です。直接的も間接的にもお互いを排除するような手は選ばなくとも、競い合っていました。父にはその姿を見せまいと立ち回っていたようですけど」


ヴァジムは自分が気づいていないだけで、本当は陰で苛烈な抗争が行われていたかもと小さな声で付け加えた。兄弟の中で最も帝都の外で活動することが多かったからこそ、知らなかっただけで権力争いが勃発し、命を狙い合っていたのかもしれない。暗い顔ではなく、どこか遠くを見るような達観した面持ちのヴィクトルを見て、ウェパルは少し目を伏せた。


「……話の腰を折ってごめんね。続きを聞かせてくれる?」


 ……――

  ……――

   ……――


 家族との晩餐会が終わり、ヴィクトルは行動を起こす。

 幽閉されていたはずの兄たちが発した言葉に対する違和感は、あまりに普段の言動から考えられない、かけ離れたもの……とまではいかない微妙なラインであったが、疑念は加速していた。


 ――果たして本当に兄たちなのだろうか


 ニヴァリスに現れた女魔王のまじないを受けた経験があるため、己の感覚が――目や耳、認識を司るすべてが正常に機能しているのかすら、ヴィクトルは怪しんだ。

 精巧な影武者を当人たちと思い込んでいるのでは。あるいは兄たちなどこの会食の間に現れもしていなかったのでは。

 平時であれば、自分の気が触れていると思える発想であると彼自身、自覚していたが、やはり魔王から受けた固有能力(イデア・スキル)のことがある。

 考えれば考えるほど、ドツボにはまる感覚がした。何が現実か、今見ているものさえ何なのか。

 解散となった後、自室に戻るふりをして宮廷の牢へと向かう。

 監獄としての役割を担うには少し狭い場所だ。

 例え空中庭園で罪を犯したものを捕らえたとして、宮廷内に賊を放り込むわけにはいかない。基本的にすぐ地上の施設に護送されるかたちとなる。あくまで最低限の人数しか収容できないようになっていた。

 そこに兄たちがいる。

 ヴィクトルは希望に縋る思いで歩みを進めた。

 しかし、


『……常駐しているはずの警備のものがいない?』


 緩やかに絶望が心を苛む。少人数であるが、必ずいるはずの常駐の牢番の姿がないのだ。嫌な予感がした。


『誰も、いないのか……?』


 部屋は薄暗い。壁にかけられた燭台の火だけが光源であった。チロチロと音を立てて燃え、その音だけが響くほど静かであった。

 自分の思い違いだったのだろうか。

 ヴィクトルは空の牢を見て立ち尽くしていたとき、


『!?』


 扉越しに階段を下る音が聞こえてきた。オオカミの如き獣刃族ベルヴァワーの民の耳がピンと立ち、背筋も伸びる。

 びくりと反射的に動き、腰に帯びた軍刀の鞘を掴み、柄を握りしめたが――ゆっくりと手を引いて冷静に辺りを見やる。ひとりの足音ではない。軍刀を振るって一人で立ち回れるような場所ではない。どこかに隠れなければ、とヴィクトルは薄闇の中に退路を探す。

 一方しか出入口の無い場所。

 斬りかかるわけにはいかない。しかし、この場で見つかって良いわけもなかった。

 普段であれば罰せられるはずなどない地位にいるが、事は皇帝が関わっている可能性がある。

 確実に父の耳に入るだろう。どうにか隠れてやり過ごして機を見て脱出するしかなかった。

 構造上、少し暗がりが強い箇所があった。

 積まれた木箱もあるが、中に入る時間も無かった。木箱の陰に隠れようとしたときに触れた壁が不自然に動いた。驚きつつヴィクトルは手で押すと、気のせいではなく壁がカチリと音を立てると、静かに横に独りでに動いた。


『隠し通路……!?』


 考える余裕すらなく、飛び込むように中に入ると、その壁は再び動き出して自動で閉じる。ヴィクトルは呆然としながらそれを振り返って眺めていたが、すぐに前を向いた。

 雰囲気がガラリと変わった。

 全体的に漂白されたかのような不自然な白。

 妙に清潔感がある空間。

 照明の光も、この大陸の昼より明るく白い。

 銀色の扉が並んでいて、部屋は全面がガラスで中が見えるようになっている。そのガラスの下の一ムート弱は壁であり、周囲の壁面と同じ素材に思われた。中の設備はヴィクトルは初めて見るものばかりで、何なのかよくわからなかった。

 椅子まで真っ白だが、拘束するためのベルトは黒く、銀の金具が鈍く光っている。

 その横に、椅子を挟むように等間隔に配置されている柱。生産工場などに興味を示さないヴィクトルにはわからなかったが、それは機械仕掛けのアームであり、先端には棒状のドリルやメスのような刃物などが複数あり、用途に応じて切り替わるようになっていた。


 ――拷問器具……? こんな場所、知らないぞ


 埃一つ見当たらぬ部屋を、周囲を観察しつつ進む。自分は夢でも見ているのだろうかと現実味がない光景を見てヴィクトルは小さく呟く。

 何か機械が動くような物音はするが、ヒトの足音は聞こえない。

 最大限警戒しながら、ヴィクトルは進む。

 彼はここに兄たちがいるに違いないと根拠はないが確信していた。

 見知らぬ機械群、後に知るが帝国が作った――血を吸う亜人種と同じ特性を持つ凶悪な兵器たちが身にまとう鎧が部屋の奥に接続されていた。ただ飾られているのとは違うのがヴィクトルでもわかった。

 また、よくわからないものが並んでいた。

 まだ小さい子どもたちが、何かの液体で満たされたカプセルの中に一人一人収容されていた部屋。四十メルカンほどの中が見える立方体に、同じく液体で満たされた脳が並ぶ部屋。他には赤々とした何か飛び散った部屋を清掃しているものたちがいた。

 胸騒ぎが加速度的に増していく。

 早く兄たちを見つけなければと次の部屋を覗きみようとしたとき、どこかで物音が響いた。そちらにヴィクトルが鋭く察知する。音のこもり具合から、また幾つもある部屋のどこかからだろう。数瞬迷ったが、皇子は音の正体を確かめに向かった。

 何か、騒がしい。しかし廊下までヒトが出回っている様子はなかった。


『……あれは…………なんだ?』


 ガラスの奥、また何かの実験設備のような部屋を仕切る透明なガラスの奥。少し離れた別の部屋の様子までが遠目でも確認できる。


 ――何かが動いてい、いや暴れている……。 魔物、か……?


 ガラスと部屋ふたつかみっつ分先に、躍る影。

 白い服を着たヒトが、ガラスに張り付きとなった。壁に投げつけた果実みたいに赤い果肉が散らばったのが見て取れる。

 ヴィクトルは身を屈め、素早く接近した。


『くっ、暴走か! 陛下の命令だ、処分しろ!』


 ガラスにへばりつく油絵のような赤。その外側にヴィクトルは屈みつつ、血を避けて中の様子を見た。


 ――陛下? やはり父上が関わって……。一体何を?


 そこに鎖で首と手首が繋がれた異形の者がいた。ヒトと形容していいのか、ヴィクトルは迷った。

 異様なほどに発達しすぎた右腕は変色して黒ずんでいる。病に侵されたのか斑点のようなものが浮かび、その細胞変異は顔を浸食していたのが見える。ただし首まで見えたが顔は金属製の仮面をつけていたため、あくまで想像に過ぎないが。着せられた衣服もその膨張した肉によって破け、また煩わしくて当人が破ろうと毟ったのだろうか。

 室の中で吠えながら、未だ暴れようとしている。鎖は装置に巻かれて異形の者の動きが制限されたが、まだ自由であった頃にひと暴れしたようだ。機械類は破壊され、横たわっている亡骸がある。

 処分の命令を下し、武装した兵士らしきものたち四名が、武器を手に一斉に襲い掛かり、手持ちの得物で異形の者を討つ。

 段平が肉を斬り、槍が突き刺さる。

 肩から胴まで刃は通り、首に複数本の槍が穴を開けてみせた。異形の者は堪らず叫びをあげた。その声はガラスを激しく振動させ、部屋の外まで響かせたのであった。


『なんなんだ、ここは……』


 ヴィクトルは呟き、離れる。

 一刻も早く兄たちを見つけなければならない。

 ここは危険だと充分過ぎるほどに理解できた。

 そして、ヴィクトルはついに奥の方の部屋で兄の姿を見つけるに至った。

 夢を見ていたと称したヴィクトルであったが、ここからが、紛れもない悪夢への始まりであったと思い知ることとなる。

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