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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
氷の女帝と狂える巨神
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73 運命の輪

 車輪が回り、ガタンガタンと揺れ動く。

 鋼鉄の街で蒸気を吐いて、列車は歩くより少しだけ早く路面上を進んでいく。

 さだめられたルートを、おおよそ決められた時間どおりに進む。広大な帝都中を張り巡らされた索道以外にも、移動手段――交通機関は必須であった。

 中には、自前でウマが要らぬ蒸気機関の乗り物が、普及する日が来るのではと期待をする民衆もいたが、本当に近い未来に実現するやもしれない。

 帝都のシンボルの一つである時計塔から、鐘の音が響く。楽しい時間はあっという間に過ぎるものだ。

 颯汰の思惑通り、公園で遊び倒したおかげで時間を大いに消費することに成功した。


「うぅ……このままじゃ、ぜんぜん巡れない」


 己が故郷である、発展した未来都市ともいえるニヴァリスの中心・帝都ガラッシアを少しでも好きになって貰いたい、と情熱を燃やしていた皇女の末妹のイリーナは少しうな垂れていた。

 時間を忘れるくらい遊んでしまったのである。

 皇女にとっても、公園の遊具なぞ、未知のオブジェクトである。ましてや庶民と混じって遊ぶなど本来はなかなか機会がない。加えて現代社会に比べると娯楽が少ない世界で、しっかりとした設備が充実した公園はパラダイスに等しかった。

 ゆえにバッチリ遊び尽くしてしまった。

 昼食もどこで取るか――ロイヤルな家系らしく、気品もあって豪勢な食事に招こうとレストランの予約も入れていたというのに、結局そこら辺のパン屋で済ますこととなった。予想外に全員が美味いと満足していたが、本当は高級な料理で颯汰たちをもてなしたかった。

 経過した時間は戻らない。落ち込む皇女を、ヒルデブルク以外にもたくさんの仲間たちが慰めの言葉をかける。少し罪悪感を覚え、謝る者がでてきて、そこから波状の如く次々と声が上がる。

 以前のままであれば、イリーナはキッと鋭い目と声でヒステリックに怒鳴り散らしていただろうが、自分自身も相当楽しんでいたのもあって、余計に流された自分が惨めに思えてきたのだろう。

 さらに肩を落とす少女。

 そこへヒルデブルクは優しく微笑みかけた。


「まぁまぁ、皇女様。とても楽しかったじゃありませんか」


 さらっと先に遊んでいた現地民の子どもを仲間に引き入れるほどの魅力と、高いコミュ力をいかんなく発揮した王女。若干目の泳ぎ方から『やってしまった』という罪悪感はあるのだろう。言葉の節々にも震えがあった。

 皇女の描いたプランは台無しになったことから、即時解散を夢見ていた立花颯汰であったが、無論そんなうまい話はない。

 時間の都合と需要から、観光地巡りよりも子ども向けの、娯楽を楽しむレジャー施設を巡ることとなって今に至る。

 揺られる蒸気で走る路面列車の車内で、かなりの大所帯で移動する。貸し切り状態であった。

 列車の外観は鉄の塊であるが、内装はシックな作りで基本的に木材をメインであるためか、どこか温かみを感じさせる。座椅子のクッションは少し固めだが、さして気になるほどではなかった。

 窓の外から見えるのは人だかりと深い霧に包まれた街である。

 建国祭当日は送風により視界は良好となるため、都の中心の大穴を挟んだ街の向こう側が覗けるようになるはずだ。螺旋状に展開されている街並みはきっと絶景であるだろうが、少し怖いかもしれない。

 列車が揺れ、身体が左に寄る。道を曲がって向かうのは目的地のレジャー施設のある区画だ。

 さらに奥へ進むと遊園地のあるエリアがあるようだが、現在は開発途中であり、完成は何年後になるかも未定だそうだ。もしも開園していたならば、と颯汰は想像を広げる。広い敷地でわざと迷子になって、こっそり抜け出せるのではと浅はかな想像までしていたが、それは無理であるとすぐに気づく。まず、リズとアスタルテを振り切ることはできない。散々場を離れすぎたため、ガッシリ捕まれるのは間違いない。

 ゆえに、どうにか時間を潰して精神的疲労を蓄積させぬよう立ち回るしかない。

 レジャー施設と一言で括っているが、ガラッシアのそれはかなり充実したラインナップとなっていた。動物園や水族館、植物園など自然を観察できる場所。映画館やプラネタリウムに美術館、歴史博物館、大型プールにコート設備付きの運動場、ビリヤード場、まさかの釣り堀。それに大きな銭湯まであるという。

 さすが大都会であると皆が驚きを隠せない。

 施設の名前だけで何があるかよくわかっていない村の子どもたちに、立ち直っては徐々に調子を取り戻してドヤ顔で説明しつつ、イリーナは意中の少年を見やる。面倒くさいが知らないふりをした方が楽だと判断した颯汰は、軽く相槌を打って相手をしてあげた。

 説明を聞いていた子どもたちは、だんだんと期待に目を輝かせ始めていた。

 そして――、


「どこに行くんだー?」

「はくぶつかんがいいー!」

「いいや、どうぶつえんだろ」

「びじゅつかんっておもしろそう」

「映画ってのもみてみたいぜ」

「すぽーつじむがいいなー」

「あたしはだんぜん、美術館!」

「やっぱ男は釣り堀っすわ~」

「プール! 温泉!」

「すいぞくかん!」


 思い思い、子どもたちはどこに行くか揉めだす。ほとんど声が重なって聞き取りづらいが、意見がバラバラでほとんど一致してないことはわかった。しばらくしてから、皇女が静かにしなさいと一喝する前に保護者の男と村の青年であるアラムが先んじて注意を促す。他に乗客はいないが、モラルの欠如は人間として社会に生きていく中であってはならないものである。

 感情的に怒鳴って制するのではなく、諭すような言葉と語気から、彼の性格がにじみ出る。意識して彼らに気を配っているように思える。

 アラム青年は人望があるのか、子どもたちは彼の説得に応じ、騒ぐのを止めた。

 そこで、皇女は行き場を失った感情を一度ため息で放出してから、改めて颯汰に声をかけた。


「それで、どこを巡りたいの? ヒルベルト」


 皇女が、颯汰に訊ねる。

 当たり前のように決定権を委ねられた。

 揺られる車内、顎に手を当てて考えている素振りを見せつつ、相手の方を向いて答えた。


「……人数もいますから、できるだけ迷惑にならないところ。それと明日はお祭りですから、あまり運動しすぎて疲れちゃうのは避けた方がいいでしょう?」


 周りを巻き込むように同意を求めた。遊び盛りで足りないと思っている男児たちもいたが、大本命は明日であることを突きつけ、納得させる。


「個人的に図書館に興味あるんですケド……」


 颯汰としては元の世界に戻るヒントが欲しいため、別エリアにある図書館にて、古い書物漁りはしておきたいところであった。だが、中心の大穴を挟んでほぼ真向かい側にあるらしく、索道ロープウェイを乗り継いだりと移動にかなりの時間が掛かる。さらにこの面子で個人的な探し物に付き合わせるのは気が引ける、と考えた。


 ――学校のない農村で、字の読み書きができるのはマルク少年くらいのはず。絵本のコーナーが充実してれば話は別だが、そもそも存在してない可能性の方が高いような気がする。そうであれば、シロすけも、アスタルテも退屈させてしまう。……行く必要はないな


 おそらく、二度と訪れる機会は無くなる。とはいえ、書物にヒントが必ず記されていると決まっているわけでもない。

 であれば、颯汰が提案するのは――、


「映画館かプラネタリウムってところに行ってみたいです」


 騒いではいけない静かな場所である。

 どちらも観賞中は、邪魔されないであろうから良い。さらに二つとも、勝手に情報が入ってくるから楽でありがたい。


「え、えぇ……」


 颯汰の答えに少しだけ歯切れが悪くなるイリーナ。どちらも面白いものであるが、基本的に一人きりで眺めるものであり時間も食う。それこそ颯汰の狙いであるとは気づかず、未だ幼く純真な少女は唸る。

 正直言えば、ジッとしてるよりも一緒にどこかを歩きたい。この後、皇居に居座ることができないイリーナ――理由は明らかになっていないが、皇帝の命令で祭りが終われば周りの少年少女たちと共にテュシアー村に送還される。ゆえに映画をいつでも観られるというわけでは決してないが、それよりも“思い出”を作りたいと考えたのだ。

 しかし、それを言語化するのは皇女としてのプライドが許さないのと、珍しく(というより、ほぼ初めて)他人の願いを尊重したいという気持ちもあって、苦しんでいた。

 そこへ、彼女の良き理解者である義姉ヒルダこと偽姉ヒルデブルク王女が弟に訊ねる。


「ヒルベルト。“えいが”なるものは、謂わば演劇のようなものと捉えてよろしいのかしら?」


「んん? あぁ。そう、ですね。事前に撮ったものをスクリーン上に映すので、実際の演者はその場にいませんが」


 皇女の話をきちんと聞いていたのか、あるいは颯汰が既に知っていると見抜いたのか、とどちらにしろ試されているのではと颯汰は疑いかかりかけたが、あり得ないと断じてすぐにヒルデブルクの質問に答える。

 王族であるヒルデブルクも、演劇の素晴らしさを知っている。かつて宮廷にて何度か観た記憶がある。であればきっと、映画なるものも良いモノではあるだろうと察しはついたが――、


「じゃあ、別の機会でよろしくなくて?」


「え」


「せっかく皆が楽しめるもの――明日のことを考えて運動以外のものでしょ? ……それなら美術館なんてどうかしら?」


 別の施設を提案した。

 小綺麗な部屋に飾られる絵画。真鍮の縁の中、ライトアップされたものが並ぶ。

 魂を込めて創られた石膏。

 石材の声に従うまま彫られたモニュメント。

 独自の世界観を表現するアートの数々が、観るものを引き込み、心を揺さぶることだろう。

 この中でもっとも芸術に触れる機会が多かったのは、やはりヒルデブルク王女だ。

 ゆえに美術館の良さも理解していた。


「うーん……。俺、あんまり美術品とかわからんのですが」


 一方、颯汰は美術館に行った経験がなかった。

 普通の男子高校生で、美術など授業で触れる程度であり、芸術分野に縁は無かった。

 むろん、審美眼なんてものはない。美しいものを感じ取れはするものの、奇抜すぎるものや難解なものは“わからない”。――理解しようと歩み寄っていないと言われれば、それまでであるが。


「なればこそ、良い経験になるでしょう?」


「でも映画だって――」

「――それに、目を離すと誰かさんは、すぐ、いなくなるからね」


「ぐっ……」


 強調された言葉に、何も返せなくなる。

 逃亡れば後で余計に面倒なことになる。だから別に逃げる気は無かったが、実際に好機チャンスが目の前に転がったら赴くままに従う可能性があり、明確な否定こそ後で自分の首を絞めるのではと、小賢しいことを考え付いたから黙り込んだ。

 図星を付いたと思ったヒルデブルクは、さらに追い打ちをかけた。


「それに“えいがかん”と“ぷらねたりうむ”? は聞くところによると暗所で観るもの……。ヒルベルト、あなた寝ちゃうでしょ。間違いなく」


「………………、否定しづらいとこを突く……!」


 絞りだした声に、悔しさが滲んでいた。

 会話がなければ車内でもすぐに寝入るお子様が、暗い場所で座ってジッとしていればどうなるかはわかりきったことだ。元の世界であれば上演中に寝たことなど数度しか無いため、おそらくこの身体と疲労のせいだと颯汰は分析している。元来寝坊助なわけではなく、この身体が悪い。もしくは過酷すぎる生活環境のせいなのだ。


「ふふん。お姉ちゃん、ですからね! 弟のことならなんでもお見通しなのです!」


 勝気な少女らしさを出す偽姉に、颯汰は曖昧な表情の渇いた笑いで返すだけにとどめた。


「まぁ、はしゃぎ回るよりいいかもだけど、それなら博物館とかの方がウケそうじゃないです?」


 話題を戻し、颯汰は博物館を提案する。

 恐竜のような大型の魔物の化石があるらしい。

 他にも展示物は豊富のようだ。美術館とどちらが優れているという話ではないが、見た目平均年齢ギリギリ二桁の幼い子どもばかりの集団にはそちらの方が向いているだろう。


「時間もあるから両方巡りましょうか」


「え、映画……」


「他に巡って時間が有り余ったらにしましょ?」


 ボヤく颯汰に、ヒルデブルクは本気で映画を楽しみたいのかもと捉え、優しくたしなめる。

 決まったわね、とイリーナが言った直後に、金属が擦れる音が響いた。

 列車の速度が落ち、さらに緩やかになっていく。

 アナウンス放送は無いが、外から覗くともうすぐ目的地に着くことがわかる。

 他方へ分岐していたレールが集まる場所。

 他の列車や索道が設置してあるターミナル駅だ。規模は少し大きく、某所のダンジョンと見紛うほどの大迷宮駅レベルではないが、やはりこの街の建築や技術自体のレベルが他国より一歩二歩、前に進んでいることが素人目にも窺える。二階部分へ階段で上がれば索道乗り場となっていた。

 皆が皆、遠くまでやって来たと思ったことだろう。足を止めたままだが、運ばれていく。

 知らぬ世界、知らぬ歴史、発展した技術。

 都会への憧れ、未知への好奇心、恋慕。

 それぞれが胸に抱くものは異なるが、こうして遠くまでやってこれた。今日も明日もそれ以降も、未来はきっと楽しい日々で、長く続いていくこの道を、こうして歩めるのだろう、と子どもたちは考えていた。


 そんな未来が、訪れないとは露にも知らず――。

 車輪が止まろうとする。

 敷かれたレールの上、さだめられた運命から逃れられない。

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