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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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82 皇子の記憶

 あふれて、落ちる――。

 目に映る景色は歪み、その感情をき止めるものはない。

 溢れてはこぼれていく。

 失くしていたもの、失ったものが何なのか理解できた。

 おのれの中で、最上に位置する目的もだ。

 女は静かに目をつぶる。

 反芻はんすうするように記憶を思い起こす。

 最奥の記憶は森での目覚め。それ以前の過去を思い出せずいた。

 足跡の無い雪原のように真っ新であった記憶。

 しかし、本能と呼ぶべき“怒り”だけはあった。

 逆を言えばそれしか無かったのだと思い込んでいた。

 だから、殺し、殺し――、

 ことごとくを殺し尽くそうとした。

『どうせ、元の人間に戻れまい――。』

『生きていても害を成す存在である――。』

 そんな免罪符など必要としなかった。

 排除して当然であり、その権利を有しているという傲慢さを無意識に発揮する。なぜなら自分は始祖・吸血鬼オリジン・ヴァンパイアと呼ばれる亜人種の上位存在。ヒトの手で生みだされた紛い物など裁かれて当然なのだ、と。

 白の衣を染める返り血なぞ気に留めず、森を吸血鬼と詐称さしょうするの存在の体液で穢していく。

 許せない、許せない、許せない――。

 怒りの理由は、実のところ分からなかったが、飛び散るものを見たときに心が落ち着いた気がしたので繰り返す。いつか答えが来るまで、彼女はずっと同じ事を繰り返していたのかもしれない。

 ふいに、立花颯汰の顔が脳裏に浮かぶ。

 そして、出会いから短い間、過ごした日々の記憶が一気に駆け巡った。

 あれこそ、彼女――ヒツジという階級の少女に手を差し伸べた『姉』の目指した世界であった。

 バーレイ――アンバードの首都。戦争の痕が残る街。復興中で人々が、檄を飛ばし合い、奔走するのが見えた。魔人族メイジス人族ウィリアと共に何かの図面を覗き込んだり、エルフの指示に鬼人族オーグが応えたりと、珍しいものであったから強く記憶に刻まれていた。南から竜魔族ドラクルード獣刃族ベルヴァまで合流する予定だと聞いて驚いたし、心にじんわりと沁みるものがあった。あれだけ心を苛む怒りは鳴りを潜め、風の吹かない水面よりも穏やかであった。

 彼に抱いていた感情の正体も、女は知った。

 それは恋慕などではなく、憧憬であることを。

 当人が認めていなくても、曲がりなりにもあの地を治める王であり、周りの支援があったにせよ、種族の垣根を越えて支え合うという状況は、彼がもたらしたものなのだ。

 そして、息を吐く。

 今はすべてを思い出したから。

 怒りも、過去も、この胸にある感情も。

 女は目を開く。

 成すべきことは理解していたが、まずは状況を整理しなければならない。彼女は部屋にやってきた男に訊ねた。


「……して、ヴィクトル。なぜボクを助けた? あのまま気を失って入る反逆者を、助けるメリットなどないでしょ?」


 巨神ギガスが降臨した直後、不完全な形であった魔王は、遂に行動不能になる。魔力が尽きそうになったのだ。自身の消滅を免れるために、休眠状態に入らざるを得なかったのだ。

 しかし延命するための急なスイッチオフでその場で気絶は思いきり無防備であった。敵からしたら魔王を捕らえてもいいし、そのまま危険分子としてトドメを刺してもいいはずであった。

 それなのに、今は生きていて身体は自由だ。

 抵抗する力すらないと看破されたとしても、手枷のひとつも付けてない理由にはならない。

 少し空気が悪いとはいえ牢屋に比べたら遥かにマシな部屋である、とウェパルは瞬時に認識できた。

 調度品の類いは見受けられないため、長らく放置された空き家か隠し部屋の類い。

 他の者にバレぬように独断で捕縛か、あるいは匿われているか。

 どちらにしても、命を助けられたのは事実。

 ……そこまで推理はできても、まだ見えぬものが当然でてくる。

 ヴィクトルは帝国側の、しかも皇族だ。

 気が狂ったのでなければ、何か彼にとって利点がなければこんなバカなマネはしない。

 なにせ皇帝の車両を襲撃した一人で、伝承に残る魔王なのだから。

 彼の目的はそう簡単に問えずとも、立ち位置は明らかにできるはずだとウェパルはこのような質問をした。すると――、


「まず確認したいことが幾つかあるのですが」


「……、何?」


 男の声が少しばかり冷静なものとなり、顔つきも変わったことにウェパルは気づいた。ほのかに空気がヒリついた。敵意はまだ無いが、回答を違えると面倒なこととなるのを予期できた。ゆえに先にヴィクトルの問いから答えることとする。


「魔王殿。貴殿は何を企んでいる。何を目的に行動していた? 貴殿は俺以外にも、()を使っていたのだろう? ――…………おい。目を逸らすんじゃない」


 わからぬことを尋ねようとしたが、思わぬカウンターを受け、ばつが悪そうな顔をするウェパル。逆にストレートに目的を問われ、さらに固有能力(イデア・スキル)が掛かっていたことと、さらに解けたと認識されていることを突きつけられた。


 ――うげーっ……気付いていたうえに、解けてる! やっぱあれも不完全だった……? それとも気を失ったから……?


 未だベッドの上で上体を起こして話を聞いている彼女の、人ではないような白い肌を有した細い指には、まだ掛けられた毛布がまんであった。

 目を覚ましたばかりであるが、思考には淀みなどない。皇帝一族の名だけではなく性格や言動も思い出せる。顔も声も仕草もウェパルであるが、魔王としての知識、記憶がはっきりとしていた。

 少しそのまま毛布を被って逃げたい衝動にかられて、持ち上げたが、すぐに諦め、溜息を吐いて答える。


「……ボクの目的はたった一つ。そのために完全な復活が必要で、一応、ちゃんとヴラドに協力していた。……面倒な条件も付けられていたしー、皇帝の地位を脅かすつもりなんて最初からこっちには無かったけどー、……どうにも信用されてなかったみたい」


「あの、《神》の存在は知っていたんですか」


「もちろん。でも、完成までもう少し先の予定であったはずなんだよねー。外装はともかく内部のシステム周りの修復になんがあって。本当は建国祭には間に合わなかったはずなんだけど、どうやらなんか上手くいっちゃったみたい。制御用補助電脳ユニットの作動とか全く上手くいっていなかったはずなんだけどー」


「? ……うーん、よくわからないんですけど、魔王殿も大いにアレに関わっていたわけですね」


「ほとんどヴラドの管轄かんかつだったけどねー。あの男、本当に大事なことは他人にやらせたがらないから。端末たんまつの起動方法を聞いてあとは独学でやってみせたよ。万が一、魔王にあれをうばわれると打つ手が無くなるからね。ボクだってやるならそうするよ。……問題がクリアしたから地下の『アルマナ・システム』を使ってまで急造して間に合わせるまでは予想していたけど。まさか裏切られるとはね……。いくら貯めてたとはいえあの膨大ぼうだいなエネルギーの消費しょうひ、それを維持いじするには絶対にアレが必要不可欠なはずだけど……」


 途中から、ぶつぶつと独りで考察し始めた魔王に対し、ヴィクトルは何を言っているかわからず首を傾げていた。研究者のこういった言葉は兄たちの方であればすんなりと理解できたのだろうとも彼は考えていた。


「専門的なことはわかりませんが、あなたも此度の騒ぎの要因のひとつというわけですか」


「こっぴどく裏切られた結果になったけどねー」


 ケラケラ笑う。余裕ぶっているが、実際はかなり深刻な状況であった。ヴィクトルの目を見て、このようにおどけるのは魔王としての余裕か。いやむしろどうにもならなくて笑うしかないのだろうか。それでも、ヴィクトルは迷わない。他に手立てはないのだから、いかりをしずめ冷静になる必要がある。ヴィクトルは丹田たんでんに力を込めてゆっくりと息を吐いた。

 彼女を頼る。そのために危険を冒して助けたのだから。


「あれを、止められますか?」


「……? 止めたいの? あれ、あなたのお父様、ヴラドパパそのものだよ?」


《神》となったヴラド帝の言葉――支配者としての地位を息子に譲り、自らは守護神としてニヴァリスを守り続けるという文言を、ヴィクトルは信じていなかった。

 敬愛する兄であるヴラドレンが帝位に就くことは当たり前であると三男坊はずっと考えてきた。

 彼の唯一の望みは、兄たちに国を任せ、自分は戦うことで帝国、民たちに貢献こうけんできれば幸せであると考えて生きてきた。

 真実に触れ、考えや価値観が大いに変化した。


「あれは、――もはや父と呼べる者では、ない」


 沈痛な面持ちで、武人は言う。彼の脳裏に、昨夜の記憶が鮮明に焼き付いていた。


 ……――

  ……――

   ……――


 昨日。

 建国祭前日でどこもかしこも忙しく、宮殿も例外では無かった。

 後日行われる仮面舞踏会は、帝都市民が地上で行うものとは豪華さがまるで違うものでなければならなかったのだ。なにせ貴族以上の地位の者だけが集まるもよおしであるため。

 広場にて庶民に溶け込む戯れも面白いのだが、やはり代々脈々と受け継がれては流れる高貴な血を穢したくない、どこの馬の骨とも知らぬ下賎げせんやからに我が子と道ならぬ恋などけたいという親心もあったのだ。

 他にも宮殿内で祝宴やイベントは行われるため、飾り付けで使用人や給仕係までが奔走したおかげでもう大部分は終わったが、料理の下準備のために厨房は既にフル稼働していた。

 そんな中、父との謁見を子であるヴィクトルは再三希望したものの、ことごとく何かに理由を付けられこばまれる。

 彼は兄たちを投獄とうごくした真相を知りたかった。

 その機会は訪れまいかと思えたが、前夜にて家族での食事会が急遽きゅうきょ決まった。臨月を迎えた長女は除き、家族が全員――兄たちを含めて執り行われるという知らせをヴィクトルは受け、素直に喜んだ。

 投獄も何かの誤解で、それを判断するためにしばし時を要したのだと。

 会食をするために用意された大広間に、兄妹たちは集まった。全員は集まれなかったのは残念であるが、家族での食事はいつぶりだろうかとヴィクトルはこの中で最年長であるが子どものように口元をほころばせた。

 やらかしたという双子の姉妹リュドミラにオリガへ再度説教をし、久々に会えた末妹のイリーナを肩車をして走り回ったほどに上機嫌じょうきげんであった。

 普段以上に機嫌が良いように見えた妹も恥ずかしがっていたが、普段部下に見せることの無い――家族への表情であったから、イリーナも「下ろして」と頭を優しく何度か叩いていたが諦めてしまった。ヴィクトルの行動は兄たちが居れば年甲斐としがいもなくはしゃぐなと小言をネチネチと言われたであろうものであったが、皆が温かい目でそれを見ていた。

 そして、部屋を駆け回っていたときに――残りの三人がやって来たのだ。投獄されたヴラドレンとヴァジム、そして現皇帝ヴラドが。


『楽し気であるな。我が子、ヴィクトルよ』


 使用人が開けた扉から入って来たヴラドは優し気に笑んでいた。

 肩車から下ろしたイリーナも脅えた表情と、扱いへの不満で口を尖らせていたが、ヴラドは愛娘の頭を撫でて静かに言った。


『すまなかったな我が娘イリーナ。今日からお前は帝都に住んでよい。お前を守りたかったから一時的に離したのだが、さびしい思いをさせたであろう。お前を案じていたためとはいえ、本当にすまなかった』


 その言葉にイリーナは涙し、可愛げのある悪態をついた暴言にもならない暴言を必死になんとか手繰り寄せては吐いて、場は落ち着いた。

 時間となり、給仕係が食事を運び始める。

 談笑しつつ、高級食材を一流のシェフが調理した品々が次々と運ばれてきた。

 赤い果実ベースの煮込み料理にアクセントとして緑色のハーブが添えられているもの。揚げたパンにチキンのソテー、凍土で鮮度が保たれた魚介類の刺し身が皿に盛りつけられたものや、野菜と魚のテリーヌ。海藻とエビが入ったサラダ、果実を用いたタルト……など、他にもたくさん料理が並んでいた。酒が飲めぬ者たち以外は果実酒がグラスに注がれ、会食が始まる。

 皆が作法通りに上品に口の中へ運んでいった。

 様々なこと、近況を話し合う。

 互いに家族でありながら、どのように過ごしているか多忙で把握し切れぬことが多い皇族たちは、仕事の話をしがちではあった。

 やれ隣国の様子はどうだ。やれとある貴族が陰で問題行動を起こしている、などと話をする。公務らしい公務を行っていない姉妹たちがむくれていると、お前たちはそろそろ婚姻について考えろという小言が始まる。追撃としてヴィクトルは彼女たちが行っていたニヴァリスの男児を拉致していたという問題行動を挙げてもよかったが、イリーナがいる手前、さすがに止めておいた。チラチラ必死にヴィクトルの顔色を窺う妹たちに兄は溜息を吐いて仕方がなく肯いてみせたのだ。代わりに戦地に連れて行った弟たちの話をする。武勇を語るにはまだまだ先となるが、臆病なりによく自分に付いていったものだとヴィクトルは双子の弟ヴァレリー・ヴァシリーたちを称えたのであった。

 しかしながら――、

 どのような罪状で兄たちは投獄とうごくされたのか――また、どのような経緯で誤解がとかれ今に至ったのかを聞きたかったヴィクトルであったが、いざどう口にするべきかと迷っていた。

 うわさによると反逆罪だと聞いた。他の兄妹たちも耳にしているはずだが、切り出す役目は己以外にいるはずもない、とヴィクトルは覚悟を決めた。

 その矢先、話題が先ほどの行為――イリーナを肩車して大広間を走り回ったことについてに変わった。


『――しかし、もう少し年齢にあった落ち着きと礼節をな。他の弟と妹たちに示しがつかんぞ。ヴィクトルよ』


 腕を組み唸るヴラドレン。牢獄とはいえやつれることもなく、何も変わった様子はない。食欲も変わらず、ナイフで切り取った肉をフォークで口に運んで咀嚼そしゃくし、飲み込んだ後に静かに告げた。そこへ同意する声が続く。


『久方ぶりの再会……気持ちはわからんでもないが』


 ヴァジムの一言に、ヴラドレンが『まぁ、そうだな』と同意した。他の兄妹たちは気づいていなかったかもしれない。過敏かびんに反応するほど、大きくはなかった違和感――珍しいなと思った程度であった何気ない一言から、ヴィクトルは注意深くなった。

 兄が絶対に言わない言葉ではない。冷徹ではあるが、家族に対しても冷酷無比ではない男だ。必要なときがあれば言葉をつむぐこともあるだろう。

 しかし、次第に疑念は増していく。

 ヴィクトルだけは眉をひそめていた。

 そしてその後――、

 楽しい食事会はお開きとなる頃にヴィクトルは気づいた。


『…………、えっ』


 静かにらした声に、首をかしげるオリガ。それに対してヴィクトルは取り繕って「なんでもない」と慌てて言う。

 視線の先には、ヴラドレンが食事をしていた皿。そして、ヴァジムがいた席を見やる。

 ヴィクトルは左手で口をおおい、感情が漏れ出さぬように努めると同時に、確信した。とはいえ、その正体まではわからぬ。ただ違和感から疑念が生まれ、行動を起こすにいたったのだ。


23/12/30

誤字修正、および一部ルビの追加

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